第17話『家族』
コンコン。そう扉が外側から叩かれた。ラインがすぐに玄関に向かおうとすると、それよりも早く、一人の女性が玄関に向かった。
そして、扉をゆっくり開ける。
「こんにち……は? え?」
扉を開けた先にいたのは、ヨナギ・カナタだ。魔法学園への入学試験が終わり、ここまでやって来たのだ。
一番最初に、カナタの目に入ったのは、赤髪を腰下まで伸ばした緋色の瞳を持つ美しい女性だった。
困惑した表情で固まるカナタ。家を間違えただろうか? いや、こんなに大きい家はここ周辺にはない。間違えるはずなんてないが……。
そう心配になるカナタの耳に、聞き覚えのある声が響いた。
「あれ、カナタじゃん。どした? 今日は入学試験だっただろ?」
それは、目の前の女性と同じく、赤髪と緋色の瞳を持つ少年――ラインだ。どうしてカナタが来たのか不思議そうにしていると、カナタは話し始めた。
「グレイスが、俺の願書をライン達が書いて出してくれたって言ってて。あと、試験結果が明日ここに来るらしくてさ」
「ああ、住所をここにしてたもんな。まあ入って」
「うん、ありがとう」
ラインに連れられ、リビングにあるソファーに向かう。
「座って」
指さされたソファーに深く腰をかけると、ラインは目の前にあるソファーに座り、
「私もここに座ろうかしら!」
と、カナタを玄関で出迎えた謎の女性が彼の隣に座り、くっついた。
「……で、試験はどうだった?」
(……いや、この状況で普通に話すの!? 誰その人!?)
何事も無かったかのように話をしようとするラインを見て、カナタは心の中でそう叫ぶ。女性のことが気になりすぎて、チラチラ見ていると、女性は気づいた。
「あら? 私のことが気になるの?」
「え!? あ、は、はい。前に来た時はお会いしてないので、どちら様かな? と思いまして……」
「私の名前はルナミアよ。誰だと思う?」
……え? まさかの質問返しをされ、固まってしまう。会ったこともないのに誰と答えるのはちょっと無理だ。
しかも、「誰だと思う?」ってどういう質問だろうか。
名前は彼女自身で言ったので、そういうことでは無い。
ということは、彼女がラインたちとどういう関係かという質問だろうか。
(ラインと仲良さそうだし、セツナたちも何も思ってないみたいだし……)
周りを見渡すと、椅子に座り、兄のアレス、妹のレンゲとともに話しているセツナを見つける。ここまで無関心と言うことは、彼らとも関わりがある人だということは間違いない。そもそもここにいる時点で関わりはあるに違いない。
そして、カナタが考え出した結論は――
「えっと……ラインの恋人さんですか?」
「……は?」
まっさきにラインが反応し、怪訝な顔でカナタを見つめた。
違うのか。そう思って、また考え続ける。
(恋人じゃないってことは、誰だ? ラインたちよりは年上だもんな。うーん、お姉ちゃんとかか?)
「姉ですか?」
「どっちも不正解ね。私はこの子達の母親よ」
「……は?」
今度はカナタが固まってしまう。どう考えても、誰かの親とかいう年齢に見えない。綺麗すぎる。顔にも手にもシワひとつない。
「え、ラインって十六歳だよな?」
「ああ、そうだよ」
それなら、二十歳に彼らを産んだとしても三十六歳。――いやどうみてもそうは見えない。二十代前半から半ばにしか見えない。三十代にはというより、二十代後半にすら一切見えないほどの女性なのだ。
「え、何歳……ですか? ――ハッ!?」
しまった。そう思った。女性に対して年齢を聞くのは禁句だろう。聞いちゃいけないことを聞いてしまった。そう思って、訂正しようとするカナタより先に、ルナミアの口が開いた。
「そうねー。何歳かしら? えっと……あ、今年で四十一歳ね。今はまだ四十歳よ」
もう意味がわからない。なんでこんなに綺麗なのだ。異世界だし、なにか特別なスキンケアとかあるのだろうか。
「そんなに驚いてどうしたのかしら?」
驚きすぎて声も出ないカナタに、ルナミアは尋ねた。
「あ、いえ……。凄く若く見えるので驚いてしまって……すみません」
「あら、嬉しいわね。まあ、私たちは吸――!?」
「お母さん? ちょっとこっち来ようか?」
何か言おうとした瞬間、その口をセツナによって止められた。
「えー。ラインと離れたくないのに!」
「暑いから連れて行って良いぞ、セツナ」
「なんでよー!」
「はーい」
そして、しょんぼりしながら息子から離れるルナミアを、セツナはどこかへ連れて行った。
「はぁ、悪いな。最近は父さんが忙しくて家にいないから、よく絡んでくるんだよ。寂しいのかもな」
カナタにはそう言ったが、ラインは「ん?」と何か疑問を思い浮かべたかのような顔をする。
(父さんがいてもいなくても、母さんは絡んでくるよな? もしかしてあんまり関係ない?)
と、ラインは心の中で感じた。どちらにせよ、母のルナミアが彼らに絡んでくるのは変わらないようだ。なんと仲睦ましい親子だろうか。
「へぇー。仲良くて良いな。俺は両親と離れて暮らしてたから、全然会えなかったし、親が家にいるのは羨ましいな」
「一人で過ごすって寂しいのか?」
「うーん、もう慣れたな。何年もこんな感じだし平気だよ」
――全て本当だ。だが、平気……とは言えないかもしれない。離れて暮らし、家にいなくても、週に四回はビデオ通話をかけてくる両親だったし、カナタはほんの少しだけ「もう少し一人にしてくれてもいいのに」と思っていた。
だが異世界転移し、両親からの通話がかかってくることはもうない。カナタがこうしてここで過ごしている時間も、元の世界は同じ時間だけ過ぎているのだろうか。
(一人の生活には慣れてる。寂しくなんてない。なんて思ってたけど、そんなこと……なかったな)
やはり、異世界で一人というのは違う。都合が合えば、会うことが出来たはずの両親とも、今はもう顔を見ることすら叶わない。
「……どうした? なんか落ち込んでる? 顔色悪いぞ」
「え? いや、大丈夫だよ。考えてただ……け……」
カナタの顔色を察してラインは心配するが、カナタは平気なように振る舞う。しかしその瞬間、カナタはソファーにバタッと倒れた。
(この、タイミングで……!? くっ……そ……)
カナタを襲ったのは、頭痛だ。それも、これまで以上に強いものだった。頭に電気が走るような痛みがし、カナタは意識が段々と消えて行き、横に倒れる。
「おい!? どうした!?」
――最後に目に映った景色は、心配して近づくラインの顔だった。
それと同時に、玄関の扉がノックされる音が、耳に入った。




