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ひとりぼっちの女子高生は、異世界の地でかつて救った孤独な王に溺愛される  作者: 陽ノ下 咲


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第一話 鏡の向こうの少年

* 


その時、鏡が一気に眩く光った。


「え……!?」


 白い光が視界を埋め尽くす。

 あまりの眩しさに、(かえで)は思わず目を閉じた。

 直後、身体がふわりと浮くような感覚に包まれる。

 そして次の瞬間、足元に硬い感触があった。


「……っ」


 恐る恐る目を開くと、そこは、さっきまで居た場所ではなかった。


 見たこともないほど広い部屋。

 高い天井には豪奢な装飾が施されている。

 そして目の前では、騎士たちが楓を取り囲むように、一斉に剣を向けていた。


「動くな!」

「お前、何者だ!?」


 激しい怒鳴り声と共に剣先を突き付けられ、楓は息を呑んだ。

 けれど、その時、


「待て!!全員剣を下せ」


 低く、鋭い声が響いた。

 その一声で、騎士たちが一斉に動きを止める。

 立ち並ぶ騎士たちの最奥に立つ人物を見て、楓は目を見開いた。

 そこに居たのは、透き通るような金の髪に、鋭さを帯びた碧の瞳を持つ、とても美しい青年だった。

 その人が、信じられないものを見るように楓を見つめる。


「……カエデ、なのか?」


 少し震えた声で名を呼ばれた瞬間、楓の胸が熱くなる。

 成長して姿は変わっていても、楓には分かった。


「……ステファン」


 涙が溢れそうになるのをグッと堪えながら呼びかける。

 すると青年は目を見開き、それから泣きそうな顔で微笑んだ。



 ーー全ての始まりは、一年前のあの日に遡る。




 それは楠木(くすのき)(かえで)が高校二年生の春のことだった。  

 最愛の母が不慮の事故で死んだ。

 真っ直ぐに伸びた艶やかな黒髪が微かに揺れ、黒目がちな大きな瞳は悲しみに沈んでいた。

 静かなその病室の白さが、やけに目に焼き付いている。

 握っていたはずの母の手は、もう温もりを返してはくれない。

 母はどんなに大変な状況の時でも明るく、「大丈夫、意外となんとかなるものよ」と笑い、そして本当になんとかしてしまう様な人だった。

 

「楓、どんな時でも笑顔を絶やさず、強く優しく生きなさい。そうすれば、なんとかなるわ。きっとあなたは、大丈夫だから」 

 

