第2話『記憶にある人物』
――これが俗に言う異世界転移ってやつか?
異世界へと渡ったヨナギ・カナタは脳内でそう思い浮かべた。
異世界に渡ったのは何が原因だろうか。――あの男に会ってからだ。どうにかして、元の世界に戻らなければ。
「――大丈夫か? 見ない格好だけど。――どこから来た?」
「あ、俺は異……」
そこまで言って、カナタは止まった。このまま言って良いのだろうか。どう考えても、変な奴だと思われるに決まっている。もし自分が同じ立場になれば、引いている様子に確信がある。
こんなわけのわからない世界を一人で過ごせない。そのため、今は何も言わないことにした。
「あ、えっと……。――ッ!? あ、う……」
「!? どうした!?」
突然、悲鳴を上げ、頭を抑えて地面に倒れ込んだカナタ。その身を心配するように、少年はしゃがみこみ、背中を支えてくれた。
――ああ、またか。そうカナタは思った。子供の頃から、カナタはよく頭が痛くなることがあった。だが、病院では何の問題もないとずっと言われた。
ただ、カナタはフォトグラフィックメモリーという、見たものを写真のように思い出せる記憶を生まれつき持っているのだ。
そのため、必要のない情報が多すぎて脳が疲れているのでは? と言われたことがある。
だが、カナタ自身はそう思わない。だって、頭痛がする時はいつも知らない映像が頭に浮かぶのだ。
それは、彼の人生で一度も見たことがない。
見るものの種類としては、真っ赤に染った空、知らない人物、地球には見えない空間など様々だ。
そして今回は、真っ白の髪と瞳を持つ少年少女が脳内に浮かぶ。
「痛ぇ……」
一度この状態になると中々治まらない。頭を抱え、地面に伏せる。――だがその瞬間、痛みはスっと引いたのだ。
「あ、れ? 痛みが消えた……」
「これで大丈夫そうだな」
「え? 何かしたの?」
「まあちょっと。頭痛を治したから。今だけだけどな」
やはり異世界だし、そんな事まで出来るのか……。そう感じながら、痛みが引いた頭を持ち上げる。そこには当然、少年と少女の顔が映るのだが……カナタは思わず「え?」と口にした。
「どうしたの?」
「あ、いや、なんでも、ないです」
カナタの返答を聞いた少女は「ふぅん」と反応し、腕を組む。二人の顔を見て、カナタは唾を飲み込んだ。
なぜなら、今の記憶にこの二人の顔があったのだ。あと二人いたが、それはここにいないようだ。
だが、今のような姿ではなく、髪と瞳が真っ白だった。ただのそっくりさんなのか、この人たちなのか。
でも、なんで今会ったばかりの人たちが記憶に出てくるのか。
――やめだ。どうせ考えても分からない。一旦思考を放棄して、カナタは口を開いた。
「俺、この辺のことよく分からなくて。良ければ紹介してくれませんか?」
「――」
二人は目を合わせると、カナタを見つめ、「良いよ」と言った。
「良いんですか? ありがとうございます」
「敬語じゃなくて良いよ。あ、そうだ。名前は?」
少年がカナタの手を取り、そう言った。するとそれに答えるように、
「えっと……夜凪叶向。二人は?」
とカナタは言った。
「――俺はライン。よろしくな」
「私はセツナ。これの妹だから」
「これって言うなよ……。ま、良いか。町の紹介だったな」
「うん、よろしく」
そして、ライン、セツナと名乗った少年少女と共に、カナタは異世界の探索を続けた。
◆◇◆◇
「とまあ、こんな感じか。町の紹介とか得意じゃなくてさ、これくらいで大丈夫か?」
「うん。大体分かった」
ラインとセツナのお陰で、世界のことを大体分かった。そんなに多くの場所に行ったわけではなく、商店街に行ったり、魔法学園を遠くから見たりなどと、かなり貴重な体験が出来た。
――だが、あまり驚きはしなかった。なぜなら、所々、頭痛中に見る景色と似たようなのがあったからだ。
(異世界ってこんな感じなんだな……。てか、言語が通じて良かった……。文字は知らないのばかりだったけど)
異世界に来た身としては、やはり言葉が通じるというのが一番安心する。書いてる文字は何言ってんのか全く分からないが、話すことや聞くことが出来るのは孤独を癒してくれる。
――と、もう夜だ。陽は沈み、少し肌寒い。野宿をする訳にはいかないが、泊めてと彼らにお願いするのも厚かましい。どうすれば良いかと悩んでいると、それを察したのか、ラインが口を開けた。
