3.妻
最初から、負けの連続の人生だった。
取り立てて目立たない容姿、パッとしない成績、地味で大人しい性格をしたわたしは、子供の頃からずっと、群集の中に埋もれた存在として、誰からも注目されずに生きていた。
反対に、わたしの姉は、可愛らしくていつも成績上位の社交家だった。親戚でも、知り合いでも、わたしたち姉妹が並んでいたら、みんな姉のほうに目がいく。話しかけるのも姉、褒めるのも姉、笑いかけるのも姉だ。その横にいるわたしは、姉のスカートに掴まって、もじもじと下を向いているだけが精一杯の、臆病な子供だった。
幸いなことに、姉も両親も心根の優しい人たちだったので、人見知りで口下手なわたしのことを、馬鹿にしたり疎外したりすることもなく、大らかに受け入れてくれていた。姉が常に一歩前に出て他人と打ち解けようとするのは、びくびくと怯えるばかりのわたしを庇うためでもあっただろうし、少しでも妹を世界に順応させようとしてくれたためでもあるのだろう。両親は、もうちょっと自信を持って行動してごらん、と忠告したりはするものの、決して出来た姉と比較して残念そうな顔をすることはなかった。
そんな彼らのために、わたしもなんとか頑張ろうとはした。余所の人に、「あそこは姉は優秀だけど下の子は……」と言われているのは知っていたし、そのことに痛む心だって持っていた。だから努力して、身だしなみを整え、懸命に勉強をし、面白いことを言って人を笑わせるのが無理なら、せめて人が気持ちよく喋れるような聞き上手になろうと決意した。
……だが、それでもやっぱり、限度というものがある。
わたしがどんなに頑張ったところで、もともとの造形が異なっているのだから、美人になることは出来ない。徹夜で勉強しても、中の上の成績をキープするので必死の有様。聞き役に徹しているだけでは、人は決して集まっては来ない。人気があるのは、やっぱり、容姿のいい人、優秀な人、楽しい人、なのだ。
わたしに出来ることと言ったら、せいぜい他人が見て不快にならないレベルで、周囲にそれとなく溶け込んでいることくらいしかない。
高校生になった頃にはすっかり諦めて、もういいわと溜め息交じりに思うようになった。どうやったって、頭ひとつ飛び出すなんてことは出来ないのだから、無理はせず、自分は自分のやりたいことをしよう、と。
そもそも昔から、外に出るより家の中にいるほうがずっと好きだった。お菓子を作ったり、部屋の模様替えをしたり、編み物や手芸をしたりしている時が、いちばん心が安らいだ。誰に褒められるわけでもなかったけれど、静かにひっそりと、わたしはそういうことを楽しんでいた。
そんなわたしを、ダサい、とか、地味、とか、同級生たちが陰でくすくす笑っていたのは知っている。綺麗な顔立ちをした女の子が、何かとわたしに誘いをかけてくるのは、自分の引き立て役にしたいのだろうということも判っていた。男の子たちが、「あ、いたんだ、気づかなかった」と無邪気な残酷さで言うのに、やだそんなこと言っちゃ可哀想ー、と笑う女の子たちの態度に傷つかなかったと言えば嘘になるが、しょうがないなと心の片隅でいつも諦めていた。
しょうがないのだ。あちらは勝ち、こちらは負け。人の容姿や資質は、生まれた時からある程度決められている。努力すれば夢は叶うと言うけれど、どれだけ努力したって叶わないことなんて掃いて捨てるほど世界には存在する。成長するに従って、人はそのことをイヤでも実感し、少しずついろんなことを諦めていくことになるのだ。
はじめから負けの星の下に生まれついた人間は、ずっと負けのまま。
勝敗は、覆ることはない。
そんなわたしに、奇跡が起こった。
