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怪しい動き



「マリンスノー。少し話がある」

「何?」


 町を歩いていたらソルティに声を掛けられた。

 ジャックターもそうだが、基本的に仕事をしている事が多い二人と顔を合わせる確率は低いので珍しい。

 仮に何かしらの報告があっても、彼らはカルーアに報告するし、マリンスノーにはそのカルーアから情報を告げられる事が多いので直接というのは尚更レアだ。


「最近、健常人が多く出歩いているのは知っている?」

「ええ」

「気を付けてね」


 突然の忠告に、マリンスノーは眉を顰めた。


「あの、毎回思うけどちょっと言葉が足りないと思うのよね。もうちょっと詳しく、一から説明してもらえる?」

「マリンスノーが異世界人である事、王族に見つかり連れていかれ、そこから逃亡した事も知っている。そしてマリンスノーが告げた特徴からして、その王族が居るのは近くの国だ」

「あー」


 確かに、スラムというのは国と国の間、所有権が空欄となっている場所に出来る。

 マリンスノーはルシアンの翼でここに来たしあんまり地理を把握していないので把握していなかったが、どうやら距離を取ったはずの国に逆戻りしていたらしい。

 もっともスラムの方が他国に居るよりも遭遇率は低いだろうけど。


「ん? ああ、でも健常人が今多く来てるんだったわね。それで、国の息が掛かった者に見つかると危ないって話?」

「ああ。貴女が異世界人だという事は、それなりに広がっている。説明を省く目的と有用性の周知の為だろうが、万が一それを聞きつけて貴女を取り戻しに来たような事があれば大事件だ。気を付けて」

「成る程」


 そういう意味での気を付けてね、だったわけだ。


「でも健常人なんて時々見かけるし、スラムによっては健常人相手に商売してるとこだってあるじゃない」


 サムライロックが産まれたというスラムではそういう形式だったようだし、健常人がそこらを歩いていてもそこまで不自然ではない。

 確かに最近は普段に比べて見かける率が高いものの、


「単純にスラムに健常人がやって来やすい時期とか、そういうものじゃないの?」

「暑い日に冷たいものが売れるというのは間違いない。だが、スラムにブームや時期は無い。スラム関係の作品がヒットした際にはあり得なくもないが、そういう場合は健常人相手に商売をしているスラムに人が流れる。そういう事をしていない、暴力と色事が売りのスピリタスは対象外だ」

「ああ、うん、まあそうよね」


 酒が気になるからといきなり度数がえげつないものを飲むより、マイルドな酒から試すのが人というもの。即死の危険性があるスピリタスにやってくるのは、相当色事好きで倫理観が欠如していて奇形相手にも臆さないようなヤツくらいだろう。


「じゃあ、色事関係目当てとか」

「確かに健常人が風俗を利用する数も普段より多いらしい。ジットが言っていたから間違いないだろう。だが、それにしてはおかしい、という話だ」

「具体的には」

「性行為をしない」

「…………買っておいて?」

「買って個室に行くまではする。だが性行為はせず、金を握らせ、少し一人にしてくれ、と言って嬢を追い出す」

「口止め代?」

「兼賄賂だろう。だが、このスピリタスに居るならボスは絶対。金を貰ったからとそれを全うする義務も無い。金だけ受け取り、言う事を聞いた振りをし、上に報告。そういうものだ」


 確かにカルーアもそう言っていた。

 命乞いする人間は金を渡すから見逃してくれと言うし、懸賞金が掛かったヤツはそれ以上の金を渡すから逃がしてくれと言う。

 だが、それを殺して所持金を奪えば金も命も手に入るのだから、有り金の場所さえわかれば生かしておく価値は無い、との事。

 勿論有り金の場所を吐かせる際の隙にこちら側が殺される危険性もあるから気を付けろと教えられたが、懸賞金が掛かった相手に至っては金を貰った上で首を取って懸賞金を貰えばかなりの額になるから、それを狙った方がお得、とかなんとか。

