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100万円貯めたら、あの頃に戻れるらしい。  作者: Tranonym


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10/10

転職して給料が上がりました。

「……もしもし?」


『もしもし? どうしたん?』


「あ、おかん?」


『そうだけど』


「そういえばさ、前にスマホ機種変したって言ってたじゃん?」


『ああ、したよ』


「あのときの古いスマホ、まだある?」


『あると思うけど。何で?』


「ちょっと使いたいんだよね」


『今のスマホ壊れたん?』


「いや、壊れてないよ」


『じゃあ、何に使うの?』


「ああ、それがさ」


俺は少し声を弾ませた。


「新しい仕事で必要になってね」


『……仕事?』


「うん」


『あんた、仕事決まったん?』


「ああ、まあね」


『そうなん!? よかったじゃん!』


「……うん」


『どんな仕事?』


「ゲーム関係かな」


『ゲーム?』


「そうそう」


『ゲームの会社?』


「……まあ、そんな感じ」


『へえ! 今はそういう仕事もあるんだねえ』


「……うん。あるんだよ」


『それで、スマホがいるの?』


「そう! 二台必要なんだよね」


『古いやつでも大丈夫?』


「全然大丈夫!」


『SIMカードは入ってないと思うよ?』


「ああ、Wi-Fiで使うから問題ない!」


『そうなんだ。じゃあ探して送るわ』


「おお! ありがとう!」


『充電器もいる?』


「あ、あったらお願い!」


『分かった』


「なるべく早く送ってね!」


『はいはい。人に頼んどいて急かさんの』


「あはは! ごめんごめん!」


『ちゃんと仕事頑張りなさいよ』


「うん! 頑張る!」


電話を切った。


「……ふふふ」


よし。


これでいい。


これで俺も、スマホ二台持ちだ。


「……おお」


二台持ちかあ。


なんか、仕事ができる人みたいじゃないか。


……。


いや。


実際、仕事で使うんだけど。


「……ふふ」


俺はゲームの画面を見た。


そこには、大きな白い翼を広げた俺のキャラクターが立っていた。


限定アバター。


ホワイトウィング。


背中から左右に広がる、天使のような白い翼。


キャラクターが動くたびに、羽がふわりと揺れる。


「……格好いいなあ」


何度見てもいい。


これが欲しかったんだよ。


一万円。


結構な出費だった。


初給料が約七万円だったことを考えると、なかなか痛い。


……。


…………。


でも。


「……二十万円で売るんだもんな」


それを考えれば、安い投資だ。


限定品なんだから、持っているだけで価値があるはずだし。


「……ふふ」


いい買い物をしたと思う。


そして、今回のスマホ。


これも、ちゃんと理由がある。


ゲームを仕事にすると決めてから、俺はどうすれば効率よく稼げるのか、いろいろ考えていた。


そして、一つの結論にたどり着いた。


キャラクターは、二体育てたほうがいい。


「……これだよなあ」


我ながら、なかなかいいアイデアだと思う。


*


そもそも、今の俺のキャラクターは攻撃職だ。


火力が高い。


敵を倒すのが速い。


夜は仲間とパーティーを組んで、高難度のダンジョンやボスを周回している。


そこは問題ない。


むしろ、最近はかなり順調だ。


問題は、昼間なんだよなあ。


「……うーん」


昼間は、みんな仕事をしている。


そりゃそうだ。


平日なんだから。


だから、なかなかパーティーが組めない。


俺は一人で狩りをすることになる。


もちろん、ソロでも敵は倒せる。


でも、回復が面倒なんだよな。


強い敵を相手にしていると、どうしても体力が減る。


回復アイテムを使う。


また戦う。


回復する。


戦う。


「……うーん」


いちいち足を止めなきゃいけない。


これがもったいない。


もっと効率よく狩れないものか。


……。


…………。


「あっ」


そうだ。


回復役を連れて歩けばいいんじゃないか?


自分専用の回復キャラクターだ。


俺が攻撃する。


そいつが回復する。


そうすれば、回復アイテムをいちいち使わなくても、ずっと狩りを続けられる。


「……おおお」


これだ!


