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ひとりぼっちの女子高生は、異世界の地でかつて救った孤独な王に溺愛される  作者: 陽ノ下 咲
二章 異国からの来訪者

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第三十話 ルヴァイン公爵家へ

 王都の中心部から少し離れた高台に、その屋敷はあった。


 ルヴァイン公爵家。

 王家に次ぐ権勢を持つ、この国屈指の名門公爵家である。

 どの派閥にも属さず、中立を貫いてきたことで知られ、かつての王位継承争いにおいても第一王子派、第二王子派のどちらの陣営にも属さなかった。

 そんな彼らが支持を表明したのは、第三王子だったステファンが王位を継いだ後のことだ。

 彼の目指す政治に賛同し、その治世を支えることを選んだのである。

 以来、嫡男であるセドリック・ルヴァインは、ステファンが厚い信頼を寄せる近衛騎士として彼を支えていた。

 

 重厚な門扉の先に広がる広大な庭園と、堂々とした白亜の屋敷を見上げ、楓は思わず息を呑んだ。


「……大きい……」

「王宮を見慣れた後でも、そう思うんだね」


 隣から、穏やかな声が掛かった。

 声の方を向くと、ステファンがどこか楽しそうに目を細めていた。

 柔らかな陽光を受けた金髪が揺れる。

 王としての威厳を纏っていても、楓を見る時だけは、その表情は驚くほど優しかった。


「うん。公爵家って本当にこんな感じなんだね……」

「ん?こんなって?」

「なんだかお城みたい」


 そう言うと、ステファンは小さく笑った。


「ルヴァイン公爵家は特別だからね。王家を除けば、この国でも最高位の家門だ」

「そんなすごい家に、私が……」


 改めて現実味を帯びたその事実に、楓は緊張して息を呑んだ。

 楓がなぜここにいるのかというと、話は少し前に遡る。


 ステファンと思いが通じ合い、楓はこの世界に残り、ステファンと共に生きることを決めた。

 けれど、異世界転移者という曖昧な存在のままでは、王族の婚姻相手としては立場が弱く、後ろ盾が無いに等しい。

 そのためステファンは、初代王妃の時と同様に、楓を正式にルヴァイン公爵家の養女に出来ないかと考えた。

 相談を受けたルヴァイン公爵も、二つ返事で了承してくれて、今に至るという訳だ。


「……やっぱり、未だに夢みたい」


 楓がぽつりと零すと、ステファンの眼差しが少しだけ柔らかくなった。


「夢じゃないよ」


 静かな声音だった。


「君はもう、この国で生きていくと決めてくれたんだから」


 その言葉に、胸がじんわりと熱くなる。

 もう帰らない。ステファンの隣で生きていくと、そう決めたのは自分だ。

 すると、少し後ろに控えていたマリアが弾んだ声を上げた。


「カエデ様、ルヴァイン公爵夫妻も、カエデ様が来られるのをとても楽しみにしておられましたわ」


 その声に、楓は振り返って聞き返す。


「本当……?」

「ええ。娘が出来るのねと奥様が大変張り切っておられました」

「娘……」


 その響きに、楓はほんの少しだけ目を伏せた。

 母を亡くしてから、家族という言葉はどこか遠い存在になっていた彼女の心に、その言葉が優しく沁み込んできた。

 そんな楓の様子を、ステファンとマリアは優しい顔で見つめていた。


 不意に、楓に向けて、静かな低い声が落ちる。


「……これからは遠慮などしなくていいからな」


 声の方に顔を向けると、そこには、兄の立場となったセドリックの姿があった。

 目が合っセドリックは、わずかに視線を和らげた。


「これから、私たちは家族になるんだから」

「セドリック……」

「これからは兄として、君が安心できる場所にしていきたいと思っている」


 短い言葉だった。

 けれどそこには、真っ直ぐで優しい気遣いが滲んでいた。

 楓は思わず小さく笑う。


「うん、ありがとう。えっと……お兄様」

「……ああ」


 それだけ言うと、セドリックは小さく息を吐いた。

 ほとんどその表情に変化は無かったけれど、どこか肩の力が抜け、ほんの少しだけ口角が上がっているようにも見えた。

 その様子に、マリアがくすりと笑う。


「セドリック様、随分と安心されたご様子ですわね」

「……マリア」

「ふふっ」


 穏やかなやり取りに、楓の頬も自然と緩む。

 セドリックは元々、多くを語る人ではない。

 けれど彼がいつも、自分を気にかけてくれていたことを、王宮で過ごした時間の中で、楓は知っていた。

 危険があれば真っ先に動き、必要以上に踏み込むことはせず、それでもいつも傍にいてくれた。

 きっと彼は、守ることを言葉ではなく行動で示す人なのだ。


「それにしても」


 ふと、マリアが楽しそうに口を開く。


「陛下は、ずっと複雑そうなお顔をされてますわね」

「え?」


 楓が瞬くと、マリアは意味深に微笑んだ。


「ルヴァイン公爵家の養女になる件ですわ」


 その瞬間、ステファンが少し気まずそうに眉を寄せた。


「おい、マリア」

「あら、事実ではありませんか」

「……何が?」


 首を傾げる楓に、マリアは楽しげに続ける。


「陛下は、セドリック様がカエデ様の兄になることが、あまり面白くなかったようで」

「えっ?」


 思わず楓がステファンを見る。

 すると彼は、露骨に視線を逸らした。


「別に、不満があるわけじゃないよ」

「その態度、逆に怪しいよ?」

「む……」


 どうやら図星だったらしい。

 楓が思わず吹き出すと、ステファンは小さく溜息を吐いた。


「だって仕方ないだろう?君の周りに私以外の男が居るのは、例えそれがセドリックだったとしても、落ち着かないよ」


 ステファンはほんの少し拗ねた様な表情で言った。

 けれど次の瞬間、ステファンの口元がふっと緩んだ。


「まあ、私はカエデの兄上になりたい訳じゃないから、我慢するけどね」


 そう言って向けられた笑みには、先程までの不満など欠片も残っていなかった。


「……う……うん」


 彼の笑顔と言葉に、楓の頬が一気に熱くなる。

 そんな楓を見て、ステファンはとても幸せそうに微笑んだ。


 その後、二人の様子を微笑ましく見ていたマリアが、ふふっと笑った。


「ちなみにわたくしも、陛下に命じられたから付いて来たわけではありませんのよ」

「え?」

「たとえ命じられなかったとしても、カエデ様に着いて行かせていただきたいと、自ら願い出ておりましたわ」


 マリアの言葉に、楓は目を丸くする。


「カエデ様のお側は、とても居心地が良いのですもの」

「マリア……。ありがとう」


 その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。


 楓は改めてルヴァイン公爵家の屋敷を見上げる。

 これから始まる新しい生活に、もちろん緊張はある。

 それでもその胸には、不安よりもずっと大きな期待が満ちていた。




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