見合い話が持ち込まれたのは、わたしが短大を卒業する少し前のことだった。卒業したら、父親が経営している会計事務所で手伝いをすることになっていたのだが、一度その前にこういう方向も考えてみないかと、伯母が持ってきたものだった。
きっと、男っ気もなく地味なだけのこの子には、見合いでしか相手を捕まえられないに違いないという気持ちがあったのだろう。両親はいくらなんでもまだ早いと渋っていたけれど、伯母は別にいいじゃないの会ってみるだけなんだし、と退かなかった。相手はいい人なのよ、まだ若いけど男前で、勤めてる会社だっていい所でねえ──とあまりにも口うるさく言うので、わたしも見合い写真を見てみたのだが、ちょっとぽかんとするほど驚いた。
写真の中にいるその人は、本当に「カッコイイ」人だったのだ。顔立ちが整っていて、爽やかそうで、背も高く、こちらを向いて微笑む目には、相手を警戒させない親しみやすさがある。こんな人ならいくらでも恋人が出来そうなものなのに、なんでまた見合いを? と心底不思議に思ってしまうほどだった。
こんな人がわたしのような女を選ぶわけがないではないか、と呆れにも似た気持ちが湧き上がってきて、かえってあっさりと、会うだけならと了承してしまった。きっとこの人も、断れない事情などがあって、ゴリ押しされて仕方なく肯ったのだろう。そう思えば気の毒で、早く解放してあげないと、という気にもなる。
そんなわけで見合いとなったのだが、実際に会ってみると、彼は写真よりもずっと素敵な男性だった。頭が廻って、何事にもそつがなく、伯母やわたしの母相手にも滑らかに嫌味なく会話を続けられる。にこ、と笑いかけられて、少々とりのぼせてしまうほどだった。
どうせすぐに断られるか、自分からは無理なのでそっちから断ってもらえないかと言われるのだろう。そう思うと開き直りに似た気分が生じて、何を聞かれても、素直にありのままを答えることにした。特にこれといった取り柄はありません、決して活動的ではなく、話も上手なほうではなく、趣味といえば料理くらいのものです、と。
伯母は余計なことを言うなとわたしを睨んだが、彼は快活に笑った。家事が趣味で得意なんて、いいじゃないですか。そういう人は、見つけようとしても、なかなか見つからないものですよ。
社交辞令とは判っていたが、ぽうっとなった。今までそんなことを言われたことは一度もなかったからだ。思わず微笑んだら、彼がすぐに笑い返してくれたのも嬉しかった。一回きりのことだとしても、この人に会えてよかった、と思った。
──だから、ぜひこの話を進めたい、と彼のほうから申し込まれた時には、夢のようだと思った。
結婚式には、彼の友人や同僚、上司がたくさん来ていた。
男性も、女性も、彼の隣にいるわたしを見て、みんな拍子抜けをしたような顔になった。彼が選んだのは、どんなに優れた美しい人なのだろうと期待していたらしい。わたしは恥ずかしくなり、同時に申し訳なくなって、何度も下を向きそうになったが、それこそ彼に悪いと思って必死で耐えた。花嫁がオドオドビクビクしていたら、彼に恥をかかせてしまう。それだけは避けたい。
歓談の時に、雛壇にビールの瓶を持って酌に来た彼の友人たちは、意外だ、と、驚いた、という言葉を何度も口にした。わたしが別の人と話していて、聞こえないと思ったらしく、お前が見合いで結婚するとはね、とも言った。しかも相手がコレってどういうこと? という言外の意味をしっかりと含む言い方で。
それに対して、彼は言った。
彼女は家事がとても得意なんだ。料理も何度か食べさせてもらったけど、文句のつけようがなかった。ご両親も手放しで褒めてたよ。この子は今すぐにでも有能な妻になりますから安心してくださいって。奥さんにするのなら、家のことをきっちり任せられる人じゃないとね。
