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《Liberty of Life》  作者: 魚島大
3章 Out of my way. your fate.I'm going through/運命よ、そこを退け。俺が通る。
35/68

35話 misty morning/霧の朝

次話36話で3章が終わります。

 あの敗北から数日後。久しぶりにログインをしたぼくは、クリアミラの家を訪ねた。話したのは、あの幽霊犬のことだった。すくなくとも、依頼が達成できている以上、最低限のことはできている、というのがぼくと彼女の一致した見解だった。


「ありゃ無理だわ」と芝居がかった仕草でわざと大きく肩をすくめて半笑いになるクリアミラが印象的だったけれど、ぼくも同じように、どうしようもないような思いを感じている。まぁもともとが勝てない敵(オーバーモンスター)なのだから仕方がない。


「で、あなたはこれからどうするつもり?」


 クリアミラがぼくにそう尋ねる。瞳には純粋な興味が浮かんでいた。好奇心旺盛というか、なんというか。まぁそういう人は嫌いじゃないから別にいいけれども。


「ここの適性レベルは25で、今のぼくのレベルは23……もう少しレベルを上げれば、ここのボスの安全マージンが取れる」


「なるほどね。私はここが一応拠点だから、動く気はないんだけれど……」


 家まで購入しているのだ、まさかここをほいほいと動くようなことではないというのはぼくにもわかる。クリアミラ本人は興味のままに動く雲のような性格だけれども。あと笑いの沸点が低い。


「ボスを倒して、そうしたらぼくは3の街、ファレストピークへ行くよ」


 一応、フレンドではあるし、戦闘の際にはパーティを組んでいるけれども、彼女はこのテトラパッカに住み慣れていて、そう簡単に動けるものではない。それはぼくにもよくわかった。


「ま、家を空ける分には特に問題はないし……いいわ、妖精さんに少し付き合ってあげる」


 クリアミラは、すでにここのボスを倒しているはずだ。あくまで、彼女のレベルから推定したぼくの予想でしかないけれど。


「まぁ、今の天気の状態だとなんも見えないから少し時間を潰しましょ!」


 彼女の言葉が示すとおり、テトラパッカは霧に包まれ、煙っていた。生易しいものではなく、5メートル先が見えるかどうかも怪しい。はっきりいってしまえば、こんな状態では外に出たくない。ここは霧の都ロンドンか、と思わず内心毒づいてしまう。


「霧は嫌いじゃないけど、服が体に張り付くから、勘弁してもらいたいものね」


「ぼくは濡れるのが嫌いだ。夏でも冬でも結局風邪を引きやすくなる」


「あらそう? ……濡れるのが好きな人ってあまりいないか」


 ぽや〜、とした表情でリビングの座椅子から外を眺めるクリアミラ。自分の膝に頬杖をついて、物憂げな様子。その姿を見ると、まるでどこか別の世界から抜け出してきたんじゃないかと思えるほど、ぼくがいる場所とは別の場所に見える。例えるなら、写真を切り出したような。……いや、元々クリアミラの持ち家か。


 こういう時間は珍しいかもしれない。最近は妙に戦闘続きだったから、余計にそう思うのかも。結局のところ、ぼくはこういう時間が嫌いじゃないんだ。どちらにせよ、今のこの状態では外にも出られないのだから、こうやってゆっくりすごすしかない。


「さて、それじゃあ、朝ごはんでも作りましょうか」


 深々と煙る外を眺めるのには飽きたのか、クリアミラがすっくと立ってそう言った。そういえば、朝早くに現実で朝食を食べてから三時間ほどが経過している。もう9時だ。


「向こうで食べてこっちで食べるっていうのもオツなものじゃない?」


 そういう彼女の言葉に頷いて、ぼくは外を眺めるのをやめて、手伝いをしようと立ち上がる。ところが、「いいわ」と制されてしまった。こうなっては仕方がないので、すとん、と椅子にそのまま座りなおす。いささか間抜けなことをしてしまったが、まぁ親しい友人の前だから大丈夫だろう。


「妖精さん、あなた現実の朝食は?」


「トースト2枚とヨーグルト」


 母親が早出だったから、極簡便に済ませたのだ。マーマレードジャムを塗って食べて、ヨーグルトには砂糖を入れて。カロリーは、うん、まだ若いから。


「それじゃあ和食にしましょうか」


 そう言って微笑むクリアミラの腕には信頼が置けるのだ。ぼくはこの前食べたカレーの味から、そう信じている。美味しいごはんは重要なんやで、とここだけエセ関西弁になってみたり。楽しい想像を頭の中で膨らませた。


「〜♪」と鼻歌を歌う彼女が台所でゆらゆらと揺れている。リズミカルに包丁を動かして野菜を切って、小鍋に入れて、手際よく作業をしている。何を作っているのだろうか。ぼくからは楽しげな後姿しか窺えない。……それにしても。よくよく考えてみると、これはなかなか現実的には考えられない状況じゃないか?


