転職して給料が上がりました。
「……もしもし?」
『もしもし? どうしたん?』
「あ、おかん?」
『そうだけど』
「そういえばさ、前にスマホ機種変したって言ってたじゃん?」
『ああ、したよ』
「あのときの古いスマホ、まだある?」
『あると思うけど。何で?』
「ちょっと使いたいんだよね」
『今のスマホ壊れたん?』
「いや、壊れてないよ」
『じゃあ、何に使うの?』
「ああ、それがさ」
俺は少し声を弾ませた。
「新しい仕事で必要になってね」
『……仕事?』
「うん」
『あんた、仕事決まったん?』
「ああ、まあね」
『そうなん!? よかったじゃん!』
「……うん」
『どんな仕事?』
「ゲーム関係かな」
『ゲーム?』
「そうそう」
『ゲームの会社?』
「……まあ、そんな感じ」
『へえ! 今はそういう仕事もあるんだねえ』
「……うん。あるんだよ」
『それで、スマホがいるの?』
「そう! 二台必要なんだよね」
『古いやつでも大丈夫?』
「全然大丈夫!」
『SIMカードは入ってないと思うよ?』
「ああ、Wi-Fiで使うから問題ない!」
『そうなんだ。じゃあ探して送るわ』
「おお! ありがとう!」
『充電器もいる?』
「あ、あったらお願い!」
『分かった』
「なるべく早く送ってね!」
『はいはい。人に頼んどいて急かさんの』
「あはは! ごめんごめん!」
『ちゃんと仕事頑張りなさいよ』
「うん! 頑張る!」
電話を切った。
「……ふふふ」
よし。
これでいい。
これで俺も、スマホ二台持ちだ。
「……おお」
二台持ちかあ。
なんか、仕事ができる人みたいじゃないか。
……。
いや。
実際、仕事で使うんだけど。
「……ふふ」
俺はゲームの画面を見た。
そこには、大きな白い翼を広げた俺のキャラクターが立っていた。
限定アバター。
ホワイトウィング。
背中から左右に広がる、天使のような白い翼。
キャラクターが動くたびに、羽がふわりと揺れる。
「……格好いいなあ」
何度見てもいい。
これが欲しかったんだよ。
一万円。
結構な出費だった。
初給料が約七万円だったことを考えると、なかなか痛い。
……。
…………。
でも。
「……二十万円で売るんだもんな」
それを考えれば、安い投資だ。
限定品なんだから、持っているだけで価値があるはずだし。
「……ふふ」
いい買い物をしたと思う。
そして、今回のスマホ。
これも、ちゃんと理由がある。
ゲームを仕事にすると決めてから、俺はどうすれば効率よく稼げるのか、いろいろ考えていた。
そして、一つの結論にたどり着いた。
キャラクターは、二体育てたほうがいい。
「……これだよなあ」
我ながら、なかなかいいアイデアだと思う。
*
そもそも、今の俺のキャラクターは攻撃職だ。
火力が高い。
敵を倒すのが速い。
夜は仲間とパーティーを組んで、高難度のダンジョンやボスを周回している。
そこは問題ない。
むしろ、最近はかなり順調だ。
問題は、昼間なんだよなあ。
「……うーん」
昼間は、みんな仕事をしている。
そりゃそうだ。
平日なんだから。
だから、なかなかパーティーが組めない。
俺は一人で狩りをすることになる。
もちろん、ソロでも敵は倒せる。
でも、回復が面倒なんだよな。
強い敵を相手にしていると、どうしても体力が減る。
回復アイテムを使う。
また戦う。
回復する。
戦う。
「……うーん」
いちいち足を止めなきゃいけない。
これがもったいない。
もっと効率よく狩れないものか。
……。
…………。
「あっ」
そうだ。
回復役を連れて歩けばいいんじゃないか?
自分専用の回復キャラクターだ。
俺が攻撃する。
そいつが回復する。
そうすれば、回復アイテムをいちいち使わなくても、ずっと狩りを続けられる。
「……おおお」
これだ!
しかも、だ。
その回復キャラも、一緒に狩りをしていれば経験値が入る。
つまり。
メインキャラを育てながら、サブキャラも育てられるわけだ。
「……ふふふ」
素晴らしい。
一体育てているつもりで、二体育つ。
メインキャラは、二十万円を目指す。
サブキャラは……まあ、回復職だから、そこまで高くはならないかもしれない。
でも、数万円くらいにはなるんじゃないか?