彼も、わたしにはその話が聞こえないと思ったらしい。少し酔っていたのもあるかもしれない。いつもなら、「素直で優しいところが気に入った」と言っていた私を選んだ理由を、この時は少しばかり率直に語ってしまっていた。
彼の友人たちは一斉に、ふうん、と感心したような声を出した。なるほど、こんな地味な女と結婚したのはそういうことか、と納得したらしい。「美人は三日で見飽きるって言うしね」と誰かがぼそっと言った。
──そして、なるほど、とわたしも納得した。
彼がわたしを選んだ訳が腑に落ちた。前々から、素直で優しいところが、という言い分にはちょっと首を捻っていたのである。わたしのような性格で、もっと綺麗な人、可愛い人はいくらでもいるのにな、と。
そうか、彼が望んだのは、妻という名の家政婦だったのだ。親でさえ料理や掃除のことくらいしか褒めるところのないわたしを選んだのは、まさにその点が、彼が求めているところと合致していたからだったに過ぎない。
そう思うと、寂しくはあったけれど、安心もした。そういうことなら、わたしも必要以上にオドオドしなくてもいい。彼はわたしの、他の人よりも「優れたところ」をちゃんと認めて、妻にと言ってくれたのだから。
容姿で結婚を決める人だっている。雰囲気が気に入ったというだけの人もいる。見合いだったのだから、まず条件を考えるのは当然だ。そういう意味では、彼の結婚の決め方は、他の人たちとそう変わりない。彼は、人生のパートナーとして、家事能力の優れた女を選んだ、というだけの話だ。
人が今まで馬鹿にしてきていたその能力で、わたしは彼の妻の座を得た。
だったらわたしは一生懸命、彼との家をきっちり守り通そう。彼が好きになったというその部分で、他の女性に負けないようにしよう。
招待された女性客たち、綺麗で賢そうな彼女たちが、どこか不満気にこちらを見ている姿が目に入る。どうして自分ではなく、あんな女があの場所に座っているのかと、腹立たしそうな視線が突き刺さる。友人たちが、嫉妬混じりの羨望の眼差しを向けている。
生まれてはじめて、優越感に震えた。
彼女たちに、わたしは勝ったのだ。
結婚生活は、比較的、穏やかに流れていった。
結婚式での誓い通り、わたしは家の中のことに手を抜かなかった。毎日せっせと家を磨き立て、献立に頭を悩ませ、時には新鮮な野菜を買うために遠いスーパーまで出かけたりもした。料理は見た目や彩りばかりでなく、カロリーや栄養バランスにも配慮し、味つけはすべて夫の好みに合わせた。会社に着ていくスーツには欠かさずブラシをかけ、ネクタイを吟味し、持ち物のひとつひとつにまで気を遣った。
夫は特に何も言わなかったけれど、満足しているようなのはその顔で判る。彼には家の中では何もさせなかった。コーヒーもお茶も、飲みたそうにしているなと思ったら、言われる前から用意してはいどうぞと差し出す。彼がちょっとびっくりしたような顔をして、うん、とカップに手を出すのを見るのが楽しみだった。
娘が生まれた頃が、多分、わたしのいちばん幸せな時だっただろう。
育児は大変だったし、苦労も多かったけれど、娘のことは本当に可愛かった。夫はあまりベタベタと子供を構うタイプではなかったし、大きな声で泣き出したりすると、「うるさい」と言って他の部屋に行ってしまうこともあったが、わたしはあまり気にしなかった。そもそも、あの人に何かを手伝ってもらおうなどとは思わない。
夫は大黒柱らしく、どんと構えていればいいのだ。わたしは娘の面倒を見て、夫の世話を焼く。この家が、彼らにとってなにより寛げて、安心する場所であればいい。その真ん中に、妻として母親として、わたしがいればいい。これこそ、幸福な「家族」の在り方だ。