しかも、だ。


その回復キャラも、一緒に狩りをしていれば経験値が入る。


つまり。


メインキャラを育てながら、サブキャラも育てられるわけだ。


「……ふふふ」


素晴らしい。


一体育てているつもりで、二体育つ。


メインキャラは、二十万円を目指す。


サブキャラは……まあ、回復職だから、そこまで高くはならないかもしれない。


でも、数万円くらいにはなるんじゃないか?


「……おお」


これは大きいぞ。


今までと同じ時間で、二体分の資産を育てられる。


……。


…………。


「……資産」


なんか、いい響きだなあ。


俺のキャラクターは、もうただのゲームデータじゃないんだ。


立派な資産なんだよ。


「……ふふ」


そう考えると、ますます育成にも力が入る。


あとは、二台目のスマホがあればいい。


……。


…………。


新品を買うのは高いしなあ。


でも、おかんの古いスマホならタダだ。


「……完璧じゃないか」


初期費用も抑えられる。


これなら、かなり効率がいい。


やっぱり仕事は、頭を使わないとな。


*


数日後。


おかんから荷物が届いた。


「……おお!」


来た来た!


早速、箱を開ける。


中には古いスマホと充電器。


それから、お菓子がいくつか入っていた。


「……ふふ」


おかん、ありがとう。


お菓子まで入れてくれたのか。


……。


…………。


まあ、お菓子はあとで食べよう。


今はスマホだ。


俺は早速、電源を入れた。


「……おっ」


ちゃんと動く。


画面もきれいだ。


思っていたより、全然いいじゃないか。


「……よし」


Wi-Fiにつなぐ。


ゲームをインストールする。


新しいアカウントを作る。


「……ふふふ」


なんか、ワクワクするなあ。


キャラクター作成画面が表示された。


職業は、もちろん回復職。


見た目は……まあ、適当でいいか。


どうせ回復するだけだし。


「……よし!」


完成。


これで二体目だ。


俺は二台のスマホを机に並べた。


右がメイン。


左がサブ。


「……おおお」


何だか、本格的になってきたな。


二台のスマホが並んでいるだけなのに、ちょっとした仕事場みたいだ。


「……ふふ」


さて。


早速、試してみるか。


俺は二体でパーティーを組んだ。


メインキャラを動かす。


サブキャラを追従させる。


「……おっ!」


ちゃんとついてくるじゃないか。


いいぞ。


そのまま狩場へ向かう。


敵を見つける。


攻撃。


攻撃。


攻撃。


「……おお!」


体力が減ったところで、サブキャラに回復させる。


「……いいねえ!」


これだよ!


こういうのがやりたかったんだ!


今までは回復するたびに、何度も足を止めていた。


でも、これならずっと戦える。


「……ふふふ」


よしよし。


その調子だ。


……。


…………。


「あれ?」


サブキャラが、ついてこない。


「……ん?」


何でだ?


俺は左のスマホを見た。


「……おいおい」


障害物に引っかかっている。


「……ちょっと待て!」


サブキャラを手動で動かす。


よし、抜けた。


と思ったら。


「……うわっ!」


今度はメインキャラが敵に囲まれていた。


「……ちょっ!」


慌てて右のスマホを操作する。


体力が減っている。


回復!


……。


…………。


「あああ!」


間に合わなかった。


メインキャラが倒れた。


「…………」


……。


…………。


「……くそっ!」


何やってんだ、こいつ!


ちゃんとついてこいよ!


……。


…………。


まあ、操作してるのは俺なんだけど。


「……うーん」


意外と難しいな、二台操作。


一台なら簡単なんだけど。


二台になると、両方見なきゃいけない。


右を見ていると左が気になる。


左を見ていると右がやられる。


「……なるほどなあ」


これは少し練習が必要だな。


……。


…………。


でも、まあ。


慣れれば問題ないだろう。


何しろ、俺はゲームがうまいんだから。


「……よし!」


もう一回だ。


俺は再び狩場へ向かった。


今度は、敵の少ないところから始める。


メインで攻撃。


サブで回復。


位置を確認。


また攻撃。


「……おお」


いいぞ。


だんだん分かってきた。


敵を倒す。


また倒す。


経験値が入る。


そして、サブキャラのレベルも上がった。


「……おおお!」


上がった!


ちゃんと育ってるじゃないか!


「……ふふふ」


いいねえ。


これはいい。


一体だけ育てるより、絶対に効率がいいぞ。


「……完璧だ」


俺はしばらく狩りを続けた。


*


「……あれ?」


ふと時計を見た。


もう夕方だった。


「……えっ?」


そんなに時間たった?


