第五話
清凪は一年遅れて大学に入っていたため、卒業は紫音と同時だった。
大学を卒業した紫音は就職することなく、清凪と結婚した。
就職難な年だったのもあるが…清凪の勧めがあったことが大きい。
『紫音は芸術家なのだから、企業で働くより家で創作活動に専念したらいいよ。
うちの家は田舎だけれど工房をするのに十分な広さはあるし、持ち家だから家賃も掛からない。
暮らすだけなら一応、僕の収入だけでも何とかやっていけるからね…』
清凪は在宅で翻訳の仕事をしていた。
付き合い始めてから知ったことだが、彼の両親は早々に離婚していて父親はフランス人の女性と再婚していた。
父親に引き取られた後、しばらくはヨーロッパで暮らしていたらしい…。
実の母親は日本に住んでいるらしいが、会ったことはなく、顔も覚えていないそうだ。
今は父親は義母とフランスで暮らしているらしく、紫音は会ったことがなかった。
結婚式には呼んだけれど…結局帰国することはなく、清凪は『父は死ぬまで日本に帰ることはないだろう』 と言っていた。
いま二人が住んでいる家は元々はお父さんの持ち家で、父がフランスに移り住んだ時に譲り受けたそうだ。彼は田舎だと言っていたけれど…凪沢村ほど何もない場所ではない。
普通に電車もバスも通っているし、必要なものは自転車で行ける範囲にある。
確かに都会とは言えないけれど…ほどほどに自然豊かで生活にも困らない、とても住みやすい良い場所だ。
ただ…家の裏庭だけは苦手だった…。
家の裏山はそのまま小鳥遊家の庭となっているのだけれど、そこには一面紫陽花が植えられていた。
それはまるで迫ってくるように一面に咲き乱れていて…
あの時を思い出させる…。
「紫音、紫陽花が好きでしょ?」
確かに紫陽花の花が好きだった、あの時までは…
押し花が趣味だった私のために、小鳥遊兄弟はよく珍しい花を見つけてはプレゼントしてくれていた。
あの日も…凪流は私を喜ばせたくて…珍しい花を取りに行っていた。
それは山の奥深くの川辺に咲いている…
紫から青、ピンクへと移り変わるちょっと珍しいグラデーションをした紫陽花だった。
凪流はどうしても私の誕生日にそれを渡したくて、あの嵐の中、山奥へと向かい…
そして崖から転落して帰らぬ人となった…。
川下まで流された凪流の手には、しっかりとその花が握られていたそうだ…。
(私が押し花なんて好きにならなければ…)
後悔しても凪流は戻って来ない。
ただ一面の紫陽花を見ると『お前が悪い』と責められているようで辛かった…。
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