そう、思っていた。
夫の浮気に気づくまで。
もちろん、つらかった。
悲しく、悔しく、苦しかった。何度も泣いた。幼い娘を連れて実家に戻ろうかと考えたのも一度や二度じゃない。
でも、姉も彼女の夫もその子供たちも一緒に暮らす二世帯住宅となった実家に、わたしの居場所なんてあるわけがない。働いたこともないわたしに、家を出て、母子だけで暮らしていくなんて、出来るはずがない。萎れて、怒って、泣いて、しかし結局どうすることも出来ずに夫の食事を用意する──という日々が続いた。
夫はそのあたり、どう考えていたのだろう。わたしが彼の浮気に気づいていたことも、知っていたのかどうか。何も言わないのは、つまり黙認しているということだな、とでも思っていたのかもしれない。
何度も眠れない夜を経験し、真夜中にぼうっとリビングのソファで座っていたことも、昼間ふいに大泣きして娘に心配されたことも、時々気が触れたように家の中のグラスを片っ端から割っていたことも、夫は知らないままだっただろう。彼は、家に帰ってきた時に、部屋がきちんと整頓されていて、食事と風呂の用意がしてあれば、それでよかったのだ。
そんなことを、数年続けた。
彼の浮気は何度かあった。相手はどこかの店の女の子であったり、他の会社の女の子であったりしたようだ。そのたびわたしは傷ついてきたが、そのうち、ふと思った。
──この人、どうして毎日毎日、こうも律儀に家に帰ってくるのかしら。
浮気相手がいたとしても、外泊なんて一度もしたことがない。こっそり不倫旅行を楽しむということもない。わたしの目を盗んで携帯で相手とやり取りをして喜ぶなんてこともしない。
遅くなることはあっても、毎日ちゃんと家に帰ってくる。わたしに対しても、態度がぞんざいになったり、冷淡になることもない。娘のことでも、他のことでも、相談すれば、少し考えただけで迷いなく方向性を打ち出して解決策を明示してくれる。愛人に夢中になって家庭を放り出す、ということを、夫は決してしなかった。
つまり、この人にとっての優先順位は、やっぱりわたしと娘が上にあるということなのか、という考えに、わたしは縋りついた。それだけが、わたしの精神的な命綱だったと言っていい。
わたしが死に物狂いで整えたこの家が、彼にとっての唯一の居場所なのだ。わたしの作った食事をとって、わたしが用意したスーツに着替えて、仕事に出かけるという形を、彼は崩したくも壊したくもないのだ。外に作る愛人はただの遊び、ただのゲーム、ちょっとした気分転換、そんなようなもの。大事にしているのはやっぱりこの家であり、妻であり、娘であり、家族なのだ。
わたしはまだ、誰かよりは勝っているということだ。
鏡を見ると、疲れてやつれた、一人の醜い女が映っていた。
しかしある日、自宅にかかってきた一本の電話は、最後に残っていたわたしの軸を木端微塵に打ち砕いた。
──啓一さんと別れてください。私たち、愛し合っているんです。
臆面もなく恋だとか愛だとかいう言葉を口にして、その女性はわたしに離婚を迫った。夫はそれを知ると驚いていたし、怒ってもいた。そして会社にバレないかと、そればかりを気にしていた。会社の女の子に手を出した、彼の最大の失敗だ。
彼女はわたしに会いにも来て、正面切って対峙した。堂々と胸を張ってこちらを見る瞳には、溢れる敵愾心と、漲る自信の色しかなかった。若く、美しく、頭だって良いという彼女。その目から見れば、そりゃあ、さぞかしわたしのような女は、つまらない、取るに足らない存在に見えただろう。