「……早っ!」


ついさっき始めたばかりだと思っていたのに。


「……おお」


サブキャラも、だいぶ育ったなあ。


メインキャラの素材も集まった。


「……ふふ」


なかなか充実した一日だった。


それにしても、ゲームをしていると時間がたつのが早い。


コンビニで働いていたときなんて、時計を見るたびにうんざりしていたのに。


『……まだ一時半かよ』


何度、そう思ったことか。


今は違う。


もう夕方。


「……すげえな」


全然苦にならない。


……。


…………。


まあ、ちょっと目は疲れたけど。


それくらいだ。


「……さて」


そろそろ、みんながログインしてくる時間だな。


今日は大事な日なんだよ。


新しく実装されたボスに、初めて挑戦する予定になっている。


「……ふふ」


楽しみだなあ。


俺はサブキャラを町に戻し、メインキャラの装備を確認した。


ホワイトウィング。


白い翼が大きく広がる。


「……格好いいなあ」


やっぱり、買ってよかった。


……。


…………。


これ、みんなにも見せたいな。


「……よし!」


準備完了。


あとは仲間を待つだけだ。


*


『こんちゃっす!』


「……おっ!」


一人目がログインしてきた。


『こんばんは!』


俺はすぐに返事をした。


『今日ボス行きますよね?』


『もちろんです!』


「……ふふ」


いいねえ。


続いて、もう一人。


『お疲れさまですー!』


『お疲れさまです!』


さらにもう一人。


『遅くなりました!』


『全然大丈夫です!』


次々と仲間が集まってきた。


「……おおお」


いいなあ。


こういうの。


みんながログインしてくるのを待つ時間も、最近は結構好きだ。


以前の俺だったら、野良のパーティー募集を眺めながら、どこに入ろうか悩んでいた。


今は違う。


一緒に遊ぶ人が決まっている。


「……ふふ」


さて。


今日は新ボスだ。


まだ実装されたばかりで、攻略情報もほとんど出ていない。


動画は少し見たけど、細かい動きまでは分からなかった。


「……まあ、何とかなるだろ」


俺たちだって、結構強くなったんだ。


装備も揃っている。


きっと大丈夫だ。


『準備いいですか?』


『OKです!』


『行きましょう!』


「……よし!」


俺たちはダンジョンへ入った。


*


「……うわっ!」


強い。


めちゃくちゃ強い。


何なんだ、このボス。


攻撃が痛すぎる。


「……ちょっと待て!」


ボスが大きく腕を振り上げた。


攻撃が来る。


避ける。


……。


…………。


「……あああ!」


間に合わなかった!


俺のキャラクターが倒れた。


「……くそっ!」


『大丈夫! 蘇生します!』


回復役の仲間が駆け寄ってくる。


「……おお!」


助かった!


再び立ち上がる。


攻撃を再開する。


……。


…………。


「……うわああ!」


また倒された。


「……何だよ、これ!」


今度は別の仲間も倒れた。


回復役が必死に立て直そうとする。


しかし、ボスは待ってくれない。


大きな攻撃が来る。


一人倒れる。


もう一人倒れる。


そして。


『全滅』


「…………」


……。


…………。


「……つよっ!」


何だよ、こいつ!


強すぎるだろ!


『いやー、きついw』


『攻撃痛すぎません?w』


『後半が分からないですね』


「……うーん」


確かに。


後半になると、攻撃の種類が変わるんだよな。


さっきまで避けられていた攻撃が、急に当たるようになる。


「……ああ、そうか」


あの大きな攻撃。


もしかして、ボスの後ろに回れば避けられるんじゃないか?


俺はチャットに入力した。


『後半の大技、後ろに回ったら避けられませんかね?』


『あー、確かに!』


『次やってみましょう!』


「……よし」


もう一回だ。


俺たちは再び挑戦した。


今度は前半を順調に突破した。


いよいよ後半。


ボスが腕を振り上げる。


「……来た!」


俺はすぐに後ろへ回った。


……。


…………。


「……おおお!」


避けられた!


『いけた!』


『ナイスです!』


「……ふふ!」


よし!


やっぱりそうだったのか!


これはでかいぞ!


……。


…………。


と思ったら。


「……うわっ!」


別の攻撃が来た。


「……あああ!」


また倒された。


「……くそっ!」


今度はそっちかよ!


