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《Liberty of Life》  作者: 魚島大
3章 Out of my way. your fate.I'm going through/運命よ、そこを退け。俺が通る。
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34話 Let sleeping dogs lie/寝ている犬は放っておけ

エタったと思ったか! 続きだよ!

「だから奥に行かない方がいいって言ったのに!」


 ぼくは絶叫しながら草原を駆けていた。あの後、クリアミラの全然厄介そうじゃない「厄介厄介」という言葉とともに草原の奥に進んだ。その結果がこれだよ。まるでフラグ実装システムでもあるのかという具合にホブゴブリンの群れ。正直なところ、ホブゴブリン自体は大した敵ではないし、2人そろって余裕を持って倒せる敵ではある。しかし、その次が問題だったんだ。


 草原を進みながらホブゴブリンをどんどんと倒し続ける。適宣MPポーションなどを使用して回復を図りながらであるけど。それで、だ。倒し続けるうちにギルドから受けた依頼の規定数をあっさりと満たした。問題はその後。余りにホブゴブリンたちが「必死に過ぎる」のであるということにぼくもクリアミラも気がついた。


「何か、おかしいわね」とクリアミラ。もちろん、それはぼくも感じていた。


 本来ホブゴブリンというのは屈強な肉体を武器に村人や旅人を襲い略奪をするような魔物である。明らかに勝てない敵が出てきたら一目散に逃走するのが当たり前ではある。もちろん、下位種であるゴブリンよりはよほどマシであるというのは追記しておくけども。


「まるでナニカから逃げて、その途中でぼくたちを襲ったような感じ? パニックみたいな」


「言われて見れば、それっぽいわね」


 このあたりで、微妙に顔色を悪くした彼女も、ぼく自身も気がついていた。これはもしかしなくても、「オーバーモンスター」ではないか、と。


「本当にフラグ実装システムがあるのかしら?」


「のんきなことをいっている場合じゃないんじゃ──ああ、遅かった……」


 地獄の底から聞こえるような低い獣の唸り声。ぼくらを包囲していたホブゴブリンの包囲網の一角が上空に吹き飛ばされる。包囲網の一角が切れ、そこから姿を現したのは、緑色に光る目が印象的な黒い毛並みの巨大な犬であった。もしかしたら犬というよりは狼の方が正しいかもしれない。


「あら、まずいわね」


 口調は先ほどと変わらず穏やかなままだが、彼女の表情をよく見てみると、やや表情が引きつり、美しい顎のラインに沿って冷汗が流れ落ちている。


 ぼくは目の前に勝てない敵(オーバーモンスター)がいるというのに、彼女から目を離せなかった。


 なんとか自分の思考を振り切って、もう一度黒犬に視点を転じる。でかい。一通り観察してみて出てくる感想がそれだ。単純すぎて失笑が漏れそうな感想であるけれど、実際のところはそれしか考えられない。ぼくとしてはどうやってここから逃げ出そうかと算段を始めていた。


「どうする?」と念のために横にいるクリアミラに声をかけてみる。彼女はこちらに顔を向けずに、早口で答えた。


「モチロンシッポヲマクッテイチモクサンニニゲルワヨ!」


 彼女の早口を聞き取れたぼくの耳を褒めてやりたいと思ったのはこれが初めてだ。クリアミラお得意の高速移動魔法はあの黒い犬の魔法的干渉のせいで使えなかったらしく、顔色を赤、紫、青とめまぐるしく変えながらぼくらはわき目も振らず全力で逃走していた。後ろでは無残に吹き飛ばされるホブゴブリンたちの断末魔が聞こえてくるが、そんなことにかかずらっている暇などない。いつぞやの大蜥蜴以上の逃走っぷりである。


 そして、最初の叫びへといたるわけだ。


 ぼく達のために「犠牲になったのだ……」といわんばかりのホブゴブリンの群れはあっさりと黒犬の前に溶けるがごとき様相を呈し全滅してしまったようだ。いくらモンスターで弱肉強食であるといえども、あそこまで一方的だと同情心が沸いてくるのだから不思議なものだ。


「で、だ。あの黒い凶暴なワンちゃんはどんなモンスターかわかる?」


 併走しているクリアミラに問いかける。彼女は全速で逃走しながら掲示板にアクセスしてモンスターの情報を探すという(ぼくからしたら)離れ業をやっている途中である。


「待ってなさい今必死に調べている所なんだから!」


「了──解!」


 空中で体を半回転させて、ぼく達を追ってくる黒犬に【マナ・マグナム】を放つ。一度魔力を収束させる手間が必要とはいえ、大規模魔法で発動に時間がかかる【ディスタント・クラッシャー】を除けば、最大の威力を持つ魔法だ。だが、その魔法は体を透明にした黒犬に無効化された。


