洋行記編14 日本現地時間8月10日木曜日AM09:00
最初の一献目であるキールロワイヤルのフルートを傾け珠玉の雫を喉奥に転がす。
スパークリングワインの持つ炭酸の刺激と酸味が舌と喉を心地良く刺激し、その後からカシスの果実味と甘さが追いかけて来た。そして嚥下した後に鼻から抜ける吐息にカシスの酸味が残り香として混じる。
その心地良さに思わず「ほぅ」と嘆息を禁じえなかった。
カシスの割合をもっと増やせばより甘く、果実味を堪能出来るのだろうけど、私的にはカシスは1割弱程度入れる位が好みだったりする。あまり多く入れ過ぎると炭酸の刺激が少なくなってしまうのが個人的に気になってしまうからだ。
何事もバランスが肝要。そしてその最適解は人によって異なるものだ。
朝一番にお茶を飲んで以降飲食をしていないから丁度喉も乾いていたし、『舌で味わう』と言うよりも『体に吸わせる』って感じでものの数秒でフルート一杯分をキュッといってしまった。
しかしこれじゃぁ『最初の一杯』としては全く持って物足りないので、間髪入れずに2杯目のスパークリングワインのフルートに手を伸ばす。
シェード越しに入り柔らかくなった夏の日差しにそのフルートを掲げ、その黄金色と沸き立つ泡の姿を愛でた後に今度は口に含む前にフルートの口を鼻の下に向け弾ける泡から匂い立つ瑞々しい果実香をそっと呼吸と同時に吸い込んでみると、おおそこは桃源郷かパライソか、脳内に一気に広がる夢の国ってやつで何時までもクンカクンカとやってしまいたくなってしまう。
とは言え最初の一杯が私の中ではまだ未完なので、鼻腔がまだまだその香ばしく爽やかでありながらも果実や花にも似た濃厚なアロマに名残惜しさを感じているものの舌と喉と身体はもう我慢ならんさっさと寄越せとばかりに机を叩き喚いているからキュイキュイッと飲ることにする。
スパークリングワインの炭酸の刺激は最初のキールロワイヤルよりも強く、舌の上で泡が弾け喉奥に流れてなお発泡が止まらない味わいと刺激は堪らなく心地良くってとても好きな感覚だ。
だから、アルコール抜きでの飲食で店舗に生の炭酸水が置いてある事が確認出来ればそれをオーダーする事が多い。個人的には茶類よりも洋食には合っている様な気がする。
嚥下した後にアフターで香るアロマは飲む前に鼻腔で堪能したそれとはまた違い複雑な果実香を感じたのだが、如何にも上手く言語化するには経験も知識も少なすぎるのがもどかしい。
結局2杯目も身体が求めるまま『吸わせてしまい』瞬殺と相成って、さてはてこのまま3杯目を駆け付け3杯とばかりに一気に飲ろうかとも一瞬考えたんだが、その前に酒の肴を堪能しようと思った。
まどろっこしいので、3杯目のフルートを左手で持ち換え、右手でフォークを持ち先ずはアメリカンブレックファーストのサラダを『やっつける』とする。
グサグサとフォークで既にドレッシングの衣を纏った葉っぱ達を思う存分ブッ刺しまくって、一口で収まる位の葉物の塊を作り、アングと口にする。
ドレッシングの酸味が口腔内を刺激し、唾液腺が全力疾走し始め痛さすら感じる。
シャキシャキとした瑞々しい新鮮な野菜を噛みしめ砕き磨り潰す食感が何とも心地良いでは無いか。
2~3回であっという間に無くなってしまい、お次はフライドポテトをケチャップに付けて1本。
フォークがあるから使っているけど、ぶっちゃけフライドポテトってポテトチップと同じ様に素手で摘まんで食べるやり方が野趣溢れてて好きなんだよね。
2本目、あ、それ3本目、間も開けずに4、5本目っとパクパクってやってりゃそらあっという間に無くなってしまうってもんだ。
でお口が脂でちいとばかり滑らかになった所で、『おかえりスパークリング』の出番再来と来たもんだ。
『脂』、『塩っけ』、『アルコール』を準繰りで回せば経済も文化も何でもまわせちゃう波動エネルギーも真っ青な永久ループの完成だ。
回せば回すほど、お医者さん真っ青になるじゃねーかって事は今回の旅路では頭の片隅に追いやる事にしてたりする。
でもって当たり前だが、あっという間に3杯の盃が空っぽになってしまった。
新しくフルートを使うのも申し訳が無いので、使った盃を再利用してそこに新たな美酒を注ぐとしよう。
となると、『おかわりスパークリング』って事になるだろう。別の酒を楽しむって手段もあるんだが、今はまだその時ではないかな?
