四話 今後の予定と剣
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今推してくれたら最古参!!
翌朝。
目を覚ました瞬間、今日もまたやることがある、とすぐに分かった。
窓の外はまだ朝の色が残っていて、庭の木々は静かに揺れている。
昨日の再確認で少しざわついていた屋敷の空気は、今はようやく少し落ち着いていた。
だが、俺の中ではもう次の段階に入っている。
六歳の大会。十二歳の学園。
そこからが本当の始まりだ。
この世界では、六歳になると、貴族の子供たちが集まる大会が開かれる。
武術大会と魔術大会の二つ。
武術大会は、その名の通り剣や体術の基礎を見る場だ。
魔術大会は、魔法の出力と制御を見る場。
どちらも、ただの子供の遊びではない。
その年齢でどこまで戦えるか、どこまで制御できるか、家の格と本人の資質がかなりはっきり出る。
そして十二歳になれば、王都の学園に入る。
日本で言う中学校みたいな立ち位置だが、実際はもっと重い。
貴族も平民も混ざる場所で、魔法も剣も、教養も立ち回りも、全部が少しずつ絡んでくる。ここで出来た縁で今も仲良くしている貴族だってたくさんいる。
つまり、そこから本当の物語が始まる。
その前に、今やるべきことははっきりしていた。
「坊っちゃま、お目覚めですか」
扉の向こうからヒナの声がした。
「起きてるよ」
「では、お着替えをお持ちいたします」
「頼む」
ヒナが入ってきて、いつものように手際よく服を整えていく。
若いのに、本当に落ち着いている。
その動きには無駄がない。
こういうところを見るたびに、公爵家の専属メイドってだけじゃなく、ちゃんとこの家の一員なんだなと思う。
着替えを済ませて食堂へ向かうと、すでに父のギアラと母のセリナが席についていた。
「おはようございます、父上、母上」
「おはよう、レオン」
ギアラが軽く手を上げる。
「今日は、少し話がある」
「はい」
「昨日から考えていたことだろう」
その言い方に、俺は少しだけ頷いた。
「まとまりました」
「ほう」
ギアラが面白そうに目を細める。
セリナは、俺の顔を見て少しだけ不安そうに尋ねてくる。
「ちゃんと眠れたの?」
「はい、問題ありません」
「本当に?」
「本当です」
「そう」
安心したように頷く。
でも、その目はまだ少しだけ心配そうだ。俺はパンをひとつ取ってから、ゆっくり口を開いた。
「魔法の師匠は、いりません」
その一言で、食堂の空気が少しだけ止まった。
ギアラが目を瞬く。
「ほう」
「魔法は、たぶん自分が一番分かっています」
「……なるほど」
「だから、魔法については自分で詰めます」
それは、嘘じゃない。
万象の手応えも、属性魔法の感覚も、もう少しずつ身体に馴染み始めている。誰かに最初から全部教わるより、自分で掴んだ方が早い気がしていた。それにゲーム知識だってある。
ギアラは少しだけ顎に手を当てたあと、ふっと笑った。
「まあ、お前ならそう言うだろうな」
「父上は驚かないんですか」
「驚く要素がない」
「ありますよね?」
「ない」
言い切る。
セリナが小さく笑った。
「レオンは、魔法に関してはもう自分で考えてるものね」
「はい、母上」
「ならいいわ」
そのとき、俺は少しだけ間を置いてから続けた。
「でも、剣は覚えたいです」
「剣?」
今度はセリナが少し目を丸くする。
「はい」
「魔法は自分でやるのに、剣は教わりたいのか」
「はい」
「理由は?」
「魔法だけだと届かない場面がありそうだからです」
俺はパンをひと口かじってから続けた。
「近い距離で何かあった時とか、魔法が使いにくい場面とか。そういう時に、剣があると違う気がします」
ギアラが少しだけ笑った。
「いい考えだ」
「そうですか」
「強いだけじゃ足りない。届く手段が多いほどいい」
「父上、今日は妙に真面目ですね」
「たまにはな」
その言葉に、セリナも静かに頷いた。
「剣を習うなら、私より教えるのが上手な人がいるわ」
「え?」
「執事長のクラウスよ」
クラウス。
その名前は知っている。屋敷の管理を任されている執事長。でも、普段はほとんど姿を見ない。
「執事長が剣を?」
「ええ」
ギアラがあっさり答える。
「昔は相当だった」
「どのくらいですか」
「少なくとも、ただの執事ではない」
「曖昧ですね」
「でも事実だ」
セリナが少しだけ口元を上げた。
「若い頃は、王都でも少し名が通っていたのよ」
