「響鳴の波紋」〜運〜
■まえがき
ここから【夏のホラー2026】となります。
■本文
暑さ鎮まる陽の傾きは、空色の変化に帰る時間を判らせる。
何処で誰と遊んでいても、帰る前には青田君が住む団地の公園に皆が集まり、ここで少し遊んでから解散するのが鉄板で、女子を送るのは男子の務めと男気を言うものの自分を知る事実に何を出来るでも無い。
今日もこの公園に集まり遊んだ帰り、くだらない会話をして鬼頭(翠)さんと赤星君と歩く中、僕は靴紐を結び直そうと先に行くよう促し、直ぐに靴を調え二人を追う。
三軒ほど先に行った所で立ち止まる二人は、路地の塀に貼られたポスターを見ていたけれど、僕が追い付くまでの数秒で鬼頭さんの顔は恐怖に支配されていた。
ポスターから目を離す事なく身体を硬直させて震えが止まらず、盆踊りのポスターに何を思い出して怯えているのか、鬼頭さんの歯がカタカタと鳴り始めた所で隣りに居た赤星君もようやく気付く。
同じポスターを観ていた二人の反応は大きく異なり、隣で怯える鬼頭さんを余所に、直前まで祭の出店に食べ物でも浮かべていたのか、目元にニヤつきを残して気遣う赤星君の顔が何処となく変質者の様相を呈してもいて。
「どうしたん?」
訊き方が変質者の声かけ事案そのものに思えた僕は、赤星君から鬼頭さんを守らないといけない気がして二人の前に飛び込んだ。
「大丈夫?」
心配にかけた言葉は少し意味を違えているけれど、鬼頭さんを心配しての事には変わりない。
僕が前に立った事で鬼頭さんの視界からポスターが隠れたお陰なのかは判らないけど、何かが途切れたように怯えが治まり正気に戻るも、鬼頭さんは走り疲れたような息遣いで戸惑いを見せつつ周囲を見回す。
僕と赤星君を交互に見て安心したのか深く息を吸い込むと、困惑の表情を隠しきれないまま懸命に笑みを向けて口を開いた。
「ありがと……」
少し前にCS映画の字幕で覚えたばかりの『しおらしい』という言葉は、使えるとすれば今しかないのかも知れない。
けど、それを口にするのも恥ずかしくなるほど鬼頭さんの仕草がかわいらしいと思える不思議な感覚が僕を襲う。
いや、妙な雰囲気に飲まれかけるも、かわいらしいのは仕草だけで鬼頭さんは僕の好みではないし、赤星君の好みでもなかったようだ。
「何か、キモいな」
素直過ぎる赤星君のソレは、怯える中にも笑みを向ける健気な顔に対する語彙力の無さであって、デリカシーを言う以前の問題だ。
ただ、その失礼な一言で鬼頭さんに感じた何かに答えを見付けることが出来た僕は、思わず指を立てて口にした。
「ああ、それだ!」
かわいらしいとは思うけど何処か冷めた感じがしたのは、健気さに同情しているだけで女子としては見ていない。
「キ、女子の顔見てキモいだあ?」
て、赤星君の愚弄にカチンと来たのか、怯えも一気に冷めたようで、気付けば鬼頭さんの顔はその名の通りに鬼の形相へと変わっていた。
何でか僕まで睨まれてるけど、逃げ足速く駆け出した赤星君を反射的に視線で捕らえ、鬼頭さんは狩りでもするかに怒号で追い立て獲物との距離を詰めていく。
追い付けそうにもない速さで僕を置き去りにして遠退く二人を余所目に、〈あれが本当の鬼ごっこ……〉と、他人事に笑い安堵しつつも鬼頭さんは何に怯えていたのかと、気になった僕は塀に貼られたポスターに目を向けていた。
お寺の駐車場で開催される盆踊りの告知らしく、ポスターは手水舎っぽい水面に蓮の花と水風船が浮かぶ写真なんだけど、よく見ると背景には鐘撞堂とかお墓や板(卒塔婆)まで映り込んでいて、何だか違う意味での涼しさを伴っているようにも思えて来る。
何となしに日時と場所を確認しつつ簡易マップを見て気が付いた。盆踊りの会場は、あの泉公園の土地を所有していたお寺だ。
青田君の団地が図書館よりも北東に位置するからか、今日まで知らなかったお祭りの存在に浮かれる気持ちとそうでない気持ちとがぶつかり合う。
市に公園として貸している土地とはいえ、あんな事件が発覚して尚も平然と祭を開催出来るものかに、大人の事情はややこしくもただただ狡賢い卑怯者と解らせる。
子供が悪い事をしたなら食事や楽しい行事に待てを言われて反省を求めるくせに、大人は悪事をして尚、子供達が楽しみにしているからと、子供を出汁に自分達の楽しみを継続させられるものなのかと。
