27話 New adventure/新しき冒険
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あの食事会から数日後。ぼくとクリアミラは連れ立って新しいフィールドへ出かけている。ワックタウンのように街につきひとつのフィールドがあるような場所もあれば、第2の街のように複数のフィールドが存在しているような街もあるのだ。
「マサトラン洞窟はちょっと遠いのよね、妖精さん、貴方飛べないの?」
「無理だよ、レベルがあと1必要だ」
今のぼくのレベルは19。あの日以来、クリアミラの家を利用してクエストに行ったりするようになった。どちらかが強く言い出したわけではない、自然とそうなったのだ。ハヤトと話していてからかわれたが、そのようなラブ・ロマンスではないとぼくは思っている。男女間に友情は成立しないなんて誰かが言ったが、そんなことはありえない。ぼくとクリアミラの関係はとても仲のいい友人なのだから。
彼女のマントもコボルトのマントではなく、月狼の毛皮のマントに変わっている。彼女のレベルは28。ぼくがレベルが足りなくて未だにいけない【黒き林】の夜間クエストを受けても大丈夫なレベルである。さすがに夜間のそれにはぼくも付き合えない。ログアウトしていることが多いから。代わりに、簡単な料理を作って渡したこともある。拠点を使わせてもらっているからね。アメリカンタイプの軽食のスコーンだけれど、彼女には評判が良かったようだ。甘さ控えめの食事にもなるタイプ。おかげで【補助系スキル:料理】が知らない間に身についていた。ちょっと予想外。
「じゃあ仕方ないわね、乗り合い馬車を使いましょうか」
彼女の言葉に従って後ろについていくと、木で造られたバス停が見えてきた。なんかこう、昔の情緒を感じる。昭和というか、戦前というか。ゲームの中でそんなものを感じるのも不思議ではあるのだけども。
「前に乗ったものと同じ?」
「そうね。馬車でガラスがなくて木の枠で、電車の車両みたいな感じのやつね」
なるほど。ということはもしかしてまたモンスターが襲ってくるという可能性もあるわけだ。やれやれ……。ま、しかたないか。
バス停にはすでに数人の待ち人がいた。NPCもいるし、PCもいる。そういえば少し前に『最近期待のルーキープレイヤー』とかいうのにクリアミラが載っていた。さすがというべきかなんというか。ぼくのことはそっちにはのっていなかったけれど、ハヤトに付随して少々掲示板で情報が流れていた。ハヤトが前に意味深なことを言っていたが、それに関係あるのかな。まぁ、あいつが言葉を濁したということは僕に知らせなくてもいいことだろうから気にしないことにする。
うーん。いつも一緒に行動しているわけではないから、よくわからん連中がぼくの方にくるということはないだろう。この前のチンピラエルフみたいなやつら、それだけがぼくは気がかりだ。彼女が知らないうちに巻き込まれないか心配である。
「ああ、そうそう。言い忘れていたけど、この前くれたスコーンは美味しかったわ。ありがとね」
「それは良かった。レシピ探してそれ使っただけなんだけどね。材料は君の家にあったものだし」
「いいのよ。貴方が真剣に向き合っていたことが伝わってきたわ」
とクリアミラが妙に真剣な顔をして言うからぼくはどうも照れくさくなってしまった。真剣に向き合うというか、ただまずくならないように必死になっていただけだ。そんなたいそうなものじゃない。
食事風のスコーンということで、グラノーラとチーズを混ぜ込んで、バターを多めに使ってサクサクの食感に仕上げられるように頑張った。しっとりしているスコーンも美味しいけれど、朝食や夜食にするならこちらのほうがいいとぼくは思う。昔休日のブランチに母が作ってくれたことを思い出して、そのころのレシピ本をVRギアに読み込んで、《LOL》でそれを読み出して作っただけなのだけれど、彼女の笑顔が味を保障してくれている。げに恐るべきは主婦か。
「……まぁおいしかったなら何よりだ」
「ええ、そうね。なに照れてるのよ」
「仕方ないだろ! 恥ずかしいんだから」
ぼくが照れているのが彼女にはおかしいらしい。クリアミラは笑う。その笑いひとつでも以前と違って、ぼくとクリアミラの距離は近づいてみえた。「同じ釜の飯を食う」というわけではないが、同じ机で食事を共にするとやっぱり感覚的に近くなるところはあるのだろう。
「来たわよ、乗りましょう」
クリアミラはぼくを促して、ぴょん、と飛び乗った。ぼくも彼女に続いてステップに足をかけて乗った。彼女と違って飛び乗るわけにはいかない。舞空術が発動する可能性があるから、念のために、だ。跳びすぎて頭をバスの天井にぶつけたら笑いものだ、まったく。
「どこまで?」
と、あごひげを伸ばした御者が聞いてくる。「マサトラン洞窟まで」と答えて、空いていた席に座った。クリアミラはぼくの右手側の席に先に座っていたので、その横に。
