27 金庫室に集うキャスト達 01
エンセファロン最下層には、五十メートル四方の広い金庫室だけが存在する。金庫室の周囲を覆う、五メートル厚の鉄筋コンクリートの壁は、両面が五十センチ厚の鋼鉄板にカバーされていて、電気ドリルなどによる穿孔を防ぐ耐錐性も、トーチ(ガス溶断機)による対溶断性も、ハンマーや爆破などに対する耐衝撃性も、全てが極めて高い。
金庫室の扉があるのは、北側。西側のエスカレーターや階段から下りると、金庫室沿いの通路を通り、すぐに辿り着けるのだが、東側から北側に行く通路は、機材搬入用のエレベーターがある為に封鎖されているので、南側や西側を通って遠回りしなければ、北側の扉には辿り着けないのだ。
西側のエスカレーターからエンセファロン最下層に下りた花果王は、最下層を警備する、十人以上の警官達や警備員達を、残りの催涙ガス入りゼリービーンズを使って、行動不能に追い込んだ。その上で、クロロホルムの入った一口ゼリーを使い、床の上で苦しむ警官達や警備員達を、眠らせたのである。
警備の者達を片付けた花果王は、銀色に輝く扉の前に、しゃがみ込んでいた。グレアムに変身した姿のまま、ガムを噛みながら。
花果王の目の前にあるのは、二メートルの厚みがある、頑強な鋼鉄の扉。小型自動車が余裕で通り抜けられそうなサイズの、円形の扉である。
「設計図や資料で見た通りなんだが、流石に本物は威圧感があるねぇ」
扉を見上げながら、花果王は呟く。事前にブラックボックスを設計した設計事務所に忍び込み、ブラックボックスの内部構造だけでなく、金庫室のスペックまでも調べ上げていた為、目の前にある扉や壁の性能や外観を、花果王は事前に知っていた。
だが、資料を通して見知るのと、現物を見るのとでは、矢張り印象は異なる。目の前に存在する金庫室の扉や壁の威圧感は、花果王に難攻不落の要塞をイメージさせる。
(ま、落とし難いからこそ、落とす価値が有るってもんでしょ)
花果王は心の中で呟きながら、噛んでいたガムを半分吐き出して、小さく千切ると、リュックの中から取り出して、床に転がしてある二十個程の黒いUSBメモリーの、端子側に付着させる。ガムを接着剤代わりに、利用するつもりなのだ。
(壁の部分は厚過ぎる。鋼鉄製だといえ、予定通り扉の方が破り易いか)
USBメモリーを、花果王はガムを接着剤として、次々と鋼鉄製のドアにくっ付けていく。十個程のUSBメモリーを、人のシルエットを描く様に扉に付け終えると、花果王はドアから十メートル程離れつつ、懐から黒い携帯電話を取り出す。
携帯電話の赤外線通信用端子を、扉に付けたUSBメモリー……に偽装してある、小型指向性爆弾に向けると、数字の「5」に続いて起爆用のコマンドを入力し、送信する。そして、花果王は耳を塞いで、しゃがみ込む。
五秒後、爆音を響かせながら、USBメモリー型の指向性爆弾は起爆する。雷が至近距離に落ちたかの様な音と振動に、花果王は身を強く揺すられ、軽く呻く。
USBメモリー型の小型指向性爆弾は、対戦車砲の砲弾などにも使用される、成形炸薬弾。起爆すればモンロー効果により、超音速で噴出する流体金属……いわゆるメタルジェットが、厚い鋼鉄の壁すら穿ってしまうのだ。
爆煙と細かい粒子が、突風の様に通路を駆け抜ける。単一方向に爆破エネルギーが集中する指向性爆弾とはいえ、狭い通路で爆発させれば、爆煙は周囲に撒き散らされる。
煙幕の様に辺りを漂う爆煙を掻き分けながら、熱気漂う扉の前に移動し、花果王は状態を確認する。大人が一人、通り抜けられる程の大きさの穴が、一メートル強の深さまで、穿たれていた。
(ほぼ、テスト通りだな)
事前に、金庫の扉と同じ厚さの鋼鉄の板を使い、USBメモリー型の小型指向性爆弾で穴が穿てるかどうか、花果王は実験済みであった。最初の十個で一メートル強、次の十個で更に一メートルと、二十個の爆弾を使えば、二メートル厚の鋼鉄の扉に穴が穿てるという実験結果を、花果王は得ていた。
