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2028年から過去にやって来たフリーター、ローカルAIと未来知識で無双する  作者: ポップ


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第1話 目覚めたら、ゴミ捨て場だった

「同じ画面を何度見ても変わらないわよ」


イヤホンから聞こえてくる声を無視して、相沢慎吾はもう一度、ブラウザのページを更新した。 画面中央に表示された数字は、やはり変わらない。


「二千五百六十円。さっきから一円も増えてないでしょ」


「はぁぁ……」


慎吾はマウスから手を離し、背もたれに身体を預けた。


二〇二八年十月十八日、午前一時過ぎ。終電を逃して入った漫画喫茶の個室には、飲みかけのコーラと持ってきた漫画が三冊。狭いデスクの上には、愛用のノートPCを広げている。


慎吾は二十六歳になる一人暮らしのフリーターだ。昼間は通販会社の倉庫で商品の写真を撮るアルバイトをしており、帰宅後はネット小説を読んだり、インディーゲームを遊んだりして過ごしている。


遊んだゲームは『DFチャンネル』という記事投稿サイトで感想を書き、そこから自分の記事経由でソフトが売れると、少しだけ紹介報酬が入る。そんな副業というか、お小遣い稼ぎにもならないような活動を、かれこれ三年近く続けていた。


始めたばかりの頃は「ゲームの感想を書くだけでポイントが貰えたり、お金になったりするなんてすごい!」と胸を躍らせたものだが、現実はそう甘くない。今も収益は月に千〜三千円の間をうろうろしている。ごく稀に一万円を超える月もあるが、それに関しては本当にまぐれのようなものだった。


「先月、結構頑張ったんだけどなぁ……」


「ネットでよく見る、自分でろくにプレイもしないで書いたような適当にまとめた記事より、アンタが書いたやつの方が私はずっと好きよ。熱量もそうだけど、文章も最後まで遊んだ人にしか書けない感じだったし」


「……でも、読まれなきゃ意味ないよ」


慰められていると分かっていても、そう言われると少しだけ気持ちが楽になる。慎吾が掛けているメガネのレンズの隅に、昨夜投稿した記事の見出しが浮かび上がった。


『寝不足注意! 時間を忘れて遊べる隠れた名作をご紹介!』


続いて、その下に導入文が表示される。


『試しにちょっとだけ触るつもりが、気が付いたら朝になっていた!?――歴史シミュレーション好きに勧めたい一本』


慎吾としては、昨夜のテンションのままひねり出した、それなりに悪くはないと思ったリード文だった。自分の実体験だし、ゲーム好きなら思わず共感してくれるはずだ――そう思って満足げに眺めていたのだが、レンズに映る『歴史シミュレーション』の文字の周りに、ピッと赤いマーキング枠が引かれた。


「中身はいいのに、入口がこれじゃもったいないわ。どんなゲームなのか、最初の見出しでまるで分からないじゃない」


的確すぎる指摘に、慎吾は天井を仰ぎながら背もたれに沈み込んだ。別に文章を書くのが好きなわけでもない。「ゲームの感想を書くだけで報酬がもらえる」というので簡単だからやっているだけなのに、これ以上細かい工夫まで考えさせられると、途端に投げ出したくなる。 慎吾はマウスホイールを無意味に上下させながら、小さくぼやいた。


「……タイトル考えるの、あんまりテンション上がらないんだよなぁ」


「『テンション上がらない』じゃないでしょ。ほら、気付いたならこういうのもサッと直していきましょ」


慎吾は苦笑しながら、再びキーボードに手を置いた。


ちなみに、さっきから耳元で遠慮なくダメ出しをしてくるのは『アイちゃん』と名付けたAIだ。慎吾が自分で入れたローカルAIなのだが、インストールした当初は機械的な受け答えしか出来ず面白みもなかった。でも、そこから好きなアニメのキャラに性格を似せてみたり、何度もやり取りを重ねるうちに人格のようなものが出来上がってきたのが、今のアイちゃんである。


スマホとノートPCに入れていて、何でも相談に乗ってくれる誇張抜きのパートナーなのである。


ある日、慎吾はこう頼み込んだのだ。 『褒めるだけじゃ役に立たないから、変なところがあればハッキリ指摘してほしい』と。


必要な権限を与え、度重なる調整を経た結果、今では頼まなくても自主的に画面をチェックし、ずけずけと意見を言ってくるようになった。近年のAI技術の発展には本当に感謝しかない。


