第37話「始まりの洞窟と、暴露される黒歴史」
温泉宿を出た僕たちが向かったのは、人里離れた山奥にある『始まりの洞窟』だった。
ここは僕が10年前、日本からこの世界に転生し、女神エリスからチート能力を授かった場所だ。
ここなら、セレスティアを縛ろうとする「透明な糸」の正体や、女神の真の目的についての手がかりがあるかもしれない。
「ここが、ヴェインが修行してた場所なの?」
「ああ。僕の……そう、『原点』とも言える場所さ」
僕は神妙な顔で答える。
洞窟の奥には、神秘的な青い光を放つ巨大な鏡――『真実の鏡』が鎮座していた。
この鏡は、覗き込んだ者の「過去」や「深層心理」を映像化して映し出すアーティファクトだ。
「わぁ、綺麗……! 私の過去も映るのかな?」
セレスティアが鏡に近づく。
鏡面が波打ち、幼い頃の彼女の姿が映し出された。花畑で転んで泣いている幼女セレスティア。そこに少年時代の僕が現れ、手を差し伸べるシーン。
「懐かしい……! 私、ヴェインに助けてもらって、それがきっかけで仲良くなったんだよね!」
セレスティアが頬を染めて感動している。
美しい思い出だ。……表向きは。
だが、次の瞬間。鏡の焦点が、その「背後」にいた少年時代の僕へとズームアップされた。
鏡の中の僕は、陰湿な笑みを浮かべ、手には一冊のボロボロのノートを握りしめていた。
そのノートの表紙には、デカデカとこう書かれている。
『計画書:チョロい勇者を育成して、俺だけ楽をする完璧な人生設計』
――ッ!?
僕の全身から冷や汗が噴き出した。
あれは……転生直後、まだ中二病を引きずっていた僕が書き殴った「黒歴史ノート」!
鏡は空気も読まず、当時の僕の独り言(思考音声)を再生し始めた。
『ククク……見つけたぞ、SSS級の素質を持つ少女を。こいつを俺好みの勇者に仕立て上げれば、俺は安全圏から高みの見物ができる……! まずはスライムをけしかけて、吊り橋効果で好感度を稼ぐか……』
絶体絶命だ。
これがバレれば、「運命の出会い」は「仕組まれたマッチポンプ」になり、僕は「優しい幼馴染」から「最低の詐欺師」へと転落する。
セレスティアの目が点になっている。
「え……? 育成……? スライムをけしかける……?」
「あー、いや、それは……!」
弁解している暇はない。
僕は鏡の背後に回り込み、そこから伸びる『真実の投影』の因果の糸を、指がちぎれるほどの勢いで引っ掴んだ。
ジョキン。
『冷酷なマキャベリズム』の切断。
そして、『不器用すぎる献身愛』への書き換え。
「過去の僕は、計算高かったんじゃない。……ただ、素直になれなかっただけだ!」
僕は因果をねじ曲げ、ノートのタイトルと音声データをリアルタイムで上書きした。
ピピッ。
鏡の中の映像が切り替わる。
ノートの表紙:『未来日記:大好きなセレスちゃんを世界一幸せにするための100の方法』
音声:『あぁ神様……! なんて可愛いんだ彼女は! 僕のような汚れ役が隣にいていいのだろうか? いや、彼女を守るためなら、僕はあえて悪役(スライムを配置する係)になろう! 嫌われてもいい、君が笑ってくれるなら……!』
映像の中の僕は、木陰で涙を流しながら、セレスティアの幸せを祈ってスライムを配置する「悲劇のヒーロー」のような演技(捏造)を始めた。
「……っ!!」
セレスティアが息を呑んだ。
「ヴェ、ヴェイン……! そんな……私、知らなかった……! ヴェインがあんなに苦しんで、私のために裏で動いてくれてたなんて……!」
「ああ、恥ずかしい過去だ。……君に嫌われるのが怖くて、あんな回りくどいことを」
僕は遠い目をして(心の中でガッツポーズをしながら)言った。
セレスティアの目から涙が溢れる。
彼女の脳内では、「怪しい策略」が「深すぎる愛ゆえの行動」へと美しく誤変換された。
「ごめんね、気づかなくて……! 大好きだよ、ヴェイン!」
セレスティアが僕に抱きつく。
危機は脱した。むしろ好感度が限界突破した。
その横で、他のメンバーも鏡を覗き込んでいた。
「……私の過去も見る」
クロエが鏡の前に立つ。
映し出されたのは、路地裏でミルクをねだる野良猫時代のクロエ。
「……にゃあ」
可愛い。全員が和んだ。
「私の原点……それは初めてお金の味を知った日ですわ」
ミレーヌが覗く。
映し出されたのは、父親の財布から小銭を抜き取り、完璧な笑顔で誤魔化す5歳のミレーヌ。
「英才教育……!」
全員が戦慄した。
「私の過去……見たくないけど見たい……」
ヴァレリーが覗く。
映し出されたのは、初めて鎧を着た日にタンスの角に小指をぶつけ、至福の表情を浮かべる少女時代。
「生まれつきか……」
全員が納得した。
◇
黒歴史の露呈という最大のピンチは、さらなる絆の強化という結果に終わった。
だが、僕が鏡のデータを改竄した際、一瞬だけ「ノイズ」が混じった。
鏡の深淵に、一瞬だけ映り込んだ奇妙な文字列。
――『System Error: Goddess "Eris" is currently Offline.(女神エリスは現在オフラインです)』
――『Alternative Program "Nemesys" is Active.(代替プログラム"ネメシス"が稼働中)』
(……エリスがオフライン? ネメシス?)
僕はセレスティアにバレないよう、その文字列を記憶に焼き付けた。
やはり、何かがおかしい。
女神が不在? じゃあ、今この世界を管理しているのは誰だ?
謎が深まる中、オメガが「不審なエネルギー反応ヲ検知」と警告を発する。
洞窟の外に、招かれざる客が待っていた。
(第37話 完)




