36 アニヒレイターの魔女VS怪盗フォルトゥナ 02
凰稀に憑依している魔女と、花果王達の間に立ち、閻は混乱と焦燥の中で、凰稀に憑依している魔女と、花果王達を見比べている。どうすればいいのか分からない閻は、自分から動けない為、魔女や花果王達の動きに、反応するしか無いのだ。
ブラックボックスの南端に立つ、凰稀に憑依している魔女に向かって、花果王はダッシュする。陸上の短距離選手すら怯むだろう速さで、花果王は屋上を疾走する。
凰稀に憑依した魔女は、せせら笑いしつつ、アニヒレイターを振るう。すると、花果王の正面に黒いラインが引かれ、一瞬で厚くて高い黒い石壁となる。
衝突を避けられない間合いと場所に、黒い石壁は発生した為、花果王は石壁に激突する。苦痛を堪えながら、即座に花果王は体勢を立て直し、駆け出そうとする。
その直後、石壁が爆発し、細かい石の欠片を全身に浴びながら、花果王は爆風で吹き飛ばされ、ブラックボックスの屋上を転がる。
(な、何が起こったんだ?)
体勢を立て直しつつ、花果王は爆発が発生した辺りや、凰稀に憑依した魔女に目を遣り、状況を把握しようとする。そんな花果王の目に、アニヒレイターの剣先から、太陽の様に燃え盛る火の玉を発生させている、凰稀に憑依した魔女の姿が映る。
(火の玉で攻撃して、石壁を吹き飛ばしたのか! まるで、RPGに出て来る魔女が使う、魔法の火の玉を放つ攻撃魔法だな!)
黒い石壁が爆発した理由を、花果王は悟る。凰稀に憑依した魔女は、アニヒレイターを魔法の杖の様に使い、人間程の大きさがある火の玉を作り出し、攻撃を行ったのだ。
散弾の如き、黒い石壁の破片を全身に浴びたせいで、キャットスーツは至る所が破損し、花果王は既に血塗れといっていい状態である。しかも爆風に吹き飛ばされて、屋上を転がった際、全身を強く打ってしまったせいで、全身の骨が軋んでいる。
強力な火の玉による攻撃を再び放つべく、凰稀に憑依した魔女は、アニヒレイターを振るう。すると、魔法の力で放たれた火の玉は、大砲が吐き出した砲弾の様に、花果王に向かって突進して来る。
万全の状態なら、花果王には回避出来る攻撃だ。しかし、満身創痍である今の花果王の身体では、回避出来るかどうか、微妙だった。
花果王は、苦痛を堪えて軋む身体を動かし、屋上を駆け出す。そして、何とか火の玉の射線から、逃れる事に成功するのだが、そこで信じ難い事態が発生する。
突如、火の玉が進行方向を変え、逃れた花果王を追いかけて来たのだ。まるで、ホーミング機能のある、ミサイルの様に。
(追尾して来る? 流石は魔法の火の玉!)
花果王は驚き……焦る。そして、その魔法の火の玉から逃げ切るのが、不可能である事を、花果王は悟る。
避けられず、火の玉の直撃を食らえば、花果王を待つのは、確実なる死。
(――ん? 魔法の火の玉?)
迫り来る火の玉が、魔法の火の玉らしい事に気付いた花果王の頭に、突如……テリー博士の言葉が蘇る。
「ホワイトレイドルは、魔力を源泉とした、大抵の物を打ち消してしまう程に、強力な対魔物武器らしいんだがねぇ」
(つまり、この火の玉が魔法の火の玉なら、こいつで打ち消せるんじゃないか?)
