十四、雨
その日は雨が降っていた。
雨は嫌いだ。湿気がうざったい。そして何か良くない記憶を思い出しそうになる。
ーそういえば最初の記憶も水だったなー
そんなことを考えぼうっと窓から外を眺めていた。
「刃。さぼらないで下さい」
「さぼってんじゃねー。今湿気と戦ってるんだ」
「知りませんでした。あなたが湿気と戦えるなんて」
「そうだろう。俺の中だけの小さな戦争だ」
「ならさっさと降伏してこちらに戻ってきてください」
「……」
「……」
「あ、あの焔羅さん。その、刃さんは雨が苦手みたいで。少し休ませてあげてください」
守風が助け舟を出す。
「苦手?」
「はい。いつもぼーっとしてます」
どこか腑に落ちない顔をしつつ焔羅は溜め息をつく。
「…はあ、わかりました。仕方ありませんね。では露哩さんのところへの報告だけお願いできますか?今日の仕事はそれだけで結構です」
「あ?まじか」
「ええ。本当に心ここにあらずという感じですから」
「…すまん」
反撃する気力も湧かず素直に謝る。
「守風。付いて行ってもらえますか?ドブに足でも突っ込んだら困りますので」
「あ、はい!わかりました」
そうして刃と守風は事務所を後にした。
露李の仕事紹介所まではそこまで遠くない。
一つの傘に二人で入り向かった。
「刃さん、大丈夫ですか?」
「ん。ああ、体調が悪いとかじゃないんだが。なんだろうな」
この街で傭兵としてやっていくと決めた理由は雨もある。
年間通してあまり降ることがないのだ。
しかし勿論全く降らないということもなくーーー
「無理しないでくださいね」
情けない。ただでさえいつも守風に助けてもらっているのに、こうして気も使って貰うとは。
「ごめん」
守風は少しだけ刃を支えるかのように肩を寄せた。
露李の店に着くと先客がいた。
この街では見たことのない顔だ。
街の人間全てを知っているわけではないが、端正な顔立ちに白い髪、長髪という一度見たら忘れないようないで立ちだった為そう思った。
男は露李と二言三言話すと去っていった。
見送ったあとの露李と目が合う。にんまりされる。
「おやおやおやおやまあまあまあ、いいねぇ」
「黙れ。ほら報告書」
はいはいと受け取る露李。そして再び刃を見る。
「なんか元気ないと思ったら、そうかぁ、雨だね」
「雨だ」
そして心配げに刃を見る守風に目をやる。
「守風。ありがとう」
「え?」
「支えてくれて」
「あ、いえ。でもこれくらいしかできなくて」
「充分充分。帰りもよろしくねぇ。もし刃がなんやかんやで抱き着いてきたらそのまま受け止めてやって」
「誰がするか」
「大丈夫ですよ。刃さん、私鍛えてますから」
「いや。違う意味で俺が大丈夫じゃない」
「?」
「帰る。じゃあな露李」
「刃」
去ろうとした背中に露李の凛とした声がかかる。
「あ?」
振り向くとそこには少しだけ悲しく微笑む露李の顔があった。
「もし君がこの雨と向き合いたくなったらおいで」
「どういう意味だ?」
「それに気づいたらおいでってことだよ」
「余計わからん」
ふふ、と笑うと今度は守風の方を向く。
「守風、頼むね」
「…はい」
次の日は快晴。雲一つない最高の日だった。