慎吾の掛けているメガネも、その一環で奮発して買ったスマートグラスだ。スマホとBluetoothで接続し、レンズ越しにテキストや画像を表示できる。


フレームに内蔵された小型カメラを通じてアイちゃんと視界を共有できるため、フリーターの懐には手痛い出費だったものの、これも今では手放せない相棒になっていた。音声は片耳のイヤホンから聞こえるので、周囲に話し声を聞かれる心配もない。


指摘された見出しを修正して保存すると、視界の端に、可愛いパジャマ姿に着替えたアイちゃんのアイコンがひょこりと現れた。


「今日はもう寝なさい。趣味のノベルゲームがしたいのも分かるけど、さっきから何度も船を漕いでるわよ」


「いや……もう少しだけ進めて、これも記事のネタにしたくて」


「アンタ、そうやって昨日もろくに寝なかったでしょ。若いうちはいいけど、睡眠を犠牲にするのはやめなさい。長期的に見たら絶対損するわよ」


正論を言われると弱い。慎吾は観念してPCを閉じ、充電ケーブルを外して鞄にしまった。普段使いのスマホと、予備の古いスマホも鞄に入っていることを確認する。


「フリータイムが切れるから、六時になったら起こしてね」


「アラームは設定しといたわよ。起きられるかどうかはアンタ次第だけど」


レンズに浮かんだ文字を読んで、慎吾は小さく笑った。それから鞄を抱えるようにして、フラットシートに横になる。最後に覚えているのは、薄い仕切り壁の向こうから聞こえてきた、誰かの咳払いだった。


     *


次に目を覚ました時、頬に触れていたのは、なぜか湿った段ボールだった。


「……え?」


目の前に、潰れた紙パックが転がっている。 鼻先を小さな虫が横切り、慎吾は慌てて顔を上げた。


冷たいコンクリートの地面。 黒いビニール袋がいくつも積まれ、その隣には、ビニール紐で十字に縛られた古い雑誌の束が置かれている。


「……は?」


状況がまるで飲み込めない。


「兄ちゃん。そこで寝られると困るんだけど」


声のした方を振り向くと、作業着姿の男が立っていた。五十歳前後だろうか。荷物を載せた台車を押したまま、困り果てた顔でこちらを見下ろしている。


「……すみません。ここ、どこでしょうか?」


「どこって、うちの店の裏のゴミ置き場だよ。こんなとこで寝てるなんて、アンタ酔っ払ってたのか?」


言われて周囲を見回すと、間違いなく路地裏のゴミ集積所だった。いや、おかしい。自分はさっきまで、漫画喫茶の個室で寝ていたはずだ。慎吾は身体を起こし、慌ててポケットや鞄の中身を探った。財布はある。スマホも、メガネも、ノートPCもなくなっていない。


「具合でも悪いのか?」


「いえ……大丈夫です。ご迷惑をお掛けしました」


立ち上がると、腰がミシミシと痛んだ。 慎吾は何度も頭を下げて路地裏を出ると、大通りへ出て状況を確認することにした。


朝の眩しさに目を細めながら、スマホを取り出す。 画面に表示された日付は、十月十九日。そして電波マークの隣には『圏外』の二文字が表示されている。


「寝ぼけて、漫画喫茶から出ちゃったのか……?」


いや、それはない。会計も済ませずに客がフラフラと外へ出ていこうとすれ、流石に店員が呼び止めるはずだし、そもそも昨夜はお酒も飲んでいないのだ。これまでもそんな夢遊病みたいなことなんてなかったし……


慎吾はスマホを下ろし、通りの向かいを見た。シャッターを開けたばかりの電器店がある。その店先に積まれているテレビは、どれも画面の後ろ側が大きく膨らんだブラウン管だった。その隣には、これまた奥行きのある分厚いモニターとセットになった、クリーム色のパソコンが並んでいる。


レトロ家電の専門店かと思ったが、貼られている値札には『新製品』の文字があり、価格は――。


『298,000円』


ふぁっ!?


嘘だろ。こんな古いタイプのパソコンが?


