境界という贈り物
「わたし」とは何だろう。
人は生まれたときから、
「わたし」と「あなた」がいる
世界で生きています。
うれしい日、
かなしい日、
誰かを愛おしいと思う日。
その一つひとつの体験を重ねながら、
わたしたちは「わたし」という存在を知っています。
もし、境界がなかったら。
もし、すべてがひとりだったなら。
この物語は、そんな小さな問いから始まります。
答えを伝える物語ではありません。
問いとともに歩き、あなた自身の答えを見つける旅になれば、
それ以上にうれしいことはありません。
なぜ、「わたし」は生まれるのだろう。
もともと、すべてはつながっていた。
ひとつであり、満たされていて、境界のない世界。
そこには安心があり、すべてを知っていて、愛が土台にあった。
けれど、
そこからわたしたちは、あえて「わたし」という境界をもった。
「あなた」と「わたし」が分かれ、違いが生まれ、
個としての体験が始まった。
うれしい。
かなしい。
さみしい。
愛おしい。
さまざまな感情を通して、
わたしたちは、
自分がどんな存在なのかを知っていく。
違いがあるから、
自分にない個性に出会える。
違いがあるから、
多様性にふれることができる。
違いがあるから、
認め合うことを学ぶ。
そして、
その先で、
愛は、
より深く育っていく。
自我とは、
分かれるためのものではなく、違いを通して、
つながり尊さを知るための贈りものなのかもしれない。
そのとき、
静かにひとつの問いが降りてきた。
ーーでは、なぜ人は、こんなにも深く眠るのだろう?
この物語を書きながら、わたし自身、
何度も問い続けていました。
「なぜ、人は深く眠るのだろう。」
眠ることにも、
迷うことにも、
境界を持つことにも、
きっと意味がある。
違いがあるから出会える人がいて、
違いがあるから愛を知ることができる。
そして、その旅の果てに、
「本当は、ずっとつながっていたんだ。」と
思い出す日が来るのかもしれません。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。