そんな風に浮気相手が直接押しかけてきたのははじめてだったし、これまで積もり積もったものが一気に崩壊したのもあった。なにより、彼女のこちらを見下す態度が我慢ならなくなって、わたしは爆発した。
泣いて、叫んで、喚いて、絶対に別れないと言った。ずっとこれまで妻の座にしがみついてきたのは、こんな女に渡すためじゃない。娘はどうするの、わたしたちを捨てるつもりなの、と夫にも詰め寄った。
夫はわたしとは別れないと言った。しかし彼女も諦めなかった。何度も話し合い、罵られ、争って──
あなたは啓一さんの妻かもしれないけど、彼が愛しているのは私、という彼女の言葉に、わたしの心が折れた。
結局、そういうことなのだ。わたしが夫の気持ちを繋ぎとめることが出来なかった、それだけ。いくら家の中を綺麗にしていても、毎日食事を作り続けていても、夫は余所に女を作ることを止めはしなかった。わたしは所詮、家政婦以上の存在にはなれなかった。
わたしのような女は、いくら家事を頑張ったところで、若くて綺麗な女性には敵わない、ということなのだ。どれだけ努力しても、生まれ持った資質にあっさりと敗北してしまう。夫にとって「この家」は確かに居場所であったかもしれないけれど、「わたし」という人間は居着く場所にはなり得なかった。
もう無理だ、と思った。
別れよう。
その後、二人で新しく幸せな家庭を築けばいい。そしてわたしを二人して笑えばいい。
わたしはやっぱり、負けた。
***
娘との新生活は、困難ばかりだった。
夫と離婚した、ということは、特に誰にも言っていないのに、いつの間にか近所中に広まっていた。誰も面と向かっては口にしないけれど、主婦が集まって家のほうを見ながらヒソヒソ話をしていれば、その内容はあらかた見当はつく。
旦那さんに捨てられちゃったんだって、可哀想にねえ、と言われているのかと思うと、惨めで、肩身が狭い。やむを得ず外出しなければならない時はいつも、人気のない時間帯を見計らって、コソコソと身を隠すように家を出なければならなかった。
娘は以前と変わりなく毎日を過ごしていたが、そんなわたしを見ては、決まって眉を寄せて不愉快そうな顔つきをした。きっと、卑屈になっているわたしを、みっともない母親だと軽蔑しているに違いない。娘のためにも気強くならないとと思うけれど、これからのことを考えると不安しか湧いてこなくて、気がつくと涙ぐんでいる有様だった。
とにかく、働かなければ、と思った。
当座はまだやっていけるくらいのお金はあるし、ローンは元夫が支払ってくれているとはいえ、先々のことを考えれば早く働きだすに越したことはない。とはいえ、どこをどうやって働き口を探したものか、そこからしてよく判らない。一度も就職経験がなく、主婦しかやってこなかったわたしを、どんな会社が雇ってくれるというのだろう。
まずはパートからはじめてみたらいいだろうか、と思っていたところに、だったらこの仕事をやってみない? と知り合いに持ちかけられたのが、生命保険の外交員だった。
わたしのような人間に、勧誘がメインの保険の外交員なんて務まるわけがない、と断ったのだが、まず最初は研修からだから、無理ならそれが終わってから辞めてもいいし、軽い気持ちではじめてみたら、と強引に押し切られた。あとで聞いたら、外交員が外交員をスカウトしてくるのも、成績の一部になるらしい。
迷ったものの、研修期間も一応の日当が出るということで、やってみることにした。わたしに圧倒的に足りないのは経験だ。どうせやるのなら、自分にまったく向かないような仕事からはじめてみるのもいいかもしれない、と思ったのもある。
わたしはおずおずと、未知の世界に足を踏み出した。