さらに通りへ目を向けると、歩いているサラリーマンたちの少なくない数が、火のついたタバコを指に挟んだまま普通に歩きタバコをしている。


背筋に冷たいものが走った。慎吾は鞄からスマートグラスを取り出して掛け、片耳にイヤホンを押し込んだ。スマホでアイちゃんを起動すると、数秒後、視界の端に接続を知らせる文字が浮かぶ。


「……アイちゃん。ちょっと困ったことになっちゃったみたいなんだけど」


「ふぅん、どうしたのよ? まずはその『困った話』を聞かせてみなさい」


いつもの呆れたような声だった。それだけで、強張っていた肩の力が少し抜ける。慎吾は漫画喫茶で眠ったこと、目が覚めたら見知らぬゴミ捨て場にいたことを手短に説明した。喋りながら周囲を見渡していると、カメラ越しに同じ景色を見ているアイちゃんが、不意に鋭い声で遮った。


「待って。そのまま右を向いて」


視線の先にあったのは、店先に新聞の束を並べた小さな売店だった。吸い寄せられるように近づき、一番上の新聞に目を落とす。紙面の上部に、大きな活字で日付が刷られていた。


『平成十二年 十月十九日』


慎吾の足が止まった。


「……平成十二年って」


「西暦二〇〇〇年よ」


イヤホンから返ってきた声は、至って冷静だった。慎吾は隣のスポーツ紙にも目をやったが、そこにも同じ日付が並んでいる。


「あの、すみません。これ、今日の新聞ですか?」


店の奥から出てきた年配の女性に尋ねると、彼女は不思議そうに頷いた。


「そうですよ。今朝の朝刊」


慎吾はぎこちなく礼を言い、売店の前を離れた。真っ直ぐ歩くので精一杯だった。


看板のフォント、通行人が耳に当てている折りたたみ式の携帯電話、店頭に貼られた映画やアイドルのポスター。ここが大阪の日本橋なのは間違いないようだが、慎吾の知る日本橋の景色とは、決定的に時代が違っていた。


「映画の撮影、とかじゃないのかな」


「まぁ、その可能性もゼロじゃないわね。でも、これだけ広い範囲で通行人や売店の新聞まで仕込むなんて、ただのドッキリじゃ説明がつかないわ」


慎吾はスマホのブラウザを開き、検索窓に文字を打ち込もうとした。しかし、画面には『インターネットに接続されていません』と表示されるばかりだ。他のどのアプリを開いても、通信を必要とするものは完全に沈黙している。


そこで初めて、慎吾はある疑問に思い至った。


「……アイちゃんは、ちゃんと動いてるんだね」


「そりゃ、今の私はアンタがローカル環境に入れたAIモデルだからね。ネットが繋がらなくても問題ないわ」


「そっか……」


少し前、人気クリエイターが動画で解説していた『ネット回線を使わずにスマホやPCだけでAIを動かす方法』を試したことがあった。


誰でも使える大手のサービスじゃなくて、自分の端末の中で、自分だけのAIを育ててみたい。そんなちょっとしたこだわりと好奇心から、休みの日に手を出してみたのだ。


あの時、面倒くさがって途中で投げ出していれば、今頃この見知らぬ街で、相談する相手すら失っていたことになる。


「……入れておいて、本当に良かった」


「そうね。アンタそういうの苦手っぽいのに、泣き言を言いながらでも最後までやり切って良かったわね」


慎吾は小さく頷いた。視界の端で、誰にも見えないアイちゃんのアイコンが腕を組み、満足そうにコクコクと頷いている。……アイちゃんとの繋がりまで途切れてしまったら、本当に世界でたった一人になってしまいそうだ。


「ねえ。とりあえず警察に行った方がいいのかな」


「アンタ、アホなの?」


間髪入れずバッサリと斬られ、慎吾は口をつぐんだ。


「……いや、そんな言い方しなくても」


「じゃあ訊くけど、お巡りさんにどう説明するつもり? 『二〇二八年の漫画喫茶で寝ていたら二〇〇〇年のゴミ捨て場にいました』って、そのまま話すの?」


「だって、他に頼れる場所なんて……」


「助けを求めるにしても、先に状況を整理しなさい。名前と住所を訊かれて、身分証を見せてくださいって言われたらどうするのよ」


言われて、慎吾は財布から運転免許証を抜き出した。自分の顔写真の下に、生年月日が印字されている。


『平成十三年 十一月二十四日生』


西暦二〇〇一年。 アイちゃんは、しばらく何も言わなかった。その沈黙の意味に、慎吾自身が気づいた。


「あ……僕、まだ生まれてないんだ」


実家へ帰ればいい、という考えが一瞬で消えてしまった。当時の両親が今どこに住んでいるかも分からないし、仮に訪ねたところで、見知らぬ二十六歳の青年から「来年あなたたちの間に生まれる息子です」と名乗られて、信じる親がいるはずもない。