死の寸前まで追い込まれた花果王は、状況を打破し得る可能性の存在に気付く。花果王は即座に可能性に賭け、右手に持つホワイトレイドルで、襲い来る火の玉を殴り付ける。
すると、驚くべき事に、火の玉は微細な黒い粒子群に、一瞬で分解されてしまう。黒い霧の様な粒子群は大気に溶け込み、潮風に流され、何処かへと消え去ってしまう。
「いける! こいつはマジで伝説の勇者の武器だ! かなり見た目が間抜けだけど!」
花果王がホワイトレイドルの威力を確信したのと同時に、その様子を眺めていた、凰稀に憑依している魔女の表情が変わる。余裕の笑みが消え、焦りの表情を浮かべ始めたのだ。
「馬鹿な! あれはホワイトレイドル! 何故にホワイトレイドルが、こんな所に?」
魔法で作り出した火の玉を、一撃で消滅させた白いレイドルを目にして、凰稀に憑依している魔女は、ホワイトレイドルの出現に気付いたのだ。かってのアズルランドにおいて、自分を封じ込めた聖なる武器の出現に、凰稀に憑依した魔女は恐れ戦き、身を震わせる。
そんな魔女を護るかの様に、桜花の刀身を陽光に煌めかせながら、凰稀に憑依した魔女と花果王の間に割り込むべく、閻が疾走して来る。だが、閻の動きを読んでいた魁と京は、手にしていた手榴弾のピンを抜いて、閻の進行方向に投げ付けていた。
発煙弾である二個の手榴弾は起爆し、爆音と共に煙幕となる大量の煙を撒き散らす。閻の周囲……半径十メートル程の範囲は、灰色の煙幕に覆われ、視界が完全に潰される。
通常なら煙幕が散布されていても、足音などを頼りに、閻は大よその敵の位置を把握出来る。しかし、冷静な判断が出来なくなっている今の閻に、そういった真似は不可能。閻は花果王の位置を、完全に見失ってしまう。
その隙に、花果王は凰稀に憑依している魔女に向かって、苦痛を堪え、軋む身体を無理矢理動かして、疾走する。聖なる剣を振り上げて、突撃する勇者の様に、ホワイトレイドルを振り上げ、花果王は魔女に突撃する。
「来るな! 来るな! 来るなァー!」
凰稀に憑依している魔女は、金切り声を上げながら、アニヒレイターを振るう。すると、黒い石壁が花果王の前に立ちはだかり、火の玉が花果王に襲い掛かり、金色の稲妻が花果王の行く手を阻む。
しかし、黒い石壁も火の玉や稲妻も、花果王はホワイトレイドルで殴りつけ、全てを黒い霧に変え、消滅させてしまう。魔力を源泉とした魔女の攻撃は、ホワイトレイドルの前には、無力なのである。
「アニヒレイターに宿る魔女ッ! あんたの出番は、これで終わりだ!」
全ての攻撃を打ち消し、凰稀に憑依した魔女の眼前まで迫った、血塗れの花果王は、嘲笑う様な笑みを浮かべながら、叫び続ける。
「この間抜けな武器で封印されて、永遠の眠りにつきやがれッ!」
「や、止めろ! 止めてくれッ! 止めてくれれば、お前の願いを何でも叶えてやるから、止めてくれ!」
悲痛な声を上げ、魔剣アニヒレイターを身を護るかの様に突き出しながら、凰稀に憑依した魔女は、花果王に懇願する。
「悪いけど、妹以外の頼み事なんて、聞く気無いのよねー」
花果王が勢い良く振り下ろした、ホワイトレイドルの先端が、アニヒレイターの刃を打ち据えると、神々しいばかりの白い光が発生し、アニヒレイターを手にした、凰稀に憑依した魔女の全身を包み込む。
甲高い絶叫を、蒼天に響き渡らせながら、凰稀の身体から黒い霧が噴出し始める。ホワイトレイドルの放つ、聖なる光を浴びたせいで、魔女は能力を封じられ、凰稀に憑依する力を失い、身体から引き剥がされたのだ。
黒い霧となった魔女は、アニヒレイターの中に吸い込まれて行く。そして、全ての黒い霧が吸い込まれた直後、アニヒレイターの刃には、魔法の呪文の様な、意味不明の記号や文字列が数秒間、浮かび上がる。
憑依が解かれた後、屋上に崩れ落ちる様に倒れた凰稀の身体を、花果王は抱きとめる。
「スリル!」
煙幕の中から飛び出して来た閻が、悲痛な声を上げつつ、凰稀の元に駆け寄って来る。
「大丈夫、気を失ってるだけだ」
そう言いながら、花果王は気絶し、ぐったりとしている凰稀の身体を、閻に渡す。アニヒレイターと鞘を、凰稀から奪い取った上で。
花果王は、アニヒレイターの状態を確かめる。すると花果王の目の前で、アニヒレイターに浮かんでいた、謎の記号や文字列が消え失せる。
謎の記号や文字列は、魔物を封印する為の、呪文か何かなのだろうと、花果王は解釈する。事実、その解釈は外れてはいない。花果王はホワイトレイドルの力を借り、アニヒレイターに宿る魔女の封印に、成功したのだ。
花果王は、未来を変えたのである。
