62話 Secret/秘策
どこからか、破滅のにおいがした。第二城壁も抜けられ、文字通り最後の壁によって戦っているような状態だ。一体は何とかラート氏が倒したが、もう一体が倒しきれていない。そのせいで、こちら側の防衛にライディーンは有効な戦力を振り向けられずにいる。ぼく達冒険者PCたちはまだしも、生産職PCがたまたま前線に出てきたときに被害にあうなど、後方への犠牲というのがありえるようになった位置だ。
「さすがにちょっときついわね。どこからか戦力を抽出しないと、そのうち抑えきれなくなるわ。こちらの戦力、物資だって無限にあるわけじゃない。姫様はそのあたり、どう考えているのかしらね?」
頬に一筋の汗をたらしながらも、クリアミラはどこか面白がったような口調でそう述べる。苦戦しているのはポーズだけに見えるけれど、実際、この女性は享楽主義者なだけだろう。
僕の口元にも、呆れの笑みがあったのだから。
「さあね。ぼくにはわからないな」
会話をしながらでも、敵は襲ってくる。ブラッドサッカーだけではない。もっと上等なヤツも襲ってくる。クリアミラとはコンビを組んでいた時期がぼくの中でかなりの期間──というか、今のところほとんどだから、アイコンタクトというものは容易に成立する。暢気に会話をしながらでも倒せる程度の敵しか来ていないというのもあるかもしれないが、とにかく、今は追い詰められながらも、死に物狂いではない。
イベントが始まってから数日がたつ。皆、夜の間にログインすることが増えたからか、昼の間の戦いはそこまで壮絶なものではないらしい。昼の間遊んでいる人たちもいるにはいるようだが、やはり少数派だ。土日休みじゃない仕事をしている人たちなんかがこれにあたるだろうか。
さて、改めて状況を整理してみよう。抜かれるとは思っていなかった第二城壁がなぜ抜けられたのか。そして、じりじりと後退してこうなったのか。戦力比から見ていくと、明らかに我々人類側が不利だ。倒しても倒しても湧いて出てくるような無数の魔王軍に対して、戦力が少しずつ目減りしていくような我々皇国軍。城壁を抜かれないために戦力を分散する必要がある我々と、とりあえず戦力を集中させて壁を抜ければいい魔王軍。
さらに最高戦力が拘束されて火力を最大点に集中できない。うーん、ピンチもピンチ、大ピンチ。
「敵襲!」
鋭い笛の音と、切迫した叫び声が城壁に響き渡る。
「これで何回目かしらね。平押しでも被害が増えるだけなのに」
「でも、こっちに少しずつダメージが入ってる。消耗戦に付き合っていると、いずれは持たなくなる」
「そうね……」
周囲にいた敵を全滅させて出来た、少しの空白地帯。整ったラインの顎に白魚のような指を当てて考え込むクリアミラは、周囲に崩れ落ちた敵モンスターごと、絵になるような光景だった。
「姫様がお持ちの秘策がベールを脱いでくれないとやばいかしら?」
「当てはある、とあの人は言っていたぞ。俺たちはまず目の前の敵を倒し続けよう」
鈍い色に光る鎧兜。取り回しやすい短めの槍と、円盾。スケイル兵団のジャーヴィスだった。
敵の攻撃をかわし、突き、受け止め、殴り。派手さはないが、恐ろしいほど合理的で、後の先を取ることによって、一撃で敵を倒していく様は、熟練と円熟を感じさせた。
言葉と戦い方で、若干浮き足立っていた冒険者とNPC兵士が落ち着きを取り戻す。先の見えない戦いに焦りを感じていたぼくもそうだった。背中で語る男は違うね。
「ふっ!」
円盾で上へ攻撃をそらし、がら空きの首へ一突き。いっそ機械的なまでに淡々と敵が葬られていく。え? あのレベルの攻撃を集団でやってるわけ? そりゃ犠牲者ゼロだわ。
ジャーヴィスの活躍から、奮起したようにNPC兵士たちが敵へかかっていく。ぼくとクリアミラはその一瞬で、乱戦から一端抜け出す。
「出鼻をくじく!」
「付き合うわ」
空間魔法陣を大量に展開。多少の負担はこの際ポーション頼りでいくしかない。魔力砲を押し寄せる空中の敵と城壁に乗り込んできた敵へ発射する。複数の火線が右へ左へ上へと延びていく。
クリアミラはいつもの通りに矢を放つ。鏃ごと空中で爆散させ、そのひとつひとつが竜巻となる。凄まじい暴威が吹き荒れた。
「……あれで、不遇種族というのは納得いかんな」
敵を切り倒しながらも、ぼそっとジャーヴィスが呟く。いやいやいや、不遇という前提で考えるからですよ。
「それは俺も思いますよ!」
上空から声がする。
「てりゃっ!」
上空から氷を撒き散らしながら、青白く光る槍が一直線に落ちてくる。
地面に突き刺さった瞬間に、凄まじい揺れと轟音とともに、眼前が全て凍りついた。
「えっ」「はぁ?」「ん?」
言葉は違えど、困惑という感情は同じだった。ぼく、クリアミラ、ジャーヴィス。呆然とした言葉が、異なる口から零れ落ちたのだ。
まるで、大爆発したかのような爆音と一緒に、何が着地した。砕氷機かという突っ込みは飲み込んだ。
細雹が舞う中で現れたのは、見覚えのある顔。