3つの空になったフルートをトレイに乗せて席を立つ。
親父殿は私の飲むペースを知ってるから別に何も言わず、息子殿と会話を重ねている。
色々と語り合いたい事柄が沢山あるのだろうが、肝心の息子殿は聞かれている事に答えるのがメインで自身が積極的にジイジに対してあれこれ聞こうって姿勢では無いのが仕方が無いとはいえ残念ではある。
仮にあの頃の年齢の私が当時まだ存命だった祖父母に対し積極的にコミュニケーションを取ろうとしていたのか?となるとそんな意識は全く無かった訳で、だからこその今回の企画だったりするのだが中々上手くはいかないものだ。
大抵居なくなってからあるいは失ってから、はじめて人間気が付く事が多過ぎる。
社会的な立ち位置や金銭、健康なんてのも同じ事だろうし、人との縁も、眩い時間も。良きにつけ悪しきにつけ。
『おかわりスパークリング』を今度はフルートなみなみ3杯用意して、さあ今度の酒と肴のマリアージュはどんな景色を私に見せてくれるのだろうと意気揚々ワクテカマシマシの心境でワハハと止まらぬ笑いを引っさげながらテーブルに戻ってみたら息子の姿が無かった。
「ん?アイツ便所か?」
「ああ、そうだな。なんかあいつトイレ近いんだな。大丈夫なのか?」
「たまに飯食ってる最中にも便所行く事があるんだよ、アイツ。まあ俺達に比べてもちっとばかり胃腸が弱いのかも知れんけど、特に体調面で問題があるって訳じゃ無いから心配しなくて良いよ」
と言いながらトレイを慎重にテーブルに置き椅子に座る。
早速持って来たフルートの一つを慎重に少しだけ持ち上げ口の方をフルートに近づける。
スパークリングワインをもっきりで持ってくる野郎は大抵『卑しい飲兵衛』って相場は決まってるし私自身その自覚は十分あるのでだからなんやねんって開き直っているのだが、まあ少なくとも人様の前で酒に関して偉そうな態度にはなれんわな。
ひょっとこの様な口を突き出しながら並々と注がれたスパークリングワインを一滴たりとも零さない覚悟を持って静かにヒュッと啜り吸い込む。
「・・・っかぁ~っ!」ってなるのは仕方が無いがどう転んでも角打ちで週末に競馬新聞を愛読している紳士諸君のムーヴそのものなんだろうなぁ。でもこのはしたなさが溜まんねぇ。
で私がインモラルな飲みを堪能していたら、おもむろに此方の方に向き直った父が
「所で、さっきのエレベーターの件だが、あんまりアイツを強くしかってやるな。本人も気にはしているんだし、お前が殊更強く叱責する様な事をすると、アイツも委縮してしまうだろう」
と言って来て正直驚いた。
いや、アンタ会社の業務で『しくじった』私を社員&パート全員の前でパワハラ会議開催して激しく面罵した事何回もあったやん、って喉元までこみ上げた言葉を再度飲み込む。
そら仕事とプライベートでは全く違うって事なんだろうけど、少なくとも3人が団体行動でイベントを実行するにあたって明らかな不注意、不作為によってそのプランが瓦解するリスクに直面すればハンドリングする私からすれば指摘しない訳にはいかないだろ?