一カ月の研修期間はあっという間に過ぎた。
その後は、営業所に配属されて、ひたすら先輩外交員について歩いて、仕事を覚えていくしかない。ただ挨拶して廻るのでも、保険というだけで嫌な顔をするお客さんが多くて、精神が疲弊する。あんたの会社のあそこがダメだここがなってない、と私には関係のないところでいきなり説教してくる人もいて、それに対してひたすら頭を下げなければならないというのも苦痛だった。
所長は五十代の男性で、いつも怒ったような声で話す人だった。もっと声を大きく、顔を上げてお客さんと目を合わせろ、と何度叱られたか判らない。怖くて怖くて、わたしはいつも彼の前では縮こまっていた。
外交員は九割が女性だったが、闊達で、その分、ズケズケとものをいう人が大半で、こちらのプライバシーにも堂々と踏み込んでくるので困惑した。こんな人たちに、若い女に夫を取られた、なんて言いたくない。曖昧に濁し続けていると、はっきりしない人ねえ、と呆れた顔をされたりした。
要するに、イヤなことばかりだった。わたしは委縮し、嫌悪し、やっぱりこんな仕事なんてするんじゃなかったと日々後悔した。
ある日、客に怒鳴られた。
約束の時間を十分過ぎたということで、もうあんたみたいないい加減な人間は信用しない、今までの保険も全部解約してやる、と大きな声で言われ、真っ青になった。
何度も謝り、所長にもついて来てもらって頭を下げ、それでようやく許してはくれたけれど、わたしはその理不尽さに涙が零れそうになった。
たった十分ではないか。一分一秒に関わるという用件でもなかった。忘れていたわけではなく、その前の仕事が押していてやむなく遅れてしまっただけで、どうしてそこまで言われなければならないのか。
帰りの道中、ついそう漏らすと、所長は鼻先で笑った。
客なんてのは理不尽なもんに決まってる。たとえ悪くなくたって頭を下げるのが仕事ってもんだ。それにあんたも、遅れるなら遅れるで、ちゃんと連絡をすべきだったのに、それをしなかった。手落ちだ怠慢だと言われても、仕方ないと思うね。誰にとっても、十分が「たった」で済むと思ったら大間違いだ。
イヤだイヤだと思いながら仕事してるんだろう? その気持ちが客にだって伝わるんだよ。だから余計に腹が立つ。俺たちだってそうさ。あんた、保険の勧誘なんて詐欺みたいなもんだと思ってるだろう。こんな仕事してるやつにマトモなのはいないだろうってさ。こんなことしてる自分ばっかりが、可哀想可哀想って思ってる。その態度が鼻につくし、感じ悪いと思われるんだよ。営業所内で、自分一人が浮いてるの、わかってないのかい?
そう言って、彼はわたしを置いて、さっさと歩いて行ってしまった。
家に帰っても、所長の言葉が頭から離れず、ずっと落ち込んでいた。
明日のための書類の整理をしていても、ともすると涙がじんわり浮かんできてしまうので、ちっとも進まない。そうこうしているうちに、娘が学校から帰ってきて、わたしは慌てた。
食事の用意をしていない。買い物には行ったけれど、下ごしらえすらまだ済んでいない。時計を見ると、もう七時過ぎだ。これから米を炊いていたら、食べるのは何時になることか。
ごめんね、と言って大急ぎで支度するために食卓の椅子から立ち上がったわたしを、娘は手で制した。
まだ作ってないならいいじゃん、外で食べようよ。
そう言われて、わたしは目を丸くして驚いた。外食するってこと? と問うと、ハンバーガーとかでいいし、と軽い答えが返ってくる。
そんな、ハンバーガーなんて、とうろたえるわたしに、娘は鋭い視線を投げつけ、強い口調で言った。
なんでいけないの?
夕飯にそんなものを食べるなんて、って怒られるとでも思ってんの?
誰に?
