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四十九、二つの心

「アズサ、これから二人で話せる場所へ行く。手を」


 陛下の腕を取る。

 と同時に、視界が灰色になる。

 瞬時にどこかの部屋に移動していた。

 簡素な部屋だった。明かり取りの窓が天井についている。

 二十畳くらいだろうか、書棚とソファ、作業机がおいてある。


「ここは?」

「余の私室だ。一人になりたい時にこの部屋に来る」

「あの、アレクシス様のお話とは?」


 陛下が下を向いた。

 何か、言いにくそうだ。

 顔を上げた陛下の瞳がとても悲しげで苦しそうだった。


「この部屋の音は外部に漏れないようになっている。ここで見た事、聞いた事は総て内密にするように」

「は、もちろんです」


 一体、何の話だろうと思っていたら、突然、王の人型が崩れた。

 どろどろと解けていく。

 これは一体、何?

 何のホラーなの!

 崩れた固まりがむくむくと盛り上がってエンペラースライムになった。


「ええええ!」


 ここは異世界だから、なんでもありだと思ってたけど、人がエンペラースライムになるとか、やめて!

 エンペラースライムの形がもう一度くずれる。

 そして、また、王の姿になった。

 いや、王の威厳がない。

 にっこりと親しげに微笑みかけてくる。


「僕だよ、梓」

「は?」


 え、え、どういう事?


「せ、先輩?」

「そうだ。僕だよ」

「え? でも、陛下は?」

「休んでいる、ここでね」


 先輩が胸をトンと叩いた。


「じゃあ、じゃあ、先輩は生きてたんですね!」


 あ、涙が出て来た。

 良かったー!

 先輩が生きててくれて、しかも、最後に会った姿のまま!

 死んでもない。

 老いてもないんだ!


「生きてた! 先輩が生きてたあ!!!」


 泣いた、大声を上げて泣いた。

 先輩に抱きついて泣いた!


「生きてた、生きてた、生きてたんだーーー」

「梓、落ち着いて。ほら、ハンカチ」


 差し出されたハンカチで涙を拭う。

 拭っても拭っても、涙が溢れてくる。


「さ、座って、座って話そう」


 先輩に言われるまま、ソファに座った。


「ポット、お茶。僕と客人に」


 棚からお茶のセットがお盆に乗って飛び出して来た。

 カップに紅茶が注がれる。

 熱い紅茶を一口すすって、気持ちが落ち着いた。

 深呼吸をして気持ちを切り替える。


「あの、あの遺言はなんだったんですか? 先輩は死んでしまったと思ってました」

「あれは寿命が尽きそうになったから、動けなくなる前にと思って書いたんだ。まさか、自分がこんなふうに生き延びるとは思ってなくてね」

「こっちでは自分の寿命がわかるんですか?」

「だいたいね。こちらの世界では、年をとると、寝てもHPが完全に回復しなくなるんだ。僕らの世界でも年を取ると寝ても疲れがとれなくなるだろ。それと一緒だよ。で、大抵はポーションで補うんだけど、ポーションもきかなくなる。ああ、もうすぐ死ぬんだなって思って、あの部屋を作ったんだ」

「そうだったんですね。でも、一体何故エンペラースライムに?」

「長い話になるな。……君はゴブリンがスライムの核を取り除いて、自分達の核を植え付けて増える話を訊いたかい?」

「ええ、聞きました」

「人には核がないから、ゴブリンと同じ事は出来ない、といわれていたんだ。だけど、子供の遺体をそのままスライムの体に入れた男がいてね。そしたら、スライムがその子になったというんだ。ただし、スライムの寿命しか生きられなかったそうだ。男は息子と半年ほど幸せに暮らしたそうだ」


 その話とエンペラースライムと、どう繋がるんだろう?


「今の王は、生まれてすぐに死んでしまったんだ。母親にはそれが事前にわかっていたらしい。それで、母親、息子の嫁だが、彼女は事前にエンペラースライムを用意していたんだ。この国の下水道はスライムによって清掃されている。スライムをテイムしたテイマー達がその任にあたっていてね。彼らに命じてスライムをエンペラースライムに進化させていたんだ。嫁は死んだ赤ん坊の遺体をエンペラースライムの体にいれてみたんだが、うまくいかなくてね。ここでは遺体を時間停止機能付きの棺桶にいれるんだ。死んでしまえば、物になるからね。そうやって、遺体を保管して子供が死んだ事を隠しながら、実験を繰り返したんだ」


 なんということを!


