29話 It’s free one that I should accomplish/なすべきことはただひとつ
テトラパッカという街において脅威となっているモンスターは、いずれも同属を従えた大型のモンスターであり、それは貴族や高位などの枕詞で表される。そのなかでも、15~25のレベル帯の冒険者にとっての強敵とされるのがぼくの目の前で唸っているリザードロードである。強靭な肉体と高いヒットポイントを持ち、その物理攻撃力は強力極まりない。一定の魔法攻撃は無条件で弾くが、同時にすべての魔法攻撃が弱点となりうる性質を持っている。
以前戦ったときは一方的な結果に終わったが、こちらにも使える手駒が増えている。どちらにせよ、この目の前の大蜥蜴人を倒さねば、ぼくとクリアミラは目的に進めない。
受けていない依頼でも結果的に達成すれば報酬がもらえる。既に受理されていた場合でも、別に討伐報酬がこちらに与えられるから、討伐して損はない。相対しているのがゴブリンやコボルドといったいわゆる雑魚敵ではないというのがネックではあるが。
「ふー。とりあえずいつものように援護するわ。視界をふさぐ」
「了解、仕掛けるよ」
ぼくが【フラッシュ】を発動させて一瞬、やつの視界をふさぐ。その隙に後退し、クリアミラは大蜥蜴人の周囲に風を巻き起こした。効果時間は短いが、相手の視界を確実に奪える方法である。最近のぼく達は、こういった戦闘方法が多くなっていた。互いにMPに余裕はある種族だからだ。
一気に接近して、顔面に右手でゼロドライヴを叩き込む。威力は前に戦ったときよりはるかに高くなっているから、ダメージも大きいはずだ。大きく仰け反ったその隙を狙ってクリアミラの矢が相手に飛来する。頭にぐさぐさぐさりと刺さっていく様は現実世界では即死なのだろうが、死なない相手を見ているとなんとも不思議な気持ちになる。
「吹っ飛べ!」
【ショック・ウェイブ】と【シューター・ショット】を並行使用。勢いよく吹っ飛んではくれなかったが、後退させることはできた。パターンに入るというわけではないが、相手の鉄塊が当たらない距離から視界を塞いで攻撃を2、3発当ててまた距離をとるという戦法はリザードロードだけではなく、体力の高く遠距離攻撃手段が少ない敵には有効な方法である。しかし、リザードロードには遠距離攻撃手段があったはずだから、油断はしない。
「グルァァァァ!!」
怒りの咆哮を上げながら、リザードロードは近くにあった人の頭ほどの石を思い切り振りかぶってこちらに投げつけた。原始的な攻撃方法だが、その威力は高い。まともに喰らった場合はぼくの頭が石榴のようになってしまうことうけあいである。いくら死に戻りができるとはいえ、そんな痛そうな死に方はしたくない。【シールド・プロテクション】を右手だけ解除。魔法障壁を展開して投石を防ぐ。はい、打ち返し!
甲高い音とともに打ち返された石はリザードロードの人間で言う鎖骨の下あたりに当たったが、まったくこらえた様子もなくこちらに近づいてきている。うん、まともに物理ダメージを与えるには一体どれくらいの物理攻撃力が必要なんだろうね。悲しくなってくる。しかし、ぼくは挫けない。後ろには優秀な森の民もいるのだ。
「ウィンド・バースト!」
ちょっ、まっ。
……例えるなら、ものすごい強風で樹齢500年くらいの大木が倒れた音と表現すべきだろうか。とにかく、風の音というような範疇ではない音とともに、轟音が狭い洞窟内に木霊し、吹き荒れた。これ、広範囲魔法だよね。少なくとも1対1の状態で、いくら魔法攻撃を無力化する魔法をぼくが持っているからといって使うようなもんではないような。ちょっとそこのところどうなんですかね、クリアミラさん。
「厳粛に対処した結果でございます」
政治家か! 君は!
「てへっ!」
かわいいから許す!