はっと胸を衝かれた。
そうだ、手抜きをしても、ファーストフードで夕飯を済ませても、怒る人はもういない。
わたしがいつも、すでに実体もない「誰か」に対してビクビクしていることを、娘は気づいていたのだ。
もう、気を張る必要もないのに。無理をすることもないのに。
今のわたしは、好きな時に、好きなものを作ればいい。熱があってフラフラになりながら動くこともしなくていい。
気が乗らない時や忙しい時には、作らずにいたって、どこかに食べに行ったっていいんだ、というのは、考えてみたら当たり前のことなのかもしれないのに、目から鱗が落ちるかのように、わたしに大きな衝撃を与えた。
娘と二人で行った店で食べたハンバーガーは、安っぽくて、味つけが濃くて、非常に身体に悪そうだった。ポテトは塩気がきつく、コーヒーは薄い。
──でも、今まで食べたどんなものよりも、美味しく感じられた。
ポテトを齧っているうちに、涙がぽろりと零れ落ちた。
一粒落ちたら、あとはもう止めようがないくらいに、ぽろぽろと続けざまに落ちてきた。ぐずぐずと鼻を啜り、頬をびっしょり濡らして、嗚咽を漏らしながら、わたしはポテトを食べた。顔はぐしゃぐしゃで、みっともないことこの上ない。でもわたしは泣くのも、食べるのも、どちらもやめはしなかった。
娘はずっと知らんぷりで、ハンバーガーにぱくりと噛みついていた。
わたしは営業所の人たちに、自分の現在の境遇をすべて話した。
意外なほどに、みんなはあっさりとした態度で、それを聞いた。へえー、いいじゃないの、古ぼけた亭主は下取りに出したとでも思えばさ! とさばさば笑い飛ばされ、こちらがまごついてしまうほどだった。
よくよく聞いてみれば、外交員に離婚経験者は多いのだそうだ。それでなくても、親の介護で大変だったり、夫がバクチ好きで借金持ちだったりと、いろいろあるらしい。生命保険だから、客たちの肉親同士、夫婦間の争いを目の当たりにすることもある。
みんな悩みのひとつやふたつ持ってんのよ、あんたばっかりが苦悩と不幸を一身に背負ってるなんて顔しなさんな! と背中を叩かれ、そうかもなあとしみじみ思った。
聞けば、所長もバツイチだという。奥さんに逃げられたのよ、と所員たちに囃し立てられ、彼は、うるさい! 違う! と真っ赤になって反論した。
気がついたら、みんなと一緒になって、わたしも笑っていた。
一年も経つ頃には、やっと仕事にも慣れてきた。
所長は相変わらず意地の悪いことを言うが、それに言い返すくらいには、わたしも大分図太くなった。言うだけ言うと一分後には忘れてしまうような人なので、気に病むだけバカバカしい。
他の外交員仲間とも、それなりに上手くやれるようになった。彼女たちは基本的に頼られるのが好きなので、じんめり一人で抱え込むのを嫌うということも判った。
顧客とも少しずつだが信頼関係を築きつつある。やっぱり怒られたり怒鳴られたりすることは多いが、あんたならいいよ、と言ってくれる人も増えてきた。この仕事では、話すのはあまり重要ではない。気の利いたことを言えなくてもいい。大事なのは、いかにちゃんと相手の話を聞くことが出来るかだ。
そんなある日、いきなり、元夫から連絡があった。
娘のことを聞きたい、という。
高校生になった娘は、頑なに父親と会うことを拒否し続けている。わたしが何を言っても聞く耳持たずだ。別れたとはいえ父親であることには変わりないので、困ったものだとは思っていたが、強制できるものでもない。だったらせめて近況くらいは聞かせるべきなのでは、と思って、会うことを了承した。
そのことを仕事仲間たちに話すと、さんざんからかわれた。ヨリを戻そうとしてんじゃないの、ほだされちゃダメよ、と言われて苦笑する。今の若い妻と比べて嘲られることはあっても、それだけはないだろう。
男ってのは馬鹿だから、いつまでも別れた女が自分を好いてると思い込んでるもんなんだよ、と言ったのは所長だ。自分にも多少は身に覚えがあるのか、どこか遠い目をしていた。
困ったもんですねえ、と言って、わたしは笑った。
喫茶店に入ってきた元夫を見た時の、最初の感想は、
──あらまあ、老けちゃって。
というものだ。
