感謝の気持ちを少しだけ形にしてみた
5/8、サブタイトルを変更しました。
一部加筆、表現の変更、行間の調整をしました。
後片付けをしていると、お昼の後片付けまで終わっただろうズィードさんとシーナちゃんがきてさっきの騒ぎについて聞かれた。
あれだけ騒いでりゃ気になるか。
「ぎゃははははは、トモシさんも人がいいが、周囲の連中の強引さはすげぇな。食いモンでそんな話初めて聞いたぞ。ぶふっ」
ズィードさん笑いすぎ。
シーナちゃん、後ろ向いてるけど背中がぷるっぷる震えてるのが見えてるよ。
いや、そんなに面白いことか?
それとも俺の説明のしかたが面白かった?
謎だ。
いや、俺当事者だから笑えないだけかもしれない。聞かされる側だったら案外笑ってたかも。
とりあえず2人が落ち着くのを待つ。
「やりましたね、トモシさん」
「シーナちゃんのフォローのおかげだよ。あれがなかったら危なかった。改めてありがとうね」
落ち着いてきたシーナちゃんにお礼を言う。あれはマジでヤバかった。
「お疲れさん。よくやったな。俺とシーナには感謝しろよ」
「ありがとうございます。もちろんですよ。恩はこのお店に長くお金を落とすことで返させてもらいますね」
「言うじゃねぇか。期待してるぜ」
冗談めかしに言うが、もちろんこの程度で返せる恩だとは思っていない。
でもいつかちゃんと、俺なりの方法で恩を返すよ。
俺は笑いながら心の中で頭を下げた。
その後、後片付けも早々に切り上げた俺は、部屋に戻って横になった。
疲れが体を支配するが、悪い気分じゃない。
むしろこの世界に来て一番心地いいかもしれない。
心に余裕があるせいかな?
ベッドの脇のテーブルには、この世界にきて今まで持ったことのない金額が皮袋に入っている。
「なんだか夢みたいだな」
思わず独り言が口に出る。
この世界にきたときも同じようなことを思ったが、顔を横に向けると視界に入る皮袋が現実を教えてくれる。
ようやくこの世界で生活していくための手段を手に入れた。
なんだかやっとこの世界に認められたって感覚になる。
ただの思い込みかもしれないけどそんな気がした。
嬉しさがこみ上げてくる。
うん。明日以降もがんばろう。
少し仮眠した俺は残りの後片付けを済ませ、ミカンを手に宿を出た。
受けた恩を少しでも返したいって思い、感謝の気持ちを込めて形にして伝えようと思ったからだ。
途中で牛乳と砂糖を購入。
砂糖はお高かったが、感謝の気持ちにケチをしたくないし、今の俺だったらこれくらいなら問題ない。
その足で冒険者ギルドへ氷を作れる魔法使いのお店がないか聞きに行った。
普通なら商業ギルドへ聞きに行くんだろうけど、もしお店がなかったら魔法使いの人そのものを紹介してもらおうと思ったからだ。
「ええ。ありますよ」
いつも対応してくれるギルド嬢が笑顔で答えてくれた。まぁ杞憂でよかった。
ついでに一昨日怒り気味に無茶を言ったことを謝っておいた。
一昨日は今後の生活で、昨日は今日のお店のことで頭がいっぱいでそんなことにも頭が回らなかったのだ。
人間、やっぱり余裕って大事だね。
ギルド嬢は意外だって顔をした後、「むしろこうやって謝罪してくれる方のほうが珍しいですから」といって笑顔で俺の謝罪を受けてくれた。
ギルド嬢、思ったよりもハードな仕事のようです。
これからはなるべくギルド嬢に迷惑かけないように心がけよう。
とりあえずまたひとつ心が軽くなった俺は冒険者ギルドを後にした。
教えてもらった道を進み目的地に到着する。
いや、ここでいいんだよな?
ちょっと大きいけど、割とどこにでもあるような普通の一軒屋。
ぜんぜんお店っぽく見えない。本当にここで大丈夫か?
あ、扉に札がかかってる。何か書いてあるな。
……読めん。
それもそうか。俺この世界の文字なんて知らないし。
なぜか言葉は通じるんだけど、そこは深く考えないようにしている。普段の生活に問題はないし。
どうせなら文字も読めるようにして欲しかったな。とか思ってみたり。
贅沢?