「アイツはそもそも俺がゴチャゴチャいったとこで委縮する様なタマじゃねーぞ。それに団体行動で明らかに本人の不注意によってスケジュールが狂う場合、その本人置いて行って残った団体がスケジュール通りに行動するってのは団体旅行ではデフォだろ?今回は3人だけだし俺の方で若干なら調整は可能だけど、そもそも空港でテメェのトンマさ加減で勝手にすっ転んで怪我して動けません&病院行くから飛行機乗れませんなんてなったら、幾ら何でも想定外のアホムーヴで救い様が無ぇーじゃねーか。ある程度厳しく叱責するのはむしろ当然だと思うがね?」
「お前の言わんとする事も判るが、それでも場所とタイミングは調整出来るだろ?わざわざ他の人も同乗しているエレベーターの中で彼に恥かかせるような形で必ず指摘しなければならない内容だったのか?となると俺は疑問に思うがな」
「んな長々と詰めていた訳でもねぇし、それだけのシデカシだって事位本人が自覚すりゃ万々歳じゃねぇか。つかそんなに彼のメンタルの事が気になるんだったらアフターフォローとか貴方がやりゃ良いじゃん。案外そっちの方がアイツ素直に言う事聞くかもしれねぇぜ」
と言いながらドレッシングの掛かったチョップドサラダをフォークでサクサク刺しつつ、左手でフルートを持ち次の酒と肴の準備を進める。
チョップドサラダの醍醐味は色取り取りの野菜や雑穀、豆類等を一度に味わえる上に口腔内での色んな食材の科学融合を堪能出来る点が挙げられる。
材料の種類が多過ぎてとてもじゃ無いが『御家庭の味』って訳にもいかない贅沢なサラダだ。
父は私の反応を確認した後、軽く嘆息しながら
「・・・まあ良い。俺の方で時間を見てアイツにこの件について話をして置く。お前ももう少し相手の立場や心情を考えて仮に正しい事であっても場所を弁えず強い言葉で相手を必要以上に責め立て無い方が良いぞ」
とだけ釘を刺して来た。
正直彼の息子として今まで関わり続けた歳月によるバイアスがある事は否定出来ない。
ただ少なくとも昔はもっと自分自身にも親族に対しても他人にとっても厳しい人であったから、この反応は正直驚きを感じずにはいられなかった。
それが人間として成熟して『丸くなった』と言うべきなのか『老いて』弱くなったと見るべきなのかは正直判断が付きかねた。
だから私は心の中で『意外と父上も甘いようで』と呟いたが実際に口には出す事無く、ただフルートを軽く掲げる事で返答とした。
>パワハラ会議
元ネタは皆様御存知、鬼滅の刃のラスボス鬼舞辻無惨による部下であった十二鬼月の下っ端グループ大リストラ祭ですね。
下っ端六鬼の『製造者責任』は本人ガン無視なのも世の人々に受けまくった理由なのかも知れません。
>材料の種類が多過ぎて
2025年現在のサクララウンジで供されるチョップドサラダは『21 items vegetable salad』と銘打ってあるので多種多様な材料によって作られている逸品です。や、サッパリした酒の肴が欲しい時にはうってつけの一品と言えます。
>『意外と父上も甘いようで』
ハイ、元ネタはあのマスク女による兄殺しのシーンですね。ワイの頃は兄貴は後頭部からビーム串刺しでしたが新作では毒殺だったりするんですよね。瞳孔の縮瞳度合いとか無題に芸が細かくって感心した次第。
色々と苦労人ではあるんですが、両作品共に最期はバズーカ直撃を喰らうってのが『仕様』なのあんまりすぎて笑ってしまった。




