(第七篇)今宵の道連れ
バンコクのモーチット・マイ長距離バスターミナルのホームは、人や荷物でごった返していた。夜九時、バスはチェンマイへ向けて発車した。通路をはさんで一人席と二人席が並んでいた。夜行バスで見知らぬ隣人を気にせずにすむ一人席に座れたのはよかった。
車内の消灯前から、地元タイ人の乗客たちは窓のカーテンを引き、早々と寝支度に入った。見たところ外国人は、日本人のわたしと、欧米人とおぼしい中年のカップルが一組いるだけだった。
市街を離れるにつれ、街の明かりはしだいに薄れていき、やがてバスの進む道を照らす道路灯と、遠くの濃い闇の中に点在する民家の小さな灯火ばかりになった。
夜行バスは、日をまたいでひたすら田舎道を走り続けていた。ほとんどの乗客は、座席でうなだれるようにして眠っていた。外人カップルのうち丸々と太った女の方は、ときおり車体が大きく弾んでも、「オーケー、ノープロブレム」と頷くかのように、頭だけを上下に揺らしながら熟睡していた。
一方、かたわらの連れ合いの、背は高かったが細身の男は、イヤホンを耳にしたままずっと起きていた。付き合い方しだいではモノトーンの夜の闇も良き友となる、とことん付き合う──とでもいったふうに見えた。ときに男は少しだけ開けたカーテンの隙間から、夜更けの車窓をじっと見つめていたりもした。
消灯後の車内にいる男は、いかにもベタな旅情をたやすく感じさせるかのようだった。顎髭のよく似合うこの男には、どこか吟遊詩人めいた趣がある──と思えなくもなかった。それは異国を旅しているということだけで、よそ者の旅人の誰もがはからずも醸し出す、おまけのようなムードなのに違いなかった。
男と違って、わたしはただ眠りそこねただけだった。目を閉じて、脈絡なく脳裏に浮かんでは消える情景を、見るともなく見ていた。また薄目を開けて、通路を挟んで真横の座席にいる男を横目に眺めたりした。──そうやってわたしは、見知らぬその男を今宵の道連れに勝手に決めて、なかなか眠りに落ちないわが身を、バスに運ばれていた。
夜中、バスは街道沿いの小さなサービスエリアに停車した。チケットにはミールクーポンが付いていた。さきほどのカップルの女は、早々に食事を済ませると、土産物のコーナーをぶらついていた。一方、男の方は一人、ゆっくりとスプーンとフォークを使いながら、淡々と焼き飯と野菜炒めを口に運んでいた。