「怪盗フォルトゥナ! 倒したのか、魔女を?」
戦いが終わったのを察したのだろう、魁が花果王に、問いかける。
「――倒しちゃったみたいだねぇ」
魁達の方を振り返り、おどけた様な口調で、花果王は続ける。
「今回も盗みのついでに、奇跡を起こしちゃったみたい。魔女を倒して、二万人の命を救う奇跡を」
花果王の言葉を聞いて、屋上にいた者達は、歓喜の声を上げる。気絶している凰稀とグレアムを除いて。自分達は当然、沢山の人々の命が救われたのだから、我を忘れる程に喜んでしまうのも、当然と言える。
だが、一人だけ……既に我に返っている者がいた。自分達を含めた二万人の命が救われた事を、誰よりも早く悟った、魔女を封印した本人、花果王自身である。
花果王は、リュックの中にアニヒレイターとホワイトレイドルをしまいつつ、ポケットから三つの手榴弾を取り出す。リュックの両サイドからは、ランドセルからリコーダーと定規をはみ出させている小学生の様に、リュックに収まり切らないアニヒレイターとホワイトレイドルが、突き出ている。
「さーて、魔女も片付けた事だし、そろそろ本来の仕事に、戻らせて貰おうかなーっと」
そう言いながら、手にした手榴弾のピンを抜く花果王の姿を見て、魁は気付く。自分が出し抜かれそうになっている事に。
「しまった! グレアム、手榴弾を消しなさい……って、気絶したままか!」
魁は花果王が手にしてる手榴弾を、グレアムに消させようとするが、グレアムは気絶中なので、作り出した武器を消す事が出来ない。魁は口惜しげに舌打ちする。
口惜しげな魁の様子を見て、手榴弾……発煙弾を使い、花果王が何をしようとしているのか、京も気付く。京は慌てて銃口を花果王に向けるが、既に手遅れであった。
「それじゃあ皆さん、御機嫌よう!」
そう言い放つと、花果王は嘲笑しつつ、ピンを抜いた手榴弾を、屋上に適当にばらまく。すると、発煙弾である手榴弾は起爆し、大量の煙……煙幕を散布する。
あっと言う間に、ブラックボックスの屋上の大部分は、灰色の煙に覆われる。閻や京の悲鳴や怒号が響き渡るが、視界が潰された状態で、二人は攻撃など放てない。屋上は混乱状態に陥ってしまう。
そして、一分後……屋上を吹き抜けた強い潮風に、煙幕が吹き流され、魁や京が視界を取り戻した時、屋上から花果王は当然、凰稀と閻の姿までが、消え失せていた。花果王が逃げる為に発生させた煙幕を利用し、閻も凰稀を抱き抱えて、逃げ出したのである。
魁は即座に無線機を使い、魔女の問題が片付いた事を伝えた上で、逃亡した三人の怪盗の追跡と逮捕を命じた。もっとも、魁自身は既に三人の逮捕は不可能だろうと、覚悟してはいたのだが。
警備の者達の殆どは、退避命令に従い、ブラックボックスから退避済み。しかも、魔女が作り出した黒い石壁は消え失せなかった為、グランド・フィナーレは封じられたままという悪条件に加え、逃げ出した怪盗は、変身や変装の名手なのだから、逮捕出来る可能性は低いと魁が考えるのも、当然だろう。
潮風に吹かれるブラックボックスの屋上に座り込み、気絶したままのグレアムを介抱しながら、ほろ苦い敗北の味を、魁は噛み締めていた。探偵業を生業として以来、初めて経験する敗北の味を……。
「――ま、今回の敗北は、仕方が無いですかね。スリル&サスペンスに盗まれた訳では無い上、怪盗フォルトゥナには命を救われた様なもんですし」
「でも、大金を使った上に、役目を果たせなかったんだから、ソリッド・ヒストリーから文句言われるんじゃないのか?」
傍らに立っている京が、魁を見下ろしつつ、問いかける。
「二万人の死者が出るって分かっていながら、その現場に私やグレアムを派遣した様な連中に、文句は言わせませんよ」
そう返事しながら、魁はグレアムの髪を撫でる。吹き抜ける強い潮風に乱れる黒髪を、魁は労わる様に、優しく整える。
「――口は悪いが、寝顔は子供っぽいんだな」
目を閉じているグレアムを見下ろし、京は率直な感想を漏らす。高い戦闘スキルと、大人びた言動のせいで、年相応に見えなかったグレアムが、京には初めて、年相応の男の子に見えたのだ。
「ベッドの上で愛し合った後の寝顔とかは、全然子供っぽく無いんですけどね」
魁が呟いた直後、グレアムは瞼を開き、大きな瞳で魁を睨み付ける。意識を取り戻した直後、グレアムは魁の悪趣味な冗談を、耳にしてしまったのだ。
「貴様とベッドの上で愛し合った後、寝顔を見せた経験なぞ、僕の人生の何処にも存在せんわッ!」
甲高い怒鳴り声を青空に響かせながら、グレアムは右拳を突き上げ、魁の左頬をぶん殴る。恥ずかしげに、頬を染めながら。




