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世界の闇



 大教会でちょっとしたいざこざがあって一週間後、来客があった。


「いよーっす。三人共ラダシフ来てんだもんなあ。一回あっち行ったんだぜ?」


 誰も居なかったけどよぉ、とぼやくのは少女らしい見目の子供。

 少女と言っても幼女に近い体型で、柔らかそうな肉付きから細い手足になってきている途中くらいの年に見える。

 髪を高い位置でのツインテールに括った彼女は一見すると普通の子供に見えるが、足首辺りに生えている動物のような毛と、足の代わりにある羊みたいな蹄。そしてスラムに馴染んだ様子からしてルシアンの部下か何かだろう。


「おっと、とはいえマリンスノーとは実質初めての顔合わせか。アタシは勝手に把握してたが」

「そうね、初めまして。マリンスノーよ。そちらは?」

「ジャックター。ジットで良い。偵察とか潜入とか諜報とか泥棒とか、まあ色々を担当してる。あとガキに見えるだろうがお前より年上な」

「え」

「奇形にゃ見た目と年齢がちぐはぐなんてよくあるぜ。アタシはこれ以上年を取れないし、逆に産まれた時から皺くちゃなヤツも居る。まあ生き物ってのは産まれた時に皺くちゃで当然なんだが、産まれた時から老人、ってのが居るんだよ」

「そうなの?」

「うん」


 ジャックターの言葉にマリンスノーがカルーアを見ながら問いかければ、カルーアは酒を飲みながら頷いた。


「通りの向こうに手足が異様にひょろ長い爺が居るよね。ガラクタとか鉄くずとか拾ってるヤツ」

「居るわね」

「アイツ、産まれてから五年」

「五歳!?」

「あと五件隣の娼館の客引き。十五歳くらいの」

「ああ、居るわね」

「アイツは七十八歳。産まれた時は老婆だったけど、年を重ねるごとに若返ってる。奇形の中でも珍しいタイプ。まあまったく同じ形の奇形って中々無いからね」

「驚く程見た目情報が役立たないっていうのがわかったわ」

「ま、アタシもそういうタイプってこった」


 ケラケラと笑ってから、で、とジャックターは抱えていた複数の箱をドンとマリンスノー達が囲んでいるテーブルに置く。

 普段はカウンター席に居る事が多いマリンスノー達だが、今日は珍しくテーブル席に居た。そこに置かれた謎の箱。蓋がされていても漂う異臭。


「ったく、()()()()までの会議で二日掛かった。移動も時間掛かるから面倒ったらねーぜ」


 近くから席を引っ張って来たジャックターがどっかりと椅子に腰かける。

 そこでマリンスノーは、ジャックターの足にある花柄模様がタイツやスパッツでは無い事に気付いた。どうやら実際に皮膚自体がそういう色合いと柄らしい。

 まあ肌色が異色な奇形は多いし、ルシアンの部下の一人であるアズールもサメ肌だった事を思えばそのくらいはよくある範囲の範疇だろう。


「あ、ピオ! アタシあれ、フライドポテトとチキンな! ポテトは分厚く切れよ!」

「あいよ。酒はどうする」

「喉がカッとなるやつ」

「任せな。ところでその箱は何なんだ? 一応聞いとくが、うちの商売の邪魔になるようなブツじゃねえだろうな。今はまだ飯時の時間帯だぜ」

「ヘヘヘ、警戒心をお持ちのスラム慣れしたヤツは鼻摘まんでおくんだな」


 ジャックターが笑っているようで笑っていない目をにまりとした形にしたのを見て、うげぇ、という顔をしてピオはさっさと調理場を兼ねたカウンター向こうへと早足で戻っていった。

