28 金庫室に集うキャスト達 02
「こいつが、怪盗フォルトゥナだと?」
グレアムにしか見えない花果王に目をやり、凰稀は目を丸くする。
(グレアムを助手と言ってる……つまり、こいつはアイ・オブ・プロビデンスの吾桑魁って訳か。しかも、こいつは変装ではなく。変身という言葉を使いやがった)
凰稀と魁の言葉のやり取りから、得られた情報を整理し、花果王は心の中で呟く。
(こいつ……どうやって気付いたか知らないけど、俺が変装してるのではなく、変身能力を持っている事に、気付いたんだな)
「そのまま二人共、武器を捨てて両手を頭の上に置き、その場に伏せろ!」
京は鋭い口調で、驚きの表情を浮かべたままの凰稀と、携帯電話を爆弾に向けたまま、硬直している花果王に、命じる。
(冗談じゃない! こんな所で逮捕されてたまるか!)
命令通りに伏せてしまえば、自分が逮捕されるのは確実。花果王は、一か八かの勝負に出る決意を固めると、指先だけを動かして、五秒後に起爆する設定で、起爆用のコマンドを携帯電話に入力し、爆弾に送信する。
そして、爆発するタイミングに合わせて、花果王は耳を塞ぐ。花果王は爆発のドサクサに紛れて、凰稀や京の銃口から逃れる腹づもりなのだ。
狭い空間で爆発すれば、凄まじい爆音が発生する。その爆音が響き渡る金庫室内で、耳を塞がずにいれば、その人間は少しの間、まともに行動出来ない程度の、ダメージを負う。
花果王は爆音で、他の三人を行動不能に追い込みつつ、金庫に穴を穿つという、一石二鳥を狙ったのだ。
「爆弾だ! 耳を塞いで!」
耳を塞ぐ動きを目にして、花果王の意図を読んだ魁は、京に警告しつつ、自分もヘッドセットの上から、耳を塞ぐ。金庫室の扉を爆破して破っただろう花果王が、耳を塞いだのを目にして、魁は花果王の目論見を、見破ったのである。
京……だけでなく、凰稀も耳を塞いで、爆発に備える。爆音で他の三人を行動不能に陥らせるという、花果王の目論見は、魁によって打ち破られてしまった。
京と凰稀が、慌てて耳を塞いだ直後、金庫の扉に仕掛けられた爆弾が起爆する。凄まじい爆音が響き、爆風が金庫室中を吹き荒ぶ。
金庫の扉と金庫室の扉の間にいた四人は、凄まじい爆風に吹っ飛ばされつつ、周囲を満たす爆煙に、視界を埋め尽くされる。四人共、殆ど周りが見えない状態で、ボーリングのピンの様に、床に転がされてしまう。
倒された状態から、いち早く行動を起こせたのは、花果王だった。まだ煙幕の様に爆煙が室内を満たし、視界が悪い状態なのだが、花果王は吹っ飛ばされる際、必死で身体の向きだけは変えない様に堪えていた為、大雑把な自分の位置と、目指すべき金庫の位置を、掴んでいた。
爆音で、他の三人を行動不能にするという目論見は破られた。それ故、花果王は爆発のドサクサに紛れて爆煙に逃げ込み、銃口から逃れる作戦に切り替えたのだ。
即座に金庫に駆け寄り、金庫の扉の状態を確認した花果王は、焦りの表情を浮かべる。何故なら、金庫には深さ五十センチ程度の穴が穿たれてはいたのだが、穴は壁を貫いてはいなかったからである。
「冗談だろ? 十個で一メートル厚の鋼鉄板を貫ける爆弾、二十個だぞ! 何なんだ、この金庫は?」
「そいつは鋼鉄だけでなく、間にセラミック層が何層か挟み込んであるタイプの、複合装甲を使ってある金庫です」
薄まりつつある爆煙の中から、魁の声が響いて来る。
「サスペンスと別行動を取る羽目になれば、スリルは単独で金庫を破らねばなりません。そうなれば、スリルは指向性爆弾を使い、金庫に穴を穿とうとする可能性が、高いと思っていたので……」
爆煙の中から姿を現した魁は、穴が貫通していない金庫の扉を目にしつつ、続ける。
「金庫を指向性爆弾……モンロー効果による破壊に耐性が強い、セラミックを用いた複合装甲製の物に、入れ替えておいたんですが……正解だったようですね」
魁に続き、京も薄くなった爆煙の中から姿を現したので、花果王は金庫の扉の前からダッシュして、爆煙の煙幕に身を隠す。そして、スパッツとTシャツを脱ぎ捨てると、即座に怪盗フォルトゥナとして知られる外見の身体に変身し、リュックの中から、御菓子のパッケージに収納しておいた、キャットスーツとドミノマスクを取り出し、着替える。
怪盗フォルトゥナとしての姿となった花果王は、金庫の裏側に移動する。すると、その場で花果王は、赤いスーツ姿の少女と、鉢合わせしてしまう。
その少女は、花果王同様の意図で、金庫の裏側に隠れていた凰稀であった。凰稀と花果王は、気まずそうに睨み合う。
「――本当に怪盗フォルトゥナだったのか! 何であんたまで、此処に逃げ込んで来るのよ? いや、それ以前に……何であんたが、この金庫室にいる訳?」
刺々しい口調で、凰稀は花果王を詰問する。
「そりゃ、アニヒレイターを盗みに来たに、決まっているだろう。お前らみたいな偽善者共に渡すには、勿体無い代物だからね」
故意に煽り口調で、花果王は凰稀の問いに答える。
「それは、表向きの理由でしょう、怪盗フォルトゥナ」
意味有り気な口調で、金庫越しに魁は話を続ける。