「……おお」
これは大きいぞ。
今までと同じ時間で、二体分の資産を育てられる。
……。
…………。
「……資産」
なんか、いい響きだなあ。
俺のキャラクターは、もうただのゲームデータじゃないんだ。
立派な資産なんだよ。
「……ふふ」
そう考えると、ますます育成にも力が入る。
あとは、二台目のスマホがあればいい。
……。
…………。
新品を買うのは高いしなあ。
でも、おかんの古いスマホならタダだ。
「……完璧じゃないか」
初期費用も抑えられる。
これなら、かなり効率がいい。
やっぱり仕事は、頭を使わないとな。
*
数日後。
おかんから荷物が届いた。
「……おお!」
来た来た!
早速、箱を開ける。
中には古いスマホと充電器。
それから、お菓子がいくつか入っていた。
「……ふふ」
おかん、ありがとう。
お菓子まで入れてくれたのか。
……。
…………。
まあ、お菓子はあとで食べよう。
今はスマホだ。
俺は早速、電源を入れた。
「……おっ」
ちゃんと動く。
画面もきれいだ。
思っていたより、全然いいじゃないか。
「……よし」
Wi-Fiにつなぐ。
ゲームをインストールする。
新しいアカウントを作る。
「……ふふふ」
なんか、ワクワクするなあ。
キャラクター作成画面が表示された。
職業は、もちろん回復職。
見た目は……まあ、適当でいいか。
どうせ回復するだけだし。
「……よし!」
完成。
これで二体目だ。
俺は二台のスマホを机に並べた。
右がメイン。
左がサブ。
「……おおお」
何だか、本格的になってきたな。
二台のスマホが並んでいるだけなのに、ちょっとした仕事場みたいだ。
「……ふふ」
さて。
早速、試してみるか。
俺は二体でパーティーを組んだ。
メインキャラを動かす。
サブキャラを追従させる。
「……おっ!」
ちゃんとついてくるじゃないか。
いいぞ。
そのまま狩場へ向かう。
敵を見つける。
攻撃。
攻撃。
攻撃。
「……おお!」
体力が減ったところで、サブキャラに回復させる。
「……いいねえ!」
これだよ!
こういうのがやりたかったんだ!
今までは回復するたびに、何度も足を止めていた。
でも、これならずっと戦える。
「……ふふふ」
よしよし。
その調子だ。
……。
…………。
「あれ?」
サブキャラが、ついてこない。
「……ん?」
何でだ?
俺は左のスマホを見た。
「……おいおい」
障害物に引っかかっている。
「……ちょっと待て!」
サブキャラを手動で動かす。
よし、抜けた。
と思ったら。
「……うわっ!」
今度はメインキャラが敵に囲まれていた。
「……ちょっ!」
慌てて右のスマホを操作する。
体力が減っている。
回復!
……。
…………。
「あああ!」
間に合わなかった。
メインキャラが倒れた。
「…………」
……。
…………。
「……くそっ!」
何やってんだ、こいつ!
ちゃんとついてこいよ!
……。
…………。
まあ、操作してるのは俺なんだけど。
「……うーん」
意外と難しいな、二台操作。
一台なら簡単なんだけど。
二台になると、両方見なきゃいけない。
右を見ていると左が気になる。
左を見ていると右がやられる。
「……なるほどなあ」
これは少し練習が必要だな。
……。
…………。
でも、まあ。
慣れれば問題ないだろう。
何しろ、俺はゲームがうまいんだから。
「……よし!」
もう一回だ。
俺は再び狩場へ向かった。
今度は、敵の少ないところから始める。
メインで攻撃。
サブで回復。
位置を確認。
また攻撃。
「……おお」
いいぞ。
だんだん分かってきた。
敵を倒す。
また倒す。
経験値が入る。
そして、サブキャラのレベルも上がった。
「……おおお!」
上がった!
ちゃんと育ってるじゃないか!
「……ふふふ」
いいねえ。
これはいい。
一体だけ育てるより、絶対に効率がいいぞ。
「……完璧だ」
俺はしばらく狩りを続けた。
*
「……あれ?」
ふと時計を見た。
もう夕方だった。
「……えっ?」
そんなに時間たった?
