「響鳴の波紋」〜辿〜
貴賓室かって位の豪華な造りの客間に通され、板間も一枚板なのかフローリングとは異なる綺麗な板目が艶光していて、温かみがあるのに触れるとひんやりと冷たく気持ちがいい。
リュックサックの何かが傷を付けたら怖いからと抱きしめてソファに座る中、茶髪の兄ちゃんが姉と僕とに氷の入ったカルピスをお盆に乗せて運んで来た。
「悪いな、オヤジのやつ水路の掃除し始めた所だったみたいで、道に上げたゴミ片付けるのに二時間位かかるって言ってんだけど、どうする? あと、これ濃い口カルピスだけど平気か?」
「はい、ありがとうございます」
カルピスが苦手な人も居るんだろうか、姉は氷が入っていればそれだけで喜んでいる筈だ。
水路がどうのは分からないけど、二時間なんて図書館で姉の調べ物に付き合うのに比べればなんてことの無い時間に思える。
「あの、瀧本佳余です。こっちは弟の悟。取り祓っていただき、ありがとうございます!」
「木と水と土に龍か、オレは森田鍵剛、気にしなくていいよ」
僕達の名前に何を言っていたのかよく分からなかったけど、何だか強そうな名前だ。あれが陰陽道なのかも判らないけど、何か気合いって感じで、漫画とかに出て来るのとは随分と違う。
「森田さんも修行というか、陰陽道を習ってるんですか?」
姉の問いが大人しいのは年上だからではなく、僕を助けた恩人としての対応に思えるけど、司書のおばさんの息子だから森田さんで当ってはいるけど、茶髪の兄ちゃんに森田さんって呼ぶのは違和感があり過ぎる。
「畏まんなくてもいいよ。ケン君でも何でも適当に呼んでくれ。あと、オレは視たり触れたり出来るだけだから、あんま詳しい事はワカランよ!」
なるほど、だから守護霊を吹っ飛ばす事が出来たのか。ソファが深く沈み過ぎてテーブルに手を伸ばすにも一苦労で、カルピスを飲もうにもリュックサックを抱いていてはテーブルにも届かない。
とりあえずにソファの脇にリュックサックを置いて前のめりになろうとしたら、足がテーブルに当たって一瞬ヒヤッとしたけれど、慌てて足を引っ込めて座り直したのを見たケン兄は、僕の身長を測り見てか気を遣う。
「そうだよな。ここじゃ寛げないか、爺ちゃんの書斎なら畳だし散らかってるけど、そっち行くか?」
僕はソファに沈みながら細かに何度も肯きを向け、この部屋の緊張から開放される方を選ぶ様を見てか、姉は鼻で笑いながら『お願いします』と礼を言う。
流石にこの社長椅子みたいなソファは僕には深過ぎる。姉は僕のカルピスも持ってケン兄の背中を追って行くが、廊下から見える庭の景色も庭園みたいで、図書館の中庭よりも中庭だ。
通された部屋は散らかってるけど赤星君の部屋よりは全然マシだ。どちらかと言えば家野君のお父さんの部屋に近い。書類が沢山あってファイルに纏めているけど溢れてて、ファイルを纏める棚にファイルが入り切らずに段ボール箱に詰めて棚の上や脇やに置いてる感じ。
弁護士と陰陽道の仕事に何の繋がりがあるのか判らないけど、書類の整理という点においては共通しているみたいだ。
真ん中にポツンと置かれたテーブルの上には何もなく、囲むように座布団を敷いて三人共にチョコンと座る。
「いや、三上先生が来た時もこの部屋の方が落ち着くって言って毎回……」
三上先生もここに来ていた。その事実に姉と顔を合わせて嬉しさを分け合う。けれど、三上先生は何を目してここへ来たのだろうか。
その答えは直ぐに見つかった。
いや、姉の思考回路は三上先生と同じレベルに達しているという事なのか、脇に置かれたファイルのタイトルに目を向け、気になる物を見付けたらしく手にすると、一旦ケン兄に断りを入れるも『ご自由に!』と、即答されてそのままファイルを読み進めること数十分。
僕がカルピスを二杯飲んでも終わらない。
姉は読み終えたかと思うと別のファイルを探して読み進めるを繰り返し、その間に僕はケン兄のオススメ漫画やゲームで遊んで仲良くなっていた。そお、キヨ兄の危機を忘れる程に。
そうして一時間を過ぎた頃、食い入るように読み漁っていた姉が突如として立ち上がり、部屋の全てを見回し何かに気付いたようだ。
「森田君、三上先生はこの部屋で何を手にしていたか判る?」
森田“君”、その手があったか。いや、姉は何を探しているのか判らないけど、三上先生がここに来ていた理由が有るとの推論に確信があるのだろう。瞳は煌めきもせず、見えない何かを捉えようとしている。
「へえ、本当に弟子なんだな。さすが水と木と土に龍を持つだけあるよ」
まただ、訳の分からない事を言って、でも今回は聴き取れたけど『水と木と土に龍』て、何の話だ?
