38 さようならヴァイス大学
寒さもだいぶ和らぎ、うららかな陽気に包まれたこの日。
ヴァイス大学の大講堂で、卒業式が厳かに挙行された。
卒業証書を受け取ることができた学生は、全部で三十八名。入学した百名のうち半数以上は中途退学となるという、厳しい現実が突きつけられていた。
卒業生の最前列の中央に、ティアの姿があった。その右斜め後ろにはノイとファオの姿が、左斜め後ろにはリデルとミーアの姿があった。
ノイはライマ帝国軍の幹部コースへの配属が決まり、ファオはスーサ公国の政治局への就職が決まった。リデルはラクサール王国の経済産業庁、ミーアは外務庁と、希望していた就職先に行くことができた。
卒業証書が全員に行き割った後で、卒業生総代として、ティアが登壇した。
壇上の学長に一礼したティアは、おもむろに口を開いた。
「私達は今日、この学び舎を巣立ち、新たな世界へ向かいます。行く先には、大きな困難が待ち受けているかもしれません。ですが、ヴァイス大学で学んだ多くのことを活かし、社会に貢献できる人間として、ヴァイス大学の名を汚さぬよう精進して参ります」
ひとつ息をはいた後で、ティアは続けた。
「私は在学中に、大切な友人を二人亡くしました。彼らはいつでも逃げることができたのに、逃げずに試練に立ち向かっていき、命の炎を燃やし尽くしました。彼らの勇気は、私の心の中で永遠に輝き続けることでしょう。彼らの命を背負って、私は母国であるエレル王国の発展に寄与したい。そう、強く願っています。アニス、レム、どうか私達、卒業生のことを見守っていてください。必ずや、あなた達の分まで、世界の平和と発展に貢献していきます」
ノイの目尻から、涙がこぼれた。
「学長、理事長、そして私達を厳しくも温かく支えて下さった先生方、今まで本当にありがとうございました。私達は今日、卒業します。これからは一社会人として、ヴァイス大学での思い出を胸に刻みながら、前に進んでいきます。後ろは振り返らず、ひたすら前へ。エレル王国、王女、ティア」
その瞬間、大講堂はどよめきに包まれた。卒業生は一様に驚きの表情となり、まったく事情を知らなかった講師達も唖然としていた。その一方で、事情を知っていた学長や理事長は頭を抱え、ライドは苦笑いを浮かべた。
「ティアって、王女様だったの」
「どうりで、何か違うなって」
リデルとミーアは、顔を見合わせた。
「まあ、そりゃそうですよね、って感じ」
ノイは、クスクス笑った。
「最後まで、ティアらしいな」
ファオは、そっと微笑んだ。
混乱する卒業生の方を向いたティアは、満面の笑みを湛えた。
卒業式が終わると、ティア達は校舎の玄関前に集まり、別れを惜しんだ。
「絶対に、絶対に、みんなでまた会おうね」
ノイは、泣きじゃくりながら言った。
「国は違うけど、みんな心はひとつだよ」
リデルは、涙を堪えて言った。
「私は外務庁だから、外交でみんなの国に行くチャンスがあるから、その時は必ず会おうね」
ミーアは、鼻をすすりながら言った。
「みんな、是非観光でスーサにおいで。政府の一員として、歓迎するから」
ファオは、励ますように言った。
「私も、大歓迎するよ。なんてったって私は王女様なんだから、特別に王宮にご招待しちゃうぞ」
ティアがおどけて言うと、その場は笑いに包まれた。
「もっとさあ、王女様らしく、お淑やかでいなさいよ」
「私がお淑やかにできると思う」
「思わない」
「全然思わない」
「私も思わない」
「僕も」
「何だよ、ひでえな、お前ら」
ティアが叫ぶように言うと、再び笑いが沸き起こった。
みんなとの別れの挨拶を済ませたティアは、ひとり大通りを歩いた。
大学での日々が、走馬灯のように思いだされる。
大きな哀しみもあったけど、とても充実した四年間だった。
ヴァイス大学に入学して、本当に良かった。
これからは、エレル王国のために、この身を捧げる。
早く、エレルのみんなに会いたい。
お父様、お母様。
待っていてくださいね。
大通りの向こうから、黒塗りの馬車が近づいてくるのが見えると、ティアは口元を綻ばせた。
相変わらず、地味な馬車。
まあ、目立たなくて良いんだけどね。
馬車が止まると、開いた扉から、腰の曲がった老人が出てきた。
老けたなあ、爺。
元々老けてたけど。
ティアの姿を目にとめたヘイスは、唇を震わせた。
「姫様」
ヘイスの声に、周囲を歩く人の目が注がれた。
声が大きい。恥ずかしいじゃんよ。
手を上げたティアは、ヘイスよりも大きな声で叫んだ。
「ただいま、爺」
第一部 大学編 了




