二十三、増
「まあそんなわけで空破だ」
「どんなわけですか」
戻った刃と守風と見知らぬ男を焔羅は驚いた顔で迎えた。
仕方ないだろう。増えているのだから。
「継代空破だ」
「城井…焔羅です。ええと、よろしくお願いします」
「ああ。頼む」
「……」
「……」
「取り合えず今日は休みませんか。皆さん疲れてるでしょうし、私も疲れちゃいました」
守風が提案し皆それに頷いた。
◆◇◆
早朝、素振りの音で焔羅は目覚めた。
特別大きい音というわけではなかったが眠りの浅い焔羅は少しの音でも起きてしまう。
(…うるさい)
起き上がり窓の外を覗くと空破が巨大な刀を振っていた。
それはもうぶんぶんと。
(…お前か)
朝から頭を抱えながら焔羅は顔を洗い着替え、下の階に降りて行った。
「おはようございます」
絶賛鍛錬中の空破に焔羅は声をかける。
「ああ、おはよう」
「……」
何も言わずただ見つめる焔羅。
「…もしかして煩かったか?」
空破は素振りをやめて問うてくる。
察しの良い人間は好きだ。
「…すまない」
常識もあるようだ。いちいち反論する刃よりよっぽど扱いやすいと焔羅は思った。
それになにより…相当強いようだ。
「明日からは鍛錬に良い場所を教えます。それより…この大きな刀があなたの獲物ですか?」
刀に視線を向け問う。
「ああ。幼い頃から手にしてたから、おれには特別大きいという感覚は無いが」
「……」
圧倒されるほどの重厚感を放っていた。
重さからみるに速さは出ないだろうがこれが一撃でも当たればひとたまりもないことはわかる。
「すごいですね。初めてみました。こんな巨刀とそれを簡単に振るう人も」
「鍛錬すれば誰にでもできる。…なんならやってみ…」
「結構です」
「…そうか」
「あれ?お二人とも早いですね」
そこに声がかかった。
「守風」
「おはようございます」
「ああ」
「どうし…あ、もしかして焔羅さん素振りの音で起きちゃいましたか?」
何も言わず笑顔で肯定する。
「はは、焔羅さんは小さい音でも起きてしまうので、空破さんできれば気を付けてもらえると」
はっきり言ってくれた守風に感謝する。
「…ああ、悪かった」
素直に謝る空破を見るにもう二度とやらないだろうと思う。
今日は良い目覚ましになったと考えることにしよう。
「折角早起きしたので掃除でもしています。二人はどうしますか?」
「そうですね、私は…」
「守風、時間はあるか?」
空破が期待のこもった視線を守風に向ける。
「え?はい」
「なら手合わせ願えないか。お前ほど強い奴にはあったことがない。初めて会った時からお前とまた刀を交えたいと思っていた」
それはそうだろう。何せあの礎だ。守風より強い人間などいるのか、いたとしても片手で数えられるだけのような気がする。
「わかりました。私で良ければお相手します」
笑顔で守風が答えた。
「二人とも怪我はしないでくださいね。来て早々手当なんて嫌ですから」
「わかりました」
「気を付ける」
こうして焔羅は事務所に戻り掃除を、守風と空破は鍛錬をしに川沿いの空き地へと向かった。
そしてこの日から二人の鍛錬は日課となるのであった。
その後寝坊して昼過ぎに起きてきた刃をいつも通り叱り、川に落ちたという空破を風呂に案内し、買い物途中で疏鉄に絡まれトマトを投げつけたりと忙しく日々は過ぎていく。
一人仲間が増えてもそれは変わらない。
そんなこの日常を焔羅は楽しく思っていた。
◆◇◆
昼過ぎ。薄暗い室内で刃は開口一番言った。
「約束が違うだろ」
目の前の食えない男、囀哩に。
報告の為にやってきて、ついでに不満もぶちまける。
これぐらい言っても切られないくらいには今まで信用に足る仕事をしてきたつもりだ。
「そうだったかな」
囀哩の元には基本的に一人で来るようにしていた。
出来るだけ守風や焔羅には合わせたくない。
無茶な仕事を押し付けられても困るし気に入られても困る。
「とぼけんな。殺しはしない。その手の依頼は絶対に受けない。言っておいたはずだ」
囀哩は笑みを浮かべたまま肩をすくめてみせる。
「私も詳しい内容は知らなかった」
しれっと言う。こういう態度には腹が立つ。
「はあ…。次からは気を付けてくれ」
「守風の為か?」
「…ああ」
「大変だな。人の心とは」
「あ?」
「だがたしかに今回のことは私にも多少は非がある。報酬は上乗せしておこう」
刃は心の中でガッツポーズをした。
「これからも頼むぞ。裂守」
腹の中が全く読めない笑みを浮かべて言う。
目が笑ってないんだよ。
「ああ」
そして刃は囀哩の元を後にした。