 その背中を見送ってから、ジャックターは箱の蓋に手を掛ける。


「キッチリと本人が死んだのを見届けたぜ。司教二人に司祭四人だ。その六名に責任を負わせて手打ち、ってな」


 蓋が開けられた箱には、首が落とされた後そのまま突っ込まれたのだろう、ここまでの道中でかなり腐り始めた首がごろんと入っていた。

 他の箱の中も同じようなもので、テーブルを中心として明らかに食事時向きじゃない臭いが漂い始める。


「おいこらジット! テメェ飯時だっつったろうが! そんなもんの臭い漂う中でポテト揚げる身にもなれ!」

「別に良いだろピオ。アタシはこの中でも食える」

「テメェのイカれ具合なんざ知るか!」


 チッ、と舌打ちしながらジャックターが箱の蓋を閉めた。

 まだ臭いは残っているが、比較的マシになったような気がする。

 マリンスノーの視界では店の用心棒を兼ねているミスサイゴンが一貫して平然としていた。他の客は反応の大きさに差異はあれども多少の反応を見せていたので、流石肝が据わっていると密かに感心。

 もっともルシアンとカルーアも特に取り乱した様子は無く、冷静に箱の中に入っていた首の顔を確認していたけれど。


「ま、妥当な首かな。主犯と共謀だから本当に妥当。まあ身に着けてた装飾品なんかをそのままにしてる辺り、最低限の礼儀は通ってる」

「そうなの?」

「首だけだったら当然の措置過ぎてアウトだったね。壊した建物を直すのは当たり前として、それとは別に慰謝料は要るでしょ? だからもう一つ、責任取る立場の人間の首を寄越すか、賄賂となる何かを寄越すかってところ。それをやらないならスラムを随分下に見てるな、ってなってスラムとの関係性は悪化してた」

「つまり、関係性は悪化しない方向に纏まったって事?」

「そうなるね。悪化しないだけの礼儀を見せられたんじゃあなー。今後ともご贔屓に、って事なら仕方がない」


 スコーピオンが持ってきたポテトとチキンを横から取って食べつつカルーアが言う。

 ジャックターは横から取られているのに不満そうだが、よくある事なのかお代わりを頼めば良いという思考なのか文句は無いようだった。


「他のスラムにも、礼儀は通されたって報告しなきゃなー。やらかそうとしたのは事実だからしばらく教会側の立場は弱いだろうけど、人権無視って程では無くなると思う。数年程出荷数上がるくらい?」

「出荷数?」


 教会側の出荷となるとプッシー・キャットが言っていたように聖書とかそういう系かしらと思うも、彼女の様子からしてそういった様子は無かった。

 サマーデライトから購入している武器の可能性もあるが、あれはそもそもサマーデライトが勝手に個人でやっている商売であり、教会は関わっていない。つまり謎。


「ああ、出荷数ってのは人間のことだよ」

「人間」

「奇形じゃない人間ね。奇形だと個体差のバラつきが多いから商品にし辛いんだ。で、教会は孤児院を併設してる事も多いから、そこからサティスファイドってスラムに流されてる」

「サティスファイド、って初めて聞くスラム名だわ。序列一位の女性優位型で規律厳しいエタノールと、そこに喧嘩を売って負けて完全に支配下に置かれて小間使い扱いされてる序列三位のエバークリアは知ってる」

「うん、多分言ってない。サティスファイドは序列的には九位。スラムっていうよりは、町全体を人間牧場にしてるっていうのが正確な場所。ここもエタノールの傘下だよ」


 スラムに来た時点で倫理感と喧嘩する覚悟はあったが、突然の人間牧場発言には流石のマリンスノーも少しばかり天井を見上げてしまった。

 天井の向こう側を見るかのような遠い目になるしかない。


「……ちょっと、よくわからないんだけど」

「んー、人間の髪が商品になるってのはわかる?」

「なるの?」

「なるよ。きちんとケアしてあれば簡単には千切れない髪になるし、コシが強くて真っ直ぐな髪質なら編むと頑丈な縄になる」

「ああ、何だか昔に読んだ忍者漫画で見た気がするわ」


 ほんのりと頭痛を感じるものの、理解は出来る。初恋キラーと名高い忍者教師が出る教育番組のアニメ、の原作漫画で見た覚えがあった。

 もっともマリンスノーの好みは父みたいに力加減がバグっている人なので、父親のような包容力は加点ポイントだがそれ以外の点数があまり伸びなかった為初恋キラーに初恋を奪われる事は無かった。ヤマアラシのジレンマ的な方がマリンスノーの好みである。勿論物理的な意味で。


