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サムとキティ



 物心つくかつかないかという頃、プッシー・キャットは両親の死によって大教会へと預けられた。

 両親の温かくて優しくてふわふわする記憶はうっすらとしか無い。それでも寂しさに泣いてしまう夜は何度もあったが、同じ年ごろの子供達と遊んだり、一緒に暮らしたり、教会のシスターとなるべく勉強している間に気付けば気にならなくなっていった。

 しかし、問題はだんだんとヤンチャになってきた男の子達。


「やーい、低魔力!」

「お前ちょっとした魔法すら使えないから捨てられたんだろ!」

「捨て子だ捨て子!」


 お使いの帰りに聞こえて来たその声にプッシー・キャットはムッと頬を膨らませ、魔法で速度を上げながら声がしてきた方へと飛び込んだ。


「コラーッ! あんた達何してるの!」

「げっ、キティ!」

「やっべ」

「何してるのって聞いてるのよ!」

「低魔力いじめて遊ぶくらい良いだろ! どうせ魔法が使えないような役立たずなんだし、このくらいしか役立てないさ!」

「そうだそうだ!」

「っ」


 丸まって汚れた姿の少年を、町のいじめっ子たちがまた蹴り飛ばす。小さくなって防御の姿勢を取っているのは、同年代のサマーデライトだった。

 低魔力だからと捨てられたらしいサマーデライト。普段から不愛想で、口数も少なくて、低魔力ゆえにいじめられっ子。

 でも、大教会に来たばかりで不安が多かったプッシー・キャットの手を引いて、どこに何があってどういう覚え方をすれば覚えやすいか、などを簡単に教えてくれた。

 仲良しと言える程に会話したわけじゃないけれど、それでもサマーデライトはプッシー・キャットに優しくしてくれたのだ。そんなお友達を目の前で蹴られて、良い気持ちがするわけもない。


「やめなさいよ! 可哀想でしょ!」

「ほーらまた出た、可哀想でしょ~って。女に守られてみっともね~~の」

「女に守られるしか出来ない低魔力!」

「やめなさいっての!」

「おー、怖い怖い」

「やり返してみーろよ、あっははは!」


 いじめっ子達はおどけた様子でケラケラ笑いながら立ち去って行った。

 まったくもう、とプッシー・キャットは怒りのやり場が無いまま肩をすくめ、頭や腹を守るように丸まっていたサマーデライトに声を掛ける。


「サム、もう大丈夫よ。いじめっ子達は行っちゃったわ」

「……そう」

「絡まれたら逃げなさいって言ったのに!」


 防御の体勢をやめたサマーデライトを立ち上がらせて、服についた泥なんかの汚れを軽く叩いて落とせるものは落としていく。

 初級の魔法すらも碌に使えない程、サマーデライトは魔力が少ない。一歩間違えれば奇形になっていたかもしれない程だった。

 だからなのか、教会内でもサマーデライトは後回しにされたり、あまりきちんと話を聞いてもらえない事が多い。いじめっ子のせいで汚れたのに、汚れるような遊びをしてはいけませんと叱られ、皆の洗い物までやらされていた。