「……早っ!」
ついさっき始めたばかりだと思っていたのに。
「……おお」
サブキャラも、だいぶ育ったなあ。
メインキャラの素材も集まった。
「……ふふ」
なかなか充実した一日だった。
それにしても、ゲームをしていると時間がたつのが早い。
コンビニで働いていたときなんて、時計を見るたびにうんざりしていたのに。
『……まだ一時半かよ』
何度、そう思ったことか。
今は違う。
もう夕方。
「……すげえな」
全然苦にならない。
……。
…………。
まあ、ちょっと目は疲れたけど。
それくらいだ。
「……さて」
そろそろ、みんながログインしてくる時間だな。
今日は大事な日なんだよ。
新しく実装されたボスに、初めて挑戦する予定になっている。
「……ふふ」
楽しみだなあ。
俺はサブキャラを町に戻し、メインキャラの装備を確認した。
ホワイトウィング。
白い翼が大きく広がる。
「……格好いいなあ」
やっぱり、買ってよかった。
……。
…………。
これ、みんなにも見せたいな。
「……よし!」
準備完了。
あとは仲間を待つだけだ。
*
『こんちゃっす!』
「……おっ!」
一人目がログインしてきた。
『こんばんは!』
俺はすぐに返事をした。
『今日ボス行きますよね?』
『もちろんです!』
「……ふふ」
いいねえ。
続いて、もう一人。
『お疲れさまですー!』
『お疲れさまです!』
さらにもう一人。
『遅くなりました!』
『全然大丈夫です!』
次々と仲間が集まってきた。
「……おおお」
いいなあ。
こういうの。
みんながログインしてくるのを待つ時間も、最近は結構好きだ。
以前の俺だったら、野良のパーティー募集を眺めながら、どこに入ろうか悩んでいた。
今は違う。
一緒に遊ぶ人が決まっている。
「……ふふ」
さて。
今日は新ボスだ。
まだ実装されたばかりで、攻略情報もほとんど出ていない。
動画は少し見たけど、細かい動きまでは分からなかった。
「……まあ、何とかなるだろ」
俺たちだって、結構強くなったんだ。
装備も揃っている。
きっと大丈夫だ。
『準備いいですか?』
『OKです!』
『行きましょう!』
「……よし!」
俺たちはダンジョンへ入った。
*
「……うわっ!」
強い。
めちゃくちゃ強い。
何なんだ、このボス。
攻撃が痛すぎる。
「……ちょっと待て!」
ボスが大きく腕を振り上げた。
攻撃が来る。
避ける。
……。
…………。
「……あああ!」
間に合わなかった!
俺のキャラクターが倒れた。
「……くそっ!」
『大丈夫! 蘇生します!』
回復役の仲間が駆け寄ってくる。
「……おお!」
助かった!
再び立ち上がる。
攻撃を再開する。
……。
…………。
「……うわああ!」
また倒された。
「……何だよ、これ!」
今度は別の仲間も倒れた。
回復役が必死に立て直そうとする。
しかし、ボスは待ってくれない。
大きな攻撃が来る。
一人倒れる。
もう一人倒れる。
そして。
『全滅』
「…………」
……。
…………。
「……つよっ!」
何だよ、こいつ!
強すぎるだろ!
『いやー、きついw』
『攻撃痛すぎません?w』
『後半が分からないですね』
「……うーん」
確かに。
後半になると、攻撃の種類が変わるんだよな。
さっきまで避けられていた攻撃が、急に当たるようになる。
「……ああ、そうか」
あの大きな攻撃。
もしかして、ボスの後ろに回れば避けられるんじゃないか?
俺はチャットに入力した。
『後半の大技、後ろに回ったら避けられませんかね?』
『あー、確かに!』
『次やってみましょう!』
「……よし」
もう一回だ。
俺たちは再び挑戦した。
今度は前半を順調に突破した。
いよいよ後半。
ボスが腕を振り上げる。
「……来た!」
俺はすぐに後ろへ回った。
……。
…………。
「……おおお!」
避けられた!
『いけた!』
『ナイスです!』
「……ふふ!」
よし!
やっぱりそうだったのか!
これはでかいぞ!
……。
…………。
と思ったら。
「……うわっ!」
別の攻撃が来た。
「……あああ!」
また倒された。
「……くそっ!」
今度はそっちかよ!
