25話 Beauty of anger/怒りの美女
PV120,000、ユニーク25,000突破しました。読んでくださる皆様のおかげです。ありがとうございます。
冷蔵庫から冷やした緑茶を出してコップについで飲む。一息ついてから、LOLのデスペナルティについて改めて考えてみた。
簡単に整理しよう。HPが完全になくなると強制ログアウトという形でVRギアに意識が引き戻される。これはゲームへの熱中しすぎを防ぐための機構だったはずだ。まあそれは副次効果で、実際のデスペナルティとしては購入、ドロップした消費系のアイテムがすべてなくなるというもの。これはあくまで通常のプレイヤーの仕様である。生産系、内政系のプレイヤーはまた異なる可能性もあるけど、それはわからない。
平たく考えるならば、ぼくが次にログインしたときには体力回復用に購入したポーションと魔力回復用に持っていたMPポーションはなくなっているということでいいだろう。さて、問題はせっかく手に入れたギルドに納品する汽水だ。これがなくなっていたらぼくはもう一度『黒き森』に突入しなければならなくなる。しかも、クリアミラの援護なしで、奥にもう一度突入する必要があることになる。回復薬がない状態でだ。いや、購入すればいい話ではある。金ならたくさんあるし。今現実にいるからいくら持っているかわからないけれど。たぶんこの前のゴリラ退治でもともと持っていた資金とあわせて50,000コルバくらいは持っていると思う。まあそれでも心理的な圧迫感はとてもあると思うんだ。何せ優秀な援護がいないから、ね。あと華やぎが足りない。
リビングで1人ぽつねんと考えていた。
「どうしようかね」
独り言が1人でいる部屋に響いた。なるほど、これが「せきをしてもひとり」というアレか。誰だっけあれ、石川啄木?
ちがう、尾崎放哉か。
なるほど、さすればこの状況は「独り言をしても1人」というやつかな。いや、一人で言うから独り言?
まあ人がいると独り言に反応することもあるから、これでいいのかな。母親はたぶん出かけたんだ。買い物かな。
もう一杯出したお茶を飲み干して、自分の部屋へ戻る。まだ少し肌寒いけれど、太陽の光に力が戻ってきたように感じる。けれどまだまだ草木はつぼみで、花開く様子はない。リビングから見えるぼくの家の庭に植えてある桜が開くのはまだ先のようだ。冬はあまり好きじゃない。冬には冬のよさがあるのは充分にわかるけど、寒いのは嫌いなんだ。リビングにいるのは短時間だから暖房はつけていない。寒いからさっさと自分の部屋に戻ろう。階段を上がって、自分の部屋に入る。部屋を出たときに暖房を消したとはいえ、暖かい空気が充満していた。わざわざ暖房を入れなおさなくてもいいと思ったから、そのままVRギアをつけてベットに寝転がった。ああ、とりあえず汽水が残っているかどうか、それを確認しないとな。
どこかに吸い込まれるような感覚。
目を開けると、楕円を半分に切ったような印象深い形の門が見えた。第二の街、テトラパッカの特徴的な門だ。そして赤茶色の煉瓦を積んで出来上がったように見える煉瓦造りの高い壁。ワックタウンとは印象が全く異なるこの街は、ザワザワとした喧騒に満ち満ちている。
門番はモヒカンの若い男だった。おいおい、ファンタジーのその髪型ってありえるの? どちらかというなら世紀末やらなにやらそっちの方に登場すると思うんだけど。
「おお? とりあえずここを通れ!」
口調もチンピラっぽいし、まじかーって感じだよ。まじかーって感じ。真鹿じゃないよ、念のため。
いつもは身分証──つまりはギルドカードを見せればそれでいいのだけど、デスペナルティがあると何かが違うのだろうか。まあやってみないとわからないよね。
どこか見覚えのあるような光の輪に通された。すると青い魔力の光──ぼくの魔法の色と同じだ──が周囲を包み、ぼくの背中から半透明の光の翅が飛び出した。あれ、ちょっと青っぽくなっているような気がする。明確にはわからないけど。うーん、ぼくの推測だけど……レベルが上がったから何かしらの影響が現れているのではないかと思いたい。もちろん、いい意味で。
「ああ? 半妖精かよ……入場記録はあるな、よし、通っていいぞ!」
ちょっと怖い。乗合馬車で入ったときはこんなことなかったから、余計にだ。
「どうも」と頭を下げて門の内側へ。
門の外側にもNPCの商人が軒を連ねていたが、内側はもっとすごい。毎日が祭りのようなものか。最初にこの街に来た印象について、改めてそう思う。
褐色の肌のプレイヤーがタコスを売っている。珍しいと思って思わず近寄った。
「お兄さん、おひとつどう?」
と問われたので、「ええ」と返事をしてメニューを見た。専門的なタコス名の横にわかりやすく(牛肉)とか、(鶏のささみ)等と具材が書いてあるのが嬉しい。ぼくはポークチョップとチーズのタコスを選んだ。値段は500コルバ。高いのか安いのかよくわからんね。貨幣価値には詳しくない。
「どうもありがとうございました〜!」
屋台の主人の声を背中に受けながらぼくは中央広場を目指した。そうそう、中央広場といえば、ワックタウンとテトラパッカというこの二つの街は基本的に街の造りは似ていると考えてもらっていい。南門から真っ直ぐ北に一本道があり、中央広場につく。そして中央広場からは放射状に道が延びている。中央広場を挟んで正面にはギルドがあるというものだ。
ヨーロッパ風の造りだろうか。それともオリジナルかな。わからないのだけど。いや、どちらかというとバチカン?