ましてや、それを開催するのが仏を云う寺の住職なのだから手に負えない。
と、帰宅した僕の話を聞いて、大人に牙を剥いて怒っているのは姉である。
「坊主丸儲けかっ!」
お寺の駐車場で盆踊りをして、テキ屋とか祭りの主催者やに諸場代として使用料を貸しているのかは判らない。けど、無料の駐車場が一夜にして金の成る木になるなら笑いが止まらない話。
「まさか、金魚すくいやチョコバナナが年々値上がってる理由も、会場になってる学校や宗教の非課税法人に転科されたソレが関係してるなら、子供の私達が諸場代を払わされてるって事になるじゃない!」
と、妙な言い分を混ぜながらノートパソコンを開いてお寺の情報を調べ始める姉の姿は、盆踊りをどうこうする訳ではないんだろうけど、映画やドラマに出て来るテロリストや爆弾魔のソレな感じにも見えて来る。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。覚えたばかりのことわざが頭に過ぎるも、僕は声に出さないようにと口をつぐんでベッドで横になっていた。
いや、そもそも鬼頭さんが何に怯えていたのかって話なんだけど、姉にはそこを抜いて話した理由は言うまでもない。
『そんなの本人に訊いてみないと解る訳ないじゃん!』
姉に訊いたところでこんな応えが関の山だろうとヤマを張るのは、訊けなかった僕の弱さの言い訳だ。
あれだけ怯えていた鬼頭さんの顔を見ちゃうと、訊いたらまた怖い記憶に震え出すかもだし、申し訳無いと言うか、可哀想な気がして……
ポスターに描かれていた盆踊りの会場が 泉公園を所有していたお寺だと気付いたと同時に、何となくあの 事件と関係しているように思えて、そんな勝手な思い込みで訊くのをやめた僕が悪いんだけど。
でもあの後、二人に追いついたら赤星君が腕とか足とか血だらけになって座り込んでて、それを見下すように仁王立ちする鬼頭さんを見てつい、「幾ら何でもやり過ぎだろ!」て、鬼頭さんに言おうとしたら……
「道の真ん中に落ちてる犬の糞に気付いてジャンプして避けたのはいいけどさ、車に踏み潰されたビールの空き缶の上に着地して、踏んで滑って転んで血い出たからって、泣きそうな顔してコッチ見んなっつの!」
「だって、この道ゴミクソ・トラップ多過ぎだろ!」
「ゴミクソはアンタでしょ。運痴!」
「う、ウンチって……あ、そっちか。いや、オレ運痴じゃねえし!」
「運痴だから転んだんでしょ。運痴!」
「運痴じゃねえし! オレがコケなきゃ追い付けなかっただろ。運痴!」
「ウンチ踏んでコケればホンモノのウンチ君になれたのにね。運痴君!」
「ウンチに君付けてじゃねえよ。ウン子!」
……罵り合いに大声でウンチやウンコを連呼する二人を前にして、まともに話を訊ける訳がない。
ましてや、二人の話を聞いてふと気になり、足下を見た僕はその犬の糞を右足で踏みかけていたと判って焦り、慌てて靴裏を確認したりと……
危うく、僕がウンチ君になる処だったんだ!
と、余計な事まで思い出したせいで、妙にリアルな犬の糞の記憶が頭から離れず、目を瞑っているのが嫌になり、体を起こして姉を見る。
ノートパソコンの前で怒りに任せて調べていた姉は、僕が背後で見ていると気付いてなのか、振り返る事なく問いを向けて来た。
「色々と面白いもの見付けたけど。とりあえず、行ってみる?」
姉が興味を抱きそうな部分を敢えて話してはいないのに、返事を求めて振り返った姉の煌めく瞳は好奇心に満ち溢れていて、今更に気付かされる後悔に不安ばかりが胸を突く。
とはいえ、そんな予想もしていた筈で、僕は心の何処かで姉に期待していた。
少しの不安と怖さは残っているけど、鬼頭さんに求められた訳でもなく、僕は僕の為に決心をしようと迷いを打ち消すように応えてみせる。
「うん!」
鬼頭さんが何に怯えていたのかを知りたかっただけなのに、何でか寺の悪行を暴いてやろうと意気込む姉の勢いに乗せられ、いつの間にか僕は寺の闇へと向け歩かされていた。
■あとがき
▼備考
*1
本連載の「公園に潜むもの」に掲載されている内容を含む事物を指す名詞。
この「響鳴の波紋」は、時間軸で言うと「悪魔の棲む黒い家」と「POOL」の間にあったお話です。