……。
…………。
結局、また全滅した。
「……ふぅ」
強いなあ。
本当に強い。
でも。
「……ふふ」
面白い。
何度も失敗して。
少しずつ攻略方法を覚えて。
昨日まで倒せなかった敵が、だんだん倒せそうになってくる。
これがいいんだよなあ。
『次、あの攻撃のあとに回復入れましょう』
『了解です!』
『後半は無理に攻撃しないほうがいいかも』
『なるほど!』
みんなで相談する。
もう一度挑戦する。
また失敗する。
そして、また相談する。
「……よし」
次こそ倒すぞ!
*
それから何度目の挑戦だっただろう。
ボスの体力が、残りわずかになっていた。
「……おおお!」
あと少し!
あと少しだ!
『いける!』
『もうちょっと!』
『頑張って!』
「……うおおお!」
俺は必死に攻撃した。
ボスが大きく腕を振り上げる。
……来た!
あの攻撃だ。
「……避けろ!」
今度は間に合った。
仲間も避けた。
「……よし!」
攻撃!
攻撃!
あと少し!
……。
…………。
ボスの体力が、ほとんどなくなった。
「……いける!」
俺は最後の攻撃を叩き込んだ。
そして。
ボスが、ゆっくりと倒れた。
「…………」
……。
…………。
『討伐成功』
「……っしゃああああ!!」
やった!
倒したぞ!
『やったあああ!』
『おおおお!!』
『ナイスです!!』
『お疲れさまでした!!』
チャットが一気に流れた。
「……ふふふ!」
やったなあ。
本当に倒せた。
あんなに強かったのに。
何度も全滅したのに。
「……いやあ、すげえ!」
俺は椅子の背もたれに体を預けた。
達成感がすごい。
手のひらが少し汗ばんでいる。
「……ふぅぅ」
楽しかったなあ。
本当に。
『いやー、強かったw』
『何回死んだか分からないw』
『でも倒せましたね!』
『最高でした!』
「……ふふ」
俺も同じ気持ちだ。
最高だった。
できれば、このまま何周もしたい。
新しい装備も欲しいし、素材も集めたい。
でも。
『ちょっと休憩しません?w』
『賛成w』
『疲れたー!』
どうやら、みんな疲れてしまったらしい。
「……あはは」
まあ、そりゃそうか。
あれだけ何度も全滅したんだから。
『じゃあ少し休憩しましょうw』
俺たちは町に戻った。
ほかのパーティーがどうやって倒しているのか、攻略動画を見ながら作戦を考えることになった。
……。
…………。
まあ、実際には、ほとんど雑談だったけど。
*
『そういえば、皆さんって普段何のお仕事されてるんですか?』
「…………」
……。
…………。
え?
仕事?
突然、そんな話になった。
一人が会社員だと答えた。
もう一人は営業職らしい。
『毎日帰るの遅いんですよねーw』
『分かるw』
『今日も仕事終わって急いでログインしましたw』
「……へええ」
みんな、ちゃんと働いてるんだなあ。
……。
…………。
まあ、普通そうか。
俺も、つい最近まで働いていたし。
『そういえば、普段何されてるんですか?』
「…………」
……。
…………。
あ。
俺か。
「……えーと」
どうしよう。
無職です。
……。
いやあ。
言いづらいなあ。
みんな働いているんだぞ。
しかも、俺は昼間からずっとゲームをしている。
「……うーん」
何て答えよう。
……。
…………。
あっ。
そうだ。
俺、転職したんだった。
「……ふふ」
そうだよ。
コンビニを辞めて、ゲームの仕事を始めたんだ。
別に変なことを言う必要なんてないじゃないか。
俺はチャット欄に入力した。
『最近、転職したばかりでしてw』
送信。
すると。
『えっ! 転職したんですか!?』
『おお! おめでとうございます!』
『新しい仕事どうですか?』
「……おお」
一気に反応が来た。
なんか、すごいな。
みんな興味を持ってくれている。
『ありがとうございますw』
『どんなお仕事なんですか?』
「…………」
……。
…………。
どんな仕事か。
「……うーん」
ゲームのアカウントを育てて、将来売る仕事。
……。
いや、ちょっと説明が難しいな。
『ゲーム関係の仕事ですねw』
送信。
『えええ!』
『すごい!』
『ゲーム関係!?』
『開発とかですか?』
「……おおお」
なんか、すごい反応だな。
ゲーム関係って、そんなに珍しいのか?
