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第14話 解れ

「最もふさわしくない、クリエイターですか」


ラスト・クリエイター。それについて花道蒼海は自分で喉を締め付けるように語った。

「僕らはLCと呼んでいるけれど。LCが創造するものは、不愉快で、嫌悪感を抱かせる楔。それが頭に突き刺さって、ふとした拍子に思い出すようなそんな経験です。なぜ最もふさわしくないのか。それは死を用いているからに他なりません」


「死を用いた経験、」

「自殺のことです。なぜ、そんなことをしているのか、それぞれに意図するところがあるようですが。自殺志願者を使って、日常を送る人たちの脳裏に死を刻みつける、それがLCの目的でしょう」


「蒼海さんは、どこまで知っているのですか?」

「私も詳しくは...。最近、やけに活発になってきたので、かなり調べたのですが、情報管理が厳重で。ただ、珊瑚の所属してる同好会。彼らは組織の一部であり、アーカイブと呼称されているようです」


「アーカイブ、ですか」

「自殺者の動画をかき集め、保存する。目的は明白です。その動画を使って、日常を送る人たちの脳裏に死を刻みつけるためでしょう。現在は準備段階のようですが、私が集めた記録は十分役に立つでしょうね」

「僕は、蒼海さんがそれを望んでいるとは思えないのですが」


「望む、望まないという話ならば、望んではいません。あれは何の工夫もない、ただ灰色の部屋で同じような自殺を繰り返す人間たちそのままの動画です。流れるように死ぬ訳でもなければ、衝動的な死でもない。どこまでも中途半端な死に方です。迷いながらロープをかけ、時折止まる。美しいものでも、醜いものでもない。感動的なものでも、ましてや破壊的なものでもない。だからこそ、私はそこに人生を感じることができました。編集された自殺に、どんな価値があるのでしょうか」


「それでもLCを抜けない、そうですよね」

「消去者を存続させる、ただの戦略に過ぎません」

「珊瑚さんも巻き込まれる事を知っていて。それでも、それでも消去者を続けなければいけませんか」

「えぇ。消去者は私自身です。珊瑚のいない人生を考えられたとしても、消去者でない人生を考えることは、私にはできないのです」

消去者であることが、花道蒼海の人生。僕はそれに少し美しさを感じた。


---

駅に帰ってきたのは、朝の8時になる頃だった。学生やサラリーマンがいそいそと歩いているのを片目に、僕は電車に乗り込んだ。


ラスト・クリエイター、通称LC、アーカイブ、そして、茂木もぎまこと


この茂木真という男が、3年前、蒼海さんをLCに勧誘してきたらしい。おそらく珊瑚さんに接触したのもこの男の部下だろうと、蒼海さんは冷やかに語っていた。子供を巻き込もうが、老人を巻き込もうが何の躊躇もない。それでも手腕は本物で。消去者を継続させるシステムを作るには、彼の手腕が必要だったと。


少し、比良川に似ている。自分の正義を達成するためには、他人を人形のように操り、利用する。比良川にはそういう所があるのを僕は知っていた。揺れる電車の中、僕は比良川に連絡すべきか、迷っていた。


結局、人の多い電車の中ですり潰されそうになりながら何とか家に帰り着くまで、僕は比良川に連絡しなかった。


「茂木真...か」

僕は、こんな組織のことを知ってどうするんだろうか。モヤモヤとしながら、僕は大学へ向かった。今朝のことを忘れた訳ではない、あの灰色の部屋を僕は明確に覚えていたし、死んでいく木禾さんの姿が瞼の裏から離れることはなかった。それでも僕は、この居場所のない世界に居なければいけない。この居心地の悪い世界で生きていかなければならない。それは僕が咲瀬美澄と交わした約束だった。


教室に広がる穏やかな空気とか、静かな教室に響く教授の声とか。もし、この場で誰かが自殺したなら、この空気はもう少し心地良いものに変わるだろう。


この教室の隅っこで、誰にも知られないようにゆっくりと喉元にナイフを差し込んで、声も立てずにただ僕の首から血液がポタポタと滴る。ぽたっ、ぽたっと、ゆっくりと滴りながら、僕はぐっ、ぐっと力任せに切断していく。しばらくしたら、血の匂いがしてくる。教室はつん裂くような悲鳴とばたばたと忙しい足音で、いつもの冷たい教室ではなく、人の血の匂いのする生温かく優しさに溢れた幸福な教室に変質する。僕の周りには急いで止血しようとする人間が集まって、困ったように辺りを見渡す。それを横目に、僕はこっそりとナイフに力を入れ、素早く死の世界へ旅立つ。そして僕の身体だけがその場に残され、その空間に似つかわしくないおかしな死体がひとつ生まれる。


そんな起こりうるはずもない事を考えていなければ、僕は教室の日常的で穏やかな暖かさを享受できなかった。そんな事ばかり考えてその日の最後の授業を受けていたら、いつの間にか微かな目眩と共に、僕は意識を失っていた。


「文之」

ふと比良川の声がした。いつの間にか授業も終わって、教室の人影もまばらになっていた。僕はすっかり寝ていたらしい。枕にしていた腕が、赤くなっていた。きっと顔にも赤い筋がついているはずだ。


