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【番外編】聖女食堂と親友の訪れ



1か月後。ようやく聖女食堂がオープンすることになった。


聖神女のマールも、黒いブラウスに白いエプロンドレスというウェイトレス姿で張り切っている。赤紫色の髪は衛生面を考え、シニヨンで一つにまとめていた。


マールは食堂のスタッフたちに声をかける。

「やっとこの日が来たわね。みんな、頑張りましょう!」

「「はいっ!」」


「ウッス!」

すると一部から威勢の良い返事が聞こえてきた。

コックの衣装に鎧と剣を装備した赤髪の青年と、腰にエプロンを巻いたウェイター風の水色髪の青年だ。


「姐さん夫婦の敵は、オレが成敗しまっス!」

「経理関係のことなら、私にお任せを」


かつてフリスト王子の取り巻きをしていた、騎士団長の息子ダンと宰相の息子ショーンである。


謹慎ののちに騎士団送りにされて、一から根性を叩き直されたらしい。

本日彼らには料理人として助っ人に来てもらっている。


取り巻き2人の更生した立派な姿に、マールは満足げにうなずいた。


「うんうん。敵は成敗して経理関係も…………じゃないでしょ!」


びしっとツッコミを入れつつ、料理長である夫のクリスに聞いてみる。


「ねえクリス。2人ともあなたの所で料理の修行をしてたんじゃないの?」

「適材適所ですよ、マール様」

「そうなの?」


クリスは多くを語らなかった。なのでマールも聞かないでおく。

きっと色々と紆余曲折があったのだろう。



神殿の前では、ニーセアが道行く人々に食堂の宣伝をしていた。

マールの制服と色違いで、彼女はピンク色のブラウスのエプロンドレスだ。


「みなさーん。聖女食堂が本日開店です。ぜひいらして下さいね~ぶひぃ」


元偽聖女で豚聖女だったニーセアは、人間の姿に戻った後もフリストと一緒に神殿で暮らしながら働いている。


週に1回、公演で子ブタの姿に戻って舞踊祈祷をしており、相変わらず大人気だ。


「あっ。ブタ聖女さまだ~!」

「後で家族みんなで食べにくるね!」


駆け寄ってくる小さい子供たちに、ニーセアは笑顔で手を振っていた。

「よろしくブヒ~」


「ニーセア様は子供に人気があっていいわね。集客バッチリよ!」

「ありがとうございます。マール様も人妻聖女――聖神女ってことで大人気みたいですよ」


「そ、そうなの。一体どんな層に受けているのかしら……」


いささか疑問だが、マールは考えないことにした。



次に食堂の厨房に行くと、クリスが開店前のミーティングをしていた。


「神殿内という異例の店舗となりますが、お客様に喜んで頂く料理を提供するという基本姿勢は同じです。気を引き締めて参りましょう」

「「はい、料理長!」」


それを見守りながら、マールはうっとりと琥珀色の瞳を細める。

夫である緑髪の青年は、今日も白いコックの衣装をまとい、銀縁の眼鏡を光らせながらきびきびと働いていた。


(やっぱりクリスは素敵ね~。貴族らしい衣装も格好いいけど、やっぱりあの仕事姿が一番光り輝いて見えるわ)



一方、フリストは新たな才能を開花させていた。

「料理と向き合うのって、俺に向いている気がするんだ。食材は嘘をつかない。愛情を込めると、きちんと返ってくるからな」


金髪の元王子は髪を短く刈り、一心不乱に大きなキャベツを刻んでいる。

王子をやっていた時より生き生きとしているので、これが料理の力なのだろう。


(私も味見係ばっかりじゃなくて、いつか作る側になってみたいわね)