パカッ、パカッと馬蹄の独特の音を立てて馬車は進む。モンスターに襲われているときは全速力を出すように馬を鞭打つらしいが、それ以外のときはのどかなものである。もちろん、ぼくたちが徒歩で目的地に向かうよりは充分に早い。人々がイメージする馬の走りというのは競馬や時代劇のように全速力で馬を走らせるようなところがあるが、そんなことをしたら馬はすぐに疲れてしまうし、もしかしたら死んでしまうかもしれないから、このような感じになっているのだろう。ゲームとはいえ、そのあたりはリアルである。
「この乗合馬車って無料なんだね」
「さすがに交通手段が少ないからいちいちお金を取っているわけにもいかないってことじゃないかしら」
ゲーム内の事情についてはぼくなんかよりもちろんクリアミラのほうが詳しい。どこでそんな情報を仕入れてくるのかぼくにはわからないな。掲示板だろうか。でもぼくも掲示板を使っているんだが、彼女が持っているような知識が転がっているスレを見たことがない。うん、彼女に聞いてみたほうが早いな。
「いつも思うんだけど、どこでそんな知識を?」
「えーっとね、情報共有サイトってわかるかしら? ゲーム内じゃなくて現実でそういうサイトがあるのよ」
「ふーん……。だからクリアミラは微妙な情報に妙に詳しかったわけだ」
「かゆいところに手が届くっていうか、絶妙な面白い情報が転がっていることもあるから、ためになるのよね」
馬車が止まる。バス停には数人が待っていて、ドアを御者が開くと同時に次々と乗り込んできた。まだまだバス内は空いている。あんまり混んでいるのも嫌だね。そんなところまで現実世界を再現する必要などないのではないか。そんなことを思っているうちにバスは走り出した。しばらく走ると、またバス停に止まり、人を乗せて走り出す。それを幾度か繰り返して、大きな駅に到着した。ここまで走った馬に草を食べさせ、水を飲ませる。乗っていたぼくら乗客も降りて大休憩だ。
水筒の中にはレモン水。あ、変な意味はないぞ。念のため。レモンの酸味がしゃっきりと喉を通っていく。目が覚めるようだ。あれだな、大きな駅というとわかりにくいけれど、サービスエリアとかパーキングエリアとかって考えるといいかもしれない。
クリアミラはどこかへ行ってしまった。ある程度察することができるから明言は避けておこう。それを言うと怒られそうだ。
軽食コーナーで梅のおにぎりを買ってかぶりつく。あんまり食べ過ぎるとゆれで死ぬほど気持ちが悪くなるけれど、何も食べなくてもそれはそれで辛い。それに、ぼくは男だから体重に関してはあまり気にしなくてもいい。軽食を食べ終えて、ぼくは乗合馬車に戻った。クリアミラはまだ来ていない。周りを見ていると、男のプレイヤーの方が人数が多い。女のプレイヤーというのは準備に時間がかかるというのがよくわかる。
「お待たせ」
「ああ」
簡単に言葉を交わして、内側の席を彼女に譲った。ぼくは通路側に座っているから、1回立たなければならないな。
クリアミラが席に着くのと平行して、次々とプレイヤーが戻ってきた。この大きな駅から新しく乗り入れた人々も加えて、海岸線へ南下していく。洞窟はその海岸線の近く、切り立った山の一部だ。満潮になると入り口に水が流れ込み、帰還が困難になる。それまでには仕事を終えなければならない。採集依頼だからそこまで気負ってはいないが、また新しい敵も出てくるだろう。運よく、乗合馬車はモンスターに襲われていない。余計な労力をそちらに裂かなくて済みそうだ。
「次はメルトラン。繰り返します、次はメルトラン」
クリアミラと頷き合って馬車を降りた。近くに小さな町があるが、そこにはギルドは存在しない。休憩で立ち寄るくらいだ。そっちにはいかないでぼく達は海岸を歩いていく。水辺だから、モンスターもそのような系統のものが多い。たまに波打ち際から襲ってくるようなものもいるから気をつけておかねばならん。
「あそこね!」
目ざとく入り口を見つけたクリアミラが指差す方向を仰ぎ見ると、そこにはいびつな三角形の入り口が地面に近い崖のところに空いていた。なんかあそこから出てきそうだな。岩窟王が喜びそうなところだ。ああ、あれはでも関係ないかな。
「入り口近くにはよくわからない粘性の物体があるね」
「粘性の物体って……。もう少しマシな言い方あるでしょう」
ぼくがわざと冗談めかして言ったその言葉にクリアミラは苦笑した。アレは僕でも分かるよ。スライムだろう。極々一般的なRPGで出てくるスライムのような愛嬌のある顔ではなく、埴輪のような顔をしているからシュールな印象を受けるがね。
「さっさと倒して中に行きましょうか」
「そうだね」
さあ、新しい冒険の始まりと行こうか!
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では次回28話でお目にかかりましょう。