……。


…………。


結局、また全滅した。


「……ふぅ」


強いなあ。


本当に強い。


でも。


「……ふふ」


面白い。


何度も失敗して。


少しずつ攻略方法を覚えて。


昨日まで倒せなかった敵が、だんだん倒せそうになってくる。


これがいいんだよなあ。


『次、あの攻撃のあとに回復入れましょう』


『了解です!』


『後半は無理に攻撃しないほうがいいかも』


『なるほど!』


みんなで相談する。


もう一度挑戦する。


また失敗する。


そして、また相談する。


「……よし」


次こそ倒すぞ!


*


それから何度目の挑戦だっただろう。


ボスの体力が、残りわずかになっていた。


「……おおお!」


あと少し!


あと少しだ!


『いける!』


『もうちょっと!』


『頑張って!』


「……うおおお!」


俺は必死に攻撃した。


ボスが大きく腕を振り上げる。


……来た!


あの攻撃だ。


「……避けろ!」


今度は間に合った。


仲間も避けた。


「……よし!」


攻撃!


攻撃!


あと少し!


……。


…………。


ボスの体力が、ほとんどなくなった。


「……いける!」


俺は最後の攻撃を叩き込んだ。


そして。


ボスが、ゆっくりと倒れた。


「…………」


……。


…………。


『討伐成功』


「……っしゃああああ!!」


やった!


倒したぞ!


『やったあああ!』


『おおおお!!』


『ナイスです!!』


『お疲れさまでした!!』


チャットが一気に流れた。


「……ふふふ!」


やったなあ。


本当に倒せた。


あんなに強かったのに。


何度も全滅したのに。


「……いやあ、すげえ!」


俺は椅子の背もたれに体を預けた。


達成感がすごい。


手のひらが少し汗ばんでいる。


「……ふぅぅ」


楽しかったなあ。


本当に。


『いやー、強かったw』


『何回死んだか分からないw』


『でも倒せましたね!』


『最高でした!』


「……ふふ」


俺も同じ気持ちだ。


最高だった。


できれば、このまま何周もしたい。


新しい装備も欲しいし、素材も集めたい。


でも。


『ちょっと休憩しません?w』


『賛成w』


『疲れたー!』


どうやら、みんな疲れてしまったらしい。


「……あはは」


まあ、そりゃそうか。


あれだけ何度も全滅したんだから。


『じゃあ少し休憩しましょうw』


俺たちは町に戻った。


ほかのパーティーがどうやって倒しているのか、攻略動画を見ながら作戦を考えることになった。


……。


…………。


まあ、実際には、ほとんど雑談だったけど。


*


『そういえば、皆さんって普段何のお仕事されてるんですか?』


「…………」


……。


…………。


え?


仕事?


突然、そんな話になった。


一人が会社員だと答えた。


もう一人は営業職らしい。


『毎日帰るの遅いんですよねーw』


『分かるw』


『今日も仕事終わって急いでログインしましたw』


「……へええ」


みんな、ちゃんと働いてるんだなあ。


……。


…………。


まあ、普通そうか。


俺も、つい最近まで働いていたし。


『そういえば、普段何されてるんですか?』


「…………」


……。


…………。


あ。


俺か。


「……えーと」


どうしよう。


無職です。


……。


いやあ。


言いづらいなあ。


みんな働いているんだぞ。


しかも、俺は昼間からずっとゲームをしている。


「……うーん」


何て答えよう。


……。


…………。


あっ。


そうだ。


俺、転職したんだった。


「……ふふ」


そうだよ。


コンビニを辞めて、ゲームの仕事を始めたんだ。


別に変なことを言う必要なんてないじゃないか。


俺はチャット欄に入力した。


『最近、転職したばかりでしてw』


送信。


すると。


『えっ! 転職したんですか!?』


『おお! おめでとうございます!』


『新しい仕事どうですか?』


「……おお」


一気に反応が来た。


なんか、すごいな。


みんな興味を持ってくれている。


『ありがとうございますw』


『どんなお仕事なんですか?』


「…………」


……。


…………。


どんな仕事か。


「……うーん」


ゲームのアカウントを育てて、将来売る仕事。


……。


いや、ちょっと説明が難しいな。


『ゲーム関係の仕事ですねw』


送信。


『えええ!』


『すごい!』


『ゲーム関係!?』


『開発とかですか?』


「……おおお」


なんか、すごい反応だな。


ゲーム関係って、そんなに珍しいのか?


