二十一、代
依頼を受けた継代空破暗殺の日の前夜。
刃は白鷺に告げる。
「変更したいことがある」
「変更?」
「ああ、空破を狙う時間帯のことだ。朝じゃなく昼にしたい」
「それでは空破の隙を狙えないのではないか?」
まあ納得しないよな。と刃は考えておいた適当な理由を並べる。
「実は一度そいつ会ったんだが、ありゃダメだな。朝だろうが眠かろうが隙なんてない。だったらもうこっちの調子がいい時間帯にした方が成功率は上がる」
「……」
白鷺は考える。どこかこちらを伺っている様子もある。
素直に頷いてくれ。
「…わかった。お前達に任せる。戦闘経験の乏しい我々にはそういったことはわからないのでな」
助かった。
「ああ。それともう一つ」
「なんだ?」
「ちゃんとお前達にも見届けてほしい」
「それは…」
「明日の昼。部族領地の境で空破を討つ。お前達も来い」
白鷺は眉をひそめた。
「……」
「まさか自分達の見えないところで人に殺させて、それで終わりってそんな無責任なつもりじゃないだろ?」
「……」
「殺すところを見たくないなら見なくてもいい。けどな、ちゃんと来いよ」
刃はそれだけ言って部屋に戻った。
恐らく来るだろうとは思っている。街のことを本当に考えているのなら。
翌日。
昼前。刃と守風は天の領地で人を探していた。
「あ!いました!」
「おお」
見つけた少女の元へ駆ける。わざと慌てた様子で。
「若葉さん!」
「え?あんたたちどうしたの?」
「詳しく説明してる時間はない!空破が危ない。色の連中に襲われてる!」
「!!そんな!」
「動ける人達を連れて領地の境まで来てください!」
「わ、わかったわ!」
少し震えながら頷くと若葉は急ぎかけていった。
「よし」
「行きましょう」
刃と守風は境へと向かった。
そこには空破が一人立っていた。
「…本当にうまくいくのか」
「さあな。保障なんてないがこのまま何も変わらないよりはましだってそう思ったからこの話に乗ったんだろ?」
「……」
空破が空を仰ぎ見る。
「変わらないどころか悪い方に動いていっている。だからおれは…」
「白鷺さん達は来ました」
守風が言う。姿は見えないが風で察知したのだろう。
あとは、
反対方向からバタバタと足音が聞こえ始めた。
「揃ったな。守風」
「はい」
守風は静かに刀を抜くと空破に向ける。
「!!」
やってきた若葉達天の者たちが驚きの声を上げる。
「ちょ!ちょっと!なにしてるのよ!」
「やめろ!」
「空破から離れろ!」
口々に叫び向かってくるが刃がロッドをトンと地面に打ち付けると風の壁が生まれそれを阻んだ。
「黙って見てろ。白鷺!」
姿の見えない場所にいる白鷺に声をかける。
「出て来いよ。言っただろ、見届けろって」
「……」
固い表情の白鷺と後に付いて色の連中数名が建物の影から出てくる。
天の若者達は今度は白鷺に向かって叫ぶ。
「あんた達が仕組んだの!?」
「ふざけんな!」
「空破を殺させるか!」
「…っ」
白鷺が拳を握りしめる。それを見て守風は刀を振り上げた。
空破は目を閉じたまま動かない。そういう手はずだ。
「やめて!」
「やめろ!」
叫び声が響く中、守風は刀を振り下ろす。視線は白鷺に向けたまま。
刃が降りあと数センチというところで、
「待て…」
静止の声がかかった。
「待ってくれ…」
ぴたりと動きを止める守風。
「何を待てばいい?望んだのはお前たちだろ?」
刃が問いかける。
「…っ」
白鷺は絞るように声を出す。
「死を…死を望んだことなどない。決して…だが。こうしなければあいつらが襲ってくるだろう!怯えていきていくのなど御免だ!我々は!我々は対等な関係を望む!」
ため込んでいた思いを吐き出す。
恐怖という観念は恐ろしいものだ。相手を従わせ、文句も言えなくする。
そうして押さえつけられた黒い感情は…やがて爆発し思いもよらない決断をさせる。
天の若者達を見ると皆驚いた顔をしていた。
「…私、私達だって、力で全て解決しようと思ってるわけじゃない」
「けど、空破が」
ピクリと空破が動いたのを守風は感じた。
「そうだよ。空破が勝手に決めるし」
「あいつだっていつも力で解決してきたくせに」
口々に意見を言い出す。それはどれも空破への不満にも似たものだった。
「…そうか。そうだったか」
空破が立ち上がる。予定にはなかった動きだ。
「空破さん?」
守風がいぶかしげに問う。
「わかった。いや、わかっていたんだ。最初から解決方法はこれしかなかった」
空破は懐に手を入れる。
「すまない。何も見えていなくて。やはりおれは…必要のない存在だった」
取り出したのは短刀。それを首に向ける。
「…!」
「空破!」
「!!」
それぞれが止めに走るが間に合わない。近くにいた守風ですら予想外の事態に動けなかった。
そして…その刀はそのまま空破の首に沈んでいく。
「……」
が、血も出なければ空破が倒れることもなかった。
「!?」
皆が驚く中、ゆっくりと刃が腕を一振りする。
すると刀が抜ける。しかし血はついていない。そこには風が纏われていた。
そしてロッドを空破の腕に打ち付け刀を落とした。
「まあやるだろうなとは思ってたよ」
空破が驚いた顔を刃に向ける。
「お前の気持ちは少しわかる。自分が不要な存在であること、劣等感、誰の役にも立てない。そんな想いは俺も何度もしてきた」
「……」
守風が刃へと視線をむける。
「けどな、お前は俺とは違う。見ろよあいつらの顔」
天側も色側も驚き、不安、そして心配げな顔を空破に向けていた。
「こんだけ心配されてて、どっちからも死ぬなって声が聞こえてきた。そんなことしてもらえる人間が必要ないわけないだろ」
「…おれは…」
「もっと話してみろ。お前に足りないのはきっと刀を振る時間じゃなくて話し合う時間だ」
「まだ何かできるだろうか」
「当たり前だろ。むしろこれからだ」
刃は天側に作っていた風の壁を払う。するとそいつらはなだれ込んできた。
そして空破に抱き着いたり、心配げに首をさすったり…
刃と守風はそれを見ながら白鷺の元にむかった。
「で、依頼内容に変更はあるか?」
「…ああ。させてくれ」