仕事で若い男性を相手にして話すこともあるから、そう思うのかもしれない。しかし着ているものもどこかくたびれていて、全体的にくすんだ印象を受ける。
こんな人だったかな、と内心で首を傾げながら、わたしは娘のことを、ただ事務的に伝えた。
ヨリを戻すも、ほだされるも、あったもんじゃない。
なーんにも、感じない。
目の前にいるのは、ただの他人。今やわたしの人生にはなんの関わりもない、余所の中年男性だ。関心も湧かなければ、感慨も起きない。今どこでどんな暮らしをしているのか、新しい奥さんとはどうなのか、興味もなかったから聞く気にもならなかった。
わたしの心が動いたのは、最後に、ありがとう、と彼に低い声で言われた時だけだ。
そういえば、夫婦であった時に、この言葉を聞いたことはなかったわ。
店を出て、考える。
……もしかしたら、あの人も今は苦労してるのかもね。
自分で言うのもなんだけれど、わたしは相当、彼を夫として甘やかした。身の回りのことはなんでもしてあげて、子育てもほぼ自分一人で請け負い、浮気しても何も言わず。結婚してから、彼の言葉に異論を唱えたこともない。
それでなくとも、あちらは不倫からはじまった結婚生活だ。誠意の存在は、最初からないも同然かもしれない。信頼関係を持続させるには、互いの努力が必要とされるはず。
とすると、結局、どちらが勝って、どちらが負けたということなのだろう。
いや、世間的に見れば、間違いなくわたしの負けだ、と思うのだけれど。若い愛人に夫を取られたわけなのだし。今は娘と二人、仕事をして、朝から晩まで駆けずり回り、ペコペコと客に頭を下げながら生活費をなんとか稼ごうとしている。少し前までの、専業主婦の優雅な暮らしが嘘のようだ。
一日、家を整えて、夕飯の献立を考えて、買い物に行って、あとはただ娘と夫の帰りを待つ日々。
──だけど、楽しくはなかった。
いつから、苦痛になっていたんだろう。料理をするのも、掃除をするのも、アイロンをかけるのも、わたしはそのどれもが好きなはずだったのに。結婚した当初は、あんなにも張り切って家事をこなしていたというのに。
わたしにも、今となってみれば、反省すべき点は多々ある。努力が必要だったのは、わたしにだって言えることだ。夫婦としてもっと歩み寄り、判り合う努力をすべきだった。
以前、彼の今の妻である女性に、「あなたと一緒にいたって、啓一さんは幸せにはなれない」と断罪されるように言われたことを思い出す。
確かにその通り。わたしは彼を幸せにしてあげられなかった。
でもね。
……でも、わたしだって、あの人と一緒にいることで、幸せにはなれなかった。
夫は確かにわたしを妻だと認めていたけれど、だからってそれは、決して幸福なことなどではなかった。わたしは「妻である」という点で、彼の愛人だった女性たちには勝っていたのかもしれないけれど、それは幸せと呼ぶようなことではなかった。
わたしは彼の妻でいた間、ずっと長いこと、幸せなんかじゃなかった。
最初から、負けの連続の人生だった。
──でも、人生の勝敗って、なに?
テストみたいに点数があるわけじゃない。競技のように明確なルールがあるわけじゃない。
たとえ誰かに勝っても、他の誰かには負ける。そんなの、当たり前ではないか。容貌でも、才能でも、財産でも、上には上があり、下には下がある。どちらを比較対象に決めるかで、勝ちと負けはあっさりと入れ替わる。基準だって曖昧だ。
……要は、自分の考え方次第なのではないのだろうか。
勝っていい気分になるのはいいが、それは常に、負けの惨めさも裏に孕んでいることを、肝に銘じておかなくては。こうしている間にも、自分は誰かに優越感を持たれているのかもしれないし、誰かを惨めな気分にさせているのかもしれない。勝ち負けにこだわりすぎて、大事なことを見逃してしまったら、人生そのものを無駄にする。
誰かに勝つ、ということは、必ずしも、幸福なことであるとは限らないのだ。
わたしは、負けてもいいから、幸せになりたい。
頭上を見上げると、空はからりと青く澄み渡っていた。
前へと踏み出す足取りは軽い。口元に笑みが浮かんだ。
さあ、今日の夕飯は何にしよう、とわたしは鼻歌交じりに考えた。
完結しました。ありがとうございました!