十九、天
暗殺計画の内容を聞いた後、刃と守風は偵察の為街を見て回りたいと申し出た。
街を歩くと昨日と同様あまり人は見られなかった。
「こんなことになる前はもっと賑わっていたんでしょうか」
「さあな。見てねーからなんとも。けどこりゃ寂しすぎるよな」
「はい」
白鷺からは天の領地に近づくなと言われていたがそれでは偵察に出た意味がない。
真っ直ぐに向かった。
同じ街ではあるので当然建物の様相などは変わらない。
違うところと言えばーーー
「あっちより出てる人間が多いな」
「はい」
子供が走り回っていたり、道端で話し込む女性たちがいたりと向こう側より明らかに賑やかだった。
「こっちには色の連中から襲われるかもしれないとかそんな危機感は無いのか?」
「その空破さんという方のおかげかもしれませんね」
「安心感か」
「はい」
道端で話し込む女性に話を聞いてみることにした。
「すまん。ちょっといいか?」
「はい?」
「俺達は旅のものなんだが、休憩がてら立ち寄ったら妙に人が少ない街だと思ってな。何かあったのか?」
「ああ、旅の方」
女性達は一度目を見かわすと話してくれる。
「この街は今二つの部族で争っていてね。争うっていってもちょっと前はそんなに大ごとではなかったのだけど。この前私たちの仲間が殺されたの」
「あいつら…卑怯な手を使って襲ってきて」
早速聞いた話と違う。やっぱりめんどくせー展開になってきたな。
女性たちは表情暗く続ける。
「そのせいで今はあまり街を出歩く人も減って…昔はもっと仲良くやっていたのに」
「旅人さん。巻き込まれるかもしれないから、早く出ていった方がいいと思うわ」
優しく忠告される。
怒りより悲しみの感情が強い彼女達をみるとやはり以前は良好な関係だったのだろう。
では何故今。
「ありがとうございます。ですがその…大丈夫なのですか?あなた達は」
「そうね…」
「でもきっと空破がいるから」
「空破…」
「私たちの部族長よ」
「とても強いの。だからきっとなんとかしてくれるはず」
暗殺対象だ。信頼の厚い男だということがわかる。
「さっき言ってた卑怯な手でっての、良ければもう少し詳しく聞かせてくれないか?」
「え?ええ…」
とまどいながらも彼女たちは話してくれた。
女性達から話を聞いた後、再び天の領地を見て回ることにした。
やはり活気を感じる。その一番の理由は、
「若いな」
「そうですね」
色の領地と比べると明らかに年齢層が下に見える。単純に若く見える人間が多いだけかもしれないが、それにしてもやはり向こうと比べると若く感じた。
二人が考えながら歩いていると声がかかる。
「ちょっと!あなた達ね。こそこそと聞きまわっている怪しい連中ってのは」
「は?」
「え?」
気の強そうな少女に声をかけられた。
(誰だ?)
「何が目的なの?私たちに危害を加えるつもりなら容赦はしないわよ」
「いや、俺達は旅の商人だ。この街で商いができないか聞きまわっていただけだよ」
「あら、そうなの?」
素直すぎる。すぐ騙されそうな少女だ。
いや、自分一人ならもっと疑われていただろうがきっと守風がいたせいもあるだろう。
「はい。治安や売れそうなものの調査などを…」
「そっか。なんだ疑ってごめんなさい」
(いや、もっと疑った方が良いぞ)
「私は若葉。色々聞いたなら知ってるかもしれないけど、頭領の空破のいとこよ」
親族か。
「もしかして見回りをされてるんですか?女の子一人じゃ危険ですよ」
心配そうに守風が声をかける。
「あなただって女の子じゃない。それに私は強いから大丈夫よ」
一番大丈夫じゃなさそうなタイプだ。だが元は戦闘民族という話ならこの少女もそれなりに強いのだろうか。
「意地張ってねーで守ってもらえよ。暇そうな男どもがそこここにいるぞ」
「それは…」
「?」
「なんでもないわ。それより今はちょっと危険だからあんまり歩き回らない方がいいわよ。言いたいのはそれだけ」
と忠告だけすると若葉は去っていった。
(さて…)
その日の夜。部屋に戻った二人は考える。
「どちらを信じるかだな」
「…はい」
双方から聞いた話を整理するとこうだ。
色側。
依頼人である白鷺は継代がいない間に暴走した若者が襲ってきてそれを返り討ちにした。いわゆる正当防衛だという。
そして天側。
女性達から聞いた話では継代空破が街を留守にしたほんのわずかな隙に領地を襲い、なんとか抵抗したが空破の代わりを務めねばと必死で戦った若者が一人亡くなったという。
実際は死人だけではなくもっと多くの怪我人も出たとのことだった。
「天側が正しいとしたらとんでもねー卑怯な集団に俺達は雇われたってことになるよな」
「はい。逆に色側だとしたら天側の暴走に怯えながら生きていることになりますね」
「うーん。どうするかな。このままだと暗殺計画の実行日になっちまう」
「……」
二人で考え込む。まだ情報が足りていない。
皆それぞれの視点で勝手にしゃべっているだけだ。
出来れば第三者的な観点話を聞けるといいのだが…
「……!刃さん、すみません!」
