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悪役令嬢になったので富国強兵目指します ~豚小屋令嬢はベアリングからざまぁします~  作者: 川合 佑樹


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第11話

「敵の数は約300」

 斥候の報告が終わった瞬間――。

 司令室の空気がどんっと重くなった。

 アリスティアは地図を睨みつけた。

「騎馬だけでも100を想定……間に合わなければ死傷者が出るのは確実ね」


 ゲルハルトが額に青筋を浮かべて低く唸った。

「こちらは総勢250。数では劣勢です」

 レオハルトが令嬢の横に近づいた。

「アリスティア様、指揮は俺たちに任せてください。あなたは……弓の完成に集中を」

 瞳に深い心配が宿る。


 アリスティアは皆の顔を順に見回した。

「ええ、そうするわ。ゲルハルト中佐、騎士団の指揮をあなたに委ねる。陣地の強化と弓兵の配置は任せたわよ」

 中佐が胸に拳を当てた。

「了解! お嬢様の新弓が完成するまで死守します」


 クラリスが心配げに眉を下げ、近づいてアリスティアの肩に手を置いた。

「無理はなさらないで……アリスティア様の体が資本ですもの」

 カタリナが明るく拳を振り上げ、皆を鼓舞するように言った。

「そうだよ! 私たち百合薔薇部隊も手伝うから絶対間に合わせよう!」

 ソフィーネが付け加えた。

「……私も、材料運びならお任せください」


 アリスティアは工房へと向かった。

 心の中で思う――旋盤が完成してからベアリングを含め矢の製造を村の鍛冶に依頼しておいて本当に良かった。

 少しでも高い精度を求めたい。

 これから作る弓は精度こそがすべてだから。



 アリスティアが工房に飛び込む。

 鍛冶の職人たちが作業の手を止め、驚いた顔で立ち上がった。

「お、お嬢様!?」


 令嬢は設計図を広げた。

「これを見て。強化した滑車を付けて、ワイヤーで力を伝える仕組みよ。ベアリングを応用して回転を滑らかにするの」


 職人頭の老人が近付き図面を覗き込んだ。

「なるほど……引きが軽くなり遠くまで飛ぶのか。木のリムは樫で強化し、滑車は補助部を鉄で加工すればできそうだな」


 若い鍛冶が興奮で目を輝かせ、ばんっと手を叩いて工具を掴んだ。

「板バネから学んだ知見が活きる! 皆、図面見ただけでわかるだろ? すぐに取り掛かろうぜ!」

 他の職人たちも、わっと気勢を上げる。


 アリスティアがその様子を見て頭を下げる。

「無理は承知でお願いするわ。次の戦いまでに用意して欲しいの」


 職人頭の老人が慌てて両膝をつく。

「こんな面白そうな仕事、こっちが頭下げにゃならん。どうか顔を上げてくだせぇ。あなた様には他にやるべきことがあるんでしょう?」

 すると若い鍛冶も両膝をつく。

「見たこと無いものを作れるのが楽しくて仕方がないんです! お嬢様は安心して待っててください!」


 アリスティアが顔を上げて工房を見渡した。

「皆さん、ありがとうございます!」



 アリスティアは試作までの間、訓練場へ移った。

 古い弓を手に、少しでも新弓に慣れるよう撃ち続けた。

 弦を引くたび指の皮がぱりっと裂け、血がにじむ。

 汗が額を伝い、金髪をべったりと張りつかせ、視界がぼやける。

 彼女は歯を食いしばった。

「誰も……死なせてやるものか」

 瞳に強い決意が燃える。


 レオハルトが水筒を持って駆け寄り、アリスティアの手に押しつけた。

「休んでください! 頑張りすぎです!」


 彼女は水を飲み、首を振って弓を構え直した。

「これくらいで止めたらみんなの努力が無駄になるわ。もう少し……」


 レオハルトが少し躊躇うようにアリスティアの横に立つ。

 レオハルトが静かに自分の弓を取り出す。「……お付き合いします」

 低い声で、でも迷いのない決意を込めて。


 彼はアリスティアと同じ高さで弓を引き、弦を引く音が二重に響く。

 シュッ……シュッ……

 二人の矢がほぼ同時に放たれ、遠くの的を正確に射抜く。

 アリスティアは一瞬、息を飲む。

 横目でレオハルトの横顔を見る。

 汗で張り付いた髪、集中した鋭い瞳、でもどこか優しい表情。

 彼女は小さく、誰にも聞こえない声で呟く。


「……ありがとう」


 その一言に、瞳に強い決意が燃える。

 一人じゃない。

 一緒に戦ってくれる人がいる。


 レオハルトはただ黙々と矢を放ち続ける。