……。


まあ、ゲーム好きが集まっている場所だしな。


みんな興味があるんだろう。


『いや、開発じゃないんですよw』


『そうなんですか?』


『販売のほうですねw』


『販売!?』


『ゲームショップとかですか?』


「…………」


……。


…………。


ああ。


なるほど。


そういう販売を想像するか。


……。


でも、まあ。


アカウントを売るんだから、販売には違いないよな。


『まあ、そんな感じですw』


『いいなあ!』


『ゲーム関係の仕事って楽しそう!』


『羨ましいですw』


「……ふふふ」


なんか、嬉しいなあ。


こんなに興味を持ってもらえるとは思わなかった。


『実際どうです? 楽しいですか?』


「……おっ」


それは、もちろん。


『楽しいこともありますけど、しんどいこともありますよw』


俺はそう答えた。


だって、実際そうだからな。


二台のスマホを操作するのは結構大変だ。


サブキャラが勝手に変な方向へ行くこともある。


狩りの効率だって、毎日研究している。


欲しい装備がなかなか出ないことだってある。


「……うん」


楽なことばかりじゃないんだよなあ。


『やっぱりそうですよねw』


『好きなことを仕事にするのも大変そう』


『分かりますw』


「……ふふ」


分かってくれるか。


そうなんだよ。


好きだからって、楽なことばかりじゃない。


でも、好きだから頑張れるんだよな。


……。


…………。


やっぱり、俺にはこの仕事が向いているんだと思う。


すると、別のメッセージが来た。


『転職してよかったですか?』


「…………」


……。


…………。


転職してよかったか。


……。


もちろん。


よかったに決まっている。


コンビニで働いていた頃は、夜勤があるからゲームにも参加できなかった。


今は違う。


好きな時間にログインできる。


昼間は一人で狩り。


夜はみんなとボス攻略。


しかも、将来はアカウントを高く売る予定だ。


「……うん」


間違いなく、よかった。


『転職してよかったですよw』


『おお!』


『それはよかったですね!』


『ちなみに、お給料とかも上がりました?w』


「…………」


……。


…………。


給料か。


「……うーん」


コンビニでは、約七万円だった。


まあ、途中で辞めたからだけど。


今は、メインキャラを二十万円で売る予定だ。


サブキャラも育てている。


そっちも売れれば、さらに増える。


「……おお」


そう考えると。


結構な金額になるな。


……。


…………。


「……ふふ」


俺はチャット欄に入力した。


『給料も上がりましたしw』


送信。


すると。


『ええええ!』


『すげえ!』


『羨ましい!!』


『転職成功じゃないですか!』


『勝ち組だwww』


「……おおおお!」


すごい!


めちゃくちゃ盛り上がってる!


「……ふふふ!」


いやあ。


照れるなあ。


……。


…………。


まあ、売るのはもう少し先なんだけど。


今はまだ育成中だ。


でも、二十万円を目指しているんだから。


それに、今の俺ならもっと強くできるかもしれない。


「……うん」


なかなかいい転職だったんじゃないか?


「……ふふ」


俺は画面を見ながら笑った。


みんなが次々とメッセージを送ってくる。


『いいなー!』


『自分も転職したいw』


『新しい職場でも頑張ってください!』


『応援してます!』


「……おお」


ありがとう。


俺、頑張るよ。


『ありがとうございます! 頑張ります!』


俺はそう返した。


*


そのあとも、しばらく雑談が続いた。


仕事の話。


最近のゲームの話。


次のアップデートの話。


今日のボスの攻略方法。


「……ふふ」


楽しいなあ。


本当に。


こんなに大勢で話すこと、いつ以来だろう。


コンビニで働いていたときは、店長や柴田さんと話していた。


でも、あれは仕事中だったしな。


今は違う。


好きなことを話している。


みんなも楽しそうだ。


「……いいなあ」


俺は自分のキャラクターを見た。


白い翼を広げて、町の広場に立っている。


その周りには、今日一緒にボスを倒した仲間たちがいる。


誰かがジャンプした。


俺もジャンプした。


すると、ほかの仲間までジャンプし始めた。


「……あはは」


何やってんだ、みんな。


……。


…………。


いいパーティーだなあ。


また明日も遊びたい。


来週も。


来月も。


「……ふふ」


これから、もっと強くなって。


もっと難しいボスを倒して。


みんなで喜びたいなあ。


……。


…………。


「あっ」


そういえば。


俺、このアカウント売るんだったな。


「…………」


……。


…………。


売ったら、どうなるんだ?