と守風は窓から飛び出した。
「またか守風!」
しかし今日は刀が交わる音は聞こえなかった。
「お?」
下を覗き込むと昨日の男と守風が一定の距離を保って対峙していた。
「こんばんは」
「……」
守風の挨拶に相手は答えない。
「…立ち去れと言ったはずだ」
「一度首を突っ込んじまった以上放ってなんておけないだろ」
刃も下に降り口を挟んだ。
「とんだ野次馬だな」
「あんま良い言い方じゃねえなあ」
「…目的はなんだ?お前のような腕の立つ傭兵を雇った…その理由は」
「わかっているはずです。継代空破さん、あなたなら」
やはりこいつがそうか。
守風は昨日手合わせした時点で分かっていたのだろう。
それだけ強いと感じたということだ。
刃にはあまりよくわからないがこの男から研ぎ澄まされた闘気のようなものは感じる。
…多分。
「おれを殺しにきたか」
「受けた依頼はそうです。でも私たちはそれが最善だとは思っていません。だから空破さん。あなたの話を聞かせてもらえませんか」
「……」
「なんか言いたいことあるだろ?黙ってちゃお前が悪い風に解釈されるぞ」
「……お前たちに言って、それは解決するのか?」
「わからん。だが言われなきゃもっとわからん」
守風は小さく笑い、刃さんらしい。と小声で言った。
「……」
しばしの沈黙。顔色が変わらない為この男が何を考えているのか、そもそも今何かを考えているのかもわからない。
(なんか似たような状況が焔羅の時もあったな)
「おれは…」
お。
「……」
いや、言えよ。以前守風にせっかちだと言われたが特に自覚は無かった。
けど今改めて考えると確かに待つのは嫌いかもな。
「おれが望むことはただ天の部族が平和に暮らしていくことだけだ」
「では、先に危害を加えたのはあなた方ではなく色の部族…ということですか?」
「……」
何故黙る。
「…正直なところわからない」
「は?」
「おれが留守中に起こったことだ。仲間を疑いたくはないが信じられる根拠もない」
見た目に反してというのは失礼だが、意外にも慎重な奴らしい。
「なるほど。で、見回っていたのはもしかしたら色側が仕掛けてくるかもとか思ったのか?」
「それもある。実際お前たちを雇ったところを見るとやはり仲間の言葉は正しいとも思える」
「だが、お前が仲間を疑う根拠もそれなりにあるんだろ?」
「……」
言いにくいことかもしれないが聞いておかなければ今後の行動にかかわる。
「…理由はおれだ」
「空破さん?」
「ああ、部族の関係なくこの街を発展させる、そのために互いに協力していく。その調停を色とおれが交わしてから若い連中が反発を始めた」
「お前がって、部族みんなで決めたんだろ?」
「多数決だった。勿論反対する者もいた。だが部族で現状一番力を持っていたおれが和平側に付いたことで票が動いたという事実もある」
「なるほどな」
多数決の場合、強いものがいるから同じ方に票を入れる…ということはあり得てしまうだろう。そしてそれが空破がいるからという理由ではその個人に恨みを持つのもわかる。
「その…街の関係というのは悪かったのですか?何故今その調停を?」
「悪かったというよりは確実に悪くなっていっていた…というべきか。小さな諍いが増えていた。その度におれが出ていっていたが、力で脅すような形では何も解決しないと思った」
「それで調停ね。つってもそんな取り決め交わしてもすぐに仲良なんかなる訳ないけどな」
「…そうだな。安易だったかもしれない」
空破は俯く。後悔しているようだった。
「そんなことはありません。少しずつでも変わっていくと思います。ちゃんとお互いに話して決めたのなら必ず」
「……」
実際話し合いに話し合いを重ねたところで全員の合意が取れることなどありえない。皆違う思想を持って生きているからだ。
ただどこまで歩み寄れるか…それはもっと部族内で話し合うべきだったのかもしれない。
(こいつ話すのは苦手そうだもんな)
それでも仲間の為にと急ぎ決断をしたのだろう。責任と思いやりを感じる。嫌いじゃないタイプだ。
「んー、で今やるべきことは。どちらが仕掛けたのかはっきりさせる。と」
「どうやって解決するか。ですね」
「まとめてみると二つだけか。案外いけそうだな」
「解決方法に関しては…一つ考えがある」
「お、まじか」
「…それは」
守風がはっとした顔をしたが、それを遮るように空破は言葉を続けた。
「どちらに非があるかはっきりさせる方法は…こうして見回りをする以外には思いつかない」
「それはじゃこっち担当だな」
「…担当?」
「おお。俺達も協力する。その方が早く終わるだろ」
「お前たちには関係のないことだ」
「関係なくはないです。もうこうしてお話を聞いてしまっていますから。お手伝い、させてください」
守風がいつもの強い瞳で言う。これには大体逆らえない。
「……」
「おい、なんか言…」
「すまない。助かる」
「え…」
すごい不愛想で全く助かっていないというような顔で空破はそう言った。
まあ、いいか。