そんなことより今はこの店のことだ。
俺は意を決して扉を開ける。
「こんにちわー」
声をかけながら扉を開けて中に入る。そこには若い女性と、思いもよらぬ人がいた。
「あら、いらっしゃい」
「おや?貴殿は……」
「リュミリアスさん!」
凛とした表情。
華奢な体に不釣合いそうなごつい鎧を着てるのに違和感を感じさせないたたずまい。
地位の高い人によく見られる高圧的な態度など微塵も感じさせず、見るものを魅了するオーラ。
この人こそ絡んできたチンピラ冒険者から俺を救ってくれたAランク冒険者、リュミリアスさんだ。
まさかこんなところで会えるなんて。
「あの時は本当にありがとうございました。おかげで日々何とか暮らしていけてます」
「いや、あいつらと同じ冒険者として恥ずかしく思う。改めてあの時はすまなかった」
「そんな!謝らないでください。悪いのは絡んできたあいつらであって、助けてくれたリュミリアスさんに感謝こそあれど悪く思うことなんてひとつもありませんから」
「……そうか。ではこれ以上の謝罪は貴殿に対して失礼だな」
「はい。俺にはその気持ちだけで十分です」
「あのー、それでウチにはなんの御用?」
「え?」
あ、そうだ。俺は氷を作れる魔法使いを探してここにきたんだった。
リュミリアスさんに会った歓喜と衝撃ですっかり吹っ飛んでた。
「あ、えっと、冒険者ギルドで氷を作れる魔法使いの店を聞いたらこちらを紹介してもらいまして」
「あー氷ね。大丈夫だよ。リュー、ちょっと待っててね」
「ああ」
「じゃあ早速」
「あ、まってください」
早速氷を作ってくれそうだった魔法使いさんを止める。
「へ?」
「ただ氷を作ってもらうんじゃなくて、これから作るものを凍らせて欲しくて」
そう言って俺は先ほど買った材料とミカンを取り出す。
「それはいいんだけど・・・時間かかる?」
「いいえ。すぐですから」
器に牛乳、砂糖、ミカンを入れてまぜまぜ。
少しすると牛乳は薄いミカン色に変わる。
うん。いい感じ。
「ほぅ。なんだか変わったことをしているな」
「ええ。これを凍らせて食べるのね?面白い発想だわ」
残念。ただ凍らせるだけじゃないんだな。
「よろしくお願いします」
「はーい」
俺が器を差し出すと、魔法使いさんは何かぶつぶつ言いながら指先を器に向ける。そこから冷気が出て器の中身はあっという間に凍ってしまった。
魔法すげぇ。
「はい、できた」
「ありがとうございます」
俺は礼を言うと中身を取り出し、おろし金を取り出して削り始めた。
「え?削っちゃうの?」
「む、なんだか雪のようにふわふわサラサラだな」
2人は俺の行動に興味心身だ。
完成。シャーベットもどきー。
たぶん本物のシャーベットじゃないけどそれっぽいから。
一人分の量を作った俺は、それをリュミリアスさんに差し出す。
「この程度じゃお礼にもならないかもしれませんが、少しでも形にして返したくて。良かったら食べてもらえませんか?」
「いいのか?」
リュミリアスさんはそういいつつも、目は完成したそれに釘付けだ。
「もちろん。食べてもらえると嬉しいです」
「そ、そうか。では」
そう言うとリュミリアスさんは俺から器とスプーンを受け取る。そして掬い上げ、ゆっくりと口に入れる。
なんかエロ(ゲフゲフ
……扇情的だな。
「おいしい!すばらしい発想だ。牛乳が甘く濃厚なのに、スピッツの甘酸っぱさと見事に調和してすばらしい味に昇華されている。それなのにくどさはなく、冷たさが溶けていくのと合わさってむしろ爽やかにすら思える。見事としか言いようのない食べ物だ」
「喜んでもらえたようで嬉しいです」
「ああ、貴殿は素晴らしい。こんなにおいしい食べ物は初めてだ」
リュミリアスさんはとても幸せそうに食べていた。
甘いものだから女性には気に入ってもらえると思ったけど、思った以上に高評価だ。
恩人にここまで喜んでもらえると俺も作ってよかったって思うよ。