「じゃあ、やっぱり」
「いや、先生も探してたんだよ。でも爺ちゃんが書き遺した物なんて、オレにはどれが何だか判んないしウチの両親も分かんないならオレに判る筈がない!」
三上先生と姉が何を探しているのかなんて僕にはさっぱりだけど、同じ道を辿っているならいつかは辿り着くのだろう。その道に僕やケン兄や……あ、キヨ兄の事。
何だか思い出して申し訳ない気持ちになる。
姉がそっか、と言った感じで諦めた訳では無さそうだけど一旦切り上げたのか、一つのファイルを手にしてテーブルに置いた。
「このファイルにある侮悔寺についてなんだけど……」
押し迫る姉の勢いにケン兄が少し及び腰になっているみたいで、自分は分からないを言っては、あと小一時間もすれば父親が帰って来るからと、そればかり。
でも、姉があの泉公園の話を持ち出した途端、ケン兄は頭を抱えて下を向き、明らかにトラウマのような嫌気を持っていると判らせる。
「ごめんなさい。当時の記事を読んで、司書のお母さんから聞いていたから、てっきり……」
「そっか、あれ解決したのオマエらか」
姉が肯くと、見えていたのかケン兄が頭を上げてまた下げた。けれども、その上げ下げは別のものだ。
「その節は、オレの方こそ、ありがとうございました!」
姉の手を取り頭を下げる感謝の姿勢なんだろうけど、キヨ兄が見たら卒倒しそうだ。
当の姉は神に感謝を述べる信者の如くに見ているだけにも映る辺りが、恋愛無知たる“由縁”なのだけど。
何れにしても、気付きにケン兄の態度が豹変したようにも映るのは、それも神の御業と言うべきか、年上なのにケン兄も結局キヨ兄と同じ道を辿りそうな気がして来る。
「ひょっとして、公園で拾った骨でその才能が開花したとか?」
姉の唐突な推察に、ケン兄が如何にもなバレた顔をしていてマジか、と思う僕の頭は、思い返せば姉から聞いた公園で骨を拾った子供の話が、この茶髪の兄ちゃんの事だと気付いて少し混乱してしまう。
勿論、事件当時の子供の話な訳だから年の感覚のズレも分かるんだけど、司書のおばさんが話したイメージとかけ離れていて同一視出来ない。
そういえば、司書のおばさんがお父さんって言ってたから司書のおばさんのお父さん、つまりはお爺ちゃんだと思っていたけど、ケン兄はオヤジって言ってたし。
「あのさあ、今から来るお父さんって、ケン兄のお父さんなの? それともお爺ちゃん?」
「お爺ちゃんはとっくに亡くなってるから、オヤジだよ。オレのオヤジ!」
なるほど、ウチの母親も父親を僕達の前では『お父さん』って呼ぶのと同じだ。分かり難いよ等親呼称……
でもその時、丁度玄関の方から声が響いた。
「悪い、遅くなった! 鍵剛! 何処だ?」
“お父さん”が帰って来たようだが、客間に誰も居ないからとケン兄を呼んでいる。
「爺ちゃんの部屋!」
大きな声で呼び合う二人にお屋敷の広さを理解する。大きな声で呼ばないと届かないから、家野君の言っていた『家が広い人は声が大きくなる』って話も頷けた。
少しして入って来た“お父さん”はニッカポッカで工事現場の人みたいだけど、中はシャツにネクタイをしていて不思議な感じ。
「森田の父親で炭と申します。三上先生のお弟子さんと聞いてもう少し歳が上かと思っていたもので、えっと……」
「瀧本佳余です。こっちは弟の悟。盆踊りの会場となる現:仦毎寺についてお話したい事がありまして……」
挨拶を済ませつつ本題へと入る姉の勢いに押されてか、“お父さん”はニッカポッカを廊下に脱ぎ捨て中のスーツで座り話を聞く。
姉が語り始めた内容には僕も少し驚かされた。
姉曰く、仦毎寺、基、元の侮悔寺だぅた頃には存在していた筈の“四方四神”が、平成の頃より住職が切り売りした事で失われていると言うのだ。
四方四神が何かを知らない僕はともかく、陰陽道では漫画にも出て来る式神とかとは別に、四方を守る四つの神獣が、・北に玄武・南に朱雀・東に青龍・西に白虎と、重要な位置を示す役割りがあり、その四方四神によって土地が安定するらしく、それらは風水などにも流用されていると言う。
で、肝心要のお墓の安寧を保つ為のお寺のそれが、切り売りされて消えている事から、元の供養塔も無くなり刑場で斬首された者達の魂が彷徨い始めているのではないかと、姉とオカメが視たという壁のようなモノも、元は四方四神で囲われていた封印的なモノではないかと問うものだった。
それこそ陰陽道に関与していると気付いたのは檀家と住職の口喧嘩の中に出て来た話だったと言い。