 二人の呼吸が合い、矢の音が重なるたび、絆が深まっていく。



 そして――会敵当日。


 朝の冷たい霧が残る高台から、アリスティアは眼下を見下ろした。

 距離およそ500メートル。

 敵の集団が黒い波のように広がっている。

 遠くから馬のいななきが微かに聞こえてくる。


 総数300、騎馬は80と少し少なめだった。

 奥に巨大な破城槌が確認できた。

 突破されれば兵だけでなく村人まで襲われる可能性が高い。

 令嬢は意気込んだ。

「少しでも力を削いでやる……」

 こちら側は総勢250。

 塹壕と盾壁を固め、動かずに待機する。


 敵陣から一人の騎士が馬を駆り、こちらの兵の前に進み出た。

 大将、バルデリックだった。

 伯爵は馬上から声を張り上げた。

「我はシュタウフェン伯バルデリック! この要塞を明け渡せ! 抵抗すれば皆殺しだ!」


 ゲルハルトが馬を進め、堂々と応じた。

「我はヴァイスブルク中佐ゲルハルト! グランベルクの娘の名にかけて決して渡さん! 貴様らの好きにはさせぬ!」


 両陣営に張り詰めた静寂が訪れた。


 ――ブオオオッ!

 角笛が同時に鳴り響く。

 敵騎馬が動き出し、歩兵を従えて徐々に近づいてくる。

 こちらはアリスティアの指示通り、動かず引きつける。

 高台で彼女は新弓を構え、深く息を吸って――吐く。

 心臓の鼓動が耳に響く。


 狙いは敵の馬。

「距離400……300……250メートル――今だ」

 びゅんっ!

 矢が鋭く放たれ、放物線を描いて飛ぶ。

 先頭の騎馬に刺さり、数頭の馬を混乱に陥れた。

 馬がひひいんと激しくいななき、前膝をがくりと折って倒れる。

 騎士が落馬した。


 敵陣にざわめきが広がる。

 何が起きたかわからない様子で、周囲を見回す兵たち。


 アリスティアは第二射を放った。

 別の馬の首元を捉え、倒す。

 ゲルハルトが前線から叫んだ。

「お嬢様の弓だ! 皆、盾を固めろ!」


 レオハルトが高台でアリスティアの横に立ち、矢筒を差し出した。

「次です! 風は左から弱く……調整を」


 彼女が10本目を放ったタイミングで、敵陣が明らかに動きを止めた。

 騎馬ばかりが次々と倒れ、仲間が理由不明の異常を感じ取っている。


 アリスティアはその瞬間を見逃さず、用意された残り40本の矢を次々と放ち続けた。

 20本目――中指にずきんと鋭い痛みが走る。

 血がにじみ、弦が滑る。

 それでも彼女は歯をぎりっと食いしばり、すぐに構え直す。

 30本目――指から血がぽたぽたと滴り、弓を赤く染める。

 敵はすでに撤退の構えを見せていた。


 気がつけば20頭の馬が横たわり、落馬した騎士たちは生き残った仲間が抱え慌てて下がっていく。

 破城槌も放置され、敵全体が後退を始めた。


 前線から歓声が上がった。

「勝ったぞ!」

「敵を追い払った!」


 最後の矢を放ち終え、アリスティアは弓を下ろした。

 がくりと膝が震え、大きく息を吐く。

 指の痛みが遅れて襲ってくるが、唇が自然と緩む。

「……誰も、死なせなかった」

 瞳に熱いものが込み上げ、頬を伝った。


 高台から見下ろす敵の退却は事実上の完全勝利だった。


 アリスティアは立ち上がり、仲間たちを見下ろした。

 皆の顔に、疲れと安堵と誇りが混じっている。

 彼女は小さく頷き、レオハルトに伝えた。

「……みんな、よく耐えたわ。ありがとう。でも、まだ終わっていない。負傷者の捜索を始めて。味方も、敵も……生きている者がいたら助けるのよ」


 その言葉に、レオハルトの目が一瞬驚きに揺れたが、すぐに頷き返した。

「はっ! 了解しました!」

 レオハルトが走って指示を伝えに行く。

 アリスティアは壁に背中を預け、自身の手を見つめる。


「無茶してわるかったな、アリスティア」

 手がその声に応えるように、ドクンを脈打った。



 少し時が立ち、部下の一人が高台へ駆け上がってきた。

「副司令補佐! 敵の負傷者の中に……少年がいます! 騎馬から落馬したようで気絶しています!」


 アリスティアは、すぐに現場へ急いだ。

 戦場の草むらに華奢な体躯の少年が倒れていた。

 12歳ほど。

 銀髪が泥に汚れ、赤い瞳は閉じたまま。

 息は浅いが確実に胸が上下している。

 彼女は少年を見て息を呑んだ。


 令嬢は部下に命じた。

「この子を要塞に連れて行きなさい。治療をしてあげて。……敵とはいえ子供よ」


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