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「決まった……! やっばぁ、あたし超ぉカッコよくない!?」
「ナズナーちょっとこっちに来い!」
「あ、音吉ぃー!」
彼女は電灯の上で能天気に笑顔を浮かべこちらに手を振っている。だけど周りを良く見てほしい。ここは戦闘中だ。
「どうでもいいこと言ってないで早く降りて来い馬鹿野郎!」
「ちょ、ちょっとー! 数年ぶりに会ったのにそれってどう言う反応よ! ここ抱きしめて頬ずりしちゃうシーンじゃないの!?」
ああ、懐かしい。思わず抱きしめたくなるそのノリは、まさしくナズナでナズナ以外の誰でもない。
「花香。アイツは俺がヴォーアで世話になったやつだ。援軍と思ってくれていい。それよりもお前はトドメの準備を頼む」
「あ、ああ。分かった」
若干不安そうな表情を浮かべていたが、花香はすぐに気を取り直し俺の横から駆けだす。俺も同じようにマンティクエイクとナズナのもとに向かう。
「ヴァォォォオオオオオオオオオオ」
「ってちょっとなによこの猫は!? 私の最高にカッコいい登場シーンと、感動の再会シーンが台無しじゃない!」
(あいつマジで空気読めないよな。それにマンティクエイクを猫呼ばわりか)
俺がナズナのもとに着くと、彼女はマンティクエイクを視線に入れながら電灯から降り立った。
「ナズナは少しでかくなったように見えるが、変わらないな」
ナズナは笑顔を浮かべると片方の手を頬に当て、何やらイソギンチャクのようにクネクネとその場で動く。
「あ、分かる? このあたしの進化した『ぐらまらぼでー』に感動しちゃった?」
どうやらイソギンチャクではなく『せくしーぽーず』だったらしい。水族館でクラゲを見る方が、100倍価値がありそうだ。
俺はちらりと彼女の全身を見つめる。
確かにナズナはとても成長している。以前なら中学生ぐらいにしか見えなかった彼女だが、今では花香と同じ高校生に見える。胸も瑛華先輩に比べれば小さいものの、確かに成長していた。
だが今はそんな事を離している余裕はない。
「すまん、ナズナ。その話をするのは……アイツを倒してからにしてくれ」
俺はそう言ってマンティクエイクの周りにクナイを投げ飛ばすと、大きく跳躍する。瞬間マンティクエイクの尻尾が振り下ろされた。
ナズナは発生した地震で少し驚いていたようだったが、すぐにいつもの調子に戻っていた。
「くぅぅぅぅ私と音吉の感動の再会を台無しにしてぇ! けぇぇぇっっちょんけちょんにしてやるわよ!」
「ナズナ、アイツは物理攻撃が一番有効。火遁、水遁、風遁は効かない。土遁は有効。空からたたき落とすぞ」
「あいよぉ。ナズナ様にまっかせなさい!」
俺は跳躍しながらもその辺りにいくつものクナイを投げておき、準備を整える。そして既に飛びかかっていたナズナの増援に入った。
ナズナは花香に比べ一撃一撃がそれほど重くないものの、速さが段違いだ。その速さは俺をも超え、捕まえるのは一苦労だろう。
現にマンティクエイクはその速さに翻弄されていて、攻撃が一つも当たらない。だけど逆にナズナの攻撃もマンティクエイクには届いていない。
(コイツ更に早くなったな。でも避けるのを重視しているからか、有効打はない。それに力もそれほど有るわけではない)
(……そういやトラブルメーカーのこいつにしては、珍しくトラブルを持って来なかったな)
普段だったら別のモンスターを引き連れてきたり、毛皮が必要なクエストで毛皮をボロボロにしたり、敵以上に厄介になるナズナ。しかし今回は珍しくプラスに働いてる。初めての事かも知れない。
(まぁたまにはこんなこともあるか)
不意に横から先輩の氷塊が飛んでくる。俺はその氷塊の後ろにつけると、マンティクエイクに突撃する。
(ナズナの動きに翻弄されてるうちに、攻撃させてもらう!)
マンティクエイクは体をひるがえし氷塊を避ける。そして俺にその尻尾で攻撃してくるが、それは途中で止めた。マンティクエイクはそれどころじゃなくなったからだ。
「あのさぁ、あたしを忘れてない?」
ナズナはいつの間にか回り込んでいて、そのがらあきだったわき腹にクナイをつきさす。そしてそのまますぐにマンティクエイクの体から離れた。ナズナが離れた瞬間、マンティクエイクの尻尾がその場所を通過する。
マンティクエイクは俺に対し、その右手で引っ掻こうとする。だけど俺は防御や回避の選択を取らない。それどころか攻撃すらしないしするつもりもない。
「使わせてもらうぞ、お前の魔法。サイコキネシス!」
相手の使っているサイコキネシスで相手を縛ろうとした。だけど俺の魔力じゃどうあがいたってマンティクエイクに通じるわけがない。マンティクエイクは自分の魔法と同じものが使われることで驚き、一瞬動きを止めるだけだ。すぐに自身のサイコキネシスで俺のサイコキネシスは打ち破られた。
だけどその一瞬だけで十分だった。
「おときちぃ、あんた、ナイスタイミングじゃない!」
皐さんの土魔法が直撃し、マンティクエイクは地面にたたき落とされる。そのタイミングで花香はマンティクエイクに突撃する。マンティクエイクは落下した衝撃の所為か体を上手く動かす事が出来ないようだった。まるで生まれたての小鹿のように足を震わせながら立ち上がることと、尻尾をサイコキネシスで動かす事が精いっぱいみたいだ。
不意に後ろから風の刃が飛んでくる。それは瑛華先輩の風魔法だった。だけど風の刃なんてマンティクエイクには通じない。でもそれはとても重要な効果をもたらした。
その風の刃はマンティクエイク、ではなくその横の砂場に直撃する。それは攻撃ではなく目くらましであった。辺りには粉塵で茶色く染まり辺りが見えなくなってしまう。
だが、それは更にマンティクエイクを暴れさせる結果にもなった。両手両足はまだ動かせないが、サイコキネシスで動く尻尾が、まるで子供が腕を振りまわすようにぐるぐると自分の体を回転させる。
こんなに暴れられては、近づくのは危険だろう。だけど問題ない。俺にはマンティクエイクの気をそらす切り札が有るからだ。
『こっちを忘れるなよ!?』
マンティクエイクはその俺の声に反応して尻尾を動かしその声の元凶に直撃させる。もちろんマンティクエイクが破壊したのは、俺では無い。そもそも俺はその場所から結構離れている。マンティクエイクが破壊したのはクナイの刺さった地面だった。前もって投げていた音声記憶魔法を仕込んだクナイをマンティクエイクは攻撃してしまったのだ。
(ギルドカードの記憶魔法、使わせてもらった。最高に使いがってが良いぜ!)