このキャラクター。


今使っているアカウント。


フレンドも全部、このアカウントに登録されている。


「……うーん」


ということは。


売ったら、もうみんなと遊べなくなるのか?


「…………」


……。


…………。


ああ。


そうか。


そういうことになるよな。


このキャラクターは、ほかの人のものになるんだから。


「……うーん」


それは、ちょっと寂しいなあ。


せっかく仲良くなれたのに。


今日だって、一緒にあんなに強いボスを倒したんだぞ。


何度も失敗して。


何度も挑戦して。


最後には、みんなで喜んだ。


「…………」


……。


…………。


まあ。


でも。


「……二十万円になるまで売らないしな」


そうだ。


まだまだ時間はある。


今すぐ売るわけじゃない。


装備だって、もっと集めなきゃいけない。


レベルも上げたい。


限定アイテムも欲しい。


それに、サブキャラの育成もある。


「……うん」


しばらくは、今までどおりみんなと遊べる。


二十万円になったら、そのとき考えよう。


……。


…………。


あっ。


そうだ。


サブキャラもいるんだった。


メインを売っても、サブで遊べばいいんじゃないか?


「……おお!」


そうだよ!


サブキャラから、みんなにフレンド申請すればいいんだ。


「……ふふ」


何だ。


全然問題ないじゃないか。


……。


…………。


いや、待てよ。


サブキャラも売るつもりだったな。


「…………」


……。


…………。


「……まあ、そのとき考えるか」


まだ先の話だ。


今から心配しても仕方ない。


すると、チャットにメッセージが流れた。


『そろそろ寝ます! 明日も仕事なのでw』


『自分もです!』


『お疲れさまでしたー!』


『また明日!』


「……おっ」


もうそんな時間か。


みんな、明日も仕事なんだな。


朝から出勤する人もいるんだろう。


大変だなあ。


『お疲れさまでした!』


俺もチャットで挨拶した。


『またお願いします!』


『おやすみなさい!』


一人ずつ、仲間がログアウトしていく。


町の広場から、キャラクターが消えていった。


さっきまであんなに賑やかだったのに。


気づけば、俺だけになっていた。


「…………」


……。


…………。


「……ふぅ」


楽しかったなあ。


今日のボス、強かったなあ。


でも、倒せてよかった。


「……ふふ」


また明日も、みんなで遊べるといいな。


……。


…………。


まあ、平日だからな。


仕事が忙しい人もいるだろうし。


夜にならないと集まれないだろう。


「……うん」


俺は時計を見た。


午前一時半。


「……おお」


もうこんな時間か。


……。


…………。


でも、まだまだいけるな。


俺はもう一台のスマホを手に取った。


サブキャラをログインさせる。


メインキャラの横に、回復役の小さなキャラクターが現れた。


「……ふふ」


さて。


もう少し育てておくか。


明日は、どの狩場に行こうかな。


今日のボスでもらった素材も整理しないと。


サブキャラの装備も、そろそろ新しくしたいなあ。


「……忙しいなあ」


やることがいっぱいだ。


……。


…………。


でも、別にいいか。


明日、早起きする必要もないし。


昼間だって、好きなだけゲームができる。


みんなは仕事があるから、どうしてもログインできる時間が限られている。


でも、俺は違う。


昼間もできる。


夜もできる。


疲れたら休めばいいし、眠くなったら寝ればいい。


「……ふふ」


そう考えると、結構有利なんじゃないか?


だって、みんなより長く育成できるんだから。


もっとレベルを上げて。


もっといい装備を集めて。


もっと価値のあるアカウントにする。


「……よし」


明日も頑張ろう。


……。


…………。


いや。


もう少しだけ、今日も頑張るか。


俺は二台のスマホを並べた。


メインキャラを動かす。


その後ろを、回復役のサブキャラがついてくる。


「……ふふ」


いい感じだ。


俺には、ほかの人よりも時間がたくさんあるんだ。

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