「髪が伸びるまでの期間や、その質を作る為のケア、日頃の食事、そして加工と手間は掛かるけど、防具なんかに使われてたりもするよ。鉄をマフラーやバンダナに仕込んで急所を守れるようになってる防具もある中、鉄が合わない人向けに髪の毛仕込みの物が売ってる。同じ人間だからか鉄よりは肉体が拒絶反応起こす事も無いみたい」

「そりゃ人間の細胞、それも髪の毛相手にアレルギー反応が起こる事は早々無いでしょうけど」


 マリンスノーはオノマトペを使って程々に記憶操作も駆使して誤魔化しつつ護衛やらで旅をしてきた身だが、武器防具屋とはいまいち縁が無いままだった。

 仮に購入しても使い道がわからないし、それよりはオノマトペを使うのに慣れた方がよっぽど安全、という思考も大きい。

 なので武器防具屋の商品ラインナップも知らずに来たものの、当然のように商品説明で人毛仕込みとか書かれているのを想像してちょっとげんなり。

 流石に店側も配慮しているのかもうちょっと誤魔化した用語を使っているのだが、今後も武器防具屋に行く事が無いマリンスノーの誤解は解けないだろう。


「ちなみにふわふわで細い毛なんかは服とかカーペットとかに使われてる。パーマが強めで細かくくるくるふわふわしてるなら上質。天然パーマの頭って触った事ある? ふわふわでしょ、アレ」

「ああ、確かに親戚の子にそういう子が居たからよく撫でてたわ。癖になる触り心地だったし」

「そういう事。ああいうのを使ってるから羊毛より柔らかいんだよね。羊毛の毛糸はチクチクするからって人も、ふわふわな人毛は好きって言ってたりするよ」

「うわ」


 知ってて言っているか知らずに言っているかで天と地ほどの差がある。主に倫理観と道徳の面で。


「でもそんなの、すぐに千切れて駄目になるんじゃないの?」

「使用や洗濯で痛みはするけど、他の繊維もそうでしょ? 育てる期間とか羊より収穫量が少ないとかは勿論あるけど、だからこそお値段はそれなり。牧場で育ててる分、衛生的にはバッチリだし」

「スラムが経営してる人間牧場の衛生状態って、それだけで気が狂いそうなワードだわ」

「まあね。でもやってる事は普通に牧場だよ。牧場が家畜を虐める事なんて無いように、そこに飼われてる人間、つまり健常人もきちんとお世話されてる。食事も服も決められた物だけど、ストレス溜めないように程々の自由と娯楽はあるし」

「具体的には?」

「広い庭と対象年齢三歳くらいまでのオモチャ類」


 それ以上を対象にしたものは遊びつつ学べる系になり、下手に牧場外の知識を付けさせると面倒だからこその選択だろう。

 マリンスノーはその意図を正確に察して何とも言えない気持ちになった。

 そこで飼われる健常人への同情心などは全然、言ってしまえば定期的な散髪をするだけで衣食住が保証されてるも同然なので同情はしない。する理由が無い。ただまだ死に切っていない倫理観がドン引きしているだけだ。


「あ、当然だけど男女は分けられてるよ。そこを無理に繁殖させて、なんて悪質な事はしてないから安心して。牧場らしくそこはちゃんと人工的にやってるから」

「悪質ブリーダーよりは良い環境ってのは察したわ」

「実際出来の良い牧場くらいの扱い方かな。尚、家畜になってる健常人は管理のしやすさを考えて赤子や幼児の段階で牧場に入れてる。大きいのを下手に中に入れてもそれまでの病気経歴わかんないし、それまでに食べて来た物が不明なんじゃ安全性を断言出来ないし。何より外の思想を牧場内に持ち込まれても困る」