「――俺らの家泊まるか? 部屋はないけど……」
「い、良いのか? じゃあ頼む」
二人に頭を下げ、彼らについて行くことにした。他愛もない会話をしながら着いたのは、
「――でかくね……?」
めちゃくちゃでかい屋敷だった。こんな広い屋敷、見たことがない。視界に屋敷と庭園が収まり、呆然と立ち尽くしていると、二人とも歩き進めた。
カナタもまた、左右を確認しながらついていく。すると、巨大な扉が音を立てて開いた。
「お帰りなさいませ、ライン様、セツナ様。――と、ヨナギ・カナタ様、でよろしいでしょうか?」
「え」
目の前には、長い銀髪をリボンで結んでいる猫耳としっぽがついた美少女がいた。そして黒と白のメイド服で着こなしていて、一目見ただけでメイドだとわかった。
これが獣人というものなのだろう。
こんな豪華な家にはメイドが付き物なのか。
――それよりも気になることがある。どうして、彼女はカナタの名前を知っているのだろうか。
「えっと、なんで俺の名前を?」
「私が教えた」
カナタからの問いを、セツナは答えた。いつ? どうやって? という疑問も残るが、まあ深く聞くことはやめた。
「どうぞ」
「あ、どうも。――すっげぇ……」
メイドに促され、ゆっくりと屋敷に足を踏み入れた。なんというか、もう凄い。よく分からない模様の描かれている絨毯や、いかにも高そうなソファー、天井にくっついている、ピカピカのシャンデリアなどと、驚くものばかりだ。
「ちょうど晩御飯なので、食べますか?」
「あ、良いんですか? じゃあお言葉に甘えて……」
メイドが手を丁寧に向けた方向に、ラインとセツナは歩いていく。カナタもそれについて行くと、これはまたデカい机と椅子があった。そして、そこには――
「おかえり二人とも。――その人がヨナギ・カナタ君?」
「おかえりラインお兄ちゃん! セツナお姉ちゃん!」
「えぇ……」
ラインとセツナと瓜二つの顔が、二つ。性別や背丈、髪型、目つきなどちょっとした違いはあるが、見分けがつかないくらいよく似ている。四人も同じ顔がいて、言葉が出ずにいると、ラインが肩を叩いた。
「俺ら四つ子だからさ。似てるだろ? あれが弟のアレスで、あっちが妹のレンゲ」
「よろしく」
「よろしくねー!」
「あ、うん。よろしく」
ラインに紹介してもらった二人はそう答えた。賢そうに見える少年がアレス、元気いっぱいで、腰くらいまで赤髪が伸びている少女がレンゲという名前らしい。
四つ子というのにも驚いたが、なんということだろう。
この二人を見て、息を飲んだ。
なぜなら、先程頭痛が起きた時に見た四人がこの四つ子だということに気づいたからだ。
会ったこともない人の記憶が、ここまで忠実に頭にあった。違うところといえば、髪色と瞳の色だけ。こんなこと有り得るのか……?
「あ、ど〜ぞど〜ぞ〜。座ってくださいね〜」
振り返ると、今度は別のメイドがいた。金髪のツインテールの何やら気だるそうな美少女。こちらは、もう一人のメイドのように猫耳やしっぽはないようだ。
促されるまま、ラインとセツナと共に席についた。目の前には、今日は誕生日かクリスマスなのか? と思えるほど豪勢な料理がたくさんあった。まあ、六人もいれば大した量ではないのかもしれない。――一人暮らしのカナタには、分からないが。
「ラインたちは毎日こんな凄い料理食べてるの?」
「そうだな。セレナとエルフィーネとアス――が作ってくれるし。あ、猫耳としっぽある子がセレナで、気だるそうな子がエルフィーネね?」
と、ラインから名前を教えてもらった。毎日二人がこんな美味しそうな料理を作ってくれるのか……。凄いとしか言いようがない。
――セレナとエルフィーネも席に着くと、全員が両手を合わせ、「いただきます」と呟いた。
(この世界にもそれあるんだ……)
と、ちょっとした驚きがカナタを襲う。
――料理が美味しい。全部が驚くほど美味いのだ。一人暮らしのため、コンビニ弁当の食事が多かったカナタにとって、涙が出るくらい美味かった。
「――そんなに美味しいですか? 良かったです」
「めちゃくちゃ美味しいよ」
久しぶりすぎて、少し夢中になって料理を食べているカナタ。だから彼は気づかなかったのだ。
「――――」
廊下の角に身を潜め、値踏みするようにカナタを見つめる、白銀の髪と瞳を持つ女性がいた事を。




