教会
大教会からスピリタスまではマリンスノーが思っていたよりも距離があったらしく、ルシアンの翼でも帰ってこられたのは日付が変わった頃だった。
「まずは教会に行くぞ」
「あら、ここで別れて私達は家に帰るのかと」
「僕もそうかと思ってました」
「普段なら手前もそう言うところだが、カルーアが教会で待ってる、って言ってたからな」
はて、どういう事だろう。
よくわからないままマリンスノーとサマーデライトは顔を見合わせ、まあそれならとりあえず教会に、という事となった。
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教会に入る前から、惨状になっているのが見えた。
「おっかえり~! マリンスノーもサムも無事? うん、様子見た感じ無事みたいだね。良かった~! いや僕ってば察しが良いし大体の情報は持ってるし、リッツァからの情報からしても嫌な予感がするな~って思ってさ! サムは向こうの味方する事は無いから大丈夫だろうし、マリンスノーも大人しく向こうの言う事聞くタマじゃない。でも牽制くらいはしておきたいなーって思って、丁度良くマリンスノーの不在にそわそわしてたルシアンが居たから行って来いって背中を押したんだ! 上手い事行ったみたいで何よりだよ! あ、お礼は明日、分厚いベーコンステーキにして返してね!」
半壊でぶら下がっている状態の扉から入れば、比較的まともな状態の椅子に腰かけたカルーアによる怒涛のマシンガントーク。
カルーアは普段からこういったタイプなので良いとして、
「ベーコンステーキは了解。ベーコンの在庫があったはずだから、今日の夜食として出してあげるわ。でもその前に、この惨状は何?」
「先に弁明しておくとこの惨状は僕じゃないよ。まあ壊れる様子については知ってる。ずっとここで待機してたし」
言いつつ、あむ、とカルーアは屋台で買ったのだろう手羽先を齧る。
「やったのはそこのファジーネーブルだよ」
カルーアが手羽先の骨で示した先には、講壇の陰に隠れるようにしていたファジーネーブルが、真っ赤な血まみれ姿で膝を抱えて座っていた。
「あー、またやった感じかい?」
その血まみれ姿に動じる事も無く、サマーデライトは困ったなといった様子で頭を掻く。
「もしかしなくても、あれって返り血?」
「返り血じゃなかったら大事件な量を引っ被ってるね。まず間違いなく返り血だよ」
マリンスノーの問いにやれやれと肩をすくめながらサマーデライトはファジーネーブルを見た。
「何があった?」
「そ、そっち……が、任せて、だから、自分で、一人で……」
「オッケー、いつも通りだな」
「サァーム、前から思ってたけどファジーネーブルを一人で留守番させるよりはスイ辺りを雇った方が良いんじゃない? この子に迎撃させるといつもこうじゃん」
「迎撃だけは出来るんだけどなあ」
カルーアの言葉にサマーデライトはうーむと腕を組んだ。
「具体的に何があったかの質問はオーケー?」
「マリンスノーが何聞きたいかは大体わかるよ。まあなんというか、ファジーネーブルはキレるとヤバいってだけ。多分いつも通りに不届きな客が来て、最初は普通に接したファジーネーブルだけど、荒っぽい口調で怒鳴られでもしたんだろ。もしくは銃を向けられたり、突き飛ばされたりかな」
「む、胸倉……掴まれたわ……」
「まあそれでキレて、暴走して奇声あげながら乱射。教会内はこの惨状になって、不届き者はぐちゃっとなった、と。留守番させるのも何回目かになるんだから、いい加減もうちょっとマイルドに留守番出来ないもんかなあ」
「……あんたに、言われたくないわ、よ」
実際、不届き者も正規の客も無関係に扉が開き次第ハレルヤ発砲するのがサマーデライト。
その際には普通に備品を撃ち抜いたり血飛沫バラ撒いたりしてるので、その自覚はちゃんとあるのかサマーデライトは笑みを浮かべるだけで反論はしなかった。
