第四十七話:帰還
光が収束する。
白い世界がどこかへと吸い込まれるように崩れる。
意識が現実の体に引き戻される。
暗闇に落ちるような感覚。
そして――
目が開く。
医療区画の白い天井。
カイトの視界がゆっくりと焦点を結ぶ。
「……は」
現実を認識して、かすれた安堵が漏れる。
体がやけに重い。
ずっと眠っていた反動だとすぐにわかる。
「カイト!!」
ユウリの声と共に、顔が視界に入る。
泣きそうだが、笑っている。
その後ろに腕を撫でて照れくさそうな、
レンが立っている。
「……遅えよ」
ぶっきらぼうに言う。
カイトが小さく笑う。
「……悪い」
少し離れた位置に腕を組んだファリンもいる。
「戻ってきたみたいね」
冷静に言うが、ほんの少しだけ安堵が混じっている。
デイジーの声が響く。
「バイタル正常化!」
「存在密度、回復中!」
慌ただしく、モニターを操作している。
耳に本当の音が戻ってくる。
完全に、帰ってきたと思った。
カイトはゆっくりと起き上がる。
体を確認するがどこも透けていない。
ちゃんと“ある”。
「……戻ったか」
呟く。
だが、ほんのわずかな違和感がある。
カイトは自分の手に視線を落とす。
指を動かすが、問題はない。
でも、説明できない感覚のズレ。
レンが気づく。
「どうした」
カイトは少し考える。
「……いや」
言いかけて言語化できずに止める。
ユウリが心配そうに近づく。
「大丈夫?」
カイトは頷く。
「多分な」
曖昧な返事だが今はそれでいい。
その時。
デイジーが声を上げる。
「……あれ?」
全員が振り向く。
モニターの数値がわずかに振れている。
「どうしたの?」
ファリンが聞く。
デイジーが眉をしかめながら指をさす。
「これ……変」
「カイトの存在値」
「完全に戻ってない」
沈黙。
レンが言う。
「何%だ」
「……98%」
微妙な数値。
だが、確実に欠けている。
カイトが呟く。
「2%……」
小さいが無視できない。
ユウリが言う。
「それって……」
デイジーが首を振る。
「分からない、ただ」
「“何か”が足りない」
ファリンが言う。
「欠損が残ってるってことね」
レンが舌打ちする。
「中途半端だな」
カイトは他人事のように言う。
「……生きてるならいいだろ」
「……カイト」
ユウリが小さく呼ぶ。
「ん?」
少しだけ、迷った表情を見せる。
「……何か、忘れてない?」
その一言で空気が変わる。
カイトの顔が少しこわばる。
「……は?」
記憶を辿るが何かが欠けている。
だが思い出せない。
「……いや」
首を振る。
「別に」
ユウリはそれ以上言わない。
ただ、胸騒ぎだけが残る。
その時、遠くで突然警報が鳴り、全員が反応する。
「何!?」
デイジーがモニターを見る。
「外部反応!」
「……え?」
言葉を失う。
ファリンが詰め寄る。
「どうした?」
デイジーがゆっくりと言う。
「これ……」
信じられないという顔。
「グロキシニアの反応……」
沈黙。
全員が止まる。
ユウリが言う。
「……そんな」
自分の中にあるはず。
消えていないが、統合したはず。
デイジーが震える声で言う。
「外に……ある」
医療区画の空気が、一瞬で張り詰める。
「外部反応の位置出す!」
デイジーが叫ぶ。
モニターに施設外のマップが展開される。
旧市街区。
崩壊しかけたエリア。
その中心に黒い点が脈打っている。
「反応、増大中……!」
数値が跳ね上がる。
さっきまで存在しなかったものが突然“現れた”。
エヴァが即座に指示を出す。
「第一班、出動準備!」
戦闘の空気。
レンが動く。
「行くぞ」
だがユウリは動かない。
モニターを見つめたまま。
「……これ、わたしの……」
言いかける。
全員が振り向く。
カイトは鋭い目でモニターを見ている。
静かに強く言う。
「正確には“切り離された部分”だ」
デイジーが反応する。
「……分離体?」
カイトが頷く。
「統合の時に、取りきれなかったもの」
ユウリの中に残るはずだった“外れた欠片”
それが外に出た。
ファリンが言う。
「それって……敵になるの?」
カイトは少しだけ考える。
そして「なる可能性が高い」
ユウリの目が揺れる。
「……なんで」
カイトが答える。
「“核”がないから」
ユウリが理解する。
「……わたし?」
カイトが頷く。
「統合されたのは“本体”でもあれは違う」
モニターの黒点を見る。
「ただの感情の塊」
制御も、意味もない。
純粋な衝動。
恐怖。
拒絶。
消えたいという願い。
ファリンが低く言う。
「……暴走体ね」
的確な言葉にレンが吐き捨てる。
「結局、敵じゃねえか」
だがユウリが首を振る。
「違う」
全員が見る。
ユウリは続ける。
「これ……」
胸に手を当てる。
「わたしが捨てたやつ」
静かに、はっきりと。
「見て見ぬふりした部分」
カイトが少しだけ目を細める。
「……そうだな、だから」
続ける。
「普通の敵より厄介だ」
「倒せば終わりじゃない。意味が残る」
レンが眉をしかめる。
「は?」
カイトが言う。
「“否定したままになる”」
ユウリが小さく息を呑む。
理解する。
もし倒せば、その感情は、完全に“切り捨てられる”。
つまり“本当の統合じゃなくなる”。
ファリンが言う。
「じゃあどうするの」
現実的な問いにカイトがシンプルに答える。
「回収する」
ユウリが顔を上げる。
「……戻す」
カイトが頷く。
「できるのはお前だけだ」
重い責任だが、ユウリは迷わない。
「やる」
レンが笑う。
「決まりだな」
その時、デイジーが叫ぶ。
「待って!!」
全員が止まる。
「反応……さらに増えてる!」
モニターの黒点が広がっている。
形を変え人型に近づいている。
ファリンが呟く。
「……早すぎる。成長速度が異常よ」
エヴァが低く言う。
「時間がない」
そして小さく続ける。
「……あれは」
言葉を選ぶ。
「カイトの“欠けた部分”も混ざっている」
沈黙。
空気が凍る。
レンが言う。
「……は?」
ユウリの目が見開かれる。
「どういうこと」
カイトが答える。
「さっきの2%はたぶん消えたんじゃない」
モニターを指す。
「あっちにある」
分離体はユウリだけじゃなく、カイトの“欠損”も含んでいる。
つまり、より不安定で、より危険な存在。
ファリンが低く言う。
「……最悪ね」
レンが笑う。
「上等だろ」
ユウリが、モニターを静かに見つめる。
「……迎えに行く」
その言葉に逃げない覚悟が見える。
今度は、自分の“捨てたもの”を。