 人の心を思うと道徳が泣いている気もするが、実利を考えると効率的なのは事実だった。


「このスラムでは裏切りは重罪になる。裏切りで重罪となり処刑されるより、相手の要望を飲む振りをして全てを伝えた方が早い。そこで貰った賄賂は、その情報代として本人の収入にして良いという暗黙ルールもある。目の前の金に目が眩むか、目の前の金も今後の安全も手に入れる強かな生き方が出来るか。これもまたスラムで長生き出来る人間かどうかが分かれる部分だな」


 そうね、と頷き、マリンスノーはただの観光のように歩いて行く健常人をちらりと見る。


「……金を払って女を買ってアリバイ作り。そして室内で一人きりになって、一体何をしてたのかしら」

「そこは既にジットが調べている。私はマリンスノーやその他構成員にこれらの懸念事項、警戒対象の通達が役目だ」

「お疲れ様」

「ところで、マリンスノーに時間はあるだろうか」

「…………つまり?」

「私はこれから情報屋に何か情報は無いかを聞きに行く。それで、闇医者の方への依頼品を頼めないかと」

「別に時間は余ってて暇してたから良いけど、何かの受け取り?」

「いや、これの鑑定を」


 言い、ソルティはマントの中から瓶を取り出した。


「不審な健常人の使用後、使用した室内を探した結果見つかった物だ。これらと同じ物が、不審な健常人が長居した場所に置かれているのを確認、回収してある。カルーアが見定めたところ薬品だそうだ。大体は察しているようで効果が発動しないようにと一か所に集めて対処済みだが、確証の為に闇医者の鑑定が要る」

「それをティガに見せれば良いのね? 了解」

「頼んだ」


 頷いたマリンスノーが瓶を受け取ると同時、ソルティはスタスタと歩き出してあっという間に人混みに埋もれてゆく。

 頭部が三つある上に全体的に狼っぽいので目立つはずなのだが、流石の気配の消し方だった。





 相変わらずドアを開けたりが少し大変そうなオーキッドに案内され、中へと通された。

 そこにはアズールとコモドールとよくトリオ扱いされているクリスタルラッシーが診察中だった。しかも仕事中みたいにセミロングのエクステをつけたまま。


「……デリヘル?」

「私がそんなの注文するか!」

「仮にするとしても、俺の前でそういった不健全過ぎる事はしないな、この人は」

「そもそも二十歳になった時点でリシィを指名はしないぞ!?」


 スティンガーの発言にオーキッドはしらーとした目を向けていた。

 マリンスノーも会話から薄々察していたが、やはりそういう趣味があったらしい。オーキッドへの溺愛っぷりにはそういうケも含まれている気がしたけれど、それで合っていたようだ。


「……ティガ、オーキッドに手とか」

「ま、まだ三回しか」

「出してるじゃない」


 スラムだから決定的アウトにならないだけでアウト寄りな行動だという自覚はあるのか、スティンガーの目は酷く泳いでいた。


「二回目以降は俺も合意した」

「一回目は?」

「精通直後。無知さに付け入られてそのまま」

「そう……」

「や、やめろ! そんな目で見るな! これでも私はちゃんと我慢したんだ! そりゃまあお風呂とか色々と我慢出来なかった部分はあるが、決定的なところは我慢していた!」


 結局手出しをしている時点で我慢は出来てないんじゃないかと思うが、あくまで外野のマリンスノーが何かを言う事ではないだろう。

 言って良いのは被害者と言えるオーキッドだけだし、ストックホルム症候群だとしてもオーキッド本人がそれ以降に許可して合意したと証言するなら何も言うまい。


「ぼくんとこより酷いわけじゃないなら良いと思うおー」


 おっおー、とクリスタルラッシーがにこにこしながら言った。

 彼は下半身がナメクジのような形をしていて、全身に粘液がぬとっとしていている粘液系。手も手首から先がヒレみたいな形になっている。

 前髪長めのメカクレ系でもあり、仕事は男娼。

 下半身がナメクジ系だからこそ男相手の仕事が多いそうだが、


「リシィのとこって?」

「ぼくんちの親は女同士カップルだけど、お袋は子供が欲しかったんだお。でも男の子種は嫌だから、両性具有な相手に子種頼んだんだおー」

「子種だけで言うなら父親はスコーピオンだ」

「えっ」


 スティンガーによる補足にマリンスノーはビックリした。まさかの親子関係。


「まあ子種だけだから、ぼくとピオはあくまで他人だお。それよりもう一人のお袋の方が、ぼくを孕んだお袋に、女の股がついてりゃ誰でも良いのかってブチギレてそれはそれは修羅場だったそうだお」

「うわ」

「それでお袋ともう一人のお袋は破局したし、お袋は愛する人と子育てしたかっただけなのに愛する人に捨てられる理由になったぼくを嫌ったんだお。で、赤ん坊が性癖のド変態にぼくを売って」

「待ってそれ言って良いの? 聞いて良いの? 流石に聞きたくも無い話が始まりそうな気がする」

「んー、まあ色々あったけど、ぼくは気持ちいいのが好きだから別に問題は無かったお。ただぼくを買ったヤツはクスリとか色々使うヤツだったからボス達に潰されて、ぼくはそのまま構成員になって友人に恵まれたんだお!」


 気持ちいいのが好きというのはそれクスリによる洗脳染みたものでは。

 マリンスノーはそう思ったが、本人はにっこにこだし気にしていないようだし、別にその後変な中毒症状が出ている様子も無いので良いとする。本人にそういう素質があったんだろう。そう思いたい。


「まあ構成員とは言っても、普段は男娼で情報集めてるお。ぼくの得意分野だおー!」


 えっへん、とクリスタルラッシーはぺたんこな胸を張る。

 下半身はナメクジなので性別はかなり曖昧だが、暫定的に性別は男だからだろう。ジャックターも精神は女寄りだが肉体はあくまで両性無有なので、奇形に性別の概念はあまり役立たない。


「今日もその件でここに来たんだお!」

「え、いつもの粘液採取じゃなく?」

「ぼくがその話する前に粘液採取準備し始めたのティガの方だお!」


 まったく、と言ってからクリスタルラッシーは安物らしい薄手の服から宝石が仕込まれている台座らしき何かを取り出した。

 一見すると、そういったデザインの置き物にも見えるブツだ。


「一時間前に健常人の客がぼくを買ったんだお。でもぼくを抱かずに帰って、おかしいと思ったから室内を探したらこれがあったお。こんなんあの部屋には無かったのにおかしいお。でも店じゃさっきの健常人が見張ってるかもだから、カルーアに直通で連絡出来るここに来たんだお!」

「あ、そういえば私もティガに用事が」

「面倒事じゃないだろうな」

「私は知らないわ。面倒事になるかどうかは貴女がわかるんじゃないかしら」


 マリンスノーはソルティに渡された瓶を取り出す。


「最近ここらを出歩いてる不審な健常人。その健常人が置いて行ったか仕掛けたかをしたらしい何か。恐らくは何らかの薬品。カルーア曰く、他のも回収済みで対処済み。ただ、確証の為に鑑定が欲しい、……ってソルティ経由で」

「んなもん情報屋に聞けばいいだろ」

「ソルティが行ったわ」

「多方面からの確証か。カルーアらしい」


 やれやれ、と諦めたように肩をすくめてスティンガーはマリンスノーから瓶を受け取った。

 蓋をきゅぽんと取って中を見て、臭いを嗅ぎ、揺らし、机の上に一滴垂らして他の液体を上から垂らす。


「…………この反応って事は、アレか。つまりリシィが持ってきたそれが起爆剤。だー、クソッ、ボスとカルーアがいっちばん嫌がるヤツじゃないか!」

「どういう事?」


 首をかしげてマリンスノーが問えば、スティンガーは真面目な顔で振り返る。


「スラムを火の海にする仕掛けって事だよ」


 そういえば、前にスコーピオンが彼らの過去に火事が関わるとか何とか言っていた。



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