そして、金庫室内には、貴重品を更に厳重に保管する為の、金庫室程では無いが、相当な強度の金庫がある事を、花果王は事前の調査で知っていた。アニヒレイターが、その金庫に保管されているだろうと想定した花果王は、その金庫のスペックを調べた上で、USBメモリー型の爆弾十個で爆破が可能だと判断し、予備の十個を含め、トータルで四十個のUSBメモリー型の爆弾を、持ち込んでいたのである。
花果王は口に含んでいた、残り半分のガムを吐き出し、十個の爆弾を先程と同じ手順で、穿たれた穴の奥に仕掛ける。そして、携帯電話で爆発までの秒数と起爆コマンドを入力し、即座に穴の前から退避して、耳を塞ぐ。
先程同様、激しい爆音と共に、仕掛けられた爆弾は爆発する。爆煙が収まるのを待たず、花果王は煙を吸わない様に口元を押さえつつ、扉の前に駆け寄り、状態を確認する。
扉には、見事に人が通り抜けられそうな大穴が、穿たれていた。目論見通りに行った事に喜びながら、まだ熱を持っている金属扉の断面に触れぬ様に気を付けつつ、花果王は穴を潜って金庫室に入る。
黒い壁に覆われた、テニスコート二面程の広さと、二階程の高さがある金庫室の中にも、爆煙は流れ込んでいる。ドライアイス風の白靄が漂う舞台で、演技する役者の様に、花果王は煙が漂う中を歩いて行く。
そんな花果王の目に、違和感を感じさせる大きな箱の姿が映る。金庫室の中央に鎮座している、十メートル四方の立方体の箱は、一目で金庫だと見破れる、頑強な箱である。
花果王が違和感を感じた理由は何か? それは色だ。金庫室内もブラックボックスの他の箇所同様、イメージカラーは黒であり、花果王が事前に調査した際、金庫室内に設置されていた金庫の色も、黒であったのだ。
ところが、花果王の目の前にある箱型の金庫は、ホワイトチョコレートの様な白色で、塗装されていたのである。金庫の色の違いにより、都合の悪い現実を花果王は悟る。
「――金庫が別のに、替えられてやがる」
口惜しげに舌打ちをしてから、ポケットから取り出したガムを噛み始めつつ、花果王はリュックから、残り全部のUSBメモリー型の爆弾を取り出す。
(替えられたと言っても、大きさからして、大して対衝撃性能は変わらない筈。二メートル厚の扉さえ破れた分の爆弾が、残ってるんだ。壊せない訳が無い!)
不安感を打ち消そうとするかの様に、花果王は心の中で自分に言い聞かせる。不安感は焦りを、焦りはミスの呼び水となる。花果王は不安感を頭から追い出し、爆弾を金庫の扉に仕掛け始める。
手際良く爆弾を仕掛け終えた花果王は、金庫の扉の前から退避する。携帯電話の赤外線端子を、仕掛けた爆弾に向けながら。
その時、金庫室に銃声が響き渡る。音の発生源は、金庫室の扉の方。
「――動くな! 動けば撃つ!」
銃声の直後、金庫室の中に響き渡る、凛とした少女の声を耳にした花果王は、驚きの余り身を硬直させ、立ち止まってしまう。怪盗として、様々な修羅場を潜り抜けて来たとはいえ、いきなり威嚇射撃をされた上で、動くなと命じられた状態で、身動きが出来る程に、花果王は命知らずでは無い。
(警察か? バカな……エンセファロンの警備の連中は、全て行動不能に追い込んだし、援軍が来るには、まだ早過ぎる筈だ!)
金庫の扉は、金庫室の扉と同じ方向を向いている。花果王は金庫の扉に爆弾を仕掛けた後、右後方に五メートル程後ろ向きに後退していた為、金庫室の扉にいる何者かの姿を、確認出来ないのだ。
花果王は全身から嫌な汗を噴出しながら、相手の出方を待つ。焦りの度合いに合わせて、胸の鼓動が早まり続ける。
「サスペンスと戦っていた筈の貴様が、何故此処に? サスペンスは、どうしたんだ?」
(こいつは俺を、グレアムだと思っているみたいだな。警察や警備の人間なら、既にグレアムの姿になっている俺が、エンセファロンに下りている事を知っている筈!)