あくまで写真で見ただけだし、ぼくの推測だけれども。うーん、どうだろうか。街の成り立ちみたいなものがわかるような場所はないかな。
空いているベンチに座って紙包みを開き、中のタコスを一噛み。ジューシーな豚肉のうまみとチーズの酸味が舌の中で溶け合って絶妙な味を演出していた。
「うまい!」
と思わず独り言が飛び出すほどにおいしいものだ。仮想世界の食物とはいえ、ここまで進化しているとは正直に驚かされる。
「何が美味しいのかしら、死にたがりの妖精さん?」
ぼくが美味しい食事に舌鼓を打っていると、背後から底冷えするような冷たい女性の声が聞こえてきた。この声には聞き覚えがある。というよりは、このゲーム世界で積極的にぼくに話しかけてくる女性はひとりしかいない。
クリアミラだ。間違いない。
ぼくが口に入れていたタコスを何とか飲み込んで、振り向くと、そこには眉間にしわがより、柳眉を逆立てたような怒りの形相の彼女がいた。後ろに銀髪を跳ね上げた阿修羅が見えるよ……。落ち着け、落ち着くんだ、クールダウン、びーくーる! びーくーる!
「ごめんなさい、それは無理ね」
ひぃ!
「よくも心配かけてくれたわね……!」の一言から始まる彼女の説教は、終わりに「何がぼくの責任だ、よ! この大馬鹿妖精!」の言葉で結ばれるまで長時間続いた。それだけぼくを心配してくれていたということで、まぁ、その……うん、嬉しくないわけではない。
「本当に、貴方は大馬鹿者ね、スヴェン」
最後は呆れたように微笑みながら彼女はそう言った。あれ、初めて名前で呼ばれたかも。正直に「ごめん、心配をかけた」と謝って頭を下げる。実際に彼女に迷惑をかけたのは事実だから、その落とし前はつけておかないといけないと思ったからだ。
「わかってくれたようだしもういいわ。貴方のそのデメリットも知っていて私は妖精さんと一緒にいるのよ、見くびってもらっては困るわ」
わかったよ、クリアミラ。
後ろにいた銀髪の阿修羅の幻影もおさまったようだし、とりあえずぼくの心臓の鼓動も落ち着いた。美人さんが怒ると本当に怖いとハヤトがいっていたが、これは本当のことだったね。後でハヤトにでもフレンド通信を送っておかなければならないかな。
それはさておき、クリアミラと合流し、タコスも食べ終わったぼくは、デスペナルティについて彼女に聞いてみた。
「え、手に入れた換金アイテムが減るかって? それはないと思うわ」
彼女が「なに言っているんだこの妖精は」ともいうような表情でそう言ってきたからそうなのだろう。もしかしてさ、君、まだ怒ってる?
「怒ってないと思ってた?」
いいえ、思ってませんでした。
とりあえずぷんすかしているままだった彼女をなだめつつ、ぼくはギルドに向かう。クリアミラはポーズとしては怒り肩だったものの、ぼくの横に並んで一緒にギルドの扉をくぐった。とりあえずさっきほどよりは怒りが収まっているようで何よりである。ぼくは換金の窓口に並び、彼女は貼り出された依頼に良いものがないかと顔をきょろきょろさせながら捜していた。
「スヴェンさんですね、汽水を確かに受け取りました。10,000コルバになります」
ギルドカードの確認では、右手に発生させた魔法陣からポン、と小気味よい音を立ててカードが飛び出す。種族によってギルドカードの発生方法が異なるというのはやはり面白い。ぼくのその方法にギルド内がざわめいたりしていた。なぜだ。クリアミラがいる方へ振り向くと彼女はなぜかドヤ顔をして腰に手を当てていた。ぼくの頭の上にはハテナマークが複数浮かんでいるだろう。
山と積まれた金貨を受け取ってクリアミラのところに戻る。
「あんまりいい依頼はなかったわね。……死にたがりの妖精さんに助けられたのも事実だから、約束を果たすことにしましょうか」
ぼくは彼女の憎まれ口混じりのその提案の原因をすぐに導き出すことができなかったから、得意げな顔をしたクリアミラと、不思議そうな顔をしたぼくが見つめあうという謎空間が展開された。
「ああもう! 鈍いわね! 食事に招待するっていう約束をしたでしょう。それよ」
ああ、それか。戦うのに必死ですっかり頭の中から飛んでいたよ。何か忘れているような感覚だけあったのはたぶんそれだな。
「ほら、行くわよ。ついてきて」
そう言って毛皮のマントを翻して大またで歩き出した彼女の後ろをぼくは半ば呆然としながらついていった。
え、まじで。
女の子の手料理が食べれるのか。夢のなかにいるわけではないようだし……。
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