第53話:おばあちゃん、節分の豆まきで「世界の厄災」を福に変える
1.迫りくる「鬼門」と心の隙間
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。暦の角が、また一つ新しい季節の扉を叩こうとしていますねぇ。……今夜は空気が少しだけソワソワと、誰かに悪戯をしたそうに震えていますわ。……さあ、私たちも『豆まき』の準備をしましょうか」
二月の初旬。魔王城(隠居所)の広間。私は、枡いっぱいに盛られた黄金色の「炒り豆」を眺めながら、静かに微笑みました。
この世界において『節分』とは、季節の変わり目に生じる「次元の裂け目」から、人々の負の感情を糧にする『虚無の鬼』が大量に溢れ出す、一年で最も防衛が困難な夜。運営の本来の設定では、この夜に「鬼門開放レイド」が発生し、プレイヤーは街の至る所に現れる鬼たちと、夜通し戦い続けなければならないという、殺伐とした総力戦が予定されていました。
「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、邪気を払い、清らかな福を呼び込むのは、春を迎えるための大切な儀式ですわ。……ですが、あちらの王都の門、次元の彼方から『不景気の鬼』や『風邪の鬼』、さらには『寝不足の鬼』といった、現代社会の歪みが生んだ厄介な鬼たちが、牙を剥いて押し寄せておりますの。……おしとやかに、少々手荒い『お掃除』が必要なようですわね」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の『退魔の近衛騎士』を召喚し、魔王城の敷地を「聖なる結界」で二重三重に包囲していました。
彼女の召喚術は、今や「完璧な対魔迎撃システム」ですが、人々の心から絶えず溢れ出す「不安」という名の鬼には、剣や魔法だけでは太刀打ちできません。
「……おに。……角があって、怖そう。……でも、私の氷、鬼さんの、涙、見えた。……鬼さんも、寒くて、誰かに、優しく、してほしいのかな。……おばあちゃん、私、この豆を、氷の、飴玉にして、鬼さんに、あげたい。……そしたら、みんな、仲良しに、なれる?」
スノウさんは、無表情ながらも瞳に深い慈愛を宿し、豆の一粒一粒を指先でなぞっていました。
彼女の純粋な魔力は、今や「凍てついた心を溶かす触媒」として進化し、攻撃的な冷気ではなく、温もりを内包した「優しい結晶」を生み出せるようになっていたのです。
「ちょっと! 運営の警告ログが『鬼がデカすぎて画面に入りません!』って悲鳴を上げてるわよ! 王都の広場に、人々の愚痴が合体した『特大・八つ当たり鬼』が出現したわ! キヨ、このままだと世界中が誰かのせいにし合う、嫌な空気で埋め尽くされちゃうわ!」
リタさんが、山盛りの「恵方巻(おばあちゃん特製の、一かじりで運気が爆上げするもの)」を両手に抱え、パニック状態で走り込んできました。
2.「おばあちゃんの知恵袋(豆まき編)」
「あらあら、まあ。……鬼さんもね、本当は『福』になりたいだけなんですよ。……寂しいから、ちょっとだけ大きな声を出しちゃっただけなんです。……よし、それならね、私がちょっと『福への道案内』をしてあげましょう」
私は、割烹着のポケットから「古い升(実は第1話で龍の涙を受け止めた、無限の容量を持つ聖杯)」と、第50話の書き初めで使った「ハナマルの墨」を取り出しました。
「はい、この升に豆を入れて、一粒一粒に『よく頑張りました』とハナマルを描いて。……セシルさん、この豆を『世界中の鬼さんの口』へ、特製のおやつとして届けてくださる?」
「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、古の『因果逆転・招福万来』の術式を、おばあちゃんの投げる豆に封じ込めさせていただきますわ。……鬼は内、福も内。……全てを包み込む慈愛の風を、今ここに」
セシルさんが指を鳴らすと、私が一粒、庭に向かって投げた豆が、まばゆい黄金の光を放ちながら分裂し、数百万、数千万の「光の粒」となって夜空へと舞い上がりました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(福は内)が発動】
【節分の豆が『概念浄化・幸福の種』へと昇華されました】
【効果:豆が当たった『鬼(厄災)』の属性を、強制的に『福(幸運)』へと反転させる】
3.「ハナマル」の鬼と茶飲みの宴
私が、大きく息を吸い込み、魔王城の屋上から「福は〜内、鬼も〜内!」と、優しいけれど凛とした声で叫んだ、その瞬間。
シュォォォォォォォォン!!