「熊地家の娘が嫁いだ森田だかシンデンだか判らねえけど、あの安倍晴明みたいな術師が置いた置き物とかどうしたんだよ!」
と、怒鳴っているのを聞いて、司書のおばさんに行き着いたと言うのだから、姉の推察も“侮”れない。
「弟に纏わり憑いていた守護霊も、あのお寺から抜け出たみたいだし、恐らくは……」
と、姉の話を聞いた“お父さん”がひと呼吸置いて語り始めた内容は、大人の事情と言うには酷い話ばかりで、僕には話半分だけど酷いって事は理解も出来る。
売られた寺の土地は泉公園だけでは無かった。
詳細を古地図に求めても地図記号からでは判別出来ない不可視な部分が多く出る。前回は偶々地図記号が書かれていた位置にあったからこそ姉の瞳が泉公園を捕捉しただけ。
航空写真のような詳細地図を求めようとすれば、不動産関係の持つ土地の権利書や、役所に保管されている地権者記録や上下水道やガスの配管が書かれている地下構造物の管理書などが必要不可欠となる。
けれど、それらは他者の権利を争い奪おうとする邪な連中がこぞって貪り、資料とはならない筈の資料を悪徳弁護士達が偏る向きで扱うからか、元の地権者や地形が政の利益の下で書き換えられているらしい。
あの日、司書のおばさんが教えてくれたのは、先日の事件が報じられたタイミングからして、解決したのは姉だとする予想の下に、図書館らしく小さな声で訊ねて来たからだ。
檀家が寺の有りように口を出すのはよくある話だが、檀家が寺の土地を売却するのは有り得ない。という前提の基で宗教法人法があるらしく、“お父さん”は熊地家の土地の半分以上を受け継いでいるからか、政治家や権力者とも親しい仲らしく、その手の話も何となしには知っていたようだ。
この仦毎寺の闇を解き明かしてみれば、警察署と寺の関係を蜜なるモノにした権力者と副署長に血縁関係があり、副署長の派閥が力を持ち過ぎているようで署員の編成にもそうした力が働いている為、警察署内にまともな刑事や警察官も探せば居るが、その殆どが副署長の息のかかった連中で、内部監査までをそれが行う時点でお里が知れるというもの。
寺との関係に利益を有するものが幾つかあるが、大核となるのが葬儀だろう。
特に殺人事件の被害者となれば御遺体の損傷も激しく、発見が遅ければ遅いほど腐敗が進み、臭いや見た目に棺に治める事にも浄を必要とするもの。
そこにあの高額バイトとして名高い“死体洗い”なるものが挟まれる。
安置室へと連れて来られて、悲しみと絶望の中に居る遺族に寄り添うかの顔をした鬼畜が、紹介料を含んだ葬儀に【急を要する宗派を選ばぬ葬儀を執り行なえる坊主の紹介】などとと云う恰もな“便宜が図られ”、利益享受に派閥の力を更に強めた上で、権力者と副署長と後援団体とされる宗教団体との三角関係に“三権分立”を謳っているらしい。
「分かりました。後はこちらで何とかしましょう。盆踊りには間に合いそうもないので、とりあえずに口利きをして中止に追い込んでやるとします。ですがその、鬼頭さんでしたか、大変申し訳ない事をしましたが、陰陽道の件は内密にして頂きたく、そちらには……」
「大丈夫です。明日、それこそ司書の森田さんの居る図書館で解決篇として話す予定なので、出現の仕組みだけを話して納得してもらいます」
姉は礼を言うと、もう一つの何かを口にしたものの、それはまた別のお話になるモノだ。
この時以来、姉はこの陰陽道のお爺ちゃんの部屋に何度か足を運んでいるようだけど、未だに三上先生も探していた何かを見付けてはいないみたい。
翌日の図書館では、オカメと鬼頭さんに、鐘の音に共振して空間の歪みが発生したのかに思えたそれが、空間ではなく存在する何かしらの生命体で、実は百八の煩悩魔が、鐘に共振して空間を歪ませ波紋を浮かべていたものだ。
て、話して盛り上がり、姉はまた“恐ろしカヨ”の名を我が物として嬉々としている。
ただ、その後に熊泪湖で起きた殺人事件から今回の三権の二つが消えて無くなる事となり、残る一つこそが市内全てを地獄と化してしまう程の大いなる脅威ともなるこの夏最後の姉の謎解きとなる訳だけど、それはまた別のお話で……
帰り道の夜に聴く夏の便りは何処か切なく、華やぐ夜空に思いを巡らすようだった。
■あとがき
これにて第三章『音』「響鳴の波紋」は終わりとなります。
ちなみにこの「響鳴の波紋」は、時間軸で言うと「悪魔の棲む黒い家」と「POOL」の間にあったお話です。
▼備考
*1
本連載の「公園に潜むもの」に掲載されている内容を含む事物を指す名詞。




