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ピアニスト桜井百合による謎解き小曲集  作者: 木原式部
第一章 乙女の祈り
8/100

鋭い気配①

 達也が百合から「エヴァンスさんに襲撃予告が届いている」の詳細を聞いたのは、エミがブローチを捨てた日から2日後だった。


 達也がアルバイト先の栄一の探偵事務所へ行くと、仕事を始めるより早く百合が達也を応接室に呼び出した。


 達也は脱ぎかけていた仕事用のジャケットを慌てて羽織りなおすと、百合に続いて急いで応接室に入った。


 幼馴染とは言え、事務所では百合が達也の上司になる。しかもこの上司は事務所の所長の栄一と同じくらい仕事を抱えていて忙しいと来ている。


 言われたことに対してなるべく早めに行動し、百合の負担を軽くするのも達也の仕事だった。


 達也は栄一の探偵事務所で働き始めてから半年ほど経つ。一緒に働く百合の仕事振りはいつも手早く的確で完ぺきだった。


 作家として世間では「天才」と評されている達也だが、本当の天才は百合ではないかと思っている。あんなに美しく、探偵業もできて、ピアノも超一流なのだ。見ていてほれぼれする。


 幼馴染とは言え、達也と百合は一時期そう頻繁(ひんぱん)に会う機会がなかった。小学校の時はそれこそ週一のペースで会っていたが、お互い成長するにつれて勉学が忙しくなったり進学で離れた学校へ行ったりしたのだ。


 その間も達也は百合のことが好きだったが、最近は前以上に心がざわざわして仕方がない。


 達也の百合に対する今の想いは「惚れ直した」という言葉がぴったりくるだろう。他の男が百合を振り向かせる前に何とか自分の想いを伝えたいが、なかなか勇気が出ない。


 幼馴染という関係はこういう時にやっかいだ。百合と親しくしていられるし居心地は良いが、その一歩先に踏み出そうという気持ちには足かせのような(おもり)になる。


 達也はそんなことを考えながら、百合が呼び出した応接室のソファに座った。


 すでに向かいのソファに座って待っていた百合は、達也が座ったのを見ると無表情で例の襲撃予告の詳細を話し始めた。


 百合が話した内容はこうだ。


 パトリック・エヴァンスが全世界ツアーを発表した翌日、エヴァンスが所属しているレコード会社に「ツアー中にエヴァンスを襲撃する」という予告状が届いた。


 こういったメッセージはエヴァンスにとって初めてではない。パトリック・エヴァンスはミュージシャンとして活躍しているだけではなく、政治や環境問題にいろいろと意見を述べることでも有名だった。


 彼を支援する人間がたくさんいる一方、批判的に(とら)える人間もかなりいる。


 ライブ会場に爆弾を仕掛ける、という脅迫状が届いたことも一度や二度ではない。実際に爆破はされなかったものの、安全を考えてライブが中止になったことがあった。


 襲撃予告を受け取った関係者たちは、エヴァンスを交えて話し合いを行った。エヴァンスは「自分が襲撃されるのは構わないが、観客に何かあるのは許せない」と彼らしい言葉を言ったらしい。


 しかし、今まで襲撃や爆破予告が来て、実際大事件に発展したことはない。ただの愉快犯の可能性もある。結果、警備を厳重にすることで全世界ツアーは決行されたのだが……。


「襲撃予告が来たのは一回だけ。それ以降は何も音沙汰(おとさた)がなかったの。もちろん、襲撃もされていない。


 でも、エヴァンスさんがイリーナ・ホテルのラウンジ『リリア』で特別ライブを行う、という告知が出た数日後、『リリア』で盗聴器が2つも見つかったの。


 一つは『リリア』の中央辺りにあるテーブルの裏。もう一つは『リリア』のグランドピアノに貼り付いていたの。ピアノについていたのは、私が見つけたんだけど」


 盗聴器を仕掛けた犯人も、まさかピアノを弾く人間の中に本業の探偵が混ざっているとは考えもしなかっただろう。犯人にとっては災難だな、と達也は思った。


「でも、盗聴器が仕掛けられていたと言っても、本当にエヴァンスさんを襲撃しようとしている犯人が仕掛けたとは限らないんじゃない? イリーナ・ホテルくらい大きなホテルなら、別の目的があるかもしれないし」


 達也は最もな感想を言ったが、百合は首を横に振る。


「イリーナ・ホテルはその辺の警備に関してはすごく気を付けていて、定期的にホテル中に不審なものがないか見回るの。日本だけでなく世界中の要人が利用するから、何かあるのは絶対にさけないといけないし。


 盗聴器をしかけた人間も、まさかそこまでイリーナ・ホテルが普段から気を付けているなんて思わなくて油断していたのね。ホテルの支配人が今まで『リリア』で盗聴器が見つかったことなんてないと言っていたから、エヴァンスさんがらみだと考えるのが普通じゃない?」


「じゃあ、襲撃予告した人間は、『リリア』でエヴァンスさんを襲撃しようと考えているの?」


「今まで見つからなかった盗聴器が2つも見つかったから、可能性は高いと思う。この件はホテルの支配人を通してエヴァンスさんやエヴァンスさんの関係者には連絡済み。


 一応、今のところはライブを開催する予定にはしているけど、何かあれば中止も仕方ないという返事だったみたい。


 達也も『リリア』にいて何か不審な人物がいたら教えて。私も演奏しながらそんな人がいないか見張るつもりだから」


「わかった。ちなみにこのこと、西園寺さんは知っているの? 彼女、ライブでエヴァンスさんのエスコート役する予定だよね?」


 達也はふとエミが心配になった。エヴァンスを襲撃するなら、近くでエスコート役をするエミも危険なはずだ。


「西園寺さんには言ってない。このことを知っているのはエヴァンスさんの関係者やホテルの人間のごく一部だけ。達也もこのことは絶対に誰にも話さないで。


 本当なら、私にも知らされない可能性があったかもしれないけど、私、盗聴器を見つけてしまったから」


「えっ? そうなの? でも、何でそんな重要なことを僕に話すの?」


 ホテルの人間でエスコート役のエミにも言っていないのに、なぜ僕のような探偵事務所の雑用係に話すのだろうか。達也は当然のように疑問を感じた。


「パパと相談したんだけど、達也にはそれとなくホテル内を見張ってほしいの。達也はよくイリーナ・ホテルに来るし、『リリア』も利用するでしょう? ほら、達也は勘が良いし、何か気になることがあったら教えてほしいと思って」


 百合の言う通り、達也は勘が良かった。


 百合や栄一のように洞察力や記憶力はないものの、小さい頃から感性が優れているのだ。ちょっとした物事の違いや人の気配を敏感に察知でき、時々自分でも第六感が働いているのではないかと思うほどだった。


 達也はこの感性を持っていたからこそ作家になれたのだろう。ただ、この感性は普段「やっかいなもの」としか思えない。


 事実、達也は何事に対しても敏感で、日常生活を送るのが苦痛になることさえある。


 作家の夢を叶えるために神が与えた試練なのではないか、と考えてしまうこともあるが、意外と探偵事務所では重宝されていた。


 栄一はよく達也に事務所のクライアントを会わせて印象を聞いたりする。あの百合でさえ達也を重宝がり、仕事で連れまわすことがあるほどだ。


 ――襲撃予告の犯人がいないか見張る。


 達也は身震いしたが、誰でもない百合の頼みだ。それに自分が何かを掴めばパトリック・エヴァンスや西園寺エミだけでなく、たくさんの人を事前に救えるかもしれない。


 達也は大きく頷いた。


「わかった、見張ってみるよ」

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