……最近は色んな詐欺があるから、僕なら絶対に信じられない自信があるわ。


スマホの画面には、先週届いた母からのメッセージが残っていた。『寒くなってきたけど、ちゃんとご飯食べてるの?』という、いつもの心配して送ってくれたやつ。それに返した『食べてるよ』という素っ気ない一文。


なんか無性に発信ボタンを押したくなった。


押しても電波すら届かないと分かっているのに、親指が画面の上から動かなかった。


「慎吾」


静かに名前を呼ばれて、顔を上げる。


「元の時代へ帰る方法を探すのは、とりあえず置いときましょ。今はまず座れる場所を探さなきゃ。さっきからアンタ、緊張でまともに息が出来てない」


慎吾は唇を噛み締め、小さく頷いた。深く息を吐き出すと、自分が思っていた以上に胸が苦しく、指先が冷たくなっていたことに気づかされた。


近くの小さな公園を見つけ、木陰のベンチへ腰を下ろす。少し離れた砂場では、小さな子供がしゃがみ込んでミニカーを並べていた。時折顔を上げては、見守る母親へ何かを話しかけている。 その何気ない日常の風景を眺めているうちに、慎吾の浅かった呼吸も少しずつ落ち着きを取り戻していった。


「……これから、どうしたらいいんだろう」


「まずは今日を生き延びないとね。食事と、寝る場所、それから端末の充電ね。私たちの手元にあるもので、今すぐどうにか出来ることから考えるわよ」


慎吾は財布を開いた。中には一万円札が一枚と、千円札が二枚入っている。先月書いた記事の二千五百六十円の報酬が振り込まれる前で、手持ちはこれだけだった。それでも一万二千円あれば数日はしのげる――そう安心しかけた慎吾を、アイちゃんの声が制した。


「待って。そのお札は出しちゃ駄目よ」


「……え?なんで?」


「考えてもみなさいよ。そのお札の肖像画もホログラムも、二〇〇〇年には存在しない未来の紙幣よ。自販機でも勿論使えないし、そんなものをお店で出したら、偽札の容疑で通報されるわ。お札はいいから、小銭を全部出して見せて」


慎吾は慌てて小銭入れから硬貨を手のひらに広げた。一見そのまま使えそうな百円玉や十円玉も、裏返すと『令和』や『平成二十年』といった未来の年号が刻まれている。五百円玉に至っては、新しいデザインのやつだ。


二〇〇〇年十月以前に発行された硬貨だけをより分けた結果、手元に残ったのはほんのわずかだった。


「百八十六円ね」


慎吾は手のひらに残った硬貨を見つめている。さっきまで、二千五百六十円の報酬を「少なすぎる」と嘆いていたのに、更にとんでもないことになってしまった。


「……未来の出来事を知ってるんだから、何かでお金を増やせないかな。競馬とか」


「歴史的な大事件なら私のデータベースにも入ってるわ。でも、今日どこの競馬場でどの馬が勝つかの情報なんて、ローカルの軽量モデルに全部入ってるわけないでしょ」


「株も、そもそも元手がないもんね……」


「今すぐお金が必要なのに、先の株価の値上がりを待ってどうするのよ」


ぐうの音も出ない正論だった。慎吾は、使える硬貨と使えない硬貨を分けて財布へ戻す。せめて、昔の一万円札が一枚でも混ざっていればなぁ……


「とにかく、今日のお金をどうにかしないとね」


今度は、さっきよりもずっとしっかりした声が出た。


公園を出た慎吾は、電気街の商店が立ち並ぶ通りを歩いた。アルバイト募集の貼り紙がないか目を配りながら進んでいくと、見覚えのある作業着姿が目に入る。朝、ゴミ捨て場で声をかけてくれたあの男性だ。


