【ハクチューム少女】
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♂1:♀2:不問1
明るい少女 ♀ セリフ数:37
冴えない男 ♂ セリフ数:47
眼鏡をかけた女性 ♀ セリフ数:9
ナレーション 不問 セリフ数:20
[あらすじ]《15分半程度》
「君の描く絵は気持ち悪いね」
そんな風に言われても、笑ってた。「そうかな」って。だけれど、笑っている奥底では、きっと、そんな事を言うやつを殺してやりたい気持ちでいっぱいだったのだ―――。
【明るい少女】
おぢさん、起きた?
【冴えない男】
…あぅえ?
【明るい少女】
あっははー! 『あぅえ?』だって! 面白ーい!
【ナレーション】
男の情けない声に、腹を抱えて笑う少女。男はよくも分からぬまま、爆笑する少女を眺める事にした。
やがて少女は、ひぃひぃと引っ張られているような声を出して、落ち着いていっ―――、
【明るい少女】
ひっふ、ふっふっ、ふふふふ…!
【ナレーション】
前言撤回。引き笑いをしながら、ずっと肩を震わせている。
…いつまで笑っているのだ、このよく分からない少女は。
【冴えない男】
……………、楽しい子だな、君は。
【明るい少女】
ブっ…! おぢさんのせいぢゃん! もう、ふふ、笑わせないでよー!
【冴えない男】
『おじさん』じゃない。まだ26だ。
【明るい少女】
シシャゴニューしたら30ぢゃん! おぢさんぢゃん! あははっ!
【冴えない男】
大人が直視したくない現実を、そんな無邪気に突きつけてくるな。…はぁ、とりあえず…ここは何処なんだ?
【ナレーション】
少女のテンションに段々と慣れてきた男は、起き上がって周りを見渡す。
コンクリートで出来た壁に囲まれた、何とも殺風景な部屋だ。
家具や装飾も見当たらず、途切れ途切れの光を灯す蛍光灯が天井からぶら下がっていた。
これは部屋というより、箱だな、と男は考え至る。
【明るい少女】
さあ? アタシもよく分かんない。そろそろ迎えに来るって事しか聞いてないもん。
【冴えない男】
迎えに来る? 聞いたって誰に。
【明るい少女】
声が聞こえたの。えっとね、放送? アナウンス? みたいな感ぢの。女の人の声だったけど、肉声ではなさそう。
【冴えない男】
なるほどな。
つまりは、『詰み』ってやつか。
【ナレーション】
ならば、その『迎え』が来るまで、手持ち無沙汰という訳だ。
男は少女をチラリと見た。
【冴えない男】
君、名前は?
【明るい少女】
エ…。おぢさん…知らない人にコヂンヂョーホーは教えちゃいけないって教わらなかったの?
【冴えない男】
…、君はアレだな、……しっかりしているな。
【明るい少女】
今、色々言葉飲み込んだでしょ! まあ、いいけどぉ。
それよりさぁ、おぢさんって、絵を描く人ぉ?
【冴えない男】
どうしてそう思うんだ?
【明るい少女】
だってぇ、指汚れてるよ? それ絵の具でしょ?
【冴えない男】
ああ…、これか。
まあ趣味みたいなもんだよ。
【ナレーション】
唐突な話題変換に、男は戸惑いながらも自分の手元を見る。
綺麗とは言い難い指先に苦笑した。
【明るい少女】
どんな絵、描くの? おぢさん何か絵、ヂョーズそう! 指細いし!
【冴えない男】
だいぶ偏見だな。…肖像画? …というか、人の横顔をよく描いているよ。
【明るい少女】
横顔? 全部じゃなくて? おぢさん変わってるね。
【冴えない男】
よく言われた。…あと、
【ナレーション】
言い掛けて、男は口淀む。
こんな事、出会ったばかりの少女に零すことでは無いと。
少女が無邪気に、不躾に、色々聞いてくれるから調子に乗ってしまったようだ。
男はわざとらしく、視線ごと顔をずらして「あー、」と話題を変えようとした。
【冴えない男】
君は、…その。ここに来る前は何を?
【明るい少女】
んー…、家に居たような気もするしぃ、何かいっぱい人が居た所に、居たような…気もするしぃ?
【冴えない男】
そうか、…つまり『覚えてない』んだな?
【明るい少女】
そうとも言うよね!
【ナレーション】
ニコリと笑った少女に、肩の力が抜ける。
そう言えば。ふと男は部屋を見渡して思う。
【冴えない男】
この部屋、窓もトビラも無いが、一体どこから迎えに来るんだ?
【明るい少女】
分かんなーい。
ねえねえ、おぢさん。
おぢさん、他にはどんな絵描くの?
【冴えない男】
え。
【ナレーション】
拙い話題変換には流されてくれなかったらしい少女が、改まってそう聞いてくる。
男は、前のめりになっている少女の顔を見て、それから、やはり顔を逸らす。
【冴えない男】
、横顔、以外はあまり描いた事、無い。
【明るい少女】
ふーん。何で横顔なの?