「本当ですか」
「ええ」
「今は執事として落ち着いているけど、剣の腕はまだ鈍っていないわ」
「それは、かなり助かります」
ギアラが立ち上がった。
「呼ぼう」
少しして、クラウスが部屋に入ってきた。背筋はまっすぐ。足音は静か。執事服は完璧に整っていて、皺ひとつない。
年齢は四十を少し超えたくらいだろうか。
だが、目だけは鋭い。
ただの執事の目じゃない。
「お呼びでしょうか、旦那様」
「レオンが剣を習いたいと言っている」
「……左様でございますか」
クラウスは静かに俺を見る。
「坊っちゃま」
「はい」
「剣を望まれる理由を、お聞かせ願えますか」
「魔法だけじゃ足りない気がしたからです」
クラウスはしばらく黙っていた。
その沈黙は、嫌な感じじゃない。
相手の言葉を軽く流さず、ちゃんと聞いている沈黙だ。
「……よろしいでしょう」
「いいんですか」
「ええ」
クラウスは静かに頷いた。
「では、明日から始めましょう」
「明日から?」
「剣は、覚えたいと思った時に始めるのが一番です」
その言い方が、もう剣士そのものだった。ギアラが少しだけ笑う。
「クラウス、お前も乗り気だな」
「旦那様、私はいつでも真面目でございます」
「本当に?」
「はい」
「まあ、いいさ」
ギアラは楽しそうに肩をすくめた。
その日から、俺の剣の稽古が始まった。
最初の訓練場は、屋敷の裏手にある広い石敷きの空間だった。壁には強化の術式が刻まれていて、多少の衝撃なら問題ないらしい。それでも、五歳の子供が剣を振るには、十分すぎるほど広い。
クラウスは木剣を一本持って立っていた。
「坊っちゃま」
「はい」
「まずは、剣を振る前に歩いてください」
「歩く、ですか」
「ええ。剣は腕だけで振るものではありません。足、腰、肩、視線。その全部が繋がって初めて剣になります」
「なるほど」
「まずは、ただ歩くところからです」
言われた通りに、訓練場をゆっくり歩く。
一歩。二歩。足の裏の感覚。重心の移動。視線の置き方。そういうものを、ひとつずつ意識する。
「止まってください」
「はい」
「そこから、右へ半歩」
「こうですか」
「はい、ですが、少しだけ膝を柔らかく」
「柔らかく、ですか」
「ええ。硬すぎると、次に動けません」
クラウスは本当に細かい。
だが、その細かさは嫌じゃなかった。
むしろ、万象の制御に少し似ている。ほんの少しの違いで、結果が変わる。それを身体で覚える感覚は、ちょっと面白い。
「では、木剣を持ってください」
「はい」
木剣を受け取ると、思ったよりも重かった。
五歳の身体には、まだなかなかの負担だ。
「構えてみてください」
俺は言われた通り、真似をする。
ぎこちない。
だが、クラウスはすぐには何も言わなかった。少し黙って見たあと、低く呟く。
「……驚きました」
「何がですか」
「初めてにしては、立ち方が崩れにくい」
「そうですか」
「はい」
クラウスは俺の後ろへ回った。
「肩の力を抜いてください。剣は力で振るのではなく、流れで運びます」
「流れ、ですか」
「ええ」
「分かりました」
「では、一度、振ってみてください」
俺は木剣を持ち上げた。
重い。
だが、動かないわけじゃない。
「……っ」
前へ振る。
最初の一振りは、やっぱり少しぎこちない。
でも、空を切る軌道は、完全に外れてはいない。クラウスはその一振りを見て、少しだけ目を細めた。
「坊っちゃま」
「はい」
「剣の筋があります」
「ほんとですか」
「はい」
「そんなにですか」
「ええ。初歩の感覚はかなり良いです」
その一言で、胸の奥が少しだけ熱くなる。
魔法は自分で分かる。
でも、剣は違う。
だからこそ、初めて褒められると嬉しい。
ギアラが訓練場の外から笑った。
「ほう。クラウスがそんなことを言うとはな」
「旦那様」
「なんだ」
「坊っちゃまは、剣を学ぶ理由をよく分かっていらっしゃるようです」
「理由?」
クラウスは木剣を下ろして、静かに言った。
「剣を強くしたいだけではない。必要だから覚える、という目ですね」
「……」
「その目は、悪くありません」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ頷いた。
剣は、魔法みたいにすぐには答えてくれない。
でも、だからこそ面白い。身体に覚えさせる感覚。一歩、半歩の差で結果が変わる世界。それは魔法とはまた別の魅力があった。
それから数日、剣の稽古は毎日続いた。