少なくとも、大教会に居た時のような笑みにもなっていない笑みとは違い、スラムでいつも見かけるような笑みなので機嫌は悪くないらしい。
「ま、明日朝一でシャニーに頼もう」
毎日が繁忙期なシャンパンカクテルは明日も忙しいのが決まった。マリンスノーは無言で合掌を捧げておく。
「あーそうだ、それとルシアン!」
「何だよカルーア」
「それ! その口! マリンスノーに夜食準備してもらってる間にティガのとこ行って縫ってもらいな! ルシアン回復早いけど、適当な縫い方したら化膿すんだからちゃんと医者行く!」
「……明日で良いだろ」
「良くないよ」
「…………」
死ぬ程面倒臭ェ、という顔でルシアンが口をへの字に歪ませる。
「糸通すとちまちまとしか食えねえんだ。たまには大口開けて食わせろ」
「丸呑みの勢いで食うから止めてるんだよ。皿ごと丸呑みして味わわないだろ。口いっぱいにベーコン頬張るのが美味いのは認めるけど、ルシアンは頬張った瞬間飲み込むから却下。腹壊さないからって皿もコップも机も壁も食うようなバカ舌には勿体無い」
「味覚はある」
「美味い不味いを理解した上で全部丸呑みするからやめろって言ってんの。何が何でも糸縫ってから帰ってくるように。じゃないと家入れないしマリンスノーにも会わせない」
「あ゛?」
ビキリと青筋を浮かせて鋭い牙を覗かせるルシアンに、カルーアは単眼を呆れたように細めながら言った。
「お前、今晩マリンスノーといちゃつく気あんだろ。サイズ差なんかはマリンスノーの能力でどうにかしてるみたいだけど、お前の口の封印解いた状態じゃマリンスノーの首から肩がまるっと抉れて死んじまう。惚れた女食い殺したくなかったらその口大人しく封じとけ」
大分口悪いモードだったが、ルシアンは自分がやりかねない自覚があるのか無言で舌打ちして視線を逸らした。やらかす可能性の方が高いと思ったのだろう。
「って、それよカルーア! そこについて聞きたいんだけど、私って名実共にルシアンの女って事で良いのね!?」
「は? ルシアンがここまで囲い込んでる時点で当たり前じゃ……おい待てまさか本人からそういう事言われてねーのか? おいルシアン、こら、こっち見ろよ。おい。お前行為後のピロートークすらまともに出来ねえのか。おい」
目ぇかっ開いたカルーアがルシアンに詰め寄り、ルシアンは無言のまま遠くを見ている。完全にチンピラに絡まれた人の図。実際はスラムのボスと副ボスだけど。
「僕も別にお前のシモ事情まで首突っ込む気無いからその辺教えた事は無いけど、だからって行為後に何の宣言も無し? そこらで買った一晩だけの女ならともかく、性欲発散目的じゃない女として囲い込んでるのに? 他のスラムには嫁だの恋人だの相方だのとしっかり広めて他から変なちょっかい出されないようしろって指示しておいて?」
「……部屋ん中まで許可してヤッてんだからわかるだろうが」
「女連れ込んだ事の無い空間に連れて来たからお前は特別だってのは、本人にそれをしっかり伝えてこそ伝わるもんなんだよ! 五年以上の付き合いがあるなら察せってのもわかるけど、ひと月とそこらの付き合いしかないのに伝わるか!」
「別にそこまで怒らなくても、今現在それが事実ってわかったから私は嬉しいわよ?」
「両片思い状態で双方共に満足しないで。僕の応援し甲斐が無い」
あーもう、とカルーアはルシアンの脛を軽めにげしげしと蹴る。
音は重いがじゃれ合いのようなものらしく、ルシアンは眉間にシワを寄せているものの避けたりはしなかった。
マリンスノーは全然まったく気にしていないし寧ろサプライズ感ある喜びの方が大きいが、その辺りの意思疎通がいまいちだった事に引け目がちょっとあるのだろう。
あれでルシアンもカルーアも根っこに真面目なところがあるから可愛らしい。