警官から奪い取った無線機で、警備の者達の通信を傍受していた花果王は、自分がグレアムの偽者と化し、エンセファロンに下りた情報が、警備の者達の間で共有されているのを知っている。つまり、その事を知らない、自分に銃口を向けている者が、警察や警備の者である筈が無いと、花果王は考えたのだ。
(――で、こいつの話し方は、サスペンスの身を案じている感じがする。つまり、サスペンスの身を案じていて、エンセファロンに現れる可能性がある奴といえば……)
自分に銃口を向けている相手が誰なのか、花果王は気付く。
「スリルか……サスペンスだったら、今頃は病院のベッドの上だよ。結構強かったから、手加減し損なっちゃったもんでね」
花果王は相手がスリルかどうか確認する為、かまをかけてみる事にする。
「バカな! サスペンスが、お前みたいなオカマのガキなんかに、負ける筈が無い!」
相手の声に、焦りのトーンが混ざったのを聞き取り、花果王は確信する。自分に銃口を向けてる相手が、スリルなのだと。
そして、その確信は正しかった。花果王に銃口を向けているのは、スリル……凰稀だったのである。
凰稀は追跡して来る連中と戦いつつ、エレベーターシャフトの中を下りて、エンセファロンに辿り着いた。その後、警備の者達が大量に行動不能に陥っている事や、二回響いた爆発音の事などを、不可解に思いながらも、東側のエスカレーターを使って、最下層まで下りて来たのだ。
金庫室前に辿り着いた後は、閻が一緒なら、閻に壁や扉を斬って貰い、一緒ではなかったら、持参したブルーレイ・ディスクに偽装してある指向性爆弾(これも祢済グループの技術開発部が開発した物)を金庫室の扉に仕掛けて爆破し、凰稀は金庫室内に入る手筈だった。閻が一緒では無かったので、指向性爆弾を仕掛けようとした所、既に扉に穴が開いていた為、そのまま凰稀は金庫室の中に侵入したのである。
グレアムに変身している花果王が、金庫の前から後退りして来るのを、凰稀が目にしたのは、丁度その時だった。サスペンスと戦っている筈のグレアムが、自分より先に金庫室にいた事に、驚き混乱しながらも、凰稀は古いスパイ映画に出て来る感じの、万年筆型の拳銃を使い、花果王を威嚇したのだ。
この拳銃は、バレルも弾丸も強化プラスチック製なので、セキュリティゲートの金属探知機に引っかからずに、ブラックボックスに持ち込めた。ただ、弾数が二発と少ない上、狙いが定め難いという欠点があるのだが。
(――相手はスリル一人。尚且つ奴は、俺をグレアムだと思っている。さーて、ここはどうしたもんかねぇ?)
そう花果王が自問した直後、金庫室に声が響き渡る。
「はーい、そこのお二人さん、動かないでくれると有り難いなぁ。下手に動かれると、撃たなきゃならないからさ」
声の主は凰稀では無い。気楽な感じの、若い男の声である。
「苦手なんだよね、拳銃とか使うの」
「――もう少し、犯罪者への声のかけ方があるでしょう」
気楽な口調の男を、厳しく低い女性の声が窘める。そして、凰稀の物よりも大きい拳銃の発射音が、金庫室に響き渡る。女が威嚇射撃をしたのだ。
「動くな! 規格外犯罪殲滅局だ! スリル及び怪盗フォルトゥナ、動けば撃つ!」
突如、背後から男女に動くなと命じられ、威嚇射撃までされて、かなり驚き焦っていた上、ライバル視している怪盗フォルトゥナという言葉まで出て来た為、凰稀の頭の中は、こんがらがってしまう。
「怪盗フォルトゥナ? 奴が……何処にいるんだ?」
辺りを見回す凰稀に、銃口を向けている男が声をかける。
「貴女の目の前ですよ、スリル。怪盗フォルトゥナは今、私の助手のグレアム・ブラックローズに変装……いや、変身していますから」
私の助手のグレアム……という言い方から分かる通り、凰稀に続いて、金庫室に現れた男は魁だった。別ルートを通って来た京と、扉の前で落ち合った魁は、金庫室の中に二人で踏み込んだのだ。
ちなみに、魁の傍らにいる京の銃口は、花果王を捉えて離れない。