瑛華先輩の起こした砂埃は既に無くなってしまったようだが、マンティクエイクはしっかりと目を閉じていた。片目に頼り過ぎて目に大量の砂が入ってしまったのだろう。反対の目はもう花香につぶされ、光をともさない。
さて、飛びあがることが出来ない。尻尾は反対側。視力を失ったマンティクエイク。最高のチャンスに花香が駆け抜ける。
「かこぉおおおおおおおお、いけええええええええええええええええええ!」
居合 ― 瞬 ―
花香とマンティクエイクの位置が入れかわる。
花香は目を閉じたまま刀を振り抜いた状態で固まっていた。彼女たちの横を柔らかな風がふわりと吹く。
辺りはやけに静かで、誰かが小さく呟けばどこに居てもその声が届きそうだった。
彼女は目を閉じマンティクエイクに背を向けたままゆっくりと刀をしまう。
『カチリ』としまう音が俺の耳に入った。
そして花香はゆっくりと目を開くと小さく呟いた。
「マンティクエイク、討ち取ったり」
ゴトリとマンティクエイクの首が落ちる。そして傷口からおびたたしい量の赤い血をまきちらしながら、体はゆっくりと地面へ沈んだ。
「よぉぉぉっし!」
俺は駆けだし花香のもとに走る。先輩達も花香のもとに走り出していた。
先ほどまでまるでナイフのように鋭かった花香の顔はまるで花のようにぱあっと明るくなり、俺に、先輩達に両手を広げる。
さて、花香や先輩達と手を取って勝利を祝おうじゃないか。と、そんな時だった。
「みんなぁぁぁっぁあああ、ってううぇええええええええええええええええ!」
「おときちぃいいいいいいいいいい、ひさしぶりいいいいいいいいいいいいいいいい!」
横から飛び出してきたナズナに押し飛ばされたのは。
俺は彼女の勢いを殺す事ができず、地面をお尻でスライディングする。彼女は俺の体を掴みながら足でブレーキし、ようやく止まったかと思いきや、今度は俺に馬乗りしてきた。
「いってぇぇぇっぇえええええ……お前は何してんだよ! 骨折れてるんだぞ!」
「あたしのセリフよ、あんた何してんのよ! 早く迎えに来ないからあたしが来ちゃったじゃない! あーあ、どうしてくれんのよ。あたしの計画が台無しなんだけど!」
「お前の計画なんて知ったこっちゃねぇ……ってアレ?」
俺は腹をおさえながら辺りを見回し、ふとある事に気がつく。
(な、なんだこの魔力は……!? せ、先輩達?)
花香と瑛華先輩がまるで戦闘中でもあるかのように魔力を溜めて、般若の顔で俺を見ていたのだ。
(はは、何だかヴォーアに行った初めての日も、こんな感じにナズナが馬乗りになってなたぁ。ああ、あのあとはどうなったんだったか……)
と、現実逃避しようにもそれは叶わず、先輩の声ですぐに引き戻された。
「何。私は物分かりがいい方だ。さて、音吉。とりあえずはその忍との関連性を聞こうじゃないか」
先輩は顔が般若から笑顔になったのだが、なぜか恐怖感が拭えない。
(あれ、先輩の笑いが恐い。どうしたのだろうか、目が笑っていない。そしてその魔力が今すぐに放たれてもおかしくない)
「音吉、今は仕事中なのだが。そういった行動は控えてもらえないだろうか?」
(あれ、花香なら怪我の心配してくれると思ったけど、心配するどころかさりげなく俺の事踏んでないか? そ、そんなことないよな。き、気が付いていないだけだよな? あの、僕の手に花香さんの足が乗ってるんですが、避けていただけませんかね……)
「ぎゃはははは! 腹がよじれるっつーの!」
(笑ってないで助けて下さい……このままだと俺は大変なことになりそうです)
俺は皐先輩の下品な笑い声を聞きながら、ふと思った。
ああ、梅次郎。やっぱりナズナはトラブルメーカーだったよ。
魔眼の忍者は個性豊かな仲間達と出会う 了
おまけ数話投稿して次章へ。おまけは近日、次章の投稿日は未定