クラウスは厳しい。
だが、理不尽ではない。
一日目は構え。
二日目は歩き方。
三日目は振り方。
四日目は止め方。
五日目は受け流し。
普通なら、まだそこまでいかないらしい。
だが、俺はその全部を、かなり早く覚えた。
五歳の身体が軽いのもある。
けれど、それだけじゃない。
動きの意味を理解すると、身体が自然についてくる。
剣筋、重心、間合い。
そのひとつひとつが、少しずつ自分のものになっていく。
クラウスは、最初は淡々としていたが、三日目あたりから少しだけ目つきが変わった。
「坊っちゃま」
「はい」
「失礼ですが、あなたは……剣を学ぶのがとても早いですね」
「そうですか」
「ええ」
クラウスは珍しく、少しだけ言葉を選ぶようにした。
「教えたことを、ほとんどそのまま再現されています」
「それは、教え方がいいんじゃないですか」
「いえ。私だけの力ではありません」
「……」
「坊っちゃまの、吸収が早いのです」
その言葉は、かなり嬉しかった。
魔法だけじゃなく、剣もそうなのか。
そう思うと、少しだけ自分でも笑ってしまう。
「たぶん、魔法と似てるんだと思います」
「似ている、ですか」
「はい。感覚の積み重ねというか」
クラウスは少しだけ頷いた。
「なるほど。坊っちゃまは、理解が早い」
それは、つまり天才、ということだろう。さすがレオン。前世の俺は、こんな風に褒められたことはなかった。いや、正確には、そういう機会が少なかった。
だからこそ、こういう実感は妙に新鮮だった。
そして、剣の稽古を始めて一週間ほど経ったころ。
クラウスが、訓練場の中央で木剣を軽く回した。
「坊っちゃま」
「はい」
「少し、試してみましょうか」
「試す、ですか」
「ええ。今の坊っちゃまが、どこまでできるかを見たい」
ギアラが、訓練場の外で腕を組む。
「お、ようやく来たか」
セリナも少し興味深そうに見ている。
「大丈夫かしら」
「大丈夫でしょう」
ギアラは軽く笑う。
「クラウス相手にどこまでやれるか、見ものだ」
「……本気じゃないですよね」
「本気でやったら危ないだろう」
「そうでしょうね」
クラウスは俺の前に立つ。
「坊っちゃま。本日は、木剣での模擬戦です」
「模擬戦」
「ええ。剣だけです。魔法は使いません」
「分かりました」
「勝負は簡単です。私の木剣が、先にあなたの肩に触れたら私の勝ち。逆なら坊っちゃまの勝ちです」
「肩、ですか」
「はい。分かりやすいでしょう」
「なるほど」
「それでは――」
クラウスが、軽く構えた。
その瞬間、空気が変わった。
さっきまでの訓練とは違う。
同じ木剣でも、まるで重さが変わったみたいに感じる。
強い。
ただ立っているだけで分かる。
この人は、やっぱり昔剣で食べていただけある。
「始めてください」
俺は木剣を握り直した。
勝てるかどうかは、正直分からない。
だが、ここで逃げる気はない。
一歩。二歩。
先に動いたのは俺だった。クラウスはそれを見て、少しだけ目を細める。
俺の木剣を、軽く受け流すように外へずらした。
「甘いです」
「っ」
すぐに戻す。
だが、次の踏み込みは、もう読まれている。クラウスの木剣が、俺の肩へ向かってくる。
速い。
けれど、見えないわけじゃない。
俺は半歩下がり、わざと体を開いた。
「……?」
クラウスの目がわずかに動く。
その一瞬を狙って、俺は足を前へ滑らせた。
剣を受けるのではなく、間合いそのものをずらす。木剣の軌道が、ほんの少しだけ外れる。
「今のは……」
クラウスが小さく声を漏らした。
俺はそのまま、肩ではなく、手首を狙った。
もちろん本気で打ち込むわけじゃない。
ただ、木剣の先がクラウスの手のすぐ横を通る。
だが、クラウスはやはり甘くなかった。
すぐに引いて、反対側から切り返してくる。今度は、逃げ場が少ない。
「坊っちゃま、よく見てください」
言われるまま見た。
肩。剣先。足運び。視線。
よく見ていたら気づいた。
その中に、一つだけ小さな癖がある。
それは、ほんのわずかな重心の移動。次に来る動きが、少しだけ予測できる。
――ここだ。
俺は、あえてクラウスの剣先を受けるように見せた。その瞬間、ほんの少しだけ木剣を内側へ返す。力ではなく、角度で受け流す。
「……っ」
クラウスの木剣が、わずかに流れた。
その半歩分の隙を、俺は逃さなかった。
一気に前へ出る。
小さな身体を使って、最短距離で踏み込む。