……。
まあ、ゲーム好きが集まっている場所だしな。
みんな興味があるんだろう。
『いや、開発じゃないんですよw』
『そうなんですか?』
『販売のほうですねw』
『販売!?』
『ゲームショップとかですか?』
「…………」
……。
…………。
ああ。
なるほど。
そういう販売を想像するか。
……。
でも、まあ。
アカウントを売るんだから、販売には違いないよな。
『まあ、そんな感じですw』
『いいなあ!』
『ゲーム関係の仕事って楽しそう!』
『羨ましいですw』
「……ふふふ」
なんか、嬉しいなあ。
こんなに興味を持ってもらえるとは思わなかった。
『実際どうです? 楽しいですか?』
「……おっ」
それは、もちろん。
『楽しいこともありますけど、しんどいこともありますよw』
俺はそう答えた。
だって、実際そうだからな。
二台のスマホを操作するのは結構大変だ。
サブキャラが勝手に変な方向へ行くこともある。
狩りの効率だって、毎日研究している。
欲しい装備がなかなか出ないことだってある。
「……うん」
楽なことばかりじゃないんだよなあ。
『やっぱりそうですよねw』
『好きなことを仕事にするのも大変そう』
『分かりますw』
「……ふふ」
分かってくれるか。
そうなんだよ。
好きだからって、楽なことばかりじゃない。
でも、好きだから頑張れるんだよな。
……。
…………。
やっぱり、俺にはこの仕事が向いているんだと思う。
すると、別のメッセージが来た。
『転職してよかったですか?』
「…………」
……。
…………。
転職してよかったか。
……。
もちろん。
よかったに決まっている。
コンビニで働いていた頃は、夜勤があるからゲームにも参加できなかった。
今は違う。
好きな時間にログインできる。
昼間は一人で狩り。
夜はみんなとボス攻略。
しかも、将来はアカウントを高く売る予定だ。
「……うん」
間違いなく、よかった。
『転職してよかったですよw』
『おお!』
『それはよかったですね!』
『ちなみに、お給料とかも上がりました?w』
「…………」
……。
…………。
給料か。
「……うーん」
コンビニでは、約七万円だった。
まあ、途中で辞めたからだけど。
今は、メインキャラを二十万円で売る予定だ。
サブキャラも育てている。
そっちも売れれば、さらに増える。
「……おお」
そう考えると。
結構な金額になるな。
……。
…………。
「……ふふ」
俺はチャット欄に入力した。
『給料も上がりましたしw』
送信。
すると。
『ええええ!』
『すげえ!』
『羨ましい!!』
『転職成功じゃないですか!』
『勝ち組だwww』
「……おおおお!」
すごい!
めちゃくちゃ盛り上がってる!
「……ふふふ!」
いやあ。
照れるなあ。
……。
…………。
まあ、売るのはもう少し先なんだけど。
今はまだ育成中だ。
でも、二十万円を目指しているんだから。
それに、今の俺ならもっと強くできるかもしれない。
「……うん」
なかなかいい転職だったんじゃないか?
「……ふふ」
俺は画面を見ながら笑った。
みんなが次々とメッセージを送ってくる。
『いいなー!』
『自分も転職したいw』
『新しい職場でも頑張ってください!』
『応援してます!』
「……おお」
ありがとう。
俺、頑張るよ。
『ありがとうございます! 頑張ります!』
俺はそう返した。
*
そのあとも、しばらく雑談が続いた。
仕事の話。
最近のゲームの話。
次のアップデートの話。
今日のボスの攻略方法。
「……ふふ」
楽しいなあ。
本当に。
こんなに大勢で話すこと、いつ以来だろう。
コンビニで働いていたときは、店長や柴田さんと話していた。
でも、あれは仕事中だったしな。
今は違う。
好きなことを話している。
みんなも楽しそうだ。
「……いいなあ」
俺は自分のキャラクターを見た。
白い翼を広げて、町の広場に立っている。
その周りには、今日一緒にボスを倒した仲間たちがいる。
誰かがジャンプした。
俺もジャンプした。
すると、ほかの仲間までジャンプし始めた。
「……あはは」
何やってんだ、みんな。
……。
…………。
いいパーティーだなあ。
また明日も遊びたい。
来週も。
来月も。
「……ふふ」
これから、もっと強くなって。
もっと難しいボスを倒して。
みんなで喜びたいなあ。
……。
…………。
「あっ」
そういえば。
俺、このアカウント売るんだったな。
「…………」
……。
…………。
売ったら、どうなるんだ?
