40話 Shooting Star/流星
朝の時点では投稿できないと思っていましたが、なんとかなりました。
ぼくとクリアミラ、そしてハヤトを含む《ライディーン》の皆々は、連れ立ってお姫様──すなわちルクレーシャ皇女だ──がいるという中央広場へと向う。文字通り、この町の中央にあり、象徴的な大樹が聳え立つそこは、集会場のような石造りの建物が立ち並ぶエリアがある。ぼく達が目指しているのはそこだ。
「スヴェン、お姫様に会ったことは?」
「ないよ。魔法テレビで演説していたのを見たことがあるだけだ」
「そうか」と放しかけてきたハヤトは頷いて、それっきり黙りこんでしまった。なにかあるのだろうか。聞いてみても、「いや……」、「まだ俺にもわからねぇ」と曖昧に濁されてしまった。これは放っておくしかなさそうだ。確信がないと、ハヤトは口に出さないだろう。ぼくはそう思った。
初めて来たときには閑散としていた広場も、さすがにVIPが来るとなると群集でごった返していた。まるで国賓を歓迎するように。わかりやすく言うなら、貴人を歓迎するように。
「やっぱり街そのものが大きいだけあって、人もすごいわね」
「NPCも多いけど、さすがに内政プレイヤーの出番だからね。PCも星の数ほどいるわよ」
女性陣が並んでいると、こうも華やかである。赤と銀という現実には余り見ない色だけどね。
ざわざわと人の醸し出す熱気がすごい。正直なところ、ほどほどにしてさっさと彼らの拠点に戻りたい気分だ。ああ、どこかでバカが騒いでいる。しかも人だらけで通路は狭いときた。これではぼくは遠からず人酔いを起こしてしまいそうだ。
「おいスヴェン、大丈夫か?」
さすがの幼なじみ。伊達に10年以上一緒にいない。さすがである。
「ちょっと人酔いしそうだ」
ハヤトは人好きのする笑みを浮かべて、ぼくの肩を叩いた。
「心配するな。フルダイブ型のVRMMOとはいえ、結局は脳みそなのさ」
無茶苦茶言っているのがわかっているのだろうか。この能天気な幼なじみは。
「今お前の不調に気がついた団員が飲み物を買いに走ってくれた。感謝することだな」
「もちろんさ」
「スヴェンさん、大丈夫ですか」
ぼくと同年代ぐらいの槍を提げた青年がぼくに水を差し出してくる。感謝感激雨霰だ。いや、本当に。冗談抜きで。
「ええ、生き返りました。ありがとうございます」
ぼくの言葉を聞いて、青年は一安心したように息を吐く。そうしたら、その青年は快活な笑みを浮かべて握手を求めてきた。
「俺はシルヴァです。よろしくお願いします」
「スヴェンです。よろしく」
握手した手はごつごつしていて、体格もぼくより一回り以上上だ。ハヤト以上、ラート氏と同程度ぐらいだろうか。大体だけど。
そして、周囲の歓声がひときわ大きくなる。広場に建てられた建物群の一角。そのバルコニーに、お姫様が現れたのだ。
柔らかな茶色の髪、パーツが整った端正な顔立ち。茶色の瞳。言葉を失う、とか魅入るとか、そういう言葉があるけど、ぼくはルクレーシャ皇女を見たとき、絶句していたのだ。ぼくだけなら笑い話になるけれど、僕の周囲の人々もそうだった。男性陣もそうだけど、女性陣も呆然としていた。しかし、さすがは同性というべきか、立ち直ったのは女性陣が早かった。
「何ボーっとしてるの、まったく!」
エリアスは魂が抜けた男性団員の背中をぶっ叩いていく。そのロックな髪型と相まって、姉御と呼びたくなるような迫力がある。
クリアミラも、周囲のライディーンの団員の眼前で手を叩いて、目を醒まさせてやっていた。
ぼくはといえば、その陶器人形のような硬質めいた美貌に目をうばわれながらも、デジャビュを感じていた。思い出せない。でも、あの息を忘れるような美貌はどこかで見たことがあるのだ。そう、極最近のことだ。どこかで……。
「おい、何を考え込んでいるんだ、スヴェン」
「ああいや、どこかで見たことがあるんだ」
「お姫様を?」
「お姫様を」
おいマジか、という具合にハヤトは頭を抱えて天を仰いだ。何がどうしてそんなおおげさになるっていうんだ。驚きだよぼくは。
ぼくの言葉を聞いていた数人も驚いたのか、視線がにわかにルクレーシャ皇女に集中する。一体何事が起こったのか、と思うほどだ。
「おい、あそこ。バルコニーの奥、屋根の上!」
誰かが異変を見つけたようだった。姫様の方を指差し、叫び始める。
「ハヤト! 奥にゴブリンシャーマンとナイトゴブリン!」
ラート氏が異変の元を特定した。どうやら、姫様を魔物の勢力が狙っているらしい。
「くっ!」
激しい閃光。ラート氏は体を雷へと変化させようとするも、失敗。移動魔法を使おうとしたのだろうか。
「エリアスッ!」
ラート氏が鋭く叫ぶ。
「ダメッ! 発動しない!」
エリアスも火属性の移動魔法を使おうとするも、なぜか発動せず。
「ハヤト、お前は……!」
「無理だ、発動しない──スヴェン!」
──飛べるか。と言外に聞いてくるも、ぼくが使える光の翼も背中から出てくる気配はない。もちろん、クリアミラもいつもの風属性魔法を試したようだったが、彼女は風に巻かれなかった。
「攻撃魔法は使えないのか!」とぼくが回りに問いかけるが、「姫様に当たる!」や「角度が悪すぎる」などという答えしか返ってこない。どうすればいい。考えろ、考えろ、考えろ……!