「ありがと! でも、ふざけている場合じゃなさそうよ」
ぼくが振り向くと、先ほどのぼくの無属性魔法とは比にならない威力で吹き飛んだリザードロードが洞窟の岸壁を壊しながらこちらに接近してくるところだった。もしかして、メルトラン洞窟って複数のルートがあるのかな。勢いあまってそっちに吹っ飛ばしたということか。
十二分に距離はある。MPにも余裕がある。だったら、やることはひとつだ。クリアミラと呼吸を合わせて、魔法を撃ちだす。増幅魔法で【シューター】を強化しながら連射していく。無属性魔法は火や水などの何らかの属性がついているわけではない。つまり、魔法のエネルギーそのもので攻撃をしているから、属性攻撃に対する軽減などは受けないのがメリットである。リザードロードの場合は、水辺に住むモンスターということもあって、水属性の魔法攻撃には強く、25パーセントダメージを軽減する。だから、水属性の魔法──アクア・ビームなどを得意としているプレイヤーには戦いにくく、不利なモンスターであろうことはよくわかる。だが、ぼくには関係ない。
「このまま、押し切る……!」
【シューター】は多段ヒットの魔法だ。5発セットで1発と換算できる。そしてその発射された魔弾は一列になって飛んでいくから、最初の1発が当たれば残りも当たると考えてもらっていい。何が言いたいかというと、単発の魔法、それも吹き飛ばし効果のない魔法と比べると敵の後退が大きいということがいえる。
「いいわ、もう一度吹き飛ばす」
吹き飛ばし効果の高い魔法が風属性の魔法である。わざとこんな分かりにくい言い方を用いたが、まとめてしまうならば、クリアミラが常に使用している魔法がそれである。
「エア・ストライク!」
もうひとつの風魔法の特徴が、不可視であること。モンスターの中には素早い動きで撃ち出された魔法を避けるものもいるが、そういったモンスターにも当たりやすい魔法だ。ぼくの無属性魔法は、すべて見えるものだ。【バリアアクション】だけは、空中に浮かんだ水の膜のように見えるが、それだけで、後はすべて深い海のような青い色をしている。無属性魔法に関しては、その使用しているプレイヤーの魔法の色が出るということらしい。そこにどんな意味があるのかはわからん。はっきりいってしまえば、フレーバー的な要素であろう。
クリアミラの風魔法でさらに後ろに吹き飛ばされたリザードロードは、悔しげに「ガァァァァ」と雄たけびを上げた。唯一の遠距離攻撃である投石がこちらへの決定打とならない以上、その両手の鉄塊を使うしかないということだ。そしてそのためにはぼくとクリアミラのほうへ接近しなければならない。以前は威力が足りなくてほとんどノックバックしなかったが、今ならば充分な威力がある。油断はもちろん禁物だが。
魔法の威力を鑑みるに、28レベルの魔法使いが使用するそれは、強敵と目されるリザードロードに対しても充分な威力のようだ。ぼくと彼女は以前よりもっと親密になって、心の距離も縮まったけれども、レベル差は逆に広がっている。こんなところからも彼女が一見そうでもないように見えて、実はハヤトと同じくらいのゲーマーであるという事実をぼくに伝えてくる。
……いかん。考えに浸ってしまった。そんなことをしている場合ではない。さらに吹き飛ばされたリザードロードだったが、これだけ多数の魔法を撃ち込んでいても、やつのHPにはまだ余裕がある。これは多分、ぼくもクリアミラも購入しなおしたマジックポーションを使うことになるだろう。それは当然に予測ができた。だから、危険だけれど、近距離線を挑むしかない。ぼくは口には出さないけど、そう考えている。それは、無属性魔法には珍しく近接戦闘にも使用できる魔法があるという理由からだ。魔法で攻撃したという扱いでダメージを算出するので、ぼくの低い物理攻撃力は関係ないし、むしろ高い魔法攻撃力で攻撃ができる。これだけ見るとメリットだらけのように思えるが、そんな虫のいい魔法ならば無属性魔法はハズレなどと罵られているはずがないじゃないか。つまり、この近接戦闘用の魔法というのは、物理防御力の低い魔法使い──それもMPと魔法系ステータスに特化したようなタイプの魔法使いでないと使えない無属性魔法を使用するプレイヤーが、相手の攻撃に体をさらして戦闘を行うということだ。当然、こちらのダメージも大きくなるし、ゲーム内とはいえ、志を迎える可能性は高くなる。できることならやりたくはないが、このまま距離をとって戦闘を続けていても、先にこちらが消耗するだけだとぼくは思う。
「クリアミラ」
「何? 考えるのはいいけど、早くしないと近づかれるわよ!」
エルフは半妖精に比べればMPは少ないけれども、人間に比べれば充分にあるし、彼女のMPにもまだ余裕があった。
「──援護よろしく」
ぼくのその言葉に、彼女はまるで、宇宙人に話しかけられたかのようにぽかんとした顔をした。
「えっ? ちょっとどういうこと、説明しなさいよ!」
「また死ぬつもりか」彼女はそう思ったのか、柳眉を吊り上げてこちらを睨んできた。その迫力はすさまじい。一瞬彼女の月の光を編んだような銀髪も跳ね上がったような錯覚を覚えた。美人は怒ると怖いというけれど、それは本当だな。しゅっと通った鼻や形の良い唇が、本来ならば声もかけづらい様な美人であるということを再認識させる。
「このままだと、ぼく達2人のMPが消耗する。だけど、近接戦闘なら、ダメージも大きいから一度MPポーションで回復させてからなら、短期決戦が狙える」
近接戦闘用の魔法は、【ブラッディ・メイカー】。実際のところは、【シールド・プロテクション】の亜種で、前腕部に発動している魔法障壁を攻撃用に転化するだけの魔法である。具体的に言うなら、握った拳を包むように角錐形に障壁が形成される。
「──飛ばすわ」
「──任せろ」
風切り音。いつもの風属性の移動魔法だ。使われたのは久しぶりだが。大蜥蜴人の正面へ。近くに立ってみると、相当にでかい。頭部には攻撃は届かないだろうが、跳べばいけるか……?
