第21話 ジャッジメント
初冬。浮島リゾート「白陽」の開設から一週間。 空を覆う雲をかすめて、冬の光が草原に差し込む。風が吹けば、舞い落ちる雪片が淡い銀の鱗のように光った。
「さても、接客というやつは、骨が折れるよなあ」
アルトは深くため息をついた。オープニングを終え、新雪と混ざった土の清涼な香りを肺の奥まで吸い込む。
「お疲れさま、お父さん」
背後から、鈴の音を思わせる軽やかな声がした。サーシャだ。エルフたちに囲まれながら、ログハウスの前にちょこんと立っている。彼女は、アルトを愛おしそうに見つめ、にっこりと笑った。癒される。
来訪した神々の要求は、お見合いや求婚といった単なる「甘い社交」だけでは済まされなかった。
「私の箱庭にも、あの浮島を」「最高級のリゾートを造ってほしい、もっと豪華に」要求は、まるで注文品のように、あまりにも図々しく厚かましかった。
「……神の御業とは思えん、わがままの極みだ」アルトは、首を振りながら呟いた。
あくまで神なのでゲスはいない、悪意で強制したりはしてこない。ただ純真に、曇りなき眼で訴えてくるから困るのだ。やり辛いことこの上なかった。
そう心の中で毒づき、彼は足元を見つめた。瑞々しい緑が、少しずつ雪に覆われていく。この安らぎの場所で過ごす時間。それこそが、彼にとって最高の報酬だった。
「ほら、この雪、本当に綺麗でしょう? 銀の粉みたいで」
サーシャの言う通りだった。静寂の草原に、銀色の微粒子が舞い散る様は、息をのむほど美しい。 アルトは、小さく息を吹きかけて、雪を溶かした。ささやかな贅沢だった。
エルフたちへの説明はスムーズだった。彼らが抱く浮島への畏怖は、「世界樹に接するように、ただそっと敬う心で」というアルトとサラの言葉によって、徐々に和らいでいった。
だが、問題は街の人々だった。
「浮島!空中に浮かぶ異端だ!」 「空に神の器があるだと? 妖術か!」
恐怖と混乱が混ざった怒号が、市場を駆け巡る。
その時、空が、微かに震えた。轟音はしない。ただ、冬の澄んだ光を浴びた空気そのものが、歪み始めた。そして、眩い輝きと共に巨大な幻像が、眼下に降臨した。純白のローブを纏い、圧倒的な輝きを放つ女神サラのホログラムだった。
本来、この降臨劇は「浮島の説明会」で収束するはずだった。しかし、現実は甘くなかった。
「ああっ、偽物!」「サラはただの虚像!我らが神こそが真実だ!」
宗教国家からの反応は、凄まじい熱量を帯びていた。彼らが拝んできた神は、都合で作り上げた「架空の概念」に過ぎなかったからだ。
目の前に現れた「真の管理者」サラを、彼らは直ちに「侵略者」として排除しようと躍起になる。
「なぜ、直々に降りてこない!証明しろ、存在を!」
教皇たち上層部は、極度の危機感に囚われていた。自分たちが築き上げた「世界の正史」が、根本から音を立てて崩れ去ろうとしている。隠蔽するには、あまりにも大きな亀裂だ。
「浮島に上陸させてみせろ! 否ならあれも虚像だ!」
広場は、地獄絵図と化していた。
「アルト」 サラが、輝きを強めた声で呼びかけた。
「――どうする?」
「そうね、認識そのものを書き換えなさい。彼らが古来より崇めてきたのは、常に私、女神サラであった、と。思想の上書きよ」
その依頼には、容赦がなかった。サラからすれば、箱庭の住民は「取るに足りないアリ」のような存在に過ぎない。箱庭を管理する神々にとって、住民の精神構造を守る必要など、微塵も感じられないのだ。
「……サラ」アルトは、静かに口を開いた。彼の矜持が、微かな霧となって立ち上がる。
「その思想というのは、いじるべきではない領域だ。思想とは、魂そのもののあり方だからな」
サラの表情が一瞬、氷のように固まった。
「……ならば、排除しなさい。消滅させればいいのよ。架空を奉じる国家なんて、この箱庭には必要ないの。以前から目障りだったのよ、手を出せなかったから余計にね」
その冷酷な提案に、アルトの視線は揺らぐことなく、まるで凍てついた深淵を覗き込むように沈んでいた。
「僕は、誰かを消し去るために生まれてきたんじゃない」
その、揺るぎない拒絶に、サラが僅かに息を詰まらせる。
「……なら、この暴動を鎮圧してみせなさいよ」
冬は、半ばに差し掛かろうとしていた。
街に張り付いた、女神サラの巨大なホログラム。その上に重なるように、アルトが虚空から魔法を放った。
「ジャッジメント」。断罪の光と風。
対象となった暴徒たちは、その刹那、内側から燃え上がるような赤色に包まれ、魔力が欠乏してうずくまった。サラからのものと思える威圧的な光を浴びた人々は、恐怖と畏怖の極致に達した。
「そうか、今までの冬の断罪は、女神サラ様の世直しの力……」
虚像が崩れ落ちるように、エセ宗教は音もなく崩壊していった。
「……なんとかなったか」
アルトは冷たい風を浴びながら、僅かに息を整えた。
サラの強引な「浄化」の思惑は、結局のところ、アルトの持つ絶対的な「真実」の力に、軌道修正されたのだった。
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