二十六、憧
深く深く深く…
更に深い闇の中。
いい加減飽き飽きするようなこの空気に浸りながら疏鉄は依頼対象の動きをじっと観察していた。
ーああ…戻りたい
あの三人と出会ってから気づけばいつもそんなことを考えるようになった。
ーいや、戻るじゃないか。元々あそこはオレのいる場所なんかじゃない。
観察していた対象が動く。
音も無く疏鉄は銃を構える。
そしてーーー
発射した弾は風を纏い無音で相手に近づき、その頭を貫通した。
生死を確認することもなく疏鉄はその場を後にした。
◆◇◆
家までの帰り道。
(つけられてるな)
最近回数が増えてきた。
いよいよ自分が用済みになったということか。
「……」
どこで対峙するか…。
そっと銃を掴むと、突然前方にも気配。
「!二人!」
と前方に気を取られていて後ろからの気配への対応に遅れた。
迫る影。
だが腕の1本と覚悟した痛みの覚悟は刀がぶつかるような音にかき消された。
「!」
「助太刀します」
現れた風は後ろから迫る男をたった一閃で吹き飛ばす。
更に追撃し完全に意識を失わせた。
その間に疏鉄は前方に銃弾を発射する。
姿は見えなかったが短い悲鳴と何かが倒れる音が聞こえた。
「ふう、助かった」
「いつもこうなのですか?」
現れた風ーー守風が問いかけてくる。
「いや、最近特に多くなってる。そろそろオレが邪魔になってきたのかもね」
「使うだけ使っておいて…やっぱりろくな人がいませんね。こちら側は」
守風が暗い闇に視線を向けた。その瞳も同じくらい暗く染まっていることに本人は気づいているのだろうか。
「そうだな、でも他に生きる術を持たない人間にとっては唯一の救いだった」
「……」
守風が動く。
高速で刀を抜き疏鉄に向けて降る。
しかし刀は疏鉄が咄嗟に放った銃弾により軌道を変えられ宙に浮く。
刀を弾かれた反動で体が空き無防備な守風に銃口を向け、寸でのところで引き金を引く手を抑え込む。
「…なんだ」
思ったより低い声がでた。顔にはいつもの笑みは張り付いていないだろう。
「危うく殺しかけた」
「私もです」
「…っ」
守風の返答に驚く。
「少し前まで、殺気を向けられた相手への刀を止めることを知りませんでした。でも疏鉄さん。あなたは私を撃たなかった。それはきっと今いるべき場所がここではないからだと思います」
「……」
全く、この少女は。
「っはは、は、はあ…撃ってたらどうしたんだ」
緊張からかなんなのか乾いた笑いが出てきた。
「どうもしません。あなたに私は殺せませんから」
「すごい自信」
けれど真実だ。改めて守風の姿を見る。
幼く、小さい身体。すぐに折れてしまいそうなほど細い腕と脚。一見しただけでは自分が負けるような相手だとは到底思えない。
これがあの‘礎’だということが今でも信じられなかった。
それだけ強く、恐ろしく、その依頼成功率から実在などしないただの都市伝説なのでは、とまで言われた暗殺の一族。
「…礎か」
「私が怖いですか?」
「そんなわけなでしょうよ。こんな可憐なお嬢さんを」
怖い…先ほど殺気を向けられた時の恐怖。
姿を朧げにする闇の中、その緑の瞳だけが輝き、こちらに音もないひと振りを繰り出す。
この仕事をしていて初めて恐怖を感じた。これが…必殺の刀技。
「化け物と比喩される一族ですから」
「……」
否定したいが今は何も言葉が出なかった。
「疏鉄さん」
その声から守風の想いが伝わってくる。自分の味方であるという強い想いが。
それは何よりも心強く、先程まで恐怖で埋められていた心が途端に軽くなるのを感じた。
(現金なもんだね)
自分自身に苦笑する。
「わかってる。少し時間をくれ。このままだとお前たちにも危険が及ぶ」
覚悟を決めたとはいえすぐに組していた組織を抜けることは出来ない。
自分の主ー義連ーへの情などとうに無いが、守風たちに被害が及ぶような結末には絶対にしたくなかった。
「わかりました。いつでも待ってます」
そう言ってほほ笑むと守風は風と共に消えた。
自分の望む道を、自分は歩いてもいいのだろうか。
同じ想いを持つ者達と共に。
影に染まりきった自分が…。
未だ微かに残る迷いを胸に疏鉄は空を見上げた。




