51.優し過ぎるおじさん
ギルドを出た俺はそのまま憲兵隊の隊舎へと向かう。憲兵隊にも退院したら来るように言われていたからだが……。
あのゼオラとかいう魔術師がグリハンに見限られて殺されたと聞いたせいか、俺の足取りは重い。ゼオラは俺に腕を斬り落とされたから見限られたんだろう。
そう考えれば間接的にとはいえ、俺が殺したも同然だ。
セレス女史は気に病むことじゃないと言ってくれたが、やはりなんとなくやり切れない気持ちがあるな。
◇◇
憲兵隊舎に着いて早々、ゼオラの死体と対面させられた。
まあ本当に俺を襲った奴だったのか、という確認なんだから仕方ない。
襲撃されたのは夜だったが、あの時俺はハッキリとゼオラの顔を見ていた。憲兵隊舎で見たゼオラの死体は、間違いなく俺を襲った魔術師だった。
リューラは憲兵隊舎にいなかったけど、憲兵隊にはまた色々と話を聞かれた。
セレス女史から聞いた通り、ゼオラは遺跡群の中ではなく、外れで死んでいたらしい。
俺は奴らと交戦した場所を、入院している時に憲兵隊に詳しく伝えていた。その場所には確かに俺とグリハン達が交戦した痕跡が見つかったので、俺が嘘を言っていないということが証明されたそうだ。
これで俺は被害者で、ゼオラに関しても正当防衛ということになったそうだ。
あとはグリハンとメルディアの捜索だが、これがなかなか難航しているそうだ。
元々、拠点をしっかり構えるような奴らではなかったらしいので、潜伏先の見当がつかないらしい。
まあ、そのへんはもう俺にはあまり関係のない事だ。あとは憲兵隊に頑張ってもらおう。
あと憲兵隊が教えてくれたのは、グリハンがマフィアと繋がっている疑いがあるということだ。冒険者としても素行が悪かったのだから、特に驚くようなことじゃないが。
少し腕に覚えがある冒険者ならそういった世界の人間から甘い言葉をかけられることがある。
最初はちょっとした護衛や、用心棒を頼まれ、やがて構成員と同じように抗争に狩り出される……なんて話はよく聞く話だ。
報酬がいいからつい、その誘惑に負けてしまう奴も多い。マフィアというのは、そういう奴に付け入るのが上手い。血の気の多い若い冒険者がそうやって道を外れるのも、珍しくないのだ。
憲兵隊には、くれぐれも夜道に気を付けるように、と充分に脅されてから隊舎を後にした。
時間はまだ昼前だ。そういえば退院してからまだ飯を食ってなかったな。治癒院ではかなりあっさりしたご飯しかくれなかったから、しっかりと味の濃い物が食べたいな。
とりあえず俺は町の飲食店が立ち並ぶエリアに向かって歩き出した。
◇◇
通りから少し入った食堂の前までやって来た。ここは前にミザネアと飲みに来たことがあるお店だ。
前に来た時は夜で、その時は酒場だったが、昼は食堂になっている。昼も結構繁盛しているようで、店内のテーブルは埋まっているように見える。
入口を入ると、数人だけ並んでいた。店員がすかさず寄って来て、少しだけ待ったら座れるとのこと。まあ、数人だけだし、すぐに順番が来るだろうと思い、店員に待ちますと伝えた。
少しすると俺の前に並んでいた三人が、店内に案内されて行った。あと並んでいるのは俺だけだ。
すると新たに入って来た客に、店員が寄って行く。
「あ、大丈夫です。待ちますよ」
同じ説明を受けた、俺の背後にいる女性客は店員にそう答えた。
ん? この声……?
ゆっくり後ろを振り返ると、そこにいるのは、かなり見慣れた碧色の髪をした美女。
ミザネアが振り返った俺の視線に気付く。
「あ……ラドさん? うそ?」
「やあ、ミザネア。今から昼飯かい?」
「ラドさぁぁんっ!」
「えっ!? うおっ!」
ミザネアがいきなり抱きついてきた。慌ててその体を引き剥がすと、ミザネアはその場に座り込み、ポロポロと涙を流しながら、肩を震わせる。
「ご、ごめん……ごめんなさぁい……ラドさぁぁん!」
「ちょ、ちょっと、落ち着け! ミザネア! 大丈夫だから、ね!」
座り込んだミザネアが駄々をこねる子供のように、泣きながら声を上げたので、周りの客が何事かとこちらに目を向ける。
と、とにかく落ち着かせて、ゆっくり話さねば……。
そこへさっきの店員が近寄ってくる。
「どうかされましたか? お客様?」
「い、いえ。大丈夫です」
「相席でご案内出来ますが……」
「それでお願いしますっ!」
グッジョブ! 店員さん!
俺は泣きじゃくるミザネアを支え、店内のテーブル席に向かった。
◇◇
「ラドさん……ごめんなさい。色んな意味で……」
「まったくだよ。大の大人がいきなりあんなに泣き出すなんて……」
「本っ当にすみませんでした……」
すっかり落ち着いたミザネアが俺に頭を下げる。
彼女が取り乱したのは、俺の状態が正確に伝わっていなかったせいらしかった。
俺がグリハンに襲われた翌朝、彼女はギルドでその事を知ったそうだが、その時点では俺が怪我をして、治癒院に入院したという事しか分からなかったそうだ。
そしてその日の夕方、セレス女史からグリハンに襲われた怪我だったという事や、あわや右足切断の大怪我だったと知らされたらしい。
実際その日の夜には、翌日に退院する事は決まってたんだけどね。
それを知らなかったミザネアは、自分が原因で俺が襲撃を受けたと、責任を感じて夜も眠れなかったそうだ。
そして今朝、軽く食事をしてからギルドへ情報を集めに行こうといていたらしい。
先にギルドに行ってれば、俺が退院してた事は知れたんだけどね。
それで今、大怪我して治癒院で入院していると思っていた俺が急に目の前に現れて、安心感と混乱で思わず泣き崩れてしまったということらしい。
かなり俺の事を心配していたからだとはいえ、会っていきなりあんな反応されると焦っちゃうよ。
まあ心配してくれていた事は嬉しいけど。
神妙な顔つきでミザネアが俺の顔を覗き込む。
「でも……本当に、私のせいで……ごめんなさい」
「いいよ、いいよ。もう済んだ事だし。それにもうあのグリハンもお尋ね者になったワケだから……ミザネアが付き纏わられることもなくなったしさ。良かったよ」
そう言うと、ミザネアはまた顔を伏せてしくしくと泣き出した。
思わず狼狽えるおじさん、俺。
「ど、どうした? ホントもう気にしなくていいから……」
「……うん。でも、本当に……ラドさんは優し過ぎます……。そんなんだから……」
「え? 何?」
そこへ女給さんが俺とミザネアの食事を持ってくる。俺とミザネアの空気を察した(勘違いした?)のか、何もないように速やかにテーブルに料理を並べると、存在を消すように去って行った。
「さ、さあ、ミザネア。冷める前に食べよう。ね!」
「……うん」
ミザネアは涙を拭きながら、おじさんに優しい笑顔を作って、顔を上げてくれた。
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