 母は最後の時も、そう言って静かに微笑んだ。

 だから楓も、涙をぐっと堪えた。


 父はとうの昔に亡くなっていて、母の他に身寄りはなく、頼れる人も、帰る場所もない。

 母親譲りの“なんとかなる”の精神も、今は影を潜めてしまい、これからどう生きていけばいいのか、何ひとつ分からなかった。

 けれど、母の最期に、不安な顔は見せたくなくて、楓はひとつ頷いたのだった。


 母の葬儀が終わって、数日が経ったある日のこと。

 楓は、見知らぬ人間たちに囲まれていた。

 楓の前に現れたのは、父の親族だという人たちだった。

 父はかつて、大きな資産を持つ家の出身だったらしい。

 そして楓は、その家に引き取られることになった。


 案内された屋敷は、まるで別世界だった。

 広すぎる庭、磨き上げられた床、無駄に高い天井、そして向けられる、冷たい視線。


「……ああ、この子が……」

「仕方ないわよね、血は繋がっているのだし」

「全く、最後まで迷惑なことだな」


 この家に歓迎されていないことは、すぐに分かった。

 けれど、楓はその中でも気丈に振るまうよう心がけていた。

 どんな時でも笑顔を絶やさず、強く優しく生きる。

 母が最期に残してくれたその言葉を心の支えにして、どんな時でも笑顔で前を向いていようと、そう決めていたから。


 そうして、内心では孤独な寂しさをずっと抱えたまま、月日は過ぎていった。

 そんな高校二年の夏休みの、ある昼下がりのことだった。


 屋敷の中に居場所がなくて、楓は人のいない場所を探し歩いていた時、屋敷の奥にある離れに、ふと足が向いた。


 今は物置として使われているらしく、人の気配はない。

 少し埃っぽいけれど、その静けさが楓には心地よかった。


「……ここ、落ち着くなぁ」


 ぽつりと呟いた、その時だった。

 くすんと、小さな泣き声が聞こえた。


「……え?」


 一瞬、息が止まった。

 小さな子どもの声が、確かに聞こえる。

 楓は戸惑いながらも、奥へと足を進めた。


「誰かいるの?」


 声をかけると、ぴたりと泣き声が止まった。

 けれど、人の姿はどこにもない。


「ねえ、どこにいるの?」


 もしかして幽霊?と少し怖くなって、もう一度少し震えつつも問いかけた。

 すると、


『だ……誰かいるの?』


 今度は、はっきりと声が返ってきた。

 けれど、やはり姿は見えない。


「そっちこそ、どこから話してるの?」

『わ……!やっぱりいる。君こそ誰なの?……どこにいるの?』


 その声は、部屋の奥から聞こえていた。

 そこには、大きな姿見が一つ、布をかけられて置かれている。

 楓はゆっくりと近づき、その布に手をかけて、そっと引いた。


 すると鏡の中に、見たこともないほど美しい少年がいた。


 透き通るような金の髪に、澄んだ碧の瞳。

 歳にして十歳にも満たないくらいに見えるその美しい少年は、まるで絵本の中に登場する王子様のようだと思った。

 そんな少年が、目を見開いて楓を見つめていた。


「……え」


 楓は驚いて声が漏れた。

 あ、これ夢かな、と思った。

 だって、こんな現実あるはずがない。


 その時、


『……女神さま?』


 その少年が、おそるおそるそう言った。


「え?」

『やっぱり……女神さまでしょ?僕を迎えに来てくれたんだ』


 今にも泣き出しそうな顔で、それでも縋るように、楓を見ている。

 胸が、ぎゅっと締め付けられた。


「違うよ」


 思わず、言葉が出る。


「私はただの人間よ」

『でも、すごく綺麗で……』


 少し戸惑った様子でそう言う少年が可愛くて、楓はクスッと笑ってしまった。


「それは、そっちでしょ。あなた、天使みたいだもの」


 少年は、きょとんとした顔をして、それからぽっと頬を赤く染めた。

 こんな状況なのに、なぜか少しだけ気が楽になった。


「ねえ」


 楓は、鏡の向こうの少年に問いかける。


「どうして泣いてたの?」


 その瞬間、少年の表情が揺れた。

 一瞬迷った後、ぽつりと、言った。


『……僕はいらない子だから』


 辛そうな表情で言われたその言葉に、楓は反射で返した。


「……なんでそんなこと言うの!?」

『みんなが、そう言うんだ』


 震える声だった。

 その言葉があまりにも重くて、あまりにも、痛かった。

 楓は、気付けば鏡に手をついていた。


「そんな訳ないでしょ!」


 強く、はっきりと言う。


「そんなの、絶対に間違ってる」


 こんな小さな子どもが、まるで世界の絶望を全て背負ったみたいな表情でそんな悲しいことを言うことが、楓はどうしても許せず、彼の言葉をきっぱりと否定した。

 少年は、驚いたように楓を見た。


「あなたのことをそんな風に言う人がいても、それが本当になるわけじゃないわ」

『でも……』

「でも、は要らないわよ。絶対に、誰が何と言おうとも、あなたは必要な存在よ。私を信じて」


そして続ける。


「あなた、お名前は?」


 少しの沈黙のあと、少年は、小さく息を吸って、答える。


『……ステファン』

「そう、ステファンっていうのね。とっても素敵な名前ね。……いい?ステファン、なんとかなる、って思うの。そして口に出すの。そうしたら、不思議となんとかなるものよ」

『……なんとか、なる?』


ポカン、とした顔で言うステファンに、楓はにっこりと微笑んで力強く頷く。


「ええ、そうよ。とっておきの、魔法の言葉なの」


 すると、突然、くっと堪えきれないとでも言う様に、ステファンが笑い出した。

 楽しそうにひとしきり笑った後、


『なんとか、なる……かあ。ふふ。うん、そんな気がしてきた』


 と、嬉しそうにそう呟いた。

 少年の瞳に、じわりと涙が浮かぶ。


『ねえ、君の名前も教えてくれない?』


 少年が震える声でそういってきて、楓は優しい声で言った。


「楠木楓よ」

『カエデ……。変わった響きだね』


 その名前を、なぞる様にステファンが呟く。

 そして、嬉しそうに微笑んだ。


『ありがとう、カエデ……。僕、君に会えて良かった』


 それが、すべての始まりだった。




見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!


今作は女子高生が主人公の、異世界転移ものの恋愛小説です。


続きも読んでいただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!

陽ノ下 咲

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