右手をピッと地面と水平に伸ばし、左膝を地面につき、右膝は立てて、しっかり地面を踏みしめるシルヴァ。
「……膝に悪い!」
「遅れた登場ね、スーパーヒーロー」「親方、空から筋肉が!」
「ぶふっ!」
あまりに派手な登場をしたからか、軽口でごまかすシルヴァ。すかさず茶化したクリアミラと、それに乗ったぼくに、噴出したジャーヴィス。しまらないけど、この方がなんとなくそれらしい。
「しまらないわね」
黒ずくめの衣装に、口元を布で隠す忍者コスチューム。前に会ったときと大分格好が違うけど、シエンさんだった。
短剣を構えている彼女の後ろで凄まじい勢いで敵が切り刻まれていなければ、普通の再会で終わっただろうに、またもぼくらの口はあんぐりと空いた。テニスボールも飲み込めそうだ。
「ぬうん!」
斧を地面に叩きつけ、最後の仕上げとばかりに、凍っていた敵を天高く吹き飛ばす。ドジョーだ。
シルヴァは地面に刺さっていた槍を引っこ抜き、こちらに近づいてくる。
「もう少しで、子爵級をラートさんとハヤトさんが倒します。そうすれば、この攻勢も終わるはずです」
この3人でもライディーントップ3じゃない、というのがライディーンの化け物具合──というよりは、高レベル帯の化け物具合を示している気がする。
「まったく、ライディーンは化け物ぞろいだな」
「一度もダメージを受けていないあなたが言うことではないわ、ジャーヴィス」
ええ……? 十分化け物じゃない……?
クリアミラと二人そろって、地上に打ち上げられた魚のように口をあんぐりと空ける。
「ふん。攻撃の時空をずらして避けるようなお前が言うことか、シエン」
だから、なんでこれでトップじゃないんだ。という疑問は、ぼくも含めた周囲の冒険者が抱いていた心情だったのだと思う。彼らが作り出したチャンスを逃すわけにはいかないと、上空に飛び上がる。
高威力の無属性魔法を連発して、それなり以上に疲弊していたが、シルヴァの言が正しければ、もうすぐ。もうすぐ、戦況はこちらに傾く。姫様が一体何を待っているのかはわからないが、なんとなく予想はついているんだ。
遠くからこちらに進軍しようとしていた魔王軍の一隊を魔法で吹き飛ばしてから、周囲を観察してみる。第二城壁の東側には、急勾配に加えてごつごつとした岩が飛び出した坂。西には森が広がっている。
陰鬱とした圧は未だにやまず、ちくちくと肌を刺す。だが、ハヤトとラート氏、エリアスまでいるのだから、そこまで心配はしなくてもいいだろう。魔法を放ち続けて、遠くからの敵を掃討する。
地上に降りると、相変わらず合理的な動きで敵を倒し続けるジャーヴィスから声をかけられた。
「自信に満ち溢れている顔だな。さっきまでの焦燥はどこへいった?」
妙に面白がっているような顔でそんなことを言うから、ぼくも一緒に口角が上がる。
「いや。確信があるだけだよ」
「そうかい」
「ま、ラートさんが片割れを倒してからしばらく立つわ。そろそろでしょ」
「さすが団員になると違うのね。いっつも一緒にいるからかしら?」
「変な勘繰りをしないで」
言葉尻だけ捉えると喧嘩しているようにも聞こえるけど、両名ともに朗らかな笑みを浮かべて敵を倒し続けているあたり、なんというか、怖い。
ひときわ大きな火炎が、空を切り裂いた。
その瞬間、ちりちりとしたプレッシャーが一気に霧散する。
「やりやがったな。ライディーン」
ジャーヴィスが、一言、そう言った。
どんよりとした重苦しい曇天が、吹き飛ばされていく。天候すらも変わっていく。
鋭い、笛の音。
後ろを振り返ると、姫様の親衛隊が大きな旗を振っていた。
「聞いてる? あれについて」
クリアミラがぼくにそう聞いてくるが、ぼくにもとんと心当たりがない。
ピピピ、ピピピと、通信画面がポップアップ。全間通信だ。通信先はルクレーシャ皇女。
『補給線は延びきった。敵の最高戦力はライディーンが潰した。退路は自ら壊した城壁が絶った。最後に釘を打ち込むだけ。──私の勝ちです』
東から、銀色に輝く一団。背中に太陽を背負っている。……え、太陽!?
魔王軍は、東からさんさんと照りつける光におびえたように、急に動きに精彩がなくなっていった。
「全騎突撃。薙ぎ払え」
掲げた旗は一角獣。
まさか。
「──白金騎士団!」
現在最強のクラン。その一隊。
坂で勢いをつけた重装騎兵の突撃が、側面にぶち当たる。字面だけで、散り散りにされそうなそれが、さらに最強集団で向ってくるのだ。その物理的、精神的衝撃は計り知れない。エネミーにそれがあるのかどうなのか、という事実はとりあえず脇に置いておくとして。
『全隊に告ぎます。薙ぎ払え』
凛とした声で姫様が命ずる。応、と一斉に声が重なった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。しばらくは更新が遅れると思いますが、気長にお待ちください。
それでは、次回63話でお目にかかりましょう。