 現実世界で考えてみよう。朝、女性の家で朝食を作ってくれるところを逐一見る。これだけ見るとぼくが変態野郎に思えてくるから不思議だ。しかもぼくは高校生で、相手も年上の確率が高いとはいえ、高校生だと思う。(もしかしたら大学生かもしれないけれど)その高校生に食事を作ってもらうのだ。ぶっちゃけありえないのではないだろうか。女性にモテるハヤトでさえ、そんなことはない。あいつも両親と妹と暮らしているから、ということもあるだろうが。


「ある意味、現実感がないねぇ」


 と、ぼくは独り言を漏らしてしまう。


 しょうがないことではあると思う。これがゲームの中でなければ、ぼくは恐らくクリアミラのようなタイプの女性とここまで距離が近くなるようなことがなかっただろうから。彼女ばっかりみていたら最近自分自身に出てきている変態という疑いに確証をつけてしまう気がして、料理をする彼女の背に「テレビ借りるよ!」と声をかけて、ぼくは背中を向けた。


「いいわよー」というのんびりした返事が返ってくると同時に、ぼくはテレビをつける。「魔法テレビ」というそのまま聞けば結構なパワーワードだけれども、この世界の場合は魔法が科学の代わりをなしているようなところもあるから、仕方がないのだろう。正直なところ、初見で「魔法テレビ」という言葉を聞くと噴出してしまう人の方が多いらしい。もちろん、掲示板で『魔法テレビとかいうパワーワードwwww』などというスレッドが立っていただけだから、確証はないけれど。実際のところは、どうなのだろうか。情報ツールとしては、役立つこともあるとぼくは思うけど。役に立たなかったら、彼女も置かないだろう、うん。


 さて、朝の時間ということもあり、やっているのはニュースだ。原稿を読んでいるのは、アナウンサー然とした猫耳の女性……んん!? 


 余りに自然なので、思わず流してしまったが、よくよく考えるとこれはとんでもなく、こう……その、違和感がある。これが嫌とか、悪いとかいっているんじゃない。違和感だ。少なくとも、ぼくが数秒固まるほどの違和感である。


 しばらく流れるニュースを見てわかったが、これは朝のニュース番組をそのままやってみたようなものなのだ。つまり、笑えば愛くるしい笑顔なのであろう猫耳の少女が、真顔で原稿を淡々と読む。確かにこれでは違和感がぬぐえないのも納得だ。なんともいえないシュールな笑いがこみ上げてくる。


 笑い上戸の森妖精(エルフ)がいる手前、笑うのは耐えている。だって、もしここでぼくが笑ってしまってこれをクリアミラが見てしまったら……彼女、笑い転げるんじゃなかろうか。


「どうしたの、そんな引きつった顔して」


 

 あ。


「ああ、朝のニュース? いつも思うけど、猫耳がちょっと浮くわよね」


 あれ。あれ。あれぇ……? ぼくの予想だと、思わず噴出すのかと思ったけれど、彼女は平然としている。うーん……。


 しばらく、目の前に食事が運ばれてくることに意識を向けずに、彼女がなぜ噴出さなかったことについて考えていた。どうでもいい? そんなこと言わないでくれよ。


「今日は何がメインかしらね……。やっぱり内政プレイの結果かな」


 そんなぼくの逡巡を気にも留めずに、自分の分をささっと彼女はテレビを斜め見しながら用意してしまう。そこでぼくは合点がいった。ああ、クリアミラは慣れているんだ、と。


「食べないの?」


 ぼけーっとしていたぼくに気づいた彼女がそう促す。彼女に「ありがとう」と一言伝え、純和食を食べ始める。湯気の立つ白いご飯、味付け海苔、酢の物、焼きたてで油がはじける塩鮭、お茶。なんという和食。


 結論、旨い。……正直、細かい感想を言っている暇はなかった。気がついたらぼくは朝食を食べ終えていたのだから。


「それだけの食べっぷりなら作った私も嬉しいわ」


「いや、ごめん、ろくな感想も言わずに。ご馳走様でした」


「いいのよ」と一言添えた彼女はぼくの分も持って台所へ下がる。ああ……、あらいものくらいはやろうと思っていたのに。


 外を見ると、霧はまだ晴れず、空はまだ見えていない。


「しばらく一緒にテレビでも見ましょうよ、霧が晴れたら出発ね」


 ジャージャー、という水音の間から、クリアミラの柔らかな声が耳に届く。ああ、なんかいい。とてもいい。



ここまでお読みいただきありがとうございます。前書きでもちょろっとだけ述べましたが、36話で3章終了です。4章からは登場人物も増え、動いていく様も少し大きくなっていくと思います。それでは、次回36話でお目にかかりましょう。

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