【冴えない男】
…それは、
【ナレーション】
男はまた、口淀む。
あまりに、あからさまな態度だ。こんなもので話題を逸らせると思っていた自分が馬鹿だったと、男は心の中で自身に呆れた。
【明るい少女】
ねえ、おぢさん。
【冴えない男】
…何だ。
【明るい少女】
絵を描くの、楽しくないの?
【ナレーション】
先ほどとは違う、気を遣うような態度に男は口の中で唸る。
そうして暫く考え込んで、男は顔を上げる。
【冴えない男】
君は、…人を殺したいと、思った事はあるか?
【明るい少女】
え。無いけど。…ってか、何急に。おぢさんコワっ。
【冴えない男】
はは…、まあそうだな。
だが、殺意というのは簡単に芽生えるものなんだ。
【明るい少女】
…おぢさん…は、人を殺したいなぁとか思った事…あるの?
【冴えない男】
……ある、…あるさ。
数え切れないほど。
【明るい少女】
それって―――
【冴えない男】
…仕方ないんだ。絵を描いていると、どうしてもそんな気持ちが抜けない。
【明るい少女】
んんん゛〜…。それって、超重くない? おぢさん、ストレスカタってやつで死んぢゃうよ?
【冴えない男】
………そうかもな。
【ナレーション】
負の感情を延々と繰り返す自分は、きっと幼子から見ても滑稽なんだろうと苦笑する。
【明るい少女】
でも何で…人を…そのぉ…殺したい? って思うの?
【冴えない男】
……絵を、笑われたからだ。
【明るい少女】
んぇ? …ああ! おぢさんが描いた絵をって事? 何それ! ひっどい!
【冴えない男】
…そうだな。でもその多くは、悪気なんかこれっぽっちも無いんだ。
相手を貶してやろうなんて、思ってないし。ましてや、自分のせいで描くのがツラくなっているなんて、想像すらしやしない。
【ナレーション】
そこまで言って男は、随分恨み辛みに毒されているな、と己を振り返る。
天真爛漫な少女には酷な話だったかと、彼女に視線を移して、思わず固まった。
【明るい少女】
うぅ゛〜〜〜〜……。
それって、すっごく痛いよ…おぢさん…。
【ナレーション】
少女は胸を押さえて、蹲っていた。
男は慌てて立ち上がる。
自分が暗い気持ちになっている間に、どこかを悪くしてしまったのだろうか。
【冴えない男】
だ、大丈夫か…!? どこか痛いのか?
【明るい少女】
違う、違う、全ッ然違〜〜う…!!
おぢさんさぁ、考えすぎってよく言われなーい? それかマヂメとかぁ。
【冴えない男】
まあ……たまに。
【明るい少女】
自分の描いたものをさ、そーゆー風に言われちゃうのは、すっごくツライ事だけどさぁ。
おぢさんヂシンはどうなのさ〜…って話! っていうかさぁ、そんな事言ってくる奴らの事考えなくて良くない? 悪気はないんだろーとか、貶す? 気はないんだろーとか。
そーゆー事言われて、おぢさんが傷ついたー! で済む話ぢゃん?
【ナレーション】
怒涛の勢いで喋り出す少女に、男は戸惑う。耳に流れてきた言葉を、ゆっくり少しずつ咀嚼して飲み込んで、少女を見た。
【冴えない男】
君は、………やっぱり、しっかりしてるな…………。
【明るい少女】
あー! それそれ! おぢさんさぁ! ヂブンの言いたい事、いっぱい飲み込み過ぎだよ! おぢさんにシツレーな事言う奴らはさ! おぢさんが傷付くかもしれないとか、考えて無い訳ぢゃん!
おぢさんもさ! もっと、ヂブンカッテでいいんぢゃないの?
【ナレーション】
自分を指差しながらそんな事を言う少女に、男は目が点になる。
こんな訳の分からない空間で、自分に対して本気になってくれている少女に困惑した。
と同時に。
少女に言われた言葉を考える。
自分勝手に、とは。
やった行動への責任なぞ、発生しないと思っている人間のする事だ。
もう充分大人になってしまった自分には、少し難しいかもしれないと、また考え至ってしまう。
【明るい少女】
あ゛〜〜! もう! またムズかしく考えてる! そーゆー所がマヂメで、ユウズウがきかないって言われるんだよ!
【冴えない男】
…まるで、知った風に言うんだな。
【明るい少女】
絶対そうだって思っただけ!
