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狐の嫁入り  作者: 七星瓢虫
4/5

[叙]

留袖新造の彼女は、郷里の幼い弟達の為に身体を売る


彼女の不幸せは、幼い弟達の幸せ


誰に抱かれ様とも

幾ら抱かれ様とも


彼女の幸せは、幼い弟達の幸せ


そうして生きていく

そうして生きていくしかないのに


此処を安住として

此処で幸せを見つけるしかないのに


其れなのに

彼の日以来、褪せる事ない着流し姿の、男


閉じた瞼の裏に居座る

笑みを浮かべる男に、私の脈打つ心臓は苦しくなる

苦しくて、私は「死ねる」と思ってしまう


『何故、来タ?』


相も変わらず光の差し込まぬ社の奥に陣取る

男の抑揚の無い低い声が心做しか、茶化す様な音を含んでいた


まさか本当に来るとは思わなんだ、とでも言いたげな


『傘を返しに来い、と』


そう、男と約束した


『其れに、雨宿りのお礼も言いたかったから』 と続ける


ふと消え入りそうな、雨音と共に滴の垂れる音が耳に響く

戸を背にしたまま、首だけ捩じる

碁盤の目のような格子の隙間から、泥濘の通りを見遣る


雨?

又、傘を借りなければ


何気なしに思った

だが、丸で男に会いに来る口実に聞こえる


『礼?』

『ソウカ、オ前ハ、俺ガ恐ロシクナイノカ?』


そう、男はくつくつ笑う

何かを見透かした様な、笑い声


頬が熱くなる

蟀谷が熱くなる

白粉を塗っていない事に気付き更に、紅潮する

隠すように置いた手の平が、其の熱を容赦無く伝えてくる


『貴方は、誰?』


自分に注がれる男の視線に耐えられず、発した言葉


何故、私を見る?

何故、私を触る?


何故、私をこんな気持ちにさせる?


傘を渡して帰ればいいのに

其れでいいのに

其れが出来ないのは何故?


恋も知らないのに

愛も知らないのに


男も知らないのに


私は、女を感じている

私は、女を隠せずにいる


雪駄の踵に打ち込まれた鋲がチャラチャラ、社の床板に鳴る

男が、歩み寄って来ている


思わず俯いた、視線の先

紫色を帯びた暗い紺青色の着流し裾から伸びた、青白い脛が見える


駄、目


背後の格子戸を背中で押すが、びくともしない

其れでもお構いなしに、互いの間を縮める男の腰には黒の角帯が締められている

其処に置かれた腕は、私の肌を知っている


ゆっくりと隙間なく、男の身体と私の身体が重なる

背後の格子戸が鈍い音で、軋む


格子戸と男の身体の間に挟まれた私は、身動き一つ取れない

男の青白い腕が、碁盤の目のような格子を掴む


頬に触れる、男の腕に熱は感じない

蟀谷に触れる、男の唇から漏れる吐息も冷たく感じる


『此処デ、見続ケテキタ』

『夢ヲ売ル女ト、其ノ夢ヲ買ウ男ヲ』


恐ろしくない

恐ろしく等、ない



『此処ハ、夢ト現ノ境目』

『俺ノ存在等、ソンナモノデヨカロウ』


耳朶を、男の鼻先が滑る

首筋を、男の唇が愛撫していく


微かな温もりを感じる

誰よりも何よりも、私の身を焦がす


彼女の言う通り

彼女の言う通り、私は会いたかった


『貴方に、会いたかった』


『何故?』


男の低く、抑揚のない声

だが、私の心に沁み込んでいく声


ずっと聞きたかった、この声を

ずっと触れたかった、この男に


唯、怖かった

唯、そう思う事が怖かった


束の間の夢だと知っている、から


でもいい

もういい


『唯唯、貴方に会いたかった』


そうして、夢だと分かった


互いの、鼓動を感じながらも

互いの、息遣いを感じながらも


此処が、夢だと分かった


男の頬に、此の手を置いても

男の髪に、此の指を絡ませても


男の顔が見えない

男の顔が分からない

男の顔を思い描く事も出来ない


此れでいい

此れでいいのだ


遠く、雨の音が届く


ああ

雨が降る度、気に掛かる

部屋の片隅に置きっ放しのままの、番傘


あの人の


部屋の片隅に置きっ放しのままの番傘は、なくなっていた

私は、微かに残る頬の冷たさに唇が震えた


唯、頬を伝い落ちる此の雫が歓喜なのか、悲哀なのか

私には分からない

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