九、疑
次の日左館は部屋に籠っていた。
街へ買い出しに行くということで荷物持ちとして刃は焔羅に付き添うことになった。
守風は左館の護衛の為屋敷に残っている。
「また石を投げられるかもしれません。どうぞ離れてお歩きください」
「いいさ、別に。風ではじく」
「お二人は風使いなんですね」
「ああ。そういえばお前は?腕がたちそうに見えたが」
「私は風使いではありません。槍術を昔学んでいたので少し扱える程度です。元々佐舘様を護衛していた者達が次々と辞めてしまいましたので、私が今は護衛も兼ねているのです」
「そうか」
沈黙。聞きたいことはいくつかあるが答えてもらえない気がする。
「あー、そういやあの屋敷に他に使用人はいないのか?買い出しもお前が?」
空気が重すぎたので適当に話を振る。
「ええ、皆出ていきました。左館様の人使いの粗さと、街人からの嫌がらせに耐え切れず」
「結構左館のことはっきり悪く言うよな」
「事実を言っているまでです」
「それでもあいつについているのはなんでだ?」
ほんのわずかに焔羅の顔色が変わる。歩調も遅くなった。だがーーー
「…仕事だからです」
それだけ言うとまた焔羅は歩き出す。
周りの視線は痛いがそんなものは気にせず買い物を続けた。
(こいつ鉄の精神力だな…その源はなんなのか…)
一通り買い物が終わり容赦なく腕に食い込む買った物の袋。
「いてえ。ここぞとばかりに買い込んだろ」
「いいえ。まさか」
そのまま帰路についた。
屋敷の前まで来ると焔羅は立ち止まる。
「?どうした?」
「一つ。お聞きしたいことがあります」
「なんだ」
こちらを振り向きもせず問うてくる。その表情は見えない。
「あなた達に…左館様を守る意志はありますか?」
「正直に言っていいのか」
「ええ」
なら遠慮なく。
「無いな」
「わかりました」
そのまま屋敷に入ろうとする焔羅。
「おい、なんなんだよ。こんな返答じゃ俺たちを追い出した方が良いんじゃないのか?」
「そうですね…それでも仕事はきっちりこなしてくださるのでしょう?」
「……」
焔羅は屋敷に入っていった。
わからん。どうしたいんだ。いやそれともどうしていいのかわからないのか。
刃も屋敷に入ると玄関の広間で守風が笑顔で迎える。
「刃さん。おかえりなさい」
「ああ、ただいま。と、荷物をだな」
食い込んだ袋に腕が限界を訴えていた。
床に降ろした途端ーーー
突然今入ってきた大扉が開き5人ほどの男たちが叫びながらなだれ込んできた。
「!?」
「!」
咄嗟に刃は防御壁を壁から壁、床から天井まで板のように展開しそれ以上進めないようにする。
「買い物を尾行して俺たちが帰るところを狙ってたのか?」
「そうかもしれません」
守風は防御壁を自身の周りに風を纏わせることにより壁を突き破らずに通り抜け、横をすり抜けざま抜刀していない刀の鞘を振り二人を倒す。
飛び出したその勢いのままきゅっと靴の音をさせ反転すると、防御壁へと攻撃を続ける残り三人に向かって同じように刀の鞘を急所に当て倒していく。
恐らく戦闘訓練などしていない一般人だろう。
守風はあまり力を入れていないように見えたが簡単に倒れてしまった。
全員倒れたことを確認し守風が刀を腰の位置に収める。そこにーーー
「殺せ!早く殺せ!」
叫びのような声が広間に響いた。
中央の大階段の上、左館が血相を変えて立っていた。
「殺しておかなければまた襲われる!なんてことだ、屋敷にまでなど…!信じられん。だから早く殺せと言っていたのに…!」
かなり取り乱している。
ついには家にまで入ってきたことで完全に焦っているのだろう。
「早く!お前ら!この!ゴミどもを!」
そこへスッと左館の後ろから落ち着かせるように焔羅が肩に手をかける。
「落ち着いてください。左館様。もう倒しました。大丈夫です」
「ダメだ!ダメだ!今殺しておかなればまた同じことが起きるだろう!」
「わかっています。ですがここは危険ですのでお部屋にお戻りください。処分はあのお二人に任せます」
焔羅は宥めながらなんとか左館を部屋に戻らせた。
その間に刃と守風は倒れた男達を運び街へと返した。勿論命あるまま。
もう一度屋敷に戻るとそこには焔羅がいた。
左館は落ち着いたのだろうか。
「処分しましたか?」
「それは殺せということですか?」
「左館様のご指示の通りです」
「ならばその指示を受けることはできません」
はっきりと守風は言う。声には少し怒気が含まれている。
「もしそうしないと解雇ってんなら構わない。俺達は出ていく」
「受けた依頼を放棄するのですか」
「そうだな。自分の信条に合わないことはできない。特に殺しに関してはな。俺は自分の意志と守風の望みを最優先にする。例えそんなものは傭兵じゃないと言われてもだ」
「……」
焔羅の表情は暗い。何を考えているのかもわからない。
「焔羅さん…」
「わかりました。では放棄していただいて構いません」
「……」
思いつめたような顔で一度も視線を合わせずそう告げると焔羅は去っていった。
「行くぞ、守風」
「…はい」
二人は屋敷を後にした。
例え仕事でも譲れないものはある。
守風の過去と願いを考えれば仕事で人殺しなんてことは絶対にさせられない。
だから…これでいい。