【ナレーション】
鼻息を荒くして、怒っている様子の少女に、男は何とも言えずに、情けない笑いが零れた。
◯
絵を笑ってきた連中に、最初は腹が立つ事もなく、「そうだろ?」と同じような笑みで応えていた。
けれど、それが繰り返されるうちに。
消化できていたはずの感情が、行動が、ほんの少しずつ心の奥底で積み重なっていき、ある日突然…爆発した。
途端に、自分の描き上げた絵にすら嫌悪が湧いた。こちらを真っ直ぐ見つめる、存在しない人物が気持ち悪くて仕方なかった。
だけれど、絵を描く事自体は嫌いになれず、直視できない顔を背けるように、横顔を描いた。
◯
少女の言葉を再度考え直した男は、そんな“始まり”を思い出して、口を開いた。
【冴えない男】
………。
横顔だけを描いて、それが評価されて安心できたのは…“逃げ”を正当化されているようだったからだ。
【明るい少女】
……へっ?
【冴えない男】
…笑った人々の声を聞きたくなくて、真っ直ぐ見つめてきた“あいつら”の声も、無理やり閉じて。
【明るい少女】
……………。
【冴えない男】
…悪気が無い嘲笑を怒ったところで、こちらの頭がおかしいとでも言いたげな態度を取られて。
【明るい少女】
……………。
【冴えない男】
(声を震わせて)
………殺してやりたかったのは、その嘲笑を受け入れた自分だ。
「気持ちが悪い」、そんな声を信じて自分が描いてきたものを信じなかった、自分自身だ…!
ああ……、何て馬鹿な奴なんだ、僕は…。
【ナレーション】
頭を抱え込んで、蹲った男は、だけれど、自分の手を握る存在に気が付いて顔を上げた。
【明るい少女】
……おぢさん。
【冴えない男】
……あ、
【明るい少女】
みんな、言ってるよ。
“大丈夫”って。
“待ってる”って。
【冴えない男】
……な、にを……、
【明るい少女】
“貴方が、私達をまた見つめ直してくれる日を、ずっと、ずっと、ずぅっと、…待ってるよ”って。
【冴えない男】
……きみ、は……
【明るい少女】
…アタシも待ってる。ヂブンカッテなおぢさんに会えるのを、ずっと、ずぅっと!
アタシ達はダイヂョウブ。
今度は…おぢさんが、…貴方が。ヂブンを許してあげる番だよ…!
◯
【冴えない男】
………あ………?
【眼鏡をかけた女性】
あら、先生。もう起きたんですか? まだ30分しか経っていませんよ? もう少し仮眠なさいますか?
【冴えない男】
……かみん……?
【眼鏡をかけた女性】
もう。寝惚けていらっしゃいますね? あと一時間半程で開場ですよ。
【ナレーション】
のっそりと起き上がった男の隣で、パソコンを弄るのは、眼鏡をかけた聡明そうな女性だ。
彼女が誰かを思い出した男は、ぐ、と伸びをして口を開いた。
【冴えない男】
……ああ、そうか。…今日は…。
【眼鏡をかけた女性】
横顔絵師と呼ばれた貴方の個展です。まあ、今回の目玉はいつものじゃありませんけどね。
【冴えない男】
……ああ、そうだな。あれは…この日の為に描いたものだからな。
【眼鏡をかけた女性】
ねえ、先生?
【冴えない男】
どうかしたか?
【眼鏡をかけた女性】
結局今日まで教えてくれませんでしたけど、ずっと横顔しか描いて来なかった先生が、今回の個展の為に仕上げたあの絵…。
何か思い入れでもあるんですか?
【冴えない男】
…思い入れ、というより。
……ああ、
【ナレーション】
男は、どこかで会ったかもしれない誰かの声を思い出す。
“自分勝手でいい”と。告げてくれたお節介な誰かを。
【眼鏡をかけた女性】
先生? どうか、されました?
【冴えない男】
……。
いや、何でもない。
僕のせいで、随分待った子達との待ち合わせだな。
【眼鏡をかけた女性】
……? 相変わらず不思議な事を言いますね。まあ、先生が満足そうなので深くは聞きませんけど。
それに良いですね、あの絵の表情。
すごく明るい少女って感じで。
でも…タイトルが…少し寂しい気がします。
【冴えない男】
…良いんだ、それで。
【眼鏡をかけた女性】
ふふ…。
【冴えない男】
? 何だ?
【眼鏡をかけた女性】
何だか先生、嬉しそうなんですもの。何か良い夢でも見たんですか?
【冴えない男】
ああ。…すごく、良い夢だったよ。
【ナレーション】
―――横顔しか描かない事で有名な絵師が開いた個展にて。
歯を見せて楽しそうに笑う少女の絵が話題になった。
横顔ばかり飾られていた室内で、目立っていた理由は一つ。
その絵の少女は真っ正面を向いていたのである。
その日から、絵師は横顔以外も描き出したという。
それは少し歪で、賛否の分かれるものだったらしいが、絵師は気にせず、描き続けた。
やがて寝たきりになり、絵も描けなくなった彼は、あの個展で飾った少女の絵を傍らに置き、静かに息を引き取ったという。
少女の絵の題は
『白昼夢』。
どうか、彼の魂が安らかに眠らん事を祈って―――。
STORY END.