自分ももっと上達したい、とマールは大きな決意を抱くのだった。



そして、開店の時を迎える。

「いらっしゃいませ! 聖女食堂にようこそ」


「まさか神殿で食事ができるなんて思わなかったねぇ」

「思ったより広くて綺麗だわ」

「ぼく、ずっと楽しみにしてたんだ~!」


わいわいと大勢の来店客が押し寄せた。

家族連れの中に、先ほどの子供たちの姿も見える。


「聖女定食4つ、入りましたー!」

「聖なる豚丼特盛お願いします!」


次々に入る注文を前にして、マールはぐっと拳を握りしめた。

「わあ。これは忙しくなりそうね。私も気を引き締めないと!」


営業中、ライバル業者の怖い人がからんで来たが騎士団長の息子が追い返したし、長い行列になった会計業務も宰相の息子が鮮やかにさばいていた。


クリスやフリストたち料理人も手際よく注文をこなし、マールやニーセアやその他スタッフたちも笑顔でお客様との応対をしている。


まさに適材適所である。


 ◆◇◆◇◆


聖女食堂は大盛況に終わり、打ち上げをすることになった。

食堂のテーブルに、人数分の飲み物とまかないが並べられる。

クリスはスタッフたちを見回し、ジュースの入ったグラスを掲げた。


「皆さん、今日はお疲れ様でした。食堂の成功を祝して乾杯したいと思います」

「「かんぱ~い!」」


「マール様、お疲れになったでしょう。大丈夫でしたか?」

「全然平気よ。みんなに喜んでもらえて良かったわ」


夫のクリスのいたわりにニコニコして答えるマールの隣で、ニーセアがまかないのご飯をほおばっている。


「フリスト様の作った豚丼おいしいブヒ~」

「…………」

彼女を除くその場にいる全員が複雑な気持ちになったが、何も言わなかった。


その後はみんなで楽しく飲食し、夜も更けていった。



スタッフが帰り、マールたち夫妻のみが食堂に残っていると扉を叩く音がした。


「誰かしら。もうとっくに店じまいしてるのに」

「この気配は……まさか」


クリスが食堂のドアを開けると、見知った顔が入ってくる。


「やっと会えたわ、マルグレーテ。覚悟なさい!」

「あっ。ミラちゃん! お久しぶり~!! 元気だった?」


マールは親友である金髪の女神にがばりと抱きついた。

ミラのおかげで、マールは聖女になってクリスと結婚して幸せになれたのだ。もう感謝しかない。


「ち、ちょっと。馴れ馴れしくしないで。クリスフォルリウスシエル、守護天使のあなたが何とかなさい!」


赤いドレスを着た女神が叫ぶ中、クリスは隣にいる同僚の天使エーリクに尋ねた。


「ミラ様、それにエーリク様。どうして人間界に?」


「それがですねー。マール様に張り合おうと隣国で貴族令嬢になったのはいいのですが、やること成すこと全てが裏目に出て聖女どころか悪役令嬢呼ばわりされまして、めでたく国外追放となったところです」


「詳しく言わなくていいわよ! わ、わたくしだって本来の力が使えればそんな事には……」


しょげるミラの隣で、執事姿の青髪の守護天使が淡々と告げる。


「主神様に女神の力を封印されてしまっては、ただのポンコツ令嬢ですもんね。たとえ高度な知識があったとしても、石鹸を作ろうとして爆弾ができたり、香水を作ろうとして毒薬ができたら、そりゃ危険人物として追い出されますよ」


ちなみに処刑されそうになったのだが、エーリクが陰でこっそり手を回して追放ですんだ。殺せば祟るぞ、と脅したのである。


「だから言わないでっ!」

「まあ、大変だったのね。ミラちゃん、私のところに来てくれたからには、もうそんな辛い思いはさせないわ。これからみんなで仲良く暮らしましょう!」


マールが手を握ると、ミラはぷいと金髪を揺らして顔をそらした。


「ふん。今日はそんなつもりで来たのではなくてよ。わたくしは貴女をぎゃふんと言わせたくて――」


「逆に自分がぎゃふんと言ってしまわれたわけです。今や神の力もなく、行く所もありませんのでどうか助けてもらえませんか?」


エーリクの申し出に、クリスとマールは快くうなずく。


「はい。構いませんよ。ミラ様にもエーリク様にも、あちらでは大変お世話になりましたし」

「そうそう。明日から一緒に聖女食堂で働きましょう!」


「えっ……」


思わぬ展開に目を丸くする女神ミラと、無表情ながらも満足そうにうなずく天使の青年エーリク。


こうして翌日から、食堂のスタッフが2名増員することになった。




 ◆◇◆◇◆




――ウォルス王国に新しくできた、話題の新名所『聖女食堂』。


食堂の開店はお昼からだ。

朝は、神殿でお祈りが行われている。週に1度開催される、子ブタ聖女の可愛い踊りが見ものだ。


たまに、女神のように美しい乙女マールが舞う姿を見ることもできる。

聖神女と呼ばれる彼女は、陽気な性格で人々から好かれていた。

すでに人妻ではあるが、逆にそれがいいと人気になっている。


聖女食堂で振る舞われる料理はとても美味しく、人々を魅了した。

トンカツ定食や豚丼などの庶民的なメニューだが、どこかほっとする味がする。


お店の従業員も個性的だ。

聖神女マールを筆頭に、豚聖女のニーセア、用心棒の騎士ダンと計算が早い会計係のショーン、眼鏡の料理長クリス、キャベツ切りの達人フリストなどなど。


彼らを見に来るファンのようなものまででき始めてしまっている。


そして、そこに新たな人物が加わる。


「あ。こぼしちゃった~」

来店客の小さな5歳くらいの少女が、困った様子でしょんぼりしていた。

テーブルの上には、オレンジ色の液体と、倒れて空になったグラス。


そこへ颯爽と、金髪の女性が現れた。

高いヒールの靴を履き、目に痛い真っ赤なエプロンドレスを身に着けている。


「ふん、無様なことね。新しい注文をどうぞ。代金は無料にしておいてあげるわ」

「ありがとう、おばちゃん。オレンジジュースちょうだい!」

「お、おばちゃんではなくてよ。わたくし、まだピチピチの1017歳なんだから!」


「「あはははっ!」」


食堂内に明るい笑いが広がる。


「わ、笑うなんて不敬ですわっ。皆、いつかぎゃふんと言わせましてよ!」


女神ミラは面白い言動のウェイトレスとして、新たな名物になっていた。



マールとクリスは、顔を真っ赤にして憤っているミラを温かく見守る。


「さっすがミラちゃん。人を笑顔にする才能があるわ! 私も見習わなきゃ」

「ミラ様ご本人にその意図はない気もしますが、それは良いことですね」



「これで、めでたし、めでたし――――なんですかね?」


無表情な執事風ウェイターを務めるエーリクが、ぽつりと呟いた。


彼は窓の外に広がる青空のその遥か先を見つめる。


天はキラリと輝き、それでいいんじゃない?と答えを返してきたような気がした。



聖女食堂の話と、ミラのその後のお話でした。

食堂の話は最終話に入れるつもりでしたが、ギャグすぎたので案だけ練っておきました。


ミラの話はそれだけで別作品を書けそうだと思っていましたが、うまく発想がつながらず立ち消えておりました。


こうして書くことができて良かったです。

感想欄で話を盛り上げていただき、ありがとうございました!


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侯爵令嬢は空気を読みたい
不思議な能力で自らの破滅を知った令嬢がハッピーエンド目指して頑張るお話です。
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