 外から来た大人が参戦する事によるクーデターの危機よりも、安全性の方が優先度は高いらしい。

 牧場と考えれば衛生面への信頼を第一に考えるのは会っている気がするが、人間牧場と考えるとあまりにも家畜扱いが徹底され過ぎていてうーんな気持ち。


「実際、恵まれた生活してると思うぜ」


 ジャックターがポテトにべったりとケチャップをつけながら言う。


「飢えに苦しむ事も無い。寒さに凍える事も無い生活。定期的に散髪したり、伸びた爪を切ったり、一定量の血液採取したりをするだけ。かつては健常人が奇形を集めてその素材を売ったりもしてたようだが、そっちは劣悪も劣悪だったって話だからな」

「というと? ……あ、やっぱいいわ嫌な予感がするから」

「皮膚が鱗になってるヤツは鱗剥がされて全身血まみれで放置。ボスみたいに体の表面から宝石みたいの生えてるヤツも同様。ツノも蹄も何もかもが、害獣駆除でもするかのように剥がれるのが当たり前。大きく育った方が収穫量は多いものの、暴れたら取り押さえられない危険性があるからと意図して劣悪な環境下。当時の資料とか本拠地に保管されてっけど見る?」

「見ない」

「だろうな。アタシもオススメしない」


 あー、とジャックターはぬるりと異様に長い舌を伸ばし、絡めるようにしてポテトを食べた。


「ま、生きてりゃ髪は伸びるし爪も伸びる。死なない程度に定期的に血を抜かれたりもするとはいえ、その対価に一生を世話してもらえるんだ。明るい未来も自由な夢もありゃしねえが、生きる事自体は間違いなく苦労しない。それがサティスファイド」

「……牧場って考えると、二人か三人くらい子供産んだら廃棄されるんじゃないの?」

「何だ、酪農家の出か?」

「いいえ」

「まあどっちでも良いや。マリンスノーの問いに答えるなら、一般的な牧場ならイエス。その通り。だが人間牧場ではそうならない。文字通り、老人になるまで世話される。老化による白髪にも一定の需要あるし、人の皮使った加工品も皺くちゃな皮膚になってるからこその触り心地が好きって客が居るからなあ」


 マリンスノーは倫理観を急募したい気持ちに駆られた。

 いや勿論、子供の頃はまだ生きていた曾祖母の手が皺くちゃで、その皺っぽさがやらかくて逆に楽しい触り心地だった記憶がある為その意見を否定出来ないけれど。


「老いたから、って理由で殺して肉にする一般的な牧場よりは良心的なんじゃねえの?」

「……まあ、それもそう、なのかしら」

「あくまで健常人ならって話だけどね。奇形は個人差が大き過ぎて長期的な商売に向かないから、サティスファイド所属の奇形は酪農家側状態だよ」


 チキンをバリバリいきながらカルーアが言う。


「飼われてる健常人だって、どうせ元は捨てられた命。スラムの人買いに売られた子供、教会経由の捨て子、ゴミ箱に捨てられていた赤ん坊。それらを拾って育てて一生を養ってるんだから、文句言うなら子供捨てるのをやめろって話だよね。奇形が産まれたら問答無用で捨てる人間性ばっかな世界だから、捨てるハードルが低いんだろうけど」

「嫌な現実だわ」

「でも、それが現実。残念ながらね」


 単眼を伏せてカルーアが肩をすくめた。


「ま、自分で生きて行く力は皆無な状態で育てられるとはいえ、怪我や病気があればすぐに医者が用意される環境下だ。普通に育てられた貴族の娘だって金持ちと結婚して子供を産む以外に価値を見出されてなかったりするのを思えば、子を産む母体兼自慢として見せびらかし用以外の用途が無い育てられ方よりマシだと思うよ?」

「なんか頭が痛くなってきちゃった。何でこんな話になったんだっけ」

「教会側の立場が弱まっての出荷数増加」


 ここまで黙ったまま追加の料理を注文しては食っていたルシアンが短くそう呟いた。

 その言葉にああそうだったと思い出してマリンスノーは頷き、


「……って事は、低魔力で立場が弱かったらしいサムって、わりと家畜コースギリギリだったのかしら」

「だろうね。サム本人も酒の席で笑い話としてよく話してる」


 とりあえずサマーデライトにトラウマは無いようで安心した。



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