「どうして言い返さないのよ!」

「言い返してもまた同じ事は起こるし、理解してもらえるまで説明するの、面倒だろ」


 前に思わず口出しした時、サマーデライトは淡々とそう言った。

 サマーデライトは、いつもそうだ。いつも他人事みたいで、諦めていて。それがどうしても許せない。


「今日だって逃げれば良かったのに!」

「魔法で足止めされて、石を投げられたんだ。それで咄嗟に頭を守ったら、そのままさっきの状態になった」

「それでも抵抗は出来たでしょ!」

「…………」


 サマーデライトはむすっとした表情で顔を逸らす。

 それは今にも舌打ちをしそうな苛立ちの表情だったが、そういったものに鈍いプッシー・キャットからすれば、幼馴染が少し不機嫌になったくらいにしか見えなかった。


「……ねえ、サム。やっぱり、帰ったら魔法の練習一緒にしましょ? サムの魔力でも安定して使える魔法はあると思うし、少しでも魔法が使えるようになれば」

「やらない」

「どうして!」


 もう! とプッシー・キャットは自分の気持ちが無下にされた事に不満を覚え地団駄を踏む。


「……少し使えたくらいじゃ、生意気だって言ってもっといじめが酷くなるよ。魔法が使えるならこのくらいは耐えられるだろ、ってさ」

「だったらその分だけ魔法を鍛えて見返してやれば良いのよ!」

「それは魔法が使える側の言い分だろ」

「やって出来ない事は無いわ! 頑張ればきっと、」


「 ハ 」


 それは、嘲り。悪意。敵意。嫌悪。

 あるいは獣が骨を噛み砕く時のような、鼻の頭に皺を寄せた険しい顔。口は笑っているのに、その目はまったく笑っていない。


「……前から言おうと思ってたけど、君はさ」

「キティよ」

「プッシー・キャットは」

「キティ!」

「キティは僕が相当に嫌いなんだね。いじめっ子がエスカレートしていって僕を殺せば良いのにと思って、わざとやってる?」

「は!?」


 薄笑いを浮かべて放たれた思いがけない、脳が理解するのを拒む言葉にプッシー・キャットは目を白黒させた。


「な、何でそんな話になったの!? 私はサムを心配して」

「心配するもしないも勝手だけどさ、キティが僕を構うからいじめっ子が僕をいじめる構図になってるの、もしかして気付いてない?」

「……え?」

「低魔力の癖にいけ好かない、って思われてるんだよ。キティが僕に声を掛けるから。僕を助けようとするから。いい気になるなよって言われて、前よりもっと強く蹴られる。キティが僕に関わる度に酷くなってるんだ」


 ハァ、とサマーデライトはため息を吐く。理解出来ないと呆然状態になっているプッシー・キャットを、何の感情も浮かんでいない目で見ながら。


「助けようとする精神は素晴らしい。神もそう仰っておられる。でも僕にとって君の善意は毒なんだよ。子供は善意で犬や猫にチョコレートをあげるけど、それを食った犬や猫は苦しんで死ぬ。僕としてはそういう感じ」


 じぃ、とサマーデライトの目がプッシー・キャットの目を静かに見つめる。


「いい加減、僕に関わらないでくれるかな。僕を心配するならそうしてくれると一番助かる」


 言うだけ言って、サマーデライトは背中を向けて立ち去った。さよならの一言も、じゃ、という声掛けすらも無い。

 仲良くなりたかった友人。憧れを抱いた幼馴染。

 そんな相手からの明確な拒絶に、プッシー・キャットの胸はズキリと痛んだ。





 サマーデライトはその後、プッシー・キャットとはあまり話さなくなってしまった。

 業務連絡はしてくれる。でも、それだけ。サマーデライトの方から声を掛けてくる事はなかった。

 あれからもサマーデライトはいじめられていて、どうしても見ていられないからと割り込んでしまう時はあるけれど、出来るだけ見ない振りをするようになった。

 だって、サマーデライトに嫌われたくは無かったから。


「サム……」


 サマーデライトの立場は、年々悪くなる一方だった。

 自分を軸にするという形で、袋や箱といった仕切りが無いそこらの空間を拡張し、物質の収納を可能とするとんでもない魔法をやってのけてみせた。

 あまりにも難しく、繊細な魔法だった。

 やり方はわかっている。方法だって成立する。けれど、人の身でそれをやってのけるなんてとても難しい所業だった。実現は不可能だろう魔法を、他の魔法を使う事も出来ない低魔力の身でやってみせた。