ハヤトは二段跳びができる。だけど、人が多すぎて、ここからじゃ届かない。そもそも、あいつの移動力は光属性の瞬間移動によるものが大きい。それが出せないならあいつの力は半減だ。
それに、別の建物にゴブリンが更に現れた。ハヤトが素早く指示を飛ばして、団員を向わせる。
どうする、どうする、どうする……!
「スヴェン君。君の舞空術なら、そのまま屋上まで行けるはずだ。でっぱりを掴んで体を上に引き上げ、屋上に着いたら駆けろ。あっちのゴブリンは私たちがなんとかする」
……なるほど、ハヤトが副団長をさせるのもわかる。冷静な視点というわけだ。いささか無茶苦茶なことをさせるつもりだろうけど、背に腹はかえられない。
足を窓の縁に引っ掛け、手で枠を持って昇っていく。下は見ないことにしよう。とりあえず、ログアウトしたらボルタリングとパルクールのデータを取り込んでトレーニングしておくことにする。いくら仮想世界とはいえ、怖いものは怖いのだ。
「弓で!」
クリアミラが矢を放とうとするも、そのゴブリンたちはうまくルクレーシャ皇女の裏に隠れ、クリアミラに攻撃をさせない。狡猾さが身上のゴブリンだけはある。敵ながら天晴れだ。
よっと、屋上に到達。太陽が眩しい。本日晴天ナレドモ貴人危機。なんちゃって。
冗談をいっている場合ではない。走れ!
バルコニーでは、姫様が変わらず演説していて、どうやら周りの護衛も気づいていないようだ。……NPCか?
建物と建物の間は思いっきり前に踏み切ってジャンプ。走り幅跳び(ただし落ちたら死ぬ)ってか。縁起の悪い。
建物の上の出っ張り部分にゴブリンが隠れていた。ぼくを阻止せんと粗末な槍を振りかざしてきたが──。
「消えろ!」
体をひねり、かわし、【ゼロドライヴ】をぶつけて吹き飛ばす。
「落ちろ!」
次のオークにはこれまで走ってきた勢いを乗せて飛び蹴り。
「吹き飛べ!」
魔力収束。
魔力剣で斬り付けて、蹴り落とす。
ゴブリンシャーマンまではあと少し! 思い切り右足を踏み切って、跳ぶ。まさか、同じ高さから攻撃してくるとは思わなかったのか、奴は泡を食ったように何らかの魔法を使おうとした。
今のぼくは空中だ。ハヤトのように2段ジャンプはできない。
もう無意識だったろう、反射的に光の翼を広げた。ん? 戻ってる!
ぼくの背中には、光の帯を引く幾何学的な翼。
すれ違いざまに魔法剣で切り裂き、そのまま突き抜けて反転、もう一撃。
「こいつでッ!」
【ディスタント・クラッシャー】を放つ。青い光の奔流が、ゴブリンたちを飲み込んでいった。
ぼくはばさり、ばさりと2回翼を羽ばたかせ、こちらを驚いたように見つめるお姫様に親指を立てると、1回横転してそのままハヤト達がいるほうに飛び去った。
「やったな、こいつめ!」
いの一番にハヤトがそう言って、ぼくの肩を抱えた。おい待て。
ほかの皆がいるところへ戻ったら、それはもうもみくちゃだ。普段冷静であろうラート氏も喜色を隠さず、思いっきり、ぼくの肩を叩いた。エリアスなんか、ぼくを持ち上げてぐるぐる回ったし、クリアミラも、持っていたジュースをぼくにぶっかけた。ニコもぼくの腰に飛びついてきたし、シルヴァも背中を叩いてきた。それはもう、乱痴気騒ぎだ。
余りの勢いにぼくの幼なじみ、親友を自認するハヤトですら弾き飛ばされるといえば、その勢いがわかるだろう。
なんとか人団子から脱出して、ハヤトの前まで到達する。
「へへ……」
「はは……」
やったぜ! という具合にハヤトと手の甲をぶつけ合い、手のひらを打ち合わせて、最後に拳をぶつけ合った。派手にやったけど、まぁいっか!
ここまでお読みいただきありがとうございました。それでは次回41話でお目にかかりましょう。