比良川はそんな僕の顔を眺めて笑っていた。夕日が僕の顔を照らしていたから、気づかれないかと思ったけど、バレバレだった。


「昨日は大変だったんだろ?」

「大変...というか。少し疲れた」


結局のところ、僕は比良川に全てを話した。花道珊瑚、花道蒼海、彼ら消去者の事。LCの話。僕が見てきたもの全てを。僕ら以外誰もいない教室の、そこにある空気の冷たさが今の僕には心地よかった。


「とりあえずは、その茂木真だな」

「うん。でも仮名かも」

「大丈夫」

自信に満ち足りた様子で比良川は僕の肩を叩いた。


「それにしても、比良川。どこまで予想してたんだ?消去者のこと。ほら、いつも連絡手段を何重にも用意するのに」

「予想はしていなかった。ただ、必要ないと思っただけだ」


彼の言葉が本当かどうか、僕には分からなかった。


「これは比良川に聞いても仕方がないと思うんだけど...」

「何?」

「茂木ってのは、比良川。君のことなんじゃないの?」


この問いに比良川がどう答えたとしても、僕は何の情報も得ることは出来ない。それでも数年の付き合いのある人間として、ただ違う、という言葉を聞きたいと思った。でも比良川は特に動揺した様子も見せず、小さく息を吐いた。


「...珍しいな」

「何が」

「そうやって、直接聞いてくるのが。いつももう少し遠回りに分かりづらく、相手に悟られないように、少しづつ重ねていくのに」

「気分だよ。何となく、そんな気分なんだ」

「だけど違う。いや、惜しい」


「惜しい...。それは、知っている人間ではある、とかそういう事か?」

「この奇妙な自殺現象の中心に辿り着くための手がかりとなるアカウントの話、覚えているよな」

「千田の共謀者が、さらにそのアカウントを調べる手がかりで。それで花道珊瑚に会いにいった」

「そう。その千田の共謀者が花道珊瑚であり、花道蒼海だった。まぁ、今はもう関係なさそうだがな」

「そして、茂木真がこの奇妙な自殺現象の中心に辿り着くための手がかり、だと分かった」


「そう。そして俺は茂木真を知っている」

「知っているんだ」

「と言っても知り合いではない。俺が一方的に知っているだけだ。茂木真という人物を知っている。そして文之も知っている人間だ」


「僕が?高校の同級生とか、大学の同級生とか、そういう事?」

「文之が見たっていう灰色のカーディガンの男だよ。モテそうな雰囲気で、何だっけ、爽やかな印象がどうこうって。カフェに座りながら外を眺めていたら、自殺した男の後ろを歩いていた男が居たとか何とか。そいつの名前が茂木真だ。状況的に俺たちが探していた人間で間違いないだろう」


監視カメラの録画映像でも見たかのように、比良川は語った。


「どう...」

「どうやって、という質問には答えない。前も言ったはずだ」


それでも僕は聞くことにした。

「そういえば、プログラマのバイトをしてるって言ってたよな。それが関連しているのか」

「今日はやけに強情だな。それにそれは、大手のスーパーの解析をしてるだけだ」

「じゃ、スーパーの顧客情報とか」

「顔写真つきで?」


僕は言葉に詰まった。


「なら、別のバイトで」

「まぁ惜しい...。だが、倒すべき敵を間違えるな。文之、君の敵はLCだ」


僕の敵はLC。


比良川は口の端に笑みを浮かべながら、僕の肩をコツンと叩いた。


敵、味方、どちらでもない人。そういう風に人間はすっぱりと割り切れるものだろうか。そういう風にLCは完全な悪なのだろうか。正義のヒーローにとって、倒すべき敵なのだろうか。その場合の正義ってのは、何だろうか。悪をもって悪を制す。それは正義と言えるのか。


「行きつけのバーは特定済み。月曜日の夜20:30。決まって茂木真はそこにやって来る。後は、簡単だろ、正義のヒーロー」

「僕には正義なんてものはない。それに僕はヒーローでも...」

「人間が死んでいく姿を自分の目に焼き付ける事ができる。その苦しみを耐え抜ける。だから文之はヒーローで間違いない」

「それは、偶然だ。たまたま僕が宮乃さんと知り合って、それが千田に繋がって、そしてあの場所にいたからに過ぎない。僕以外だってやれる、何の能力もいらない。それに、そんなものはヒーローとは呼ばないよ」

「ヒーローだ。さりげなくて、目立たなくて、結構どこにでもいる。そんなヒーローだよ」


「僕はただ逃げられなかっただけで...。比良川も知ってるだろ。僕は、17歳のあのクリスマスの日に、何も出来なかった」

「当然。そしてだからこそ、このLCを破壊するための物語の中心に、文之がいるんだ」


「少し、外に出ないか?」と僕は歩き出した。僕らは誰もいない庭園の、少し冷たいベンチに腰掛けた。まだ疲れが取れていないのか、目の奥が痛む。僕はそっと目を閉じ、深呼吸した。深く、深く。風を感じながら。


僕が17歳だった12月25日。その日は僕にとって、人生で最もあり得ない1日だった。

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