そして、木剣の先を、クラウスの肩の前で止めた。
ぴたり、と空気が止まる。
「……」
クラウスも、俺も、しばらく動かなかった。
先に息を吐いたのはクラウスだった。
「……参りました」
「え」
「坊っちゃまの勝ちです」
「ほんとに?」
「ええ。今のは、完全に一歩遅れました」
訓練場の外で見ていたギアラが、面白そうに大きく笑った。
「ははっ、やったな」
セリナも、驚いたような顔のあと、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「すごいじゃない、レオン」
「え、いや……」
俺は少しだけ混乱した。
勝った。
本当に勝ったのか。
しかも、相手はクラウスだ。
あの、執事長で、昔剣士として名が通っていた人に。
クラウスは木剣を下ろして、静かに一礼した。
「坊っちゃま。お見事です」
「ありがとうございます……?」
「ありがとうございます、で合っています」
少しだけ笑われた気がした。
「今の勝負、ほとんど差はありませんでした。ですが、その差を見つけて、きちんと判断していました」
「……」
「それが、剣です」
俺は少しだけ息を吐いた。
そうか。
これが、剣か。
魔法みたいに派手に光るわけじゃない。
一瞬の判断。一歩の差。半歩の踏み込み。
その積み重ねで勝負が決まる。
面白い。
本当に面白い。
クラウスが俺を見て、少しだけ表情をやわらげた。
「坊っちゃまは、やはり天才です」
「それ、何回か言われました」
「ええ。ですが、剣でもそうなのは珍しいです」
「そうなんですか」
「はい。剣は、才能があっても、普通はもっと時間がかかります」
それを聞いて、ギアラが頷く。
「だろうな」
「父上は知ってたんですか」
「まあ、なんとなく」
「ずるいですね」
「公爵家だからな」
「またそれですか」
ギアラは楽しそうに肩をすくめる。
クラウスは木剣を持ちながら、俺に近づいた。
「坊っちゃま」
「はい」
「本日の模擬戦で分かったことがあります」
「何ですか」
「あなたは、剣を覚えるのが早い。ただ早いだけではない。理解してから動いている」
「……」
「それは、武器になります」
その言葉に、少しだけ胸が温かくなる。
剣は、教わる。そして、覚える。魔法は自分で詰める。その両方があるから、前へ進める。
セリナが少しだけ歩み寄った。
「レオン」
「はい、母上」
「いい剣だったわ」
「ありがとうございます」
「でも、まだ始まったばかりよ」
「はい」
「六歳の大会までは、まだ少しあるものね」
「……」
その言葉に、俺は静かに頷いた。
そうだ。
六歳で武術大会と魔術大会。
そして、その先に十二歳の学園。
そこからが本番だ。
しかも、六歳の大会は、俺にとって簡単な場ではない。
武術大会の方は、剣の名門の子供が揃う。
ゲーム通りに行くなら魔術大会の方は、俺の万象が暴走する危険がある。
しかも、運が悪いことに、どっちの大会も対戦相手が妙に強い。
くじ運が悪いのか、相性が悪いのか、どうにも当たりを引く未来しか見えない。
だからこそ、今のうちに強くならないといけない。
その夜、部屋に戻った俺は、木剣を壁に立てかけてから、しばらく黙っていた。
勝った。
クラウスに。
ギリギリで、だけど。
俺は自分の手を見た。魔法は、自分で分かる。剣は、教わる。そして、どちらも伸ばせる。
「……悪くないな」
小さく呟く。
窓の外では、王都の夜が静かに降りている。
だが、俺の中ではもう、次の光景が見えていた。
六歳の武術大会。
六歳の魔術大会。
そこで出る万象の暴走。
そして、どっちに出ても妙に強い相手たち。
全部、簡単にはいかない。
だが、簡単にいかないからこそ、強くなる意味がある六歳の大会で負けないために。
魔術大会で万象を暴走させないために。
そして、学園が始まったとき、本番の相手たちに食われないために。
俺はもっと強くなる。
その前に、今は剣だ。
魔法は自分で詰める。
剣は、クラウスから学ぶ。
それが、今の俺にとっていちばんいい形だった。
俺はもう一度、木剣を見た。
「よし」
声に出して言う。
「六歳の大会までに、もっと強くなる」
そして、十二歳になった時。
学園で本番が始まったら、俺はもう、ただの子供じゃない。絶対に死なない。才能だけじゃなく、努力もして俺は最強にならないといけない。
「努力をしないと」
その日からレオンは鬼の筋トレと剣の修行を欠かさなかった。
応援よろしくお願いします!!