「チッ……」


 思わず舌打ちをするも、それで状況が変わるわけではない。宙に浮いているぼくに接近してきた黒犬が前足を振るってくる。あの不思議な透明化能力が攻撃にもあると考えるなら、防御より回避の方がいい。


 もうほぼ直感的に、頭を後ろに倒すようにして前足を避ける。もちろんそんな体勢では舞空術の効果を発動させることはできず、ぼくは地面に転がる。続けて振り下ろされる前足を泥だらけになりながら回避。


「妖精さん!」とクリアミラが矢をつがえているのを見る。放たれた矢は確実に命中コースに乗っていたが、先ほどとおなじように透明化で無効化された。しかし、透明化している間はこちらに手出しができないようで、ぼくはその隙に黒犬の攻撃範囲(キルゾーン)から離脱する。


「なにかわかった!?」


 急いでクリアミラがいるところまで逃げる。少なくとも、オーバーモンスターを倒せる確率は低いし、なんらかの工夫が必要なのは間違いない。個人的には戦いたくない。なぜなら、必死に逃げながらクリアミラと話したとき、とんでもない被害をぼくとクリアミラの両者に与えるだろう、という死んだ目の予測を互いに話したからだ。


 しかし、ぼくを迎えるクリアミラの表情は明るい。倒す倒さない問題の前にそもそもモンスターがわからないというのは不気味でいやな気分にさせるものだ。それがなくなるだけでも収穫だよ。


「ええ、わかったわ! あれは──ラチェット! 通称、幽霊猟犬よ」


幽霊猟犬(ラチェット)? 名前からしてアンデット系じゃ……」


 そりゃ攻撃が通じないわけだ……、というのがぼくの正直な感想だった。名前や通称からどんな能力か想像できるタイプの敵ならば、掲示板や情報サイトにアクセスできれば対処法やその他色々な情報が手に入るというものだ。ただ、アクセスさせてくれるか、問題があるわけだけど。


「そもそも、死んでいるわけじゃないから少し違うらしいわ。近い系統のモンスターではあるけれど」


「どういうことなの……」


 なるほど、わからん。幽霊に近い存在でありながら幽霊とは異なる。実体そのものはあの世ではなく現世に置かれていて……、頭がこんがらがってきたぞ。


「そんな設定、今はどうでもいいわ! なんとか対処法を見つけないと……」


 いや、そうは言ってもクリアミラさん。だんだん近づいてくるどころではなく瞬間移動しているんですがそれは。


「そりゃ幽霊だもの、瞬間移動のひとつやふたつはするでしょう──やばっ!」


 さきほど放たれた矢でヘイトのマスクデータの溜まり具合でも変わったのか、目標はぼくではなくクリアミラへ変更されていた。彼女はとっさに身をかがめてかみつきを躱す。2撃目が避けられる体勢と位置じゃない……!


「くそっ……!」


 ぼくはなんとか間に魔力剣を挟みこむようにして攻撃を受け止めた。今一わからないけれど、相手の攻撃に対して割り込むことはできるようだ。つまり、攻撃に対しては透明化が働かない?


「ありがと! でも状況は最悪よ!」


「わかってるよ」


 すくなくとも、普通に走って逃げるのでは間違いなく逃げ切れない。それどころか、先回りされる可能性すらある。


「どうする?」


「一時的に撃退も難しそうね……あれから一定の距離にいると属性魔法は使えないし……多分、妖精さんの魔法もそのうち使えなくなるわ。あなたの魔法は少し違うけど、大本としては同じだから」


 つまり取れる選択肢は短期決戦(ただし勝率はほとんどない)。


 どんなフラグなんですかね、これは。いやだなー、何でロボットアニメばりのでかいフラグ立てちゃったんだろう。


「とりあえず距離をとればいいなら!」


 衝撃波を撃つショック・ウェイブを使ってみても効果なし。ほかの攻撃魔法も効果なし。さて、手詰まりだ。クリアミラも矢を放っているようだけれど、先ほどからと同じように透明になって無効化されている。透明になった瞬間ステータスを見てみると、「全攻撃無効」というふざけたデータが出ている。なんだこれ、なんだこれ!

 

 その後はギリギリのジリ貧の戦いが延々と続けられた。幽霊猟犬が攻撃するタイミングを見計らって矢を射るクリアミラと、囮になりつつ、攻撃する瞬間だけは魔法を使えるようになるぼくが交代で戦っていた。けれど、こんな精神をすり減らすような戦いは長くは続かないのが自明の理だ。やがて二人そろって集中力が切れてきて、動きが鈍ったところを前足でぶん殴られ、仲良く宙に舞った。気がついたら、ログアウトしていて、知っている天井がぼくを迎えていたのだ。



ここまでお読みいただきありがとうございました。ただいま私事により更新が不定期になっておりますが、どうかご容赦願います。それでは、また次回35話でお目にかかりましょう。

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