このキャラクター。
今使っているアカウント。
フレンドも全部、このアカウントに登録されている。
「……うーん」
ということは。
売ったら、もうみんなと遊べなくなるのか?
「…………」
……。
…………。
ああ。
そうか。
そういうことになるよな。
このキャラクターは、ほかの人のものになるんだから。
「……うーん」
それは、ちょっと寂しいなあ。
せっかく仲良くなれたのに。
今日だって、一緒にあんなに強いボスを倒したんだぞ。
何度も失敗して。
何度も挑戦して。
最後には、みんなで喜んだ。
「…………」
……。
…………。
まあ。
でも。
「……二十万円になるまで売らないしな」
そうだ。
まだまだ時間はある。
今すぐ売るわけじゃない。
装備だって、もっと集めなきゃいけない。
レベルも上げたい。
限定アイテムも欲しい。
それに、サブキャラの育成もある。
「……うん」
しばらくは、今までどおりみんなと遊べる。
二十万円になったら、そのとき考えよう。
……。
…………。
あっ。
そうだ。
サブキャラもいるんだった。
メインを売っても、サブで遊べばいいんじゃないか?
「……おお!」
そうだよ!
サブキャラから、みんなにフレンド申請すればいいんだ。
「……ふふ」
何だ。
全然問題ないじゃないか。
……。
…………。
いや、待てよ。
サブキャラも売るつもりだったな。
「…………」
……。
…………。
「……まあ、そのとき考えるか」
まだ先の話だ。
今から心配しても仕方ない。
すると、チャットにメッセージが流れた。
『そろそろ寝ます! 明日も仕事なのでw』
『自分もです!』
『お疲れさまでしたー!』
『また明日!』
「……おっ」
もうそんな時間か。
みんな、明日も仕事なんだな。
朝から出勤する人もいるんだろう。
大変だなあ。
『お疲れさまでした!』
俺もチャットで挨拶した。
『またお願いします!』
『おやすみなさい!』
一人ずつ、仲間がログアウトしていく。
町の広場から、キャラクターが消えていった。
さっきまであんなに賑やかだったのに。
気づけば、俺だけになっていた。
「…………」
……。
…………。
「……ふぅ」
楽しかったなあ。
今日のボス、強かったなあ。
でも、倒せてよかった。
「……ふふ」
また明日も、みんなで遊べるといいな。
……。
…………。
まあ、平日だからな。
仕事が忙しい人もいるだろうし。
夜にならないと集まれないだろう。
「……うん」
俺は時計を見た。
午前一時半。
「……おお」
もうこんな時間か。
……。
…………。
でも、まだまだいけるな。
俺はもう一台のスマホを手に取った。
サブキャラをログインさせる。
メインキャラの横に、回復役の小さなキャラクターが現れた。
「……ふふ」
さて。
もう少し育てておくか。
明日は、どの狩場に行こうかな。
今日のボスでもらった素材も整理しないと。
サブキャラの装備も、そろそろ新しくしたいなあ。
「……忙しいなあ」
やることがいっぱいだ。
……。
…………。
でも、別にいいか。
明日、早起きする必要もないし。
昼間だって、好きなだけゲームができる。
みんなは仕事があるから、どうしてもログインできる時間が限られている。
でも、俺は違う。
昼間もできる。
夜もできる。
疲れたら休めばいいし、眠くなったら寝ればいい。
「……ふふ」
そう考えると、結構有利なんじゃないか?
だって、みんなより長く育成できるんだから。
もっとレベルを上げて。
もっといい装備を集めて。
もっと価値のあるアカウントにする。
「……よし」
明日も頑張ろう。
……。
…………。
いや。
もう少しだけ、今日も頑張るか。
俺は二台のスマホを並べた。
メインキャラを動かす。
その後ろを、回復役のサブキャラがついてくる。
「……ふふ」
いい感じだ。
俺には、ほかの人よりも時間がたくさんあるんだ。