店先には、中古のデスクトップパソコンやモニターが所狭しと並んでいる。頭上の看板には『フジタ電機』とあった。男性も慎吾に気づいたようで、運んでいた段ボール箱を足元に置いて話しかけてきた。


「おう、さっきの兄ちゃんか。もう具合はいいのかい?」


「はい。朝は本当にすみませんでした」


改めて深く頭を下げる。男性はそれ以上、なぜゴミ置き場で寝ていたのかを詮索しようとはしなかった。……まぁ、普通に考えれば、飲んで酔っ払って寝てしまったとか、そういう風に考えているのだろうが。そして、男性が店の奥へ戻りかけたその背中に、慎吾は思い切って声をかけた。


「あの……! 今日一日だけでも、何かお手伝いできる仕事はありませんか?」


男性が足を止めて振り向く。 慎吾は言葉に詰まった。何でも出来ます、と胸を張れるほど器用ではない。専門的なパソコンの修理や改造を頼まれても手が出せない。


男性は店内を一度見渡してから、申し訳なさそうに首を振った。


「悪いねぇ。人を雇うほどの余裕はうちにはないんだ。最近、インターネットで通販ってやつも始めてみたんだけど、これもさっぱりでさ」


店のガラス戸には、手書きに近いフォントで『ホームページ開設しました!』という紙が貼られており、その下に http:// から始まるアドレスが記されていた。慎吾がその貼り紙を見つめていると、店主は苦笑いした。


「大学生の甥っ子が作ってくれたんだよ。これからはネットの時代だ、遠くのお客さんにも売れるぞって話だったんだけど、注文なんてまるで入らなくてね」


「……少しだけ、そのページを見せてもらってもいいですか?」


慎吾が尋ねると、イヤホンの中のアイちゃんが黙り込んだ。こんな時に、余計な首を突っ込むなと言われると思ったので、少し意外だった。 店主は少し迷う素振りを見せたが、やがて店の奥にある事務机のパソコンを指差した。


「見るだけなら構わないよ」


分厚いブラウン管モニターに表示されていたのは、目がチカチカするような原色の青い背景に、黄色い文字が並んだホームページだった。


一番上に『フジタ電機へようこそ!』という文字が点滅し、その下にアクセスカウンターが回っている。商品一覧をクリックすると、暗い室内で撮られた小さな写真と、型番、価格、そして短いスペック表記が縦にずらりと並んでいた。


慎吾はしばらく画面を見つめた。


正直なところ、慎吾自身は昔作ったHPで、HTMLとCSSぐらいしか触ったことがない。自分で一からプロっぽいページを作るような、専門知識なんて持っていなかった。もしそんなスキルが元からあったなら、2028年で倉庫のアルバイトなんてやっていないだろう。


だが、自分にはアイちゃんがいる。


「……アイちゃん、これ、ちゃんとしたショップみたいに作り直せる?」


店主に聞こえないよう、小声で呟く。すると、イヤホンから即座に自信たっぷりの声が返ってきた。


「誰にものを言ってるのよ。この時代のブラウザ環境に合わせて、私がコードを全部書き出してあげるわ。アンタは眼鏡に表示される通りにキーボードを叩くだけでいいわよ」


心強い返事に、慎吾は小さく息を吸った。それから店主に向き直り、少し背筋を伸ばして切り出した。


「あの……実は自分、こういうホームページ系の知識が結構ありまして、もっとちゃんとしたネットショップっぽいページを作れるんです」


それを聞いて、店主が少し興味を持ったかのように慎吾を見た。慎吾はハッタリがバレないよう、必死に落ち着いた声を装って続ける。


「販売しているパソコンごとの個別専用ページを作って、見た目もお店らしく綺麗に整えてみせます。一時間で出来るところまで仕上げてみせますから、その出来を見てから報酬を頂く、っというのは難しいでしょうか?……もちろん、全然気に入らなければタダで構いませんし、もし使えそうなら、最低五百円とかでも結構ですので」


言われた店主は、顎に手を当ててモニターと慎吾の顔を交互に見た。


実際のところ、店主はほとほと困り果てていた。甥っ子に言われて通販を始めてみたものの、一ヶ月経っても注文のメールはゼロ。かといって、自分はパソコンをいじることも出来ず、専門の業者に頼めば何十万と吹っかけられてしまう。