「君が此処に現れた本当の理由は、別にあるんじゃないですか?」
「――別にって……世界最高の探偵さんは、何か心当たりでもあるのかい?」
花果王は金庫越しに、魁に問いかける。
「盗みを働く事により、起こる筈だった人が死ぬ事件や事故を、偶然にも防いでしまう、幸運の女神の如き怪盗には、以前から興味があったもので、色々と調べて推理してみたんですよ。その結果、怪盗フォルトゥナの真の犯行動機が、見えて来たんです」
自信有り気に、魁は語り続ける。
「あたしの犯行動機? そいつは興味深いねぇ。是非、聞かせて欲しいもんだ」
「君の犯行動機は、未来を変える為……違いますか?」
魁の発言を耳にして、凰稀と京は、呆気にとられた様な表情を浮かべる。それ程に、魁の発言は、常軌を逸していたのだ。
だが、凰稀と京以上に驚いたのは、花果王だった。何故なら、秘めていた筈の自分の犯行動機を、魁に言い当てられたからである。
(変身能力だけでなく、犯行動機まで……。流石は世界最高の探偵だな、そこまで見抜いているとはねぇ)
花果王は魁の洞察力に驚き、舌を巻く。これまで相手にした事が無いレベルの敵に、追い込まれている現実を悟り、全身から嫌な汗が滲み出るのを、花果王は感じる。
「未来に発生する事件や事故を、知る立場にある君は、事件や事故の発生原因を、盗みという手段で取り除く事により、未来を変え、人々の命を助けている……」
淡々とした口調で、魁は語り続ける。
「そんな君を……盗みのついでに、偶然にも人命を救ってしまう、幸運の女神の如き怪盗だと、人々は思い込んでいる様ですがね」
「未来を変える? いや、それ以前に未来を知る立場って、そんなバカな事が……」
そんなバカな事が有る筈が無い……と言おうとした途中で、グレアムが見せた超能力的な力、アノマリーの存在が頭に浮かび、京は話の内容を変える。
「有り得るんだ。グレアム君みたいな、自由自在に武器を作り出す事が出来る超能力……アノマリーの持ち主も、いる訳なんだし」
(あのオカマのガキ、手品師みたいに色んな武器を取り出して使うって噂だが、手品じゃなくて、超能力的な能力なのか!)
グレアムのアノマリーを知った花果王の頭に、ふと……あるアイディアが浮かぶ。
(あれ? 自由自在に武器を作り出せるんだったら、ひょっとして……)
アイディアが実行可能かどうか、花果王が考えている事など知る由も無く、京は話を続ける。
「――つまり、怪盗フォルトゥナは予知能力のアノマリーを、持っているんだな?」
はっとした様な表情で、そう問いかける京に、魁は笑顔で答える。
「ほぼ正解です。怪盗フォルトゥナは予知能力のアノマリーにより、未来を知る立場にある可能性が高い。ですが予知能力を持つのは、怪盗フォルトゥナ本人では無く、関係者でしょう」
「何故だ?」
「これまで、複数の種類のアノマリーを持つアノマリストは、一人も発見されていません。つまり、変身能力を持つ怪盗フォルトゥナが、予知能力を持つ可能性は、低い訳です」
「成る程……」
納得したかの様に呟きながら、京は続ける。
「――だとしたら、ここで怪盗フォルトゥナの盗みが成功しなければ、誰かが本当に死ぬ羽目になるのか?」
京の問いに、魁は頷く。
「人を放っておいて、何でオカルト話に興じてる訳? 何時から警察……規格外犯罪殲滅局や世界探偵協会は、オカルト信者の巣窟になったのよ?」
嘲る様な口調で、凰稀は続ける。
「ひょっとして、アンタ達って予知やら予言やら、信じちゃう連中なの? アホらしいったらありゃしない!」
「確かに、常識的には信じ難い話でしょう。私自身、怪盗フォルトゥナが不幸な未来を変える為に、盗みを働いているという結論を、自分の推理で導き出したものの、今日まで確信出来なかったくらいですし」
「今日まで? 今日……確信するに至る何かがあったのか?」
京の問いに、魁は頷く。
「ええ、今回の事件に怪盗フォルトゥナが絡んで来たからこそ、私は自分の推理に確信を持てたんです」
「此処暫くの間、ソリッド・ヒストリーが依頼する事件に、怪盗フォルトゥナが絡んで来る確率が高いから、ソリッド・ヒストリーが貴方に依頼した今回の件に、怪盗フォルトゥナが絡んで来るのを予測出来たというのは、理解出来るのだが……」
訝しげな表情を浮かべ、京は話を続ける。
「何故、怪盗フォルトゥナが絡んで来ると、その……怪盗フォルトゥナが未来を変える為に事件を起こしているという、貴方の推理を確信出来るんだ?」
「ソリッド・ヒストリーが怪盗フォルトゥナを敵視し、私達……世界探偵協会の探偵を差し向けている事が、明確になったからですよ」
二人で金庫の両側から回り込み、花果王と凰稀を挟撃しようと、ジェスチャーで伝える京に、魁は首を横に振りつつ、自分が拳銃を持っていない事を示し、挟撃は不可能だと、口に出さずに伝える。爆風に吹き飛ばされた際、魁は拳銃を落としてしまっていたのだ。
魁が言葉に出さずに、拳銃を持っていないと京に伝えたのは、拳銃を手にしていない事を花果王や凰稀に知られたら、不利になると考えたからである。