「せぇい!」
舞空術で空中に跳ね上がりつつ、右手を奴の顔めがけて突き上げる。ゴツッという鈍い音とともに、顎にぼくの拳が命中した。仰け反るリザードロードのその大きな肩に駆け上がって、喉に向かって複数回蹴り付ける。【ブラッディ・メイカー】は両手と両足でしか使えないが、こちらの魔法攻撃力が基礎ダメージに上乗せされるから、威力は高いぞ。魔法使いは近接戦闘ができる人間が少ないからな。
「グルァ!」
鉄塊を振り回すにはあまりに近い距離だ。だから、リザードロードは、右腕をしならせて、ボクシングのフックのようにこちらに振りぬいてきた。
金属を弾いたような甲高い音。ぼくはとっさに左腕を攻撃から防御に切り替えて、カンフーの防御のように顔の横に左腕を立てて守った。
「晒したな──隙ありだ」
ぼくのその言葉に合わせるかのようにリザードロードに矢が命中。ふたたび仰け反ってぼくのほうへ胸をさらけ出した敵に向かってぼくは拳の乱打を繰り出した。
「おおおおおっ!」
早い話が、有名な世紀末救世主を真似したような感じなのだが、リザードロードはダメージとともに少しずつ後ろへ後退していって、やがて洞窟の壁の前まで追い詰めることができた。
「これで──どうだっ!」
右拳を思いっきり後ろに引いて、真っ直ぐに突き出す。轟音を立てて、洞窟の壁面に激突して、リザードロードはぐったりしている。もうすぐで倒せる。ぼくはそう確信した。
「クリアミラ!」
後ろでぼくを援護していたクリアミラに叫ぶ。
「見えてるわ!」
彼女は風とともに天井近くまで舞い上がった。風でなびいた銀髪がその美しさを際立たせる。
「トドメよ──逆巻け烈風!」
クリアミラは両手を広げて、風を両手に集中させた。ぼくは、頭上で両手を交差させる。すると、頭上にぼくの身長の半分ほどもあろうかという巨大な魔法陣が現れた。
「ああ──光よ砕け!」
「ジェット・ストリーム!」「ディスタント・クラッシャー!」
クリアミラの風魔法と、ぼくの無属性魔法が放たれるのは同時だった。最期にリザードロードは何か叫んでいたようだったが、暴風と烈光が巻き起こす轟音でこちらには何も聞こえなかったのである。
「やった、わよね……」
「フラグ立つぞ、やめなよ」
二人そろって、大きなため息をつきながらそこに座り込んだ。顔を見ると、クリアミラも、彼女の瞳に移るぼくの顔も、砕けた岩などが巻き起こす砂煙でひどいことになっていたのに、不思議と不快感は沸いてこなかった。それどころか、壁を越えたような達成感があった。ああ、これが、《LOL》の面白いところなんだろう。ぼくはかなりゲームに浸っていた気分だったが、どうやらまだまだだったようだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。リベンジ戦ということでしたので、熱くなれるようにしたつもりです(笑)感想などあれば是非お寄せください。作者の励みになります。
それではまた次回30話でお目にかかりましょう。