「そのお嫁さんは、自分の息子を生かすためにエンペラースライムの命を奪ったのですか? 何体も? ゴブリンのように?」

「ああ、そうだよ。うん? どうかしたか? 顔が真っ白だよ」

「いえ、大丈夫です。びっくりしただけです」


 私は大急ぎで紅茶を飲んだ。

 ぬるくなった紅茶が喉元を滑り降りて行く。


「で、嫁は魔力が足りないのがうまくいかない原因ではないかと思って僕の体を、墓所から盗み出して一緒に入れたんだ。人は死ぬとHPとMPがゼロになる。だけど、たまにMPがゼロにならない場合があるんだ。僕がそうだった。それで、僕の体を墓所から盗み出して、一緒に入れたんだそうだ。そしたらうまく行ってね」

「じゃあ、先輩の遺体が入っていたひつぎも時間停止機能のついた棺だったんですか?」

「ああ、そうだ。今墓所にある遺体は嫁が土で作った偽物だけどね。とにかく、嫁の英断に感謝だよ。おかげで、もう一度、生きる事が出来た。だけど、問題が起きたんだ。キングワイバーンが攻めて来た時、魔導砲を使っただろ。そしたら、魔素が極端に薄くなったじゃないか」

「ええ、なりました」

「あの時、エンペラースライムに戻りそうになったんだ。人型が保てなくなりそうになってね。あぶなかった。女神から魔素が減っていると言われたけれど大して重要な話だとは思わなかったんだ。自分には関係ないと。だけど、現実に魔素が薄い状態を経験して、初めて、魔素がなくなった世界を想像出来たんだ。魔法生物が総て、消えてなくなるんだ。もちろん、僕も王も消えてしまう」


 先輩が紅茶を一口すすった。


「消えてしまう前に、僕らは人の形を保っていられなくなるだろう。数年先か、数十年先かはわからないが。王が生きている間、魔素がもてばいい。だけど、持たなかったら……。女神の方法には限界がある。スキルを与えた所で、人々は魔法を使うだろうし、人口が増え続ければ、当然、魔素の消費量は増えて行く。原因を特定して解決しないと魔素はどんどん減り続けるんだ。君にこの問題を解決して貰いたい。女神の所に行って、闇の神の体から何故、魔素を作る量が減ったのか、調べて解決して欲しいんだ」

「無理です。そんな事。絶対無理というものですよ」

「いや、君なら出来る。君は二つの特殊能力を持っているだろう。恐らく、レベルを上げれば、もっといろいろな特殊能力を使えるようになると思うんだ」

「例えば?」

「そうだな、テレポーテーションとか」

「瞬間移動ですか? それが使えれば便利とは思いますが」

「頼む。女神に会って、解決方法を見つけてくれ」

「でも、女神様にも解決出来ないのでしょう」

「たしかにそうだが。女神に解決出来なくても、僕らの世界には科学があった。科学の知識を使ったら解決出来るかもしれない。頼む、女神に会いに行ってくれ。僕が行きたい所だが、そうすると、この国から王がいなくなってしまう。僕は動けないんだ」


 どうしよう、途方もない話だ。

 だけど、魔法生物がいなくなるって事は、テトとメリーも消えてしまうんだ。

 そんなの、嫌だ!


「……、わかりました。先輩だけでなく、この世界の魔物達の為に頑張ってみます」

「ありがとう、梓。そう言ってくれると思ったよ。さて、僕は消えて、ヴォルフガングに戻るよ」


 先輩がソファから立ち上がって、空いているスペースに立った。

 先輩の人型が消えて、エンペラースライムになる。

 そして、もう一度溶けて威厳のある王になった。


「話は聞いて貰った通りだ。驚いただろう」

「はい、とても。陛下の体にアレクシス様の心も入っているのですよね」

「そうだ。普段は眠っておられる。余の体に異変が起きたら眠りから目覚められる。幼い頃は、余を守ってくれてね。初めて、お祖父様が余の内にあるとわかった時は驚いたよ」


 ポットが新しい紅茶を陛下の空になったカップに注いだ。

 紅茶の良い香りがあたりに漂う。


「……余が七歳の時だった。母上が余に話してくれたのだ。その時初めてお祖父様と話をした。お祖父様は『普段はお前の内で眠っているが、お前の身に危険が及んだ時、儂が守ってやる。だが、儂に頼り過ぎてはいけない。強くなれ、ヴォルフガング』と」