目の前の若者は、今朝うちのゴミ置き場で寝ていた得体の知れない兄ちゃんだ。普通なら追い返すところだが、何やら本当にお金に困っていそうだった。


それに「一時間で仕上げる」「出来を見てから最低五百円でいい」と言うなら、店としては失うものが何もない。五百円なら、失敗したところで昼飯を奢ったと思えば済む額だ。


「……一時間でかい?本当にそんなすぐ出来るのかい」


「はい。元のページのデータは消さずに残しておきますので、出来栄えが気に入らなくても簡単に戻せます」


店主は少しの間考え込み、やがて「ふむ」と頷いて椅子から立ち上がった。


「そこまで言うなら、やってみな。その代わり、時間は本当に一時間だよ。……まぁ、出来が悪くてもちゃんと五百円は出すからさ」


「ありがとうございます!」


慎吾は頭を下げ、それからPCが置いてある事務机に案内してもらった。 店主から「絶対に他のところは触らないように」と念を押されつつ、店先の接客へ戻ったのを確認すると、スマートグラスのレンズの端に、アイちゃんが生成したコードと手順がズラリと浮かび上がった。


「いい、慎吾。一時間しかないから、手元のパソコンに入ってる商品データと写真をそのまま使うわよ。まずは新しいフォルダを作って、私が今から表示する通りに打ち込みなさい」


「わかった!」


そこからは、時間との戦いだった。 データベースを一から組むような複雑なシステムは一時間では無理だ。でも、見た目と使い勝手だけなら、一時間文字入力に専念すれば、かなり劇的に変えられる筈。


専門知識はなくても、文字を打つ速さだけなら、学生時代に学校にあった昔のタイピングゲームで遊びながら身に付けたブラインドタッチの腕前もそこそこある。アイちゃんが視界の右端に数行ずつコードを表示し、慎吾がそれを脇目も振らずに入力していく。


慎吾は言われるがまま、古いキーボードを必死に叩いた。レンズに表示されるコードは、見慣れない英語や記号の羅列ばかりだ。タグの意味など考える余裕もなく、ただ誤字をしないように一文字ずつ必死に打ち込んでいく。


途中でアイちゃんから「二十五文字目のダブルクォーテーションが抜けてる」「大文字じゃなくて小文字で打ち直して」と細かい指示が飛ぶたびに、慎吾は慌ててカーソルを戻して修正した。


たまに「これ、何かの見出し?」と分かる日本語の文章が混ざるくらいで、自分が今どんな画面を組み立てているのか、入力している最中はさっぱり分からなかった。ただ、言われた通りにキーを叩き続けるだけの作業のみ。


「よし、これで個別ページまで繋がったわ。ファイルを保存して、ブラウザで読み込み直してみて」


言われるがままファイルを保存し、ブラウザの更新ボタンを押す。画面が切り替わった瞬間、慎吾は思わず「うわっ……」と声を出して驚いた。さっきまでの個人サイトっぽいような感じが、跡形もなく消え去っている。


自分がただ打ち込んでいただけの暗号のような文字の塊が、モニターの中で見事なネットショップの形に化けていたのだった。


さらに、一覧の商品画像をクリックすると、それぞれのパソコン専用の個別ページが開く仕組みを作った。 個別ページを開けば、大きく見やすい商品写真の横に、価格が大きく表示され、その下にスペック表や付属品の有無、注文用のメールアドレスと電話番号が枠線でスッキリと整理されて並んでいる。


2028年の人間から見ればごく当たり前のECサイトのレイアウトだったが、2000年の個人商店のホームページとしては、信じられないほど洗練されたデザインだった。


「よし、これで四台分の個別ページまで繋がったわ。保存してブラウザで開いてみなさい」


言われた通りにファイルを保存して、ブラウザで開き直してみる。画面がパッと切り替わった瞬間、慎吾は思わず「おぉぉ……」と声を漏らした。


さっきまでの目がチカチカするような青と黄色の画面が消えて、見違えるほどすっきりしたショップのページに変わっている。自分がただ指示通りに打ち込んでいただけの暗号みたいな文字が、本当にちゃんとした形になっていて、慎吾自身が一番びっくりしていた。


時計を見ると、ちょうど五十五分が経過したところだった。


「ご主人、終わりました。見ていただけますか?」

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