空を埋め尽くしていたどす黒い鬼の軍勢が、降り注ぐ黄金の豆に触れた瞬間、パッとお花が咲くように、色鮮やかな「福の神」や「陽気な精霊」へと姿を変えていきました。
王都で暴れていた「八つ当たり鬼」も、おばあちゃんのハナマルが付いた豆を一口食べた瞬間、みるみるうちに小さくなり、最後には「……ごめんね、俺、本当はみんなと仲良くしたかったんだ」と、照れ臭そうに笑う小さな可愛い赤鬼さんになりました。
「……な、何これ!? 鬼が……鬼がみんなで、恵方巻を食べてる! しかも、魔王軍の残党と一緒に、今年の方角を向いて黙々と食べてるわよ! 怖いくらい静かだけど、最高に平和だわ!」
リタさんは、庭に座り込んで一緒に恵方巻を頬張る鬼たちの姿を見て、お箸を落として驚きました。
一粒の豆が、世界の「憎しみ」を「美味しさ」に、「拒絶」を「共感」に塗り替えていったのです。
「ふぅ。皆さん、素直なお顔になって良かったですねぇ。……スノウさん、鬼さんたちに、温かいお茶と、氷のシャーベットを出してあげましょうか」
「……はい、キヨ様。……鬼さん、角、かっこいい。……私、氷の、角カバー、作った。……キラキラ、させて、もっと、仲良し。……おばあちゃん、世界、ポカポカ」
スノウさんは、初めて「自分とは違う存在」と心を通わせる喜びを知り、鬼さんの角に氷のデコレーションを施しながら、幸せそうに微笑みました。
セシルさんが「おしとやかに」演出した、世界で一番静かで、世界で一番温かな「節分の夜会」が、春を待つ月明かりの下で続きました。
【ワールドイベント:『おばあちゃんの全人類・全魔物和解』が完遂されました】
【バフ付与:『一味同心』。今後一ヶ月、全ての交渉が成功し、敵対ユニットが一定確率でお裾分けを持ってきます】
4.掲示板の伝説:節分革命編
その「鬼さえも愛する」お節介は、全プレイヤーの魂を震撼させました。
【オチャノマスレ 053】
300:名無しのアタッカー
全プレイヤー、速報! ラスボスの『絶望の王』が、今、おばあちゃんから貰った豆を食べて「俺、今日から【希望の門番】に改名するわ」って発表したぞ!
301:名無しの大魔道士
見てる。……あの豆、鑑定したら『成分:おばあちゃんの全肯定(測定不能)』って出た。
鬼が投げた金棒が、空中で『特大のかりんとう』に変わってお裾分けされたんだが。
302:名無しの密偵
攻略組のトップが、赤鬼と一緒に「豆まきダンス」を踊ってて、今、ランキングの代わりに「笑顔の数」がカウントされ始めたぞ。
103:名無しのアタッカー
炒り豆(現在は世界最高の平和条約調印アイテム)
304:名無しの聖職者
運営の公式ブログ:『「鬼門開放」という殺伐としたイベントは、おばあちゃんの「お節介」により、「世界一の豆パーティー」に書き換えられました。今日から鬼は敵ではなく、幸運を運ぶお友達です。皆さん、一緒に恵方巻を食べてください』
105:運営の悲鳴(豆もぐもぐ中)
【最終告知】「厄」とは「寂しさが固まったもの」であると、おばあちゃんの升に教わりました。
サーバーのバグも、おばあちゃんが豆をパシッて投げたら「福」に変わって便利な新機能になりました。春はすぐそこです。
「ふぅ。皆さん、清々しいお顔で春を迎えられそうで何よりですねぇ、セシルさん」
深夜。魔王城の庭では、鬼たちと魔王軍、そして街の冒険者たちが、手を取り合って「春一番の歌」を口ずさんでいました。
スノウさんは私の膝の上で、鬼さんから貰った「幸せの小槌」を大切そうに抱えながら、小さく「……おばあちゃん。……私、鬼さんと、約束した。……来年も、一緒に、お豆、食べる。……私、もっと、優しく、なる」と呟きました。
「はい、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『愛の女神』を召喚して、世界中の人々が想いをチョコに込めて贈り合う『究極のバレンタイン』の準備をいたしましょうか」
「……ちょこれーと。……甘い、魔法。……私、氷の、ハート、作った。……溶けない、想い、おばあちゃんに、あげる」
スノウさんの真っ直ぐな、そして温かな贈り物に、リタさんの「甘いものの食べ過ぎには注意よ!」という幸せそうなツッコミが、春の気配を感じる星空にどこまでも響き渡りました。
百歳の少女(魂)の「節分」は、世界の厄災を、最高にキラキラした「福の絆」へと変えてしまったのでした。