「アレクシス様は陛下をずっとお守りしてたのですね」

「そうだ。この間、魔素が極端に少なくなってエンペラースライムの体に戻りそうになった時、久しぶりにお祖父様が目覚められて、余を支えてくれた。あの夜、お祖父様がこの世界から少しづつ魔素が減っていると話して下さったんだ。魔素が減ったら、人型を保てなくなる事もね」

「そうだったんですね。では、やはり、アレクシス様は女神に召喚された事も理由も皆様に話してなかったんですね」

「ああ、そうだ」

「あの、あたしは、エンペラースライムの体である事を隠す必要はないと思います」

「は! 君はわかってない! 何故、兄上に王位継承権がないと思う。彼の母親は身分が低いというだけでなく、エルフの血を引いているからなんだ。彼の血には穢れた魔法生物の血が流れているんだ。だから、兄上は王になれなかったんだ。王になるには、完全な人族でなければならないんだ。ましてや、魔物に支配されたいと思う人間がどこにいる!」

「も、申し訳ありません。出過ぎた事を申しました」


 思わず床に跪く。

 先輩と話したせいで、うっかり臣民の立場を忘れていた。


「余には婚約者がいた。お互い、相手を好ましく思っていて、なんでも話し合えた。月がきれいな夜に、彼女を誘って北の塔へ行き、打ち明けた。余がエンペラースライムだと。そしたら、彼女は、恐怖の表情を浮かべて塔から身を投げた。『魔物に抱かれるくらいなら死んだほうがまし』と言ってね。……あなたも余を恐ろしいと思っているのだろう?」

「いえ、あたしは思っていません。あたしの世界には、いろいろな物語があって、スライムを可愛い魔物と描いた作品が多かったんです。ですから、エンペラースライムの王様に嫌悪感はないんです」


 王様がびっくりして、それから、ほっとした表情になった。


「スライムが可愛く書かれた物語か、読んでみたい物だな」

「でしたら、作られたらどうでしょう?」

「え?」

「スライムが可愛く書かれた話を作家に書いて貰うんです。それを国民に広げて、スライムに対する嫌悪感を和らげるんです。何年かかるかわかりませんが、そしたら、王様がエンペラースライムに戻ったとしても、国民にさほど嫌悪感をもたれないのではないでしょうか?」

「ふむ、面白い意見だ。考えてみよう。で、あなたはどうする? すぐに、女神の元へ行くか?」

「明日の朝、身の周りを整理してから、出発しようと思います」

「そうか……。そうだ、余の経験値をそなたに贈ろう」

「え! そんな事出来るんですか?」

「ああ、余はスキル『経験値贈与』を持っているからな」


 王様が何事かつぶやいた。

 体が暖かくなる。


「ステータスを確認してごらん。レベルが上がっている筈だ」


 確認すると確かにレベルが上がっていた。


「あのこんなに経験値を頂いていいのですか? 陛下の経験値が減ったのでは?」

「余は近衛の者達とグループ登録をしている。彼らの経験値が自動的に余の経験値となるのだ。多少減ってもすぐに元に戻る。だから、気にしなくていい」

「はい、ありがとうございます」

「魔法陣に乗りなさい。部屋に戻れる」


 言われた通り魔法陣に乗ろうとして、ふと思いついた。


「あの、こう考えてはいかがでしょう。陛下がエンペラースライムなのではなくて、陛下はエンペラースライムの体を利用しているだけだと」

「どういう意味だ」

「例えば、足が悪くなったら杖を使いますよね。杖を使って歩いたりするでしょ。それと同じで、人の体を保つ為にエンペラースライムの体とアレクシス様の魔力を利用していると思えばいいんじゃないでしょうか?」

「つまり、余は人族で、魔物ではないという事か?」

「そうです。エンペラースライムの体は杖と同じなんですよ。陛下の体をお支えしているだけなんです」

「そうか、そう考えればいいのか! 余は人族なのだな! アズサ! ありがとう! 君は素晴らしい。礼を言う!」

「お役に立てて、良かったです」


 あたしは一礼して、魔法陣に乗った。

 次の瞬間、自分の部屋に戻っていた。


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