975.筆洗篇:カットバックの仕方【回答】
今回はご質問を頂きましたので、その回答となります。
他の皆様も、もしわかりづらいところやご質問などございましたら、お気軽にメッセージやコメントを頂ければと存じます。
カットバックの仕方
今回もご質問にお答え致します。
最近流行の手法として「カットバック」を用いる方が多いのだそうです。
では「カットバック」とはなんなのか。また有効活用するにはどうすればよいのか、について検証致します。
カットバックとは
まず「カットバック」とはなにかについておさらいしましょう。
「カットバック」とは映画やドラマなどで用いられる演出法のひとつです。
日本語で「切り返し」とも言い、ふたつの場所で起こっている出来事を交互に表現する方法になります。
現在最も「カットバック」を有効に活用しているドラマは、水谷豊氏&反町隆史氏主演の『相棒』シリーズです。
W主人公である本作は、水谷豊氏演じる杉下右京と、反町隆史氏演じる冠城亘のふたりの視点から事件の真相へと踏み込んでいきます。
冠城が表の捜査を進めてヒントを得る。杉下が裏で捜査をしてヒントを得る。そのふたつを組み合わせて仮定を立て、さらにふたりは別々に捜査を開始します。そして結論が導き出されたとき、ふたりは揃って容疑者たちの前で推理を披露するのです。
演出法自体は古くからありましたが、私が初めて「カットバック」を意識した作品はPCゲーム・シーズウェア『EVE burst error』でした。元は成人向けゲームでしたが、私がプレイしたのはエッチシーンがカットされたセガサターン版『EVE burst error R』です。
男性探偵の天城小次郎と女性エージェントの法条まりなのW主人公による、ある事件の真相を究明するゲームとなっています。
小次郎でプレイして「あるフラグ」を立てると、まりなのシナリオが先に進み、まりなでその先をプレイして「あるフラグ」を立てると、行き詰まっていた小次郎のシナリオが先に進めるようになる、という造りです。
W主人公で「カットバック」を使わなければ解けないアドベンチャーゲームは、本作が初だったかもしれません。
実を言えば、拙著『秋暁の霧、地を治む』も、レイティス王国側主人公ミゲルと、ボッサム帝国側主人公クレイドによる「カットバック」作品として構想しています。
同じ「カットバック」構造は、田中芳樹氏『銀河英雄伝説』『アルスラーン戦記』などにも見られます。
群像劇では「カットバック」は必須の演出法なのです。
カットバックの使い方
「カットバック」は使い方を誤れば、視点が定まらない作品になってしまいます。
例えばヒロイック・ファンタジーで、主人公の勇者視点で物語を書いている一人称視点の場合。
突然ヒロインの一人称視点が始まったら面食らいますよね。
さらに魔王の一人称視点が始まったら、読み手は混乱に拍車がかかるのです。
「カットバック」はW主人公や、探偵と助手のようにふたつの側から物語を進めていくときに役立つ演出法になっています。
ヒロイック・ファンタジーは勇者が魔王を倒す物語なので、基本的に主人公の勇者による一人称視点で通してください。
ですが、物語を進めるうえでどうしても他人の視点から情報を読み手に伝えたくなる場面があります。
これを単純に一、二行「カットバック」で情報を書けばいいや、と思わないでください。
「カットバック」は章、節、項単位で用いるから効果が出ます。
数行だけ「カットバック」して情報を差し挟むのは「ご都合主義」もよいところ。
このような安易な「カットバック」は「構成力なし」と判断されて「小説賞・新人賞」では確実に減点されます。
主人公の一人称視点で綴っている場面に、別の場所で起きていることを書いてはなりません。別の人物の心境を書いてはなりません。
章単位で一人称視点の保持者が変わるよい例がエニックス『DRAGON QUEST IV 導かれし者たち』です。
こちらは第一章がライアン、第二章がアリーナ姫とクリフトとブライ、第三章がトルネコ、第四章がマーニャとミネア、そして第五章で主人公である勇者の視点で物語が進みます。
章単位ですから、視点保有者がはっきりと分かれており、プレイヤーはいっさい混乱しません。
章単位で書くほどでもない場合は、ひとつ下の節単位で書いてください。
節は章の中で1、2、3、……のように数字を振って分けてある場合と、単に空白行を一行入れて場面を変更する場合があります。
どちらにしても場面つまり時間や場所を変えるタイミングで、視点保有者も切り替えてしまうのです。これなら「カットバック」させても場面内で複数の視点保有者が生まれないため、有効な用い方になります。
カットバックの禁則
演出法としてすぐれている「カットバック」ですが、もちろん禁則はあります。
それが「同一場面内にカットバックを混ぜない」ことです。
前述しているのですが、改めて説明致します。
「カットバック」は視点を切り替えて、片方の視点保有者が知らないことを読み手に知らせられる点で重宝されます。
ドラマ『相棒』では杉下と冠城が別々に捜査して、それぞれ新情報を見つけ出していくのです。冠城がつかんだ情報から、杉下が別の人物に話を聞きに行きます。そこで新情報がつかめたら、今度は杉下が冠城へある人物を捜査するよう指示します。場面によってどちらが視点保有者なのかを明確にしているから、視聴者は混乱せずに番組を楽しめるのです。
もし冠城が捜査している場面で、杉下の捜査状況が映ってしまうとどうなるでしょうか。冠城が捜査している場面に合流したような印象を覚えるはずです。しかし実際に杉下がいるのは別の場所。つまり杉下が瞬間移動したか冠城がテレパシーで知ったかしてしまいます。
だからそんな場面があれば、視聴者は混乱してしまうのです。
たとえば、杉下から冠城へ電話が入ったので電話に出る。ここで項を改めて場面を改め、杉下の一人称視点に転換して電話の続きを話すのです。
『相棒』にはこういう場面転換がよく出てきます。
けっして冠城の一人称視点の場面内に、杉下の一人称視点を持ち込んではなりません。たとえ一、二行であってもいっさい禁止です。これは視点をブレさせない大前提となります。
場面管理がしっかりしているから、『相棒』は多くの支持を集めるロングシリーズとなったのです。
もし視点がブレてしまったら、あなたの小説は絶対に「小説賞・新人賞」を獲れません。
どんなに巧みな比喩や表現をしていても、視点がブレただけですべて否定されます。
「しかし、どうしても主人公の一人称視点の場面内に、相棒の一人称視点の情報を書く必要があるんだけど」という方もいらっしゃるでしょう。
それはそもそも構成が悪いのです。
どうしてもというなら、無理やり項分けしてしまいましょう。つまり一時的に相棒の一人称視点の場面を挟むため、情報の前後に空白行を入れてほんの一、二行情報を割り入れるのです。これならギリギリ許容内とする選考さんもいます。ですが大多数の選考さんは「みっともない」と思うのです。だからマイナス評価を覚悟のうえで使ってください。
最後に
今回は「カットバックの仕方」について述べました。
「カットバック」は視点保有者を転換しながら、読み手へ多角的に情報を与える演出法です。
通常章単位、場面単位で切り替えます。
原則は場面内で「カットバック」しないでください。選考では大きな減点対象です。
「それでもどうしても場面内で使いたいんだ」という方は、減点覚悟で無理やり一、二行の項を作って「カットバック」させてください。