 プッシー・キャットは、サマーデライトがこれで認められるはずだと思って嬉しかった。

 だってそうなれば、サマーデライトがプッシー・キャットを避ける理由は無くなると思ったから。前みたいに、否、前以上に近い距離で話せると思ったから。


「生意気なんだよ、低魔力の癖に!」

「いい気になってんじゃねえぞ低魔力!」


 でも、現実はそうはいかなくて。

 実際に出来ているから、それは幻想だとか空想だとか、そういう扱いは出来なかった。でも、誰も真似出来ない技術だった。

 低魔力が出来るのに、高魔力ですら出来ない魔法。

 それを疎まれ、サマーデライトはより一層嫌われた。仲間外れにされた。目の敵にされた。

 プッシー・キャットは助けたかった。でも、拒絶された記憶がその足を止める。サマーデライトに嫌われたくはないと思って。

 性差もハッキリ出て来た年頃になると、男の子達相手に食って掛かるのもやり辛くなってきた。おしとやかにしていなさい、と他のシスターに言われたからか、より一層荒事への拒絶感が強まった。

 気付けば、プッシー・キャットは正義感すらどこかへ無くしてしまっていた。

 いじめだなんてそんな事が無ければ良いのにと夢見て、眠って、忘れて、そしてまた目撃して現実逃避して、そもそもそんなものを見える位置でやらないで欲しい、なんていう自分勝手な思いになっていって。


「サマーデライトにはスピリタスへ異動してもらう」


 そんな日々の中で、サマーデライトに命令が下された。

 化け物が往来を闊歩すると言われている、想像するもおぞましいスラム。そのスラムの中でもとびきり暴力的で、ふしだらな色事が公的に許されているというスピリタス。


「サム!」

「?」


 拒否せず頷き、あまりにも早過ぎる予定日に間に合わせる為か部屋に戻ろうとしていたサマーデライトを追いかけ、声を掛けた。


「サム……さっきの」

「スピリタスに異動の話?」

「そう! だってそんなの危な過ぎるわ! 化け物が居る場所なのよ!? しかもスピリタスだなんて、今までもずっと酷い報告ばっかりの場所! 行ったら最後、帰ってこれないとまで言われてる場所なのに!」

「そうだね。低魔力には丁度いい左遷先だ」

「そんな事ばっかり言って!」


 う、とプッシー・キャットの視界が歪む。目が熱い。瞳が潤む。

 どうして世界はサマーデライトに厳しいのか。どうして自分はサマーデライトの為にしてやれる事が何も無いのか。

 どうして、サマーデライトは抵抗しないのか。


「……ねえ、考え直してもらいましょう。スピリタスへの異動だなんて無茶よ! 私も一緒に行くから、」

「どうして?」

「どうしてって、意見が多い方が」

「僕は行くよ。あそこは生き残れるかどうか、裏切らないかどうかが重要だって聞き及んでるし。それが本当かを確認次第、動き方を考えればどうにかなりそう」

「ど、どうにかなりそうって、そんな簡単な話じゃないのよ!?」

「魔法が使えない者を見下して迫害するような考え方が横行してる世界よりは簡単だよ」


 そう告げるサマーデライトは、笑顔だった。

 いつも淡々としていて、ぶっきらぼうで、仏頂面だったサマーデライトじゃない。ミサに来る人達に挨拶する時のような、にこやかな笑顔。





 数年ぶりに帰って来たサマーデライトは、あっという間に帰ってしまった。

 思い出すのも恐ろしい化け物の登場にプッシー・キャットは気絶してしまい、その間にスラムへと帰ってしまったらしく、サマーデライトと会話出来なかったのは残念だった。


「……サム」


 寂しいけれど、仕方のない事なのかもしれない。

 あの後教会の偉い人達がざわついて、何人かが処刑になったという。なら、神の考えに逆らうような事をやろうとしていた方々が本当に居たという事だろう。

 怒った様子のサマーデライトが言っていた通りに。


「……サムが元気でいますように」


 ベッドの上で手を組んで、そう祈る。

 いつかサマーデライトが帰って来たら、今度こそ沢山話をしたい。沢山話をして、ごめんなさいをして、仲直りをして、そうして、サマーデライトが好きなのだと伝えたい。

 プッシー・キャットは毎晩祈る。

 サマーデライトからすれば嫌悪しか湧かない、サマーデライトへの理解など何も無い考えで、今後も叶